1話 「異界転生者」
人に勘違いされるっていうのは恥ずかしいものだ。
それが悪い方向での勘違いであっても、良い方向での勘違いであっても、やはり恥ずかしいものだ。
前者は恥ずかしいというよりは腹立たしい、かもしれない。
ともあれ、現状を当てはめるなら後者だ。
面の皮の厚いやつならば、きっと得意げな顔で「だろ? 俺すげえだろ?」などと言えるのかもしれないが、俺にそれは無理だ。難易度が高すぎる。
というのも、勘違いの規模が違うのだ。
桁外れというやつだ。
勘違いで街を危難から救った『英雄』にされても、非常に困るのである。
前世で、そもそも応援にすら行っていないのに、「あの時すげえでかい声で応援してくれたの、お前だろ? ちゃんと聞こえてたぜ、ありがとな」と高校球児であった友人に、後日爽やかな笑顔で言われるのとはまた訳が違うのだ。
『英雄様の御通りだ! 道を開けろ!』
『魔獣から我らを救ってくださった英雄様だ!』
『歓声を! 歓声をっ!』
複数の声が耳を穿つ。
これは逆に拷問ではないかと思えてきました。
◆◆◆
こんな状況に至るまでの過程を、子細説明したくなる欲求はあるのだが、それを聞いてくれる仲間が傍に一人もいない。
ぼっち万歳。
旅の途中で立ち寄った〈桜国シンラ〉の民が大勢で担ぐ神輿に乗って、呆然として空を見上げるので精一杯な現状、頭を働かせるのもそれらしく一苦労である。
――超逃げてえ。
逃げたいが、眼下は活気立つ桜国の民たちでいっぱいだ。
彼らの頭を足蹴にして逃げるほどの度胸も、また持ち合わせていないのである。
これから桜国城まで勘違い凱旋を続けさせられるのだろう。
こうなれば已む無しである。
少しも気がまぎれるだろうから、状況を自分で整理するためにも、子細を頭の中でまとめておこうと思う。
◆◆◆
最初に述べると、俺は〈転生者〉だ。
……。
「なにいってんだこいつ」と思う者も多いと思う。
なんでそこから始まるのだと思う者もいるだろうが、現状の『勘違い凱旋』がそれに関係することもあって、軽い物語風にまとめようとすると〈転生者〉であることを最初に説明する必要があるのだ。
さて、その奇天烈な台詞に対し、特に俺の前世生きていた世界の人間は訝しげな視線を向けてくる奴が多数であるだろう。
一部、目を輝かせて「それでそれで!?」と訊いてくる選ばれし少数派もいると思うが、まあそちらは少数派なのでひとまずおいておくことにする。
話を続けよう。
転生というからに、俺は前世の記憶を引き継いで、二度目の生を受けたわけである。
加えて言えば、よりによって前に生きていた世界とは別の世界に、だ。
それらしい単語に置き換えるならば、ずばり――『異世界』だ。
俺の引き継いできた価値観に照らし合わせるに、「転生など早々してたまるか」と言いたいところであるが、生憎俺の価値観はこの異世界では通用しないらしい。
こちらの世界では『転生』そのものに対する理解があった。
なぜなら――こちらの世界では『同世界上における転生』が稀に起こるからだ。
◆◆◆
こちらの世界での転生は、大別すると二つに分けられる。
一に、〈英雄〉の転生。
生前多大な善行を重ねた英雄は、どういうわけか輪廻を巡って再び生を受けることが多いという。
一説には、たぐいまれな能力によって世界的天災や人災を解決し、世界の秩序を保つためだと言われている。
つまり、一種の『世界システム』らしいのだ。
どこの世にも天災はあって、英雄と相対するほどの悪雄による人災や、魔獣等の人族以外による災害も存在する。
そういうものの勢いは、えてして善行的な行いよりも激しく、また急進的だ。
積み上げるより一発でぶち壊す方が楽なのである。
そういう災害を止めるために、『英雄』が何度も生まれる。
――まるで道具のようだ。
そんな世界のシステムに選ばれてしまった英雄は、一体どんな気持ちで世界を救っているのだろうか。
二に、『死霊術』による転生。
端的に言えば、魔法の力だ。
死霊術。
死と生の狭間を穿つ、魔の術式。
基本的に術式は体内術素である魔力を使った『魔術』が基本だが、術式に通す術素の違いによって、『天術』やら『地術』なんてものもある。
自然高空に存在する『天力』を利用する時は『天術』で、地脈に流れる『地力』を利用して術式を起こす場合は『地術』。
他にも『命力』なんて特殊なものもあるが、ひとまず細かい話はおいておこう。
術式もまた、転生と同じく反応が分かれるところだろうが、これは物理現象のようなものだ。
かくある物なのだから、そうであるのだ。
エネルギーが質量×光速の二乗で導き出されるのと同じように、世界に存在する『術素』を事象を顕す式に通すと、それが顕現する。
ともあれ、そういう神秘の力によって、人の魂を呼び戻すことができるらしい。
基本的に〈転生者〉はこのどちらかである。
