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世界征服エンダール -異世界災厄転生記-  作者: 葵大和
第一章 【観光都市:桜国シンラ】
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2話 「英雄転生者」

 桜国城が近くなってきた。でかいなぁ。


 視界を眼下へ。

 笑みで騒ぎ立てる桜国の民たち。

 肩に担がれるは俺の乗った神輿。

 神輿なんて前世の派手な祭りで見かけて以来だが、まさか異世界に来て再び見ることになろうとは思わなかった。

 黒檀に金で盛大に装飾されている、高級感溢れる神輿だ。

 見た感じがそうであるから神輿と呼称したが、俺がそこに乗っている以上、渡御する神霊が乗っていたりするわけではないのだろう。――え? これ怒られたりしないよね? 大丈夫だよね?

 ――祭輿とか、そういう感じにしておこう。


 ともあれ、異世界なのに意外と似た文化が存在するものだ。

 眼下には頭から角を生やした〈鬼人族〉がいるし、それ以外にも〈獣人族〉やら、〈鳥人族〉やら、果ては異族系の〈精霊族〉まで、多様な種族が闊歩しているが、街並みはどことなく近世江戸の絵巻に見そうな、和風幻想(ファンタジー)


 桜国の前に訪れた国は、術式で湖中形成された『水中都市』とか、炎の壁に囲まれた『火炎都市』とか、とかく露骨な幻想都市であっただけに、日本の情緒が見られる桜国はかえって新鮮だ。

 風に舞う桜花の舞と、そこに混じる柳の(なび)き。

 街中を走る小川の上には洒落た彫刻が為された橋が掛かっている。

 ――素晴らしい。

 露店で甘味が売ってるのもグッド。


 嗚呼(ああ)、でも、そんな都市の中心に立つ荘厳な桜国城がどんどん近く……。


 綺麗な景色に見惚れていたら、いつの間にか祭輿がかなりの距離を進んでいた。

 まだ頭の中で子細を纏めきれていないのに。

 ――少し祭輿の速度を落としてくれないものか。


◆◆◆


 異世界に転生してからは、例の『爺さん』に育てられたわけだが、そんな俺には『兄弟姉妹』がいた。

 数多くの兄弟姉妹だ。


 そして皆――〈転生者〉である。


 先の話を思い出せばそれとなく察せられるだろう。


 ――そう、〈英雄転生者〉と〈死霊転生者〉だ。


 誰一人として血が繋がっていない。

 異様に異端、それも正しい形容だ。

 中でも俺は〈異界〉からの転生者なので、特に毛並が違う。

 一応〈英雄転生者〉も〈死霊転生者〉も同世界内での転生だからな。……あれっ、俺ここでもぼっ――なんでもない。


 そういうわけで、兄弟姉妹たちとは血が繋がっていないが、それでも心根では兄弟姉妹であるという確信を持っている。

 赤子の頃から同じ場所で育ち、同じ釜の飯を食べ、時には喧嘩して、和解して、そうやって育った。


 〈英雄転生者〉は、前述した世界システム――つまり厳然たる『世界の摂理』として、魂に転生を組み込まれている転生者。

 天災人災を防ぐために〈神〉によって英雄と規定された者でもある。


 対して〈死霊転生者〉は、死霊術式によって転生した転生者。人の手によって転生を巡る者。

 時折、一つの確立した種族として、〈死族(ネクロア)〉と呼ばれることもある。

 それは一度死んでから術式で生き返ったタイプの種族を総称する名称で、畏怖と、一部蔑視(べっし)を含んだ名称だ。

 人によっては、神ではなく人の手によって二度目の生を受けた者に対して、蔑視を向ける者がいる。

 「穢れている」だとか、「神に対する冒涜だ」とか、そんなところだ。


 仮に神がいるのなら、神自身が『英雄転生』なんていう摂理を創ってしまっているのに、『神に対する冒涜だ』とは――まったく笑えてくる。


 ちなみに俺より上の兄と姉は皆〈英雄転生者〉で、俺より下の弟と妹は皆〈死霊転生者〉だ。


 俺の弟と妹を侮蔑した奴には鉄拳制裁する準備がある。

 先生怒らないから手をあげなさい。――怒らないけど手は出すよ。

 そういって俺は昔正直に手をあげたら、出席簿の角で頭打たれた。なんで出席簿ってあんな硬い素材で作られてるんだろうな。

 

