ミルトニアの現状
「ふふふ。」
「どうかした?」
馬車の向かいに座っていたミルトニアが急に笑い出すので、カリカは驚きその疑問を口に出した。
「いえ、皇太子様と初めてお会いした時を思い出していたのです。」
馬車の窓から流れる景色を目で追いながらミルトニアは楽しそうに答えた。
「何かと思えば・・・・、ただの惚気かよ。」
「ふふふ、すみません。」
言葉は謝罪を述べているが、内から溢れる笑みは抑えられないようだった。
でも、ミルトニアがあまりに幸せそうに笑うから惚気に当てられる位は良いかとカリカは思った。
皇太子とミルトニアの出会いに関しては、カリカやロードだけでなく他の多くが一度は耳にしたことがある話で、話題の種になることも多い話だ。
恋愛盛り真っ只中の若者の間では特に。
気分が悪くなった女性と、それを助けた男性が恋に落ちる。
それが、麗しき皇太子様と美しき令嬢が主役とあれば誰もが憧れのロマンス物語が完成するというものだ。
「まったくだよ。今や社交界は君と殿下の話題で持ち切りだよ。色々な人に君たちの事を根掘り葉掘り聞かれてさ、俺も大変なんだよ。」
「それは申し訳ありません。ですが、皇太子様がカリカ様は話に尾ひれをつけて話されるので困っていると申されておりましたよ?」
「尾ひれ?失礼な、事実を話しているだけじゃないか。・・・・それにしても殿下のその言葉を俺に言うなんて、ミルトニア、最近ロードに似てきたんじゃないの?」
「そうでしょうか?ロード様にも親切にしていただいているからでしょうか。」
「ロードの奴め、純情なミルトニアに色々吹き込みやがって。」
「ふふふ。」
社交場に出る度に、色々聞かれるのは本当のことだ。
だが、それはミルトニアが絡む以前からの日常茶飯事で、カリカだけでなくロードも皇太子と親交の深い間柄であるから仕方のないことではある。
それに、黒髪に切れ長な緑の目で言葉も態度も冷ややかな印象のロードより、話上手で明るい印象のカリカの方が気軽に話を聞きやすいというものだ。
カリカのゆるい癖のある蜂蜜色の髪とタレ目気味な金の目もカリカをより柔らかに見せていた。
ただその分、色事にも軽く見られがちでその面でも声がかかる事も多い。
それはそれで有難く頂戴しているから良いのだけれど。
だからといって同じ話、しかも他人の恋愛事情を繰り返し話していると飽きてくる。
つい話を脚色してしまうのも仕方ないとカリカは悪びれる事もなく思っていた。
それに恋愛はよりロマンティックな方が話がいも聞きがいもあるというものだ。
「カリカ様も本日はわたくしにお付き合い頂きましてありがとうございます。」
「どういたしまして。まぁ、殿下の為にも成るんだから気にしないで。」
「それでも、私はカリカ様にご一緒して頂けて嬉しいです。」
そう言ってミルトニアは笑った。
ミルトニアではなく他の人であれば、この感謝の言葉は社交辞令で他意が含まれるのでは?とつい疑ってしまう。
本音を隠し、建前ばかりの貴族社会で生きてきた者ならば疑い深いのは標準装備とも言え疑心暗鬼になるのも仕方がない。
しかし、目の前で無邪気に笑うミルトニアは違った。
表面を繕うこともせず嬉しい時も怒った時も素直に相手に伝えてくる。
そのくせ悲しみや苦しみは我慢して隠そうとするが正直な彼女の性分では直ぐに分かってしまう。
今日も公務に追われて忙しい皇太子の為に贈り物を買いに街へ下りるというので、カリカは同行を申し出た。
通常であれば屋敷に商人を呼び商品を買うのだが、ミルトニアが自らの足で探したいと譲らなかったのだ。
護衛もつけミルトニアの安全確保は十分に行っているが、万が一ということもある。
(あの時も俺たちが間に合ったから良かったものの・・・。)
公爵家令嬢シャロン・カーライル。
彼女はミルトニアへの暴行計画を企てていた。
金で雇った男達を使い、ミルトニアが1人になった所を狙って襲撃させようとしていた。
俺たちは事前にその情報を手に入れることが出来、彼女の計画は失敗に終わった。
その計画が発覚したことで彼女の悪事が芋蔓式に明らかになり、彼女は彼女の家諸共、俺達の前から消えた。
この事件以来、要人に対する警備の甘さが浮き彫りとなり大幅な見直しが行われた。
カーライル嬢にとっては最悪な状況だろうが、国にとっては安全策の改善・強化に繋がり幸いだった。
結果的にはミルトニアには害が及ぶこともなく、俺達が隠しているためミルトニアもこのことは知らない。
皇太子もミルトニアには必要以上に不安にさせたくないという意向だ。
(皇太子もミルトニアには甘いんだから。)
でも、皇太子の気持ちも分からなくもない。
ミルトニアを見ていると、真綿で包んで何一つ傷が付かないように守ってあげたくなる保護欲が掻き立てられる。
人を疑ったことなど1度もないような、澄み切った大き な瞳がそうさせるのだろうか。
「カリカ様、どうなさいましたか?」
「いや、そんなに大きな瞳だとこぼれちゃわないか心配になっただけだよ。」
「えっ!?」
「あはははは。」
「もうっ!!からかうなんて酷いです!」
カラカラと音を立てゆっくりと走る馬車はから街中へと向かっていった。




