33話 「今日の迷宮はきなくさい」
意外なことに〈迷宮生物〉は一番難度の高いと言われる北側迷宮口よりも、その他の迷宮口から潜った方が多く見られた。
もしかしたらヴィルヘルムが北側迷宮付近に潜んでいたかもしれない。
竜族の存在圧力は何もしていなくても本能に響く。
そういうわけで、俺は行きに三十六計逃げるにしかず戦法を使い、迷宮奥まで一気に突き進んだ。
そうしてせっせと遺物を探していた探索者たちに声を掛けたあとは、彼らが帰りやすいようにデコピン(中)を多用して迷宮生物を退けていった。
ちなみにデコピン(弱)は腕くらいの太さの丸太をぶち折り、デコピン(中)は硬めの石を割る。
デコピン(強)は〈超越格〉をブレンドし、相手の術式障壁とかをぶち壊しながら人型生物を浮かせるくらいだ。
帰り道、目に不気味な赤の光が灯った動く骸骨がいて、探索者の遺物っぽいピッケルを片手に俺に遅い掛かってきた。
そいつにデコピン(中)を喰らわせたが、どうにも打撃に強いらしく、カーン、という小気味よい音を立てて耐えられた。
しかたなくそいつの額にデコピン(強)を喰らわせたところ、今度は骨がバラバラになって霧散した。
霊体系種族の特質でも混ざっているのだろうか。
実体が薄いタイプの生物は、俺の〈超越格〉によって存在をぬりつぶされることが多い。
こういうタイプと存在格のせめぎ合いが起きたとき、存在格のぬりつぶしによってそのまま実体を吹き飛ばしてしまうことがある。
あまりに『薄い』タイプの存在は、たいてい〈超越格〉とやりあうとそうやって霧散する。
これで幽霊なんて怖くない!
――出てきたらぶん殴ればいいのです。
さすがに実体のある生物でそんな風になったことはないが、どうやら迷宮生物には普通ではない生物も多いらしい。
さすがというか、なんというか。
ともあれ、基本的にただ身体に宿っている限りは『便利な防御障壁』でしかない〈超越格〉だが、こうして攻撃に関連するとやや恐ろしげだ。
たぶんあの時の〈紫炎〉は、そういう意味で非常に危うい存在だったのだろう。
俺が組み込んだ変数式のせいで、あの紫炎は多大な〈超越格〉を内包していた。
もしそんな多くの〈超越格〉が何かを撃滅する方向に作用したら――
――どこまで世界の存在が消えるのだろうか。
この世界が神に作られていて、そんな神が大事に作った特定の物体が〈神格〉という最高格を備えていたとする。
それに対して俺が〈超越格〉を内包する紫炎をぶつけたら、果たしてどちらが『喰われる』のだろうか。
「それがわからなかったから、お前は俺を災厄と認定したのかもな」
だからあれ以来〈紫炎〉は使っていない。
〈赤炎〉と〈青炎〉という二つの術式炎で、ひとまず事足りる。――十分だ。
『有体干渉』を司る〈赤炎〉と、『無体干渉』を司る〈青炎〉。
干渉なんていうが、基本的には『破壊干渉』だ。
壊す以外の干渉はなかなかの術式技術が求められる。
やろうと思えば変異干渉などもできるのだろうが、血反吐を吐いて身に着けてもいまだに苦手だから、基本は壊すことにしか使っていない。
実体のあるものには赤炎で。そして実体のないものには青炎で。
霊体系の種族なんかには手で触れられないタイプもいるが、そういうものには青炎が通る。
術式で生成されたタイプの事象にも青炎は干渉する。
そんなたいそうなものがあっても、今のところは肉体一つでどうにかなっているから、あまり使う機会もない。
もちろん使うべきときになれば使う覚悟はあるが、まだ少し忌避感があるのも事実だ。
「だから、あんまり変なのは来ないでくれよ?」
迷宮洞窟を横に走る中、目の前にサっと現れてきた骸骨戦士二号を再びデコピンで吹っ飛ばし、俺は次の迷宮口へ急いだ。
◆◆◆
東迷宮口、南迷宮口と回り、最後に西迷宮口に差し掛かる。
こうして東、南とスムーズに事が運んだのは、他の探索者たちが協力してくれているからだった。
というのも、例の大探索団の団員が、後発で迷宮に潜ってすでに潜っていた探索者たちに呼びかけをしてくれたのだ。
本来ならこれが正しい姿なのだという。
略奪者によって迷宮から離れて行った探索者が、今回のきっかけを経て迷宮に戻ってきた。
略奪者文化が隆盛する前には、こうして〈迷宮大変動〉の直前にそれぞれの探索者がお互いを助け合っていたというから、今の状態が本来の迷宮文化の姿なのだろう。
そんな探索者たちの協力もあって、俺が一つの迷宮口で隅々まで移動する必要がなくなった。
険しそうな道だけ選んで、その方面を俺が担当する。
他の分岐は探索者たちに任せた。
だから一つの迷宮口に多くの時間をかけずに済んだのだ。
「さて、西はどうだろうか」
北口の次に険しいと聞くが、一度北口を潜ってしまえば自信もつくもので、あまり心配はしていなかった。
◆◆◆
西迷宮口で例によって迷宮へ潜るための手続きをして、美人な受付嬢に手を振ってから洞窟へ走る。
そこで俺はふと思った。
「んー……」
足が止まる。歩が停まる。
「あの受付所は何か意味があるのか……?」
そもそもの話。
迷宮大変動は迷宮の分かりやすい大事だ。
一月に一度。やや誤差はあれど、基本的には規則的な頻度で起こる地層変化。
それが危険であることは誰の目にも明らかだ。
前述したとおり、『基本的には規則的』なのだから、一月がすべて三十日というこの世界の暦に照らし合わせ、二十六、七日後くらいには「また来るかなあ」なんて思うはずだろう。