◆◆◆


 〈英雄転生者〉の兄姉たちも、〈死霊転生者〉の弟妹たちも、旅立ちの日が訪れるまですくすくと育った。

 ――旅立ちの日。


 そう、俺たちは意図せぬ旅立ちを迫られた。


 俺が十七歳になってすぐ――


 『爺さん』が死んだのだ。


 あの日のことは、今でもよく覚えている。


◆◆◆


 爺さんが死ぬ間際に、兄弟たちが順番に爺さんの寝ていたベッドに呼ばれていった。


 最後に呼ばれた俺は、爺さんから直接の『遺言』を与えられ、最後にほかの兄弟たちへの『遺言書』の存在を教えられた。


『さて、最後に息子娘たちの顔を一斉に拝んでから逝くとするか。ほれ、呼んで来い、エイラ』


 そんなことを言われて、俺が兄弟たちを呼びに部屋から出ていって、皆を連れて戻ってきた時には――爺さんは死んでいた。


 人を騙すのが得意な老人だったが、最後までそうやって人を騙すとは、さすがに予想できなかった。

 こちらとしては少しも皮肉を言ってやりたかったが、その死に顔が優しげな笑みだったから、仕方なくそれらの言葉を飲み込んだ。


 そうして爺さんが死んだあと、〈英雄転生者〉たる兄姉たちと〈死霊転生者〉たる弟妹たちは、それぞれ一組ずつになって旅に出た。

 どうやらその組み合わせも、旅に出るという指針も、爺さんの遺言書に書かれていたらしい。


 辺境の我が家との別れだった。


 当の俺はいろいろと考えたいことがあったので、しばらく辺境の家で過ごそうと思っていたのだが、ほかの兄弟たちに強く諭されて、仕方なく案を折衷(せっちゅう)し、数日遅れて旅に出ることにした。

 一番大事な『旅の指針』だけを真っ先に決めて、あとは旅路で悩むことにした。


 ――ぼんやりとした世界旅行の始まりだった。


◆◆◆


 俺は爺さんから特段に『ああしろ』『こうしろ』とは言われなかった。

 というのも、すでにずっと昔からいずれ俺が為そうとしていることに関して話し合っていたからだ。

 ゆえに、死ぬ間際だからと何か特別なことを話す必要もなかった。


 俺が爺さんに遺言中で言われたのは、


『――好きに生きろ。お前の育ち方によってはもっと迫力のある遺言を、と考えておったのだが、お前はそんなわしの期待を裏切るように、しっかりとそれらしく育った。それに、いまさらわしとお前の間で相談事もあるまい。語れることは、語り尽くした』


 そんな言葉だった。


『お前ならわしが何も言わなくても、きっとわしが願ったように動いてくれる。お前は兄弟姉妹に甘い男だからな』


 爺さんは珍しく優しげな微笑で最後に言った。

 いつも俺に対しては厳しかったくせに、こういう時に限ってそうなのだ。すべてを知っている風に言葉を紡ぐ。

 そして爺さんのそういう言葉は、えてして的を射るのだ。


『だから、自分の想いに従って生きろ。お前の魂を呼んでからずっとお前のことを見てきたが、今、この瞬間に最後の確信を得たぞ、エイラ。お前の魂を呼んだわしは間違っていなかった。やはりわしは天才だ』