二の死霊術による転生は、自分の身体に戻る場合と、ほかの器に転生する二種類があるので、一概に転生といっても少しニュアンスの違いがありそうだ。転生とか、憑依とか、言い方の違いを主として。
しかし、あえて区切るほどのものでもないので、一括りに転生ということでいいだろう。
基本的に、と前置きしたのは、その転生の種類に例外があるからだ。
そのどちらにも当てはまらない転生者。
つまり――
――俺のことである。
◆◆◆
『異界』からの転生者。
俺がいた地球はこんな術式やら魔獣やらが跋扈する超世界じゃなかった。
そんなものは、我が国におけるサブカルチャー隆盛の象徴たる数々の漫画、ゲーム、小説、それらの中にのみ存在するものであった。
気のせいだった。
自分で体験してしまった。
記憶の中の世界と、今生きている世界の齟齬。転生による世界の誤差。
それを自分で認識してしまっているのだ。
厳密に輪廻してるかは分かんないから、まだヒンドゥー教とか仏教の方々には黙っててね。
ちなみにまだ少し、記憶に穴が空いている。
だが、そんな中で、十七歳の誕生日をぼっちで過ごした悲しい記憶は鮮明に残っていたりする。
高校の屋上の給水塔の上に登って、一人で「はーっぴばーすでーとぅーゆー」って口ずさんだ最高にクールな記憶だ。実は下に人がいてクスクス笑われたところまでが●REC。
そして今の俺も十七歳だ。
この意味が分かるだろうか。
向こうでも十七で、こっちでも十七。合わせて――合わせちゃダメ。
こちらの世界での十七歳という換算も、決して間違いではない。
十七回も盛大な誕生パーティーをこちらの世界でやった記憶が、当然のごとくあるのだ。
つまり、俺は二度も十七歳を迎えている。
これが自分が転生者であることに確信を持つ、とても端的な理由の一つだ。
まあ、普通に死んだとこ覚えてるからそれが理由でいいんだけどさ。
ちょっと気取って論理的に攻めてみた。
それにしても、一歳の誕生日覚えてるって普通じゃありえないよね。
でも俺覚えてる。まだほとんど寝たきりだった俺の顔に、姉が黒い塗料で落書きしていったこと、覚えてる。
『内』って書いてあった。
『肉』じゃねえのかよ。
◆◆◆
そんな〈異界転生者〉な俺を育てたのは、一人の爺さんだった。
俺の魂とやらを術式の力で呼んだのもこの爺さんだ。
その爺さん曰く、
『わしの目的のために特殊な魂が必要でな。別世界から魂を呼び出す術式を超天才なわしが生涯かけて作って、それを使ったらお前が来たのだ』
追加で『てへへ』とか言ってやがったから脛毛超抜いてやった。
最初にそれを聞いて俺が脳裏に浮かべた言葉は、
――なんて無差別的だろうか。
である。
『まあ、アレはアレで結構緻密に条件つけとったし、なるべくしてそうなったとわしは思っとるんだがな――』
死んだあとに霊界なんてものがあるとして、とするなら俺はそこから呼ばれたのだろうか。
それとも死ぬ間際? 死んだら魂とか死んじゃうのかな。もしそうなら死ぬギリギリで魂呼ばれたとか、そういうのだろうか。
『さすがに生きている者から魂だけを抜き取ることはできんよ。癒着しとるからな。――ああ、ちなみに肉体の方は魂を呼んだ時に自動で生成された。お前の魂がこの世界に適合するために自ずから肉体を作ったのだろう。一応替えの身体も用意しとったのだが、必要なかったな』
爺さんにそう言われ、おそらく霊界から呼ばれたのだろうことを察した。
生きている者の魂を呼べないのなら、俺はしっかりと死んで、そのあとに霊界やらなにやらから呼ばれたのだろう。
そう漠然と予想する。
――閻魔様にはもっとちゃんと仕事をしてほしい。
異世界からあなたの裁くべき魂がさらわれてますよ。
ちょっと、しっかりしてくださいよ。
それに肉体の生成とは、またずいぶんと大仰なことである。
俺の魂が勝手に肉体を生成したらしい。それ禁忌とかに引っかからない? 大丈夫? 俺黒い手みたいなのに襲われるのヤだからね。
さて、そうは言っても、まずは『よくやった』と言っておこう。
自分の魂に。
自分の魂がどういうものかそもそも良く分からないが、身体を再生成した手腕には我ながら脱帽する。
別の身体に乗り移るというのも、なんとなく嫌なものだ。
どうせなら自分の身体の方がいいに決まっている。
『この世界で適合するために』というからには、前世の肉体とは仕様が違うのだろう。
その違いも認識している。
というか地球仕様だったら俺速攻で辺境に籠ること決めてるわ。姉と兄のデコピンで頭吹っ飛ぶもん。
◆◆◆
「はあ……。どうすっかなあ……」
まだまだ桜と柳の並木道は続いている。
神輿に座ってツラツラ自分語りなんてものをしてみるが、気分が復調する感じでもない。
「どこから俺の人生曲がりくねったんだろうか……。――生まれた時からかあ……」
そういうわけで、かくのごとき無差別的なそれによって、俺の魂は閻魔様の御前に直ることなく、異世界へと召された。
――ハハ、してやられたぜ。
乾いた笑いは、俺の得意とするところである。