部室にて
『私』…主人公。部活の部長。
岩崎…部員。隣のクラスの男子。
柄澤楓…『私』の幼馴染で、クラスメイトの女子。
二月。
私の部活は、年度末の廃部がすでに決まっている。理由は単なる人数不足と、いろいろな大人の事情だ。
現在の部員は、部長の私と副部長の岩崎、ふたりだけ。今すぐ廃部になっても誰も文句の言えない規模だし、この先どう見積もっても盛り上がりそうにない私たちの部よりは、前途有望な部活に部室を割り当てた方がいいのは間違いない。もちろん部員の私たちも、その決定については一切文句はつけていない。学校側の決定は非常に合理的だからだ。
「いっそ、俺たちも部室に来なくてもいいんじゃない」
「何言っているの、一応は部活だよ。一応は」
「でもさ、ふたりだけで顔を突き合わせてても、息が詰まるっていうか」
「……なら辞めれば、部活」
「はいはい、文句言ってすみませんでした」
この放課後の時間が本当に部活動の体を成しているのかは、実のところ私にも判っていない。規定の活動日にはこうやって岩崎と顔を突き合わせて、そうでない日もだいたいどちらかは部室にいる。顔を合わせれば、何となく噛み合ったような噛みあわなかったような会話をして、ときどきはバカを言い合ってどちらともなく笑う。部員同士の仲は悪くない、多分。そういう意味でこの部室は、私と岩崎にとっての束の間の逃げ場のような、秘密基地のような、狭くて居心地のいい巣なのかもしれない。
「ところでさ、世間ではもうすぐあれだよ、部長殿」
「……はあ」
岩崎の奴が何を言うかは判っている。今年も奴は、きっと去年と同じことを言う。
「バレンタインデー」
ほら、案の定。そしてそれに対する私の返答も決まっている。
「興味ない」
ほら、案の定。
「えー! お前なら、なんかすげーやつ作れちゃいそうだけど」
「誰が……」
私たちの会話に、青春特有の青臭い意味なんてない。ただ、青春特有の汗ばんだ無意味が詰まっているだけだ。実際のところ。私はこの部室と日常を大いに気に入っていたし、きっと向かいに座る彼もそうであるのだと信じていた。あるいは、それは祈りに近い感情だったかもしれない。私は『目の前の彼が私と同じ気持ちであるように』と祈り願っていたのだ。たったふたりで過ごす、少しばかりぬるくて物足りない時間。それが永遠に続けばいいと思っている自分の本音に対して見て見ぬふりをし続けていることに気付いたのは、はたしていつのことだったろう。
私は、この未来のない部活がなくなってしまうことに異論はない。
私は、この現在が永劫閉じられてしまうことには多分に異議を唱えたかった。
楽しくないのは嫌だ。今のような日々が失われ、すっかり変わってしまうであろう遠くない将来を想像するだけで背中が縮み上がる。目の前のこいつと顔を合わせられない毎日が訪れるなんて考えたくない。そうだ、この冬が終わらなければいい――何、ひとたび自覚してしまえばどうということはなかった。私は、つまるところ拒否したいのだ。傾く陽も、色のない明日も。窓の外を見遣れば、そこには春を待つ桜が眠っており、その枝では見慣れない灰色の鳥が遊び、さらには中庭を歩く生徒たちが、白い息を携え笑っている。その冬のパーツのひとつひとつが、私にいずれ必ず訪れる別れを予感させた。冬が深まれば深まるほど、春の訪れは近くなる。冬の終わりがやってくる。そうすれば、私たちの共同体が、跡形もなく別れて解れてしまう。目の前に突き付けられたその事実が、私にはたまらなくつらかった。
「……今日は寒いな」
私の宝物に未来のないことを実感し、思わず震えてしまう身体をごまかすため、そんな心にもない言葉を口から吐き出してみた。岩崎は、そうだな、とぼんやりつぶやいた。この何てことのない言葉が、この空間が、宝物が確かに存在していることの証明であるような大層なものに思えて、私の心は却って虚しくなった。知っている。本当は何もないのだ。
そんな私たちの秘密基地に変化が訪れたのは、バレンタインデーを十日後に控えた曇りの日のことだった。