 厳しくてマッドな術師で確かに天才だった爺さんは、いつものようにわざとらしく自賛した。

 そうして最後に、俺に強い意志の光が宿る双眸(そうぼう)を向けて、


『〈超人〉であれ、エイラ。お前だけは〈神〉に頭を垂れるな。お前の魂は〈神〉と対等に協議が出来る領域にあるのだ。だから――忘れるな。お前はお前自身が超人になれることを、決して忘れるな。――その魂がいつまでも超然たらんことを』


 爺さんの俺に対する最後の言葉は、死ぬ間際の男のそれとは思えぬほどに、力強かった。

 

◆◆◆


 そんなことがあって、何人かの兄弟たちの誘いこそあったものの、結局俺はそれらを断って、一人遅れて単独旅を開始した。


 三日ほどを籠るようにして辺境の家で過ごし、かねてより抱いていた目的をついに実行に移す決心をし、そのために世界を巡ることにした。


◆◆◆


 一国、二国と地繋がりの国を跨ぎ、間間でその国や都市の文化を見聞し、小難しい本を買って読んだり、目的のために国家間で暗躍してみたり。

 決して漫然(まんぜん)としていたわけではないが、知らない文化の土地を巡るのはやはり楽しいものだった。


 俺が胸に抱いた目的は、自分で決心しておいてなんだが、『大それたもの』である。ついでにかなり『罰当たり』だ。

 だから、俺は一方で、そういう単純な『世界見聞』という『小目的』を、胸の端っこの方に設定しておいた。

 他にも小目的はたくさんあるが、ちょっと欲にまみれてる感じなのであえて言葉にするのもなんだ、その、あれだ。うん。

 とにかく、いざという時に『大目的』の重圧から一時避難するための防波堤として、小目的を設定する。


 俺は〈英雄転生者〉と違って、内心はそれらしく小物だ。

 それでいて小物が抱くには分不相応な大目的を胸に抱いてしまっている。

 爺さんの言う〈超人〉であれば、そんな重圧ものともせず世を突き進むことができるのだろうが――馬鹿め、そんなすぐに超人なんてものになれてたまるか。

 ――まあ、折れるつもりもないのだが。


 とにかく、小物でも、それくらいの決意の強さはあるし、背負う覚悟もある――つもりだ。


 背負うための研鑽も積んできた。


 ただちょっと、小物には小物の心の平静の保ち方があることを、満足げな笑みで逝った爺さんにも理解してほしい。


◆◆◆


 そうして諸国を巡って三国目。


 向かう先は〈桜国〉と称される都市国家――〈シンラ国〉。

 そんな桜国への旅路の途中、旅にもこなれてきて少し鼻高めに旅人を演じていたところで――『事件』は起こった。


◆◆◆


 〈桜国〉の東方には〈魔獣線〉という地域がある。


 特別知性が高く、かつ好戦的で人を襲う可能性が高い獣のことを一般に〈魔獣〉という。

 そんな魔獣が、群れを成すように大陸を縦断して生息している地帯があって、それを〈魔獣線〉というのだ。


 ちなみに知性が高く、かつ温厚で人と共生することの多い獣を〈聖獣〉という。

 露骨だが、その言葉を作ったのが人族である以上、そうやって端的な区別をつけてしまうのも必然だろう。


 さて、そんな桜国東方の〈魔獣線〉だが、間の悪いことに、俺が桜国へ東南方向から入国しようとしたところで動きがあった。


 〈魔獣線〉から魔獣の大群が押し寄せてきたのだ。

 ――〈魔獣侵攻〉と呼ばれる、魔獣勢力の人族領への攻撃だった。


 桜国は桜国で、〈魔獣線〉に近いことを把握しているため、〈魔獣侵攻〉に対応する特化軍隊を持っている。

 風光明媚を生かした観光業で得た金を使い、各地から手練れを雇って〈魔獣侵攻〉からの防衛用に置いているのだ。

 その実戦力は目を見張るもので、そうして悠々と観光業に勤しむことができるのも、その特化軍隊〈桜国騎士団〉が人々にとって信用に足るからだ。


