35話 「災厄教団」
俺が彼らを真っ当な探索者ではないと判断したのには、いくつかの理由がある。
一に、彼らは探索者らしい荷物を持っていない。
途中で置いてきたのか、そもそも持ってこなかったのかは知らないが、身軽な格好だ。
基本的に探索者は迷宮遺物を入れる袋などを持っているはずだが、それすら見えない。
二に、彼らに囲まれながら、目に涙を浮かべている少女の姿が俺の視界に入った。
その少女も身軽だ。身軽というか、ボロ布一枚だ。
迷宮にあんな年端もいかぬ少女を連れてくるのは、あきらかにおかしい。
俺はその光景を見て知らずのうちに臨戦態勢を取っていた。
「おい、なにしてる」
訊ねる。
すると黒衣の集団から一人が歩み出てきて、目深にかぶったフードをそのままに、俺に人差し指を突きつけてきた。
顔は見えない。
まるで隠蔽術式か何かで黒い影を差しこませているような感じだ。
フードの中は真っ黒で、本当にローブの中に人が入っているのか少し不安になる。
だが、その疑いのおかげで俺の〈世界眼〉が事実を映しだした。
――隠蔽術式。
そのフードの空間に、編み込まれた術式が映る。
見たことのない術式言語で、残念ながら解読はできない。
「――その子はなんだ。お前ら本当に探索者か?」
「――『災厄を求めよ』」
俺の質問に対する答えは、不気味な言葉の羅列だった。
会話が成立しないことを察する。
こいつらは『きなくさい』。
すると、
「た、助けてくださいっ! 私はこの人たちに攫われて――」
黒衣たちに囲まれていたボロ布の少女が、俺を見て助けを求めていた。
瞬間、把握する。
こいつらは『ろくでなし』だ。
「おい、そこをどけ。その子を放せ」
この状況を見て、さすがの俺も正義感を振りかざさずにはいられない。
異常だ。
こんなに露骨な現場を、俺はなかなか見たことがない。
ベッタベタの――クソみたいな現場である。
「『災厄を求めよ、さすれば神の摂理は現れん』」
嫌なフレーズを言う。
俺が嫌いなフレーズだ。
こいつらは何を目的としているんだ。
俺はすでに一歩前へ歩を踏んでいた。
相手の正体がわからない以上、臨戦態勢のレベルを高めに設定しておく。
四肢の動きを確かめ、即時の動きに対応できるよう脱力させる。
右手には〈赤炎〉の術式を発動待機状態にさせておいた。
戦ろうと思えばすぐに戦れる体勢。
それでも、第一優先はあの少女だ。それは違えない。
俺は少女から意識を離さないよう気を張った。
「私はここで死ぬわけにはいかないのです! 私が死んだら貴国と高国の間で戦争がっ――!」
少女は叫んでいた。
戦争という単語がいやに耳に残る。
少女の口からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
だが、
――あ。
同時、戦争という単語を聞いたとき、俺はあることに気づいた。
きっかけは彼女の言葉。
戦争。
それは災厄だ。
そういう考え方をしたのは、俺がきっと災厄に特別な感情を抱いているからだ。
俺の頭の中には一つの推測が浮かび上がっていた。
ややご都合主義な物語に傾倒したような推測だが、俺は自分の推測に自信を持っていた。
◆◆◆
こいつら――『災厄』を起こすつもりだ。
◆◆◆
「お前ら――災厄を起こすつもりだな……!」
「ほう、よく気づいたな。――なるほど、『災厄』という言い方をするのだから、神に関して一定の識を持つ者か。ならわかるな。私たちがしようとしていることが、どれだけ『崇高』なのか」
一旦俺がそんな言葉を投げかけると、黒衣は饒舌に喋りはじめた。
その様も異様だ。
さっきまで淡々としていたのに、急に元気になった。
自分の興味のある事柄を訊ねられて、嬉々とする子供のようだ。
爺さんのマッド術式研究者ぶりが思い出される。
ああいうタイプは自分の好きな分野になるとこうしてテンション高めになることが多い。
「この貴国の王女を大変動にまき込ませる。そうして死ねば、貴国と高国の間に戦争が起こる。一度で二つの災厄の鍵を回せるのだ。戦争災厄と、迷宮災厄。はて、何人死ぬかな」
「回りくどいやり方をしやがる」
俺は黒衣を前にあえて会話を続けた。
会話をしている最中の黒衣には隙がある。どこかふわふわとした気味の悪い軽さがある。
このまま会話を進めて、できるかぎり距離を詰め、最後に少女を確保する。
「我らが直接手を下したのでは意味がない。もっと災厄を匂わせなければならないのだ。そうしなければ『英雄』が来ない。英雄も万能ではないからな。英雄を呼ぶ規模の災厄が同時に起きた場合、より大きな方に英雄は呼ばれる。だからここで二つの災厄を重ねようというのだ。まあ、精確にはこの娘は種でしかないがな」