ところがどっこい。
ヴィルヘルムの話ではあと三日ほど、と、まあ少し特異な筋であるから周知の概算には含めないが、それくらい近づいていることは他の者も知っているのではないだろうか。
探索者は大変動が近いことを知っている風だった。
それを承知で潜る馬鹿が多いのも彼らを助けた時に知った。
ならばあの受付嬢たちはどうなのだろうか。
せっかく事前に手続きなんかを取っているんだから、少しも規制をかければいいのに。
そう思って一旦俺は迷宮入口の受付小屋に戻った。
◆◆◆
「ねえ、ここの受付ってなんか意味あるの?」
別に怒っていたりするわけではない。
単純に回りくどくやわらげていうのが面倒なので、直接的な物言いをしてしまっているだけだ。
そんな俺の言葉に二人いる受付嬢のうちの一人――よく見ると背に白い翼が畳まれていて、どうやら〈天使族〉のようだ――が、微笑でもって答えた。
「私たち迷宮協団は、探索者様や、探索者様に追随する支援者様の、最低限の安全を保障するために迷宮の情報運営を請け負っております。運営と言っても、探索者様方がくださる一般情報を統合し、それに基づいて大変動の予測日時等を報せるくらいで――」
なるほど、謙遜の風味があるがそれは結構重要だと思う。
〈探索団〉のような探索者集団があるが、探索団は別個でいくつも存在する。
派閥的なものだ。
迷宮でどんなものを集めるかで分かれていたりもするらしい。
鉱石専門だったり、植物専門だったり、はたまた迷宮生物特産専門だったり。
日々未知が生まれているわけだから、情報の共有は大きい。
しかしだからこそ、探索団間に距離があるために、その彼我に情報の価値制度が生まれる。
貴重な情報を他の探索団に渡して、手柄を横取りされるのは嫌だろう。
で、おそらく迷宮協団はそれによる情報の完全分化が起こらないように仲介役をしているのだろう。
仲介というほどではないが、つまり「これくらいの情報なら別に渡してやってもいいか」という情報を集めて、こうして入口で探索者に提供したり、探索者であればだれでも重宝するような情報を集めたりしている。
迷宮大変動時期の予測がその最たる情報だろう。
「ですが私たちはあくまで探索者様方に情報をいただいているだけで、個別に迷宮に潜って調査をしている、というわけではありません。情報の純度としてはいささか懐疑も向けられるところですね」
「そういう安全のために俺が調査してやるぜ、みたいな人はあんまりいないの?」
「やはり基本的には探索が第一目的の方が多いので、なかなか……あ、でもそういえば、さきほどとある探索団の方がやってきて、『俺たちがその役割を請け負おう』と――」
ヒュー、ナイスガイがいやがる。
もしかして例の大探索団の人たちだろうか。
「この迷宮協団の運営費出資者が、迷宮都市を主な拠点としている商会や商団の方々なので、彼らと協議を開くと――」
「へー。商会とか商団って、別にそういうの気にしなさそうなのに」
とことん金にガメついってだけじゃないんだな。
「迷宮そのものの危険性があがってしまうと、外部からやってくる探索者の数が減ってしまいますし、なんだか迷宮都市開発計画とかいう難しい計画に際して、大きな懸念になるとか――」
いつだって経済を回す奴は頭が良い。
その壮大な開発計画をひとまず俺はスルーした。
それにしてもこの天使族の姉ちゃん結構いろいろ知ってるな。あれか、その美貌であれか。魔性か。
まあ喋っている内容自体は別にバラしても問題なさそうなモノであるし、俺が気にする必要もない。
「じゃ、その辺の商人たちに頑張って盛り上げてもらわないとね」
ついでに略奪者方面にも手を回したまえよ。
何事もなければ例の大探索団の彼らが神庭協団に加入して、そこらへんをうまいことやってくれるらしいが。
ともあれ、この迷宮受付所が必要なことはよく分かった。
ないとだめだな。
「うん、いろいろ話をありがとう。じゃあ俺は迷宮に――」
ん?
なんか忘れてる気がする。
……。
あ、そうだ。そんな彼女たちがなぜ迷宮大変動目前な今、探索者を送るかだ。
まあ探索者の勢いがアレにしても、さすがに二日前とかダメだよね。
「ってことはさ、大変動があと二日前後で起こるって、知ってるよね?」
「えっ? 二日……ですか? 私たちは五日と聞いたのですが……」
ん?
「五日?」
俺は結構そろそろ大変動来るよ、ってことを言いふらしている。
そのうえ、俺と関わった探索者たちにもそれを伝えるよう言ってある。
なのに、なぜ彼女たちだけ五日と――
「それ誰に聞いた? ついでにいつ?」
「ついさきほどです。少し前に探索団の方が来て、あなたと同じように二日と言っていたのですが、今さっき連続して来た五、六人の探索者の方が、口をそろえて『あと五日くらい余裕があるから大丈夫』という旨のお話を……。一人二人ならまだしも、そんなにたくさんの方が言うのならそうなのかな、とこちらで判断いたしまして……」
……。
まあ、彼女の言うことも分かる。
一人ならまだしも、何人もに連続してそう言われてしまえば、そっちの方が信じたくなるだろう。
独自に調査をしていない迷宮協団だからこそ、そこに揺られやすい。
だが俺はヴィルヘルムという割と信用度の高い竜族から、当時であと三日、という話を聞いている。
――なんだかきな臭いな。
俺の鼻が嫌な匂いを感じ取っていた。




