44話 「世界救済も世界征服も楽じゃなさそうだ」
結論から言えば、神庭協団が桜国騎士団と協定を組むことになったのは、俺がアラン兄と〈魔獣侵攻〉を退けたことに起因するらしい。
なんでも、あのあとも桜国騎士団は俺のことを探し回っていたらしく、例の褒賞を保留状態に、ついには周辺にも探索の手を入れたということだ。
俺が水国方面から来たことを知った彼らは、水国で何か情報を得られないかと探った。
それをエリオットが見つけて、詳しく話を聞いてみると、人を遠投している姿と黒髪だったという特徴から、それが俺であることに勘付いた。
そうして、じゃあ仲介をしようということで、エリオットが俺の代わりに褒賞を受け取ったらしい。
それで桜国もひとまず体裁を整えられたということだ。
――も、もういいじゃん。あの時あそこにはメウセリアがいたことだし、適当に渡しておけよ。
すると今度ははエリオットが攻めた。
魔獣侵攻が災厄認定されそうなことはエリオットも重々承知であったし、直近の魔獣侵攻の勢いが例年より強かったことも考慮して、協力を申し出たらしい。
水国は魔獣線より下方にあって、大きな運河のおかげで魔獣侵攻の被害をあまり受けないが、魔獣線に近いことは変わりない。
だからエリオットは神庭協団を使った。
国家間の同盟だと、やや政治的な力の発露がある。
周辺国家がそれに対し別の懐疑の視線を向ける可能性も、まあないではなかったので、ややひねったらしい。
『もしダメなら言ってほしい、すぐに解消する』エリオットの手紙の最後にはそう書いてあった。
すぐに解消するって、それはそれで桜国に迷惑掛かりそうだよな。
そう思ってしまうのは俺だけだろうか。
ともあれ、エリオットはなかなか過激なことを言う奴だが、俺はエリオットの手腕を信用している。
たぶん、ああいう実戦政戦どちらもありの超人になるには、こういう淡々冷徹とした決断力が必要なのだろう。
団長である俺の責任で言葉を返すとすれば、
『問題が起こらないのならそのままでいいだろう』
こんなところである。
◆◆◆
「逆に十枚以上もびっしりと詩を書くって、すげえ労力だよな……」
俺は報告書を呼んだあと、まだ手元に残っていたエリオットからの詩の方に、少しだけ視線を移していた。
『エイラ。嗚呼、エイラ。我が愛しの友よ。僕の声が聞こえるかい』
聞こえるわけねえだろ。
『こんなにも僕は君を思っているのに、どうして君は僕の声に応えてくれないのか』
気持ちわりぃな、おい。
『嗚呼、今すぐにでもこの国を捨てて、君のもとへ走り行きたい』
絶対来んな。
『嗚呼、険し山、嗚呼、流る川、嗚呼、立ち塞ぐ森。すべてを越えて君のもとへ。嗚呼、エイ――』
『嗚呼』で字数稼ぎすぎだろ。精進しろ。
そんなものばかりが映ったので、あと腐れなく燃やすことができました。
エリオットに詩人の才能が無くてよかった。
なまじ才能溢れていて、感動に打ち震えて手放せないような詩を書かれたりしたら、きっとイゾルデやハクロウから隠し通すのにえらい労力を消費したであろう。
――だからやっぱり精進しなくていい。
「さて、行くか」
俺は灰となって霧散したエリオットの詩を心の中で供養したあと、扉に手を掛けた。
もうイゾルデとハクロウは下にいるだろうか。
◆◆◆
俺が階段を下りて行くと、すでに広間にイゾルデとハクロウの姿があった。
イゾルデは高そうな陶器のカップを傾けて紅茶を飲んでいて、ハクロウは芋虫を喰っていた。
あいつ昨日飯屋でなんかしてるなって思ったらテイクアウトしてたのかよ。抜かりねえな。
「お、準備できたでござるか?」
「うん、特に持ち物ないし――あっ」
言いかけて、イゾルデの鋭い視線がこちらに向き、俺は気付いた。
――テント忘れてた。
途中で買っていこうか。
「途中で買うって」
「よろしい」
どうやらイゾルデの視線の意味は、俺の予想通りだったらしい。
あぶないあぶない。
「別に一緒のテントでも――」
「一番苦しむ呪術ってどういう作法なのかしら。略式とかないのかしら」
冗談です。
「んじゃ、そろそろ行こうか」
最後にマルスさんにも挨拶して行こう。
シャルルの姿はないけど――まあ、シャルルは泣いてしまいそうだからいいか。
彼女の泣き姿を見たら尾を引かれてしまいそうだ。
「マルスさんは?」
「さあ? 呼びかけてもいないのよ。御代は払ってあるし、いいんじゃない?」
イゾルデが淡々と言う。
もしかしたら彼女もこういう別れが苦手なのかもしれない。
苦手というか、恥ずかしいというか。
だから、彼女がそういうならいいだろうか。
「――ハクロウ」
「あっ、ちょっ、これ今食べ終わるので……」
「まるごと行きなさい」
「横暴でござるなっ!?」