黒衣は俺が世界の摂理に対して何らかの知識を持っていると知るや否や、本当に饒舌に喋りはじめた。
かなり不気味だ。
「お前ら――何者だ」
「――〈災厄教団〉」
俺の心臓が浮き上がるような答えが返ってくるが、しかし俺はすでに身を弾かせていたので、それに驚くこともなかった。
何者だ、の後に俺は少女までの距離を概算し、同時に黒衣が俺の足元に目を向けたのに気付いた。
黒衣も『俺がじりじりと近づいている』ことに気付いたのだ。
だから俺にはもう迷っている暇はなかった。そこで行くべきだ。
だから行った。
他の黒衣を両手で押し飛ばしながら、最短距離で少女が捕らわれている位置まで走る。
少女の華奢な身体を抱き、洞窟の壁に背を預け、ひとまず彼女を確保できたことに安堵する。
黒衣たちは俺を見ながらも、焦った様子はなかった。
「無駄だ。もう無駄だ。ここから上層までどれくらいあると思う? 我らはあらかじめ時間をかけて作っておいた転移陣を使って帰れるがな。――お前らは無理だ」
「なんの話だ」
「今この場で、〈迷宮大変動〉を起こす」
「なにを――」
すると、俺が言葉を紡ごうとした瞬間に、喋っていた黒衣がローブの袖から丸い石を取り出した。
真っ黒な丸い石だった。
「〈変動石〉。迷宮にあって迷宮に作用する鉱石。何年もかけて調査し、ようやく今期の迷宮で発見した。これを割ると迷宮地層に特殊な力が伝わり、地層変化を促す。あと数日に大変動が迫った今ならば、この促しによって即時に大変動を起こすことができる」
「バカな。そんな異常な石が――」
「迷宮は神の庭にあって神の摂理から外れた地。否、外れる可能性のある地。不規則性の塊。迷宮はごくまれに、神の予測すらを上回る生成物を生み出す。ゆえに有り得ないモノなど――それこそ存在しない」
声は本気だ。
さらに問いかけたかった。
だが、黒衣は手に持った丸い石をすでに振りかぶっていて、地面に叩き付けようとしていた。
「やめ――」
パリン、と。
俺は少女を抱いたまま、その両手を出すこともできず、黒衣が石を地に叩き付けるのを目を見開いてみていた。
◆◆◆
黒い石が砕け散る。
中からあふれ出たのはモクモクと立ちあがる漆黒の煙。
それが瞬く間に周囲の洞窟壁に吸い込まれていって――
揺れた。
軋んだ。
軋みのあとに、ぱらぱらと鉱石の残骸が天井から落ちてくる。
――やりやがった。
俺は目の前の黒衣のうちなんとか一人を確保しようと、少女を脇にしっかり抱えたまま空いた手を伸ばした。
だが、
「『災厄を求めよ』」
その一言を残し、黒衣たちが消える。
彼らの足元にいつのまにやら複雑怪奇な術式陣が広がっているのを見た。
難度の高い転移系術式だ。即時発動なんてできるわけがない。
きっと初めからこの迷宮深層に刻んでおいたのだ。
俺はそれらをもう一度使えないか近づいて触れてみるが、術式陣は黒衣たちを転移させたあとに消えた。
一度限り。
こうなれば自力で上階へ戻るしかない。
ガコン、と。
また洞窟が奇妙な音を立てて揺れる。
そこで俺は気付いた。
そして俺が気付くと同時に、俺の脇で絶望の表情を浮かべていた少女が声をあげた。
「壁が……迫ってきて……!」
俺の両脇の洞窟壁が、ものすごい音を立てながら狭まってきている。
まずい。
これはまずい。
「おい! 意識はあるな!」
「は、はい!」
俺は少女を脇から正面に移動させ、向かい合うようにして抱き寄せた。
平常時ならあまりの密着具合と、正面からの抱き合いに赤面してしまいそうだが、今はそんなこと言ってられない。
「助ける。絶対助けるから、死ぬ気で俺につかまっててくれ」
これから全力で走る。
そうなると、背中に背負っておくのもやや危うい。
もし彼女の腕の力が弱ければ、そのまま勢いに耐えきれずに後方に吹き飛んでしまうかもしれない。
脇に抱えるのも論外だ。
一番俺の身体に密着出来て、それでいて彼女の様子をすぐに確かめることができる正面位置。
これがベストだ。
「わ、わかりました!」
少女はこの状況でも俺の声で意気を立ち直らせる。なかなか精神的に強いのかもしれない。
少女は真正面から俺に抱き着いた。
首に腕をまわし、足を俺の腰に巻きつかせ、頭を胸にうずめてくる。
俺は彼女の背に片手を回し、もう片方の手は自由にしておく。
あの黒衣たちも気になるが、今はここから脱出するのが先決だ。
ほかの探索者たちは大丈夫だろうか。
中層上層付近にいるであろうから、そんなに入口までの距離はないはずだ。
この大変動に気付いて、ちゃんと逃げきれていることを祈ろう。