 そういうわけで、今回の魔獣侵攻に際しても〈桜国騎士団〉が迎撃に出た。


 ぞろぞろと桜国の国門から得物を手にした人族たちが出てくるのが遠目に見えて、俺はぼんやりとしながら彼らの動きを観察していた。

 振り向いて魔獣の軍勢を見直し、また桜国騎士を見直し。

 ちょうどその間に挟まれていた俺は、悠長に二つの勢力の均衡を見定めようとしていた。


 パっと見たところ、「互角だろうか」と、そんな印象を得たが――


 その印象は直後に消えた。


 『見覚えのある男』が、俺の前を猛然とした速度で過ぎ去って行ったからだ。


 まともな人族の疾走速度ではない。

 まるで風の塊のように、俺の目の前を過ぎ去って行った存在。

 やたらに精度の良い俺の目は、その存在の正体をすぐに知らせてきていた。



 ――『兄』だ。



 俺の前の前を過ぎ去ったのは、〈英雄転生者〉の一人である金髪を宿した兄だった。

 それに気づいた時、どうやら向こうも遅れて俺の存在に気づいたらしく、風を纏いながら猛然とした速度で戻ってきた。


『あれっ!? エイラじゃないか! 久しぶり! どう? 元気?』


 魔獣の行軍によって巻き上げられた砂埃が、視界の奥の方にもくもくと見えているというのに、その兄は柔らかな笑みで言葉を紡いでいた。

 金髪金眼の、ほれぼれするような美貌の男。

 その兄は柔和で優男を地で行く男だったが、殊、争いごとに関しては『英雄』らしい暴力を発揮した。

 そんな兄が魔獣の軍勢の方向に駆けていったのだから、することは一つだろう。

 俺は次に兄の口から放たれる言葉を予想していた。


『あっ、ちょっとあの〈魔獣侵攻〉を止めるから、エイラも手伝ってよ』


 俺の予想通りの言葉がやってくる。――否、訂正しよう。前半部は予想通りだが、後半部は予想だにしなかった。

 俺は俺で、この〈魔獣侵攻〉をまったく見過ごすわけにはいかないだろうと、それくらいの正義感は持っていたが、かといって『アレ』に一人で揚々と猪突するのもなんだかな、というところである。

 少しだけ助力して、あとは桜国騎士たちに任せようと思っていた。

 しかし、兄に腕をつかまれ、


『よし、じゃあ行くよ。ちゃんと掴まってるんだぞ、弟よ』


 白い歯をキラリと日光に煌めかせた兄が、俺の腕を掴んだまま再び超速度で疾走した。

 

 ――俺、別に掴まってないんだけど。掴んでいるのは俺じゃなくてあなたです。


 そうして最前線まで連れて行かれて、足をカクカクさせながら仕方なく覚悟を決める。

 今回の魔獣侵攻がいつもより激しかったこともあって、兄一人ではさすがに荷が重いだろうと、そう思ったのも覚悟を決めた理由の一つだ。

 もともと英雄が来てしまったらちゃんと助けようと決めていたのだが、いきなりだったからちょっとビックリしたんだよね……。こういう状況になったの初めてだし……。


 ちなみにその兄は、優秀な術師であった爺さんをして『天才』と称するほどの術式の達人だった。

 それに比べて、生憎(あいにく)俺は術式系が得意ではない。


 ――得意であってたまるか。俺の魂の出処(でどころ)は科学の跋扈(ばっこ)する地球世界であるぞ。


 体内術素である『魔力』だけはやたら莫大に身体に宿っているのだが、こう……使い方がね? ……何なの? 術式言語とか事象式とか良く分かんないんだけど。ハハッ、俺機械語苦手なんすよ。


 とはいえ、まったく魔術が使えないわけではない。

 マッド術師たる爺さんや、英雄として最初から術式スペック高い兄姉たちが、キャッキャウフフ言いながら俺の莫大な魔力を最大限活用できる魔術を作った。一個で二度おいしい、いや三度おいしい、みたいな便利な術式だ。