そうイゾルデに言われるハクロウだが、なんだかんだと彼女の言葉に従って、黄緑色のデカイ芋虫を口にまるごと含んだ。――なにあれ、ハムスターみたい。
そうしてイゾルデもカップを机に置いて、椅子から立ち上がる。
またイゾルデの視線が俺に向いて、何事かと思う直後、俺は察した。
なにを隠そう、俺は護衛兼『荷物持ち』なのだ。
「――ん。あれお願いね」
イゾルデが言いながら指差す先。
――なにあの巨大なバックパック。
それを背負って紅茶亭の玄関口くぐったら引っかかったりしません? と咄嗟に思うほどのパンパンに膨らんだバックパックがある。
「なんか増えてない? あんなに荷物あったっけ?」
「買ったじゃない。夜市で」
あの時買ったのを含めてもさすがに量がおかしいような……。
「あ、情報収集してる時イゾルデがまた追加で交易品をんむぐっ!!」
ハクロウがもごもごしながら言い切ろうとして、途中でイゾルデに口を押さえられていた。
狼の口が上下から手でふさがれ、ハクロウは目に見えて狼狽えながらイゾルデと視線を交わしている。
俺の方からではイゾルデの背中しか見えないが、ハクロウの目が恐怖に彩られていて、かつ身体がガクガク震えているのを見るかぎり、かなりヤバイ表情をしているに違いない。――南無ぅ。
「じゃ、行きましょ」
仕方あるまい。
荷物持ちであることに今こそ誇りを持とう。
あらゆる荷物を! 持ち運んでみせる! ――あっ! やっぱり引っかかったわ!
バックパックを背負って玄関口を出ようとしたら、案の定両脇が引っかかった。
そうしてどうしようかと四苦八苦しつつ、ふと玄関の際に複数の気配を感じて――
「――あ」
ふと挟まったまま目を向けると――
「エイラさん! お世話になった人たちが挨拶したいって! みんなで来ました!」
シャルルとマルスさんを中心に、見た顔の探索者たちがズラリと並んで、紅茶亭の前に立っていた。
彼らの顔には明るい笑みがあって、事が順調に進んでいることを俺に報せる。
最初に玄関口を出て行ったイゾルデは俺の前で絶句していて、しかし次にこんなことを呟いた。
「――もう、離れづらくなるじゃない……」
やっぱり彼女はこういうのに弱いらしい。
◆◆◆
ハクロウに後ろから押しこんでもらって、ようやく俺は紅茶亭から抜け出した。
すでにシャルルに抱き着かれているイゾルデのところまで歩んで、他の探索者達から握手を求められたから俺もすべてに応えた。
ハクロウも女性陣に抱き着かれている。
毛並が好評のようだ。
――お前人族の女には興味ないんじゃなかったのかよ。
がっつりデレデレしている。
「エイラさん」
すると、俺の前にマルスさんが歩み寄ってきていた。相変わらずのイケメンだ。
「本当にお世話になりました。いつかこのご恩を」
「いえいえ、こんな良い宿を安くしてもらって、それだけですでにお世話になってたのは俺みたいなもので――」
「ぜひまた泊まりに来てください。次は無料でもいいですよ?」
爽やかにウィンクをして見せるマルスさん。イケメンのウィンクは強烈だな。
「なら、次はその言葉に甘えることにします」
俺はそういってマルスさんと握手をした。
と、マルスさんと別れを告げたあとに、すぐまた別の気配を感じる。
背面、後ろだ。
「エイラさん!」
すると、ふと気付けば俺の前にシャルルが歩み寄ってきていた。
どうやらイゾルデとの挨拶は済んだらしい。
シャルルは目を潤ませているが、顔には笑みがある。
「いろいろ助けてもらって……本当にありがとうございました!」
「俺も助けてもらったよ。ありがとう、シャルル」
迷宮都市でこうしてうまく立ち回れたのはシャルルのおかげだ。
それは間違いない。
「そういってもらえると、ボクもちょっと自信が持てます。――その……だ、団長」
その呼び方は予想だにしなかった。
一応シャルルは神庭協団の一員になる予定であるし、その呼び方も関係性的には間違っていないのだろうが、
「呼びやすい方でいいよ?」
「ちょ、ちょっと悩みますね……! 団長って呼び方もそれっぽくて結構良いと思うんですけど――」
俺は若干むずがゆいけどな。
他の団員に『マスコットのくせに』とか言われそう。
「でもやっぱり『エイラさん』にします! やっぱりこっちの方がしっくりきますね!」
「おお、そうか。俺もそっちのがいいかな」
言うと、シャルルがパァっといつもの満面の笑みを浮かべる。
俺も自然と顔がニヤけた。
たるんだ気持ち悪い顔をしているかもしれない。
「エイラさんと一緒にいられなくなるのはさびしいですけど、エイラさんが旅に出るのを止めるわけにもいきません。本当は……サリューンの情勢が安定していたら、ボクもエイラさんについて行きたいって思ってたんですけど――でも、まずはボク自身がお世話になったこの都市を、頑張って良い方向に持っていこうと思います。サリューンから災厄を無くすことがエイラさんのお役に立てることでもありますから!」
