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ミルトニアと皇太子の出会い終了です。
夜会が始まった頃に東にあった月も、見上げるほどに高度を上げていた。
会話に花を咲かせ、社交の場にも慣れてきたミルトニアだったが、元来病弱な体の限界は自身が思うよりもずっと早く来てしまった。
「お父様、私、少し休んできます。」
「大丈夫か?」
「はい、ちょっと疲れただけですから。」
そう父親に告げるとミルトニアはバルコニーへと向かった。
バルコニーには休憩用の椅子が用意されており、いつでも休めるように準備されている。
しかし、宴もたけなわなこの時間帯ではバルコニーには人影はなく、ミルトニアには気兼ねなく休むことが出来るため好都合だった。
(・・・・夜会って楽しいけど大変なものなのね。)
長時間立っていることも初めてであれば、こんなに大勢の人と話をするのも初めてだった。
ただ立って話すだけのことなのに、これだけの体力を消費するのだから、舞踏をするためにはもっと丈夫にならなければとミルトニアは思った。
(風が冷たくて気持ちいい・・・。)
会場の熱気と疲れで火照った体にひんやりとした夜風が心地よかった。
聞こえてくる音楽と目の前に広がる美しい夜空が現実だとは思えなかった。
「・・・・どなたか居られるのだろうか?」
聞こえた声の方にミルトニアは顔を向けると、先ほど見た物語のような皇太子が目に飛び込んできた。
「皇太子様!?」
ミルトニアは慌てて腰掛けていた椅子から立ち上がる。
しかし、急に立ったことで目の前が揺らぎ平衡感覚が無くなった。
体から力が抜け膝から崩れ落ちる。
「君っ!?」
体にぶつかった何かに反射的にしがみ付く。
ぐらぐら揺れる視界に今自分がどのような状態で何をしているのか解らない。
意識を失わないようにするのが精一杯だ。
「椅子に座ろう。焦らないでゆっくりでいい。」
耳に聞こえる言葉をどうにか理解し、指示に従う。
体を誘導する何かの力に身を委ねた。
椅子に座ると時間が経つ毎に気分の悪さも治まっていった。
回転して暗闇だか眩しいのか判別できなかった視界にも色が戻り、鮮明になっていく。
無意識に前かがみの体勢をとっていたようで、桃色のドレスの裾と靴が目に映った。
そこでようやく隣に誰かが居て、肩や背中に体を支えてくれる手の感触に気がついた。
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませ―――」
急いで体を起こしてまた先ほどのようになっては重ね重ね迷惑を掛けてしまうので、御礼の言葉を述べようとゆっくりと上体を起こしたのだが。
「こっ!皇太子様!?」
「っ!?」
皇太子に驚いて距離を取ろうと立ち上がろうとしたミルトニアを、皇太子は慌てて肩に置いた手に力を込め椅子に座り戻させた。
「急に動いたらいけないよ!まだ顔色も悪いじゃないか。」
「も、申し訳ありません。」
皇太子の剣幕にミルトニアの口からは謝罪の言葉しか出なかった。
「こ、皇太子様のお手を煩わせてしまい、さらに介抱までしていただくなんて、申し訳ありません!!」
「そんなに気に病まないで。目の前に具合が悪そうな方が居たら、誰でも助けるものだ。」
「ですが・・・。」
「それより、君が大事に至らなくて良かった。」
そういって皇太子様は優しく微笑んだ。
「・・・・・ありがとうございます。」
「うん、それで良い。」
皇太子の言葉にミルトニアは胸を撫で下ろした。
ホッとしたせいか今までは程良かった夜の外気が肌寒く感じた。
「ここは冷えるから中に戻ったほうが良い。歩けそうかい?」
ミルトニアの様子を察知した皇太子は室内へ促した。
「はい、平気です。」
「そうか。中にも休む場所があるから案内しよう。」
「はい!ありがとうございます。」
「そういえば、名前も聞いていなかったね。」
「あっ!!私ったら、名乗りもせず失礼しました。私は、ダレル男爵が長子、ミルトニアと申します。」
「ミルトニア・・・、美しい名だ。」
ミルトニアは差し出された手を取り、ゆっくりと立ち上がると皇太子に手を引かれ会場へと戻って行った。