 それを俺は血反吐(ちへど)吐きながら暗記した。

 それでも、やっぱり燃費は悪いわ頭は疲れるわで、基本最後の切り札状態である。横文字風に言うとラスト・リゾート。

 

 一方で、異界から転生した来た時に俺の魂が生成したというこの『身体』は、頑丈さと力強さが取り柄であった。

 そこに爺さんの超絶スパルタ鍛練が戦闘技術という形で結実し、なかなか動けるようになった。――今なら瓦割りのギネス記録出せる。


◆◆◆


 そういうわけで、俺は今回も魔獣をぶん殴って追い返すだとか、尻尾を掴んで遠投して〈魔獣線〉に投げ返すだとか、やや雑なやり方を駆使して魔獣の軍勢を撤退まで追い込んだ。

 ほとんどは兄が追い返していたので、兄と比べれば俺がやったことなど大したものではない。

 何度も言うが、功労者は兄なのだ。

 断じて俺じゃない。


◆◆◆


 桜国騎士たちが隊列をなしてその場に訪れるまでに、ほとんどの魔獣は〈魔獣線〉にまで逃げ帰っていた。


『いやー、なんとかなったね。良かった良かった。エイラも手伝ってくれてありがとう』


 兄は柔らかな笑みでそう言っていた。


『何日か前に僕がいた南方の国でも、別の魔獣線からの魔獣侵攻があってね。ハハ、今月で眉間に皺寄せた魔獣の顔と鉢合わせるのは二度目だよ』


 少し疲れたように苦笑する兄を見て、俺は複雑な気分になった。

 たぶん、そうやって兄が〈魔獣侵攻〉のような大規模な人族の危難に見舞われるのは、〈英雄転生者〉であるからだ。

 

 英雄転生者は危難あるところに『居合わせる』。

 まるでそれが運命とでも言わんばかりに。


 ――『英雄の運命』。


 もし本当にそれによってこんな危険に直面しなければならないのなら、兄の命運は実に不幸に覆われていると思う。

 それでいて、兄自身も目の前の危機を助けてしまうのだ。

 それは誇るべきことだ。

 純粋に格好(かっこ)いいと思うし、弟として誇りに思う。

 だが、人より多くの危機に見舞われているのも事実だ。

 俺からすれば「自分が死んでしまうくらいならほかを見捨てなよ」と言いたくなってしまう。


 でもきっと、兄は助けてしまうだろう。

 誰が仕組んだかは分からないが、そういう性格なのだ。


◆◆◆


 その後、追いついてきた桜国騎士たちに礼を告げられ、『ぜひ桜国王のもとへ。褒賞を差し上げねば』と半ば強引に連れ去られそうになった。

 すると兄は、


『よし! じゃあ僕はアイリスを待たせてるから、先に行くね! 褒賞はエイラが受け取りなよ! じゃあね!』


 直後、再び風を切って疾走していった。

 唖然とする俺と桜国騎士。


 ――『やられた』と、そう思った。


 兄はこういう目立った褒賞を受けるのが苦手であった。――単純に照れ屋なのだ。

 出来過ぎだろうと思ってしまうが、あの兄は幼少の頃からそういう出来過ぎた存在だったのだ。

 俺もその場から逃げようとしたが、『ここであなたにまで逃げられては桜国の名誉に関わります。国を救ってくれた者に褒賞の一つも出せないと言われては、今後の観光業にも支障が』そういわれ、両腕をつかまれて連行された。


 振りほどいて逃げようとも思ったが、彼らの必死の形相を見て、断念せざるを得なかった。

 俺のせいで桜国の観光業が廃れたなど言われては、豆腐ばりの柔らかさである俺のメンタルは、きっと軽い音を立てて砕け散る。

 プチッ、グシャア! とか、そんな感じで盛大に飛び散るだろう。


 勝負は決していた。

 先に逃げた兄が勝ったのだ。


 ――抜かりのない兄である。

 次に会ったら悪戯をしてやろう。

 額に『肉』とでも書いてやろうと思う。


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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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