「うん。ありがたいよ」
「だから、笑顔で見送ることにします。――本当に、寂しいんですけど」
シャルルの眉が急に垂れ下がって、途端に瞳の潤みが増した。
結構気を張っているのだろう。
「でも、エイラさんは僕の上司みたいなものですから、呼ばれればいつでも会いに行きますよ! 助けが必要だったらいつでも言ってくださいね!」
健気だ。なんて健気なんだ。ああ、撫でたい。
思った時には手が伸びていた。
「んっ、にゃん――」
シャルルが身をくねらせてもじもじする。
「も、もっと! 今のうちにもっと!」
前もそうだったが、なんだかんだとシャルルは押してくる。
俺の手の方に頭をぐりぐりとつけてきて、俺の手のひらにさらさらしたシャルルの髪の感触と、その奥の彼女の体温が伝わってくる。
しばらくそうして撫でていて、ついに、「そろそろ行こうか」と、ゆっくりと手を引いた。
寂しげな瞳で見上げてくるシャルルに、思わず惜別の念が浮かんでくるが、それを必死の理性で押し返す。
「行ってくるよ。シャルルも大変だろうけど、お願いね」
神庭協団の一員として災厄に目を光らせてもらう。
だから、一応その協団の団長として、彼女に言葉を投げかける。
そんな言葉にシャルルは、
「はいっ!」
力強い声で答えてくれた。
ぽろぽろと目尻から透明な雫が落ちているが、彼女は明るい笑みを浮かべていた。
「うん。――よし! んじゃ、行くとしようか!」
そうして俺は、シャルルと同じく目から涙をあふれさせているイゾルデの背を軽く叩いて、迷宮都市サリューンの西門へと歩を進める。
周りから探索者たちの『またな』という合唱が聞こえてきて、俺はそれに片手で答えた。
俺とイゾルデとハクロウは、それぞれに決意と涙と笑みという三様の表情を宿して、サリューンをあとにした。
◆◆◆
まさかこんな華々しい出立になるとは思っていなかった。
もっと目立たずに、災厄だけ解決して去ろうと思っていたが、俺の不出来もあって、そしてみんなの助力があって、いろんな繋がりが出来てしまった。
本当は、俺と関わることで彼らに危難が訪れてしまうのではないのだろうかと、不安に思ってしまうところもある。
でも、こうして手を差し伸べてくれる彼らの手を払いのけるのも、やっぱり少し違うと思う。
エリオットの時もそうだった。
俺は一人じゃ災厄を解決しきれない。
英雄を呼び込んでしまうような災厄は一人では解決しきれない。
だから、彼らの助力は本当にありがたいものだ。
なら、そんな彼らを後悔させないために、俺もできるかぎりをしよう。
イゾルデにも言われたが、責任を感じればこそ、その思いに精一杯応えることにしよう。
せめて俺が団長を務める神庭協団の同志たちと、手を差し伸べてくれる友人たちには、精一杯応えて見せよう。
そう改めて決心した。
――まったく、世界を救済するのも征服するのも――楽じゃなさそうだ。
【あとがき】
迷宮都市サリューン編、終わりです。
これで20日ほどで猛然と書き上げた20万字を放出しきりました。
文庫二冊分くらいでしょうか。
おそらく執筆速度的には歴代最高速度だったと思います。
そのせいもあって、やや文章的には拙いところも見えたと思いますが、ここまで付き合って下さったことにまずはお礼を。
普段はあとがきとか修正報告以外ではあまり使わないのですが、ここで一旦話が切れるので、その報告がてら。
続きの投稿はまた章末まで書きあがってからになります。
それまでひとまず完結扱いにしてとめおくことになると思います。
もともとそういうつもりで書いていた作品ですので、毎日更新を楽しみにして頂いていた方には申し訳ありません。
旅モノ、かつ多文化的な世界観を書きたい(あと一人称視点への挑戦)という欲求が先行して生まれた作品でしたので、物語としてはややあらが目立ったかもしれません。
ですが、もし雰囲気を楽しんでいただけたなら、それだけで十分報われたように思います。
こういう「旅と多文化」な作品の性質上、構想はやたらといろいろあって、プロットもかなり溜まっているのですが、ほかの作品との兼ね合いもあって、少し休止期間に入ります。
章末まで書きあがった場合は、活動報告にて報告するとともに、また連載を再開すると思います。
また、今のところどうしようか悩んでいるのですが、感想でいくらか希望があったとおり、閑話的なものや外伝的なものもちょろっと加えるかもしれません。
まだどうなるかわかりませんが、ひとまず今はこんなところで。
ではあらためて、ここまで読んでくださってありがとうございました。




