32話 「真紅の耳飾り」
「よっしゃ、んじゃパパっと行くか!」
夕方。
シャルルのおかげで夜には新しい組織を〈神庭協団〉に編入させたいという探索団の長と会談できることになった。
昼過ぎに計画を立てて、ひとまず概要は決まったというところだ。
大きな略奪者のグループが俺の手に掛かって半壊したようで、あっけないと言えばそのとおりだが、運がよかったということにしておこう。
サリューンの裏の秩序がそのせいで変容して、裏は裏で派閥争いもあったようで、今は略奪者グループ間でじりじりと牽制のしあいがはじまっているらしい。
まったく、物好きな奴らだ。
そういうわけで、ある意味俺たちにとっては最大の好機だった。
今を機に一気に略奪者勢力に対する対応を進めるべきだ。
そして俺は、〈迷宮大変動〉に備えて夜までにほかの探索者たちに迷宮から戻るよう声を掛けに行くことにした。
「気をつけて行きなさいよ」
「イゾルデには我がついておく。安心するでござる、エイラ」
紅茶亭の前で準備運動をしていると、俺の後ろからイゾルデとハクロウが現れて、そんなことを言った。
「ああ、ハクロウがいるなら安心だよ」
朝にあんなことがあったものだから、今回はハクロウがイゾルデについていてくれるらしい。
「うむ。もし襲撃があれば我の〈霊剣キョウカ〉でバッサリするでござる」
ハクロウが刀身のない柄だけの剣を口にくわえて、笑って見せた。
「それ、新しい剣? 刀身ないけど――」
「そうでござる。柄が剣の本体でござってな。迷宮遺物である〈メルシディ鉱石〉を使っておるのだ」
すると、ハクロウが「むん」とわざとらしく身体に力を入れるような声を発して、次の瞬間――
その柄から一瞬で『白く燃えるような刀身』が生えた。
突然の出来事に俺は思わず目を丸める。
「うおっ、なんだそれっ」
カッコイイんだけど!
「フフフ、これがメルシディ鉱石の真骨頂でござる。メルシディ鉱石は触れた者の魔力性質を引き出し、具現化する。つまり我の魔力性質に呼応して、独特な刀身を作るのだ。鍛冶師が柄に造形と術式を施し、引きだした魔力性質を剣型に象るよう成形してくれたのでござるよ」
「ほー」
ハクロウは嬉しげに白い炎の剣をぶんぶん振り回している。
白炎の火花があたりに散って、イゾルデが思わず一歩引いていた。
お、おい、イゾルデがすげえ怖い目してるぞ。
とすると、ハクロウの魔力性質は炎に寄っているのだろうか。
術素は基本的には術式のための燃料という側面以外に大きな特徴は持たないが、ときおり各事象術式に特化した性質を持つものもあるらしい。
炎系の事象式に素早く燃費よく通る術素であったり、水系の事象式に適していたり。
稀に魔力だけで術式みたいな強い性質を持つものもあるみたいだが、どうにも今のハクロウを見ているとそれ系である気がしてくる。
「我は〈白炎狼〉という異称も持っておるからな。案の定こういう刀身になったのでござる。いやはや、我ながら美しい刀身でござるな! 武骨な武具も大好きだが、こういう幻想系の武具も好きでござる!!」
もう強そうな武器ならなんでもいいんじゃないかな、この狼は。
ややハクロウのテンションが上がってきた。
これ以上突っ込むと話が戻らなくなりそうだから、あとで訊くことにしよう。
「んじゃ、イゾルデの護衛を頼むよ。あとイゾルデも、情報収集をお願い」
「任せなさい。あんたについていくって言ったからには、守ってもらってるばかりじゃないところを見せないとね」
「頼りにしてるよ」
そういうと、イゾルデが俺に近づいてきて、
「これ、あんたに預けておくわ」
俺にとある物を手渡してきた。
「――耳飾り?」
俺の手の中に渡されたのは、イゾルデの瞳によく似た色を放つ煌々とした真紅の耳飾りだった。
丁寧に成形された赤い宝石がついた耳飾り。
なんといってもまず美しい。
鋭角にカットされた真紅のクリスタルのごとく、角度を変えればいろいろな輝きを放つ。
まるでどこかの一等高貴な貴族が耳につけているかのような、豪奢な耳飾りだった。
「これ――」
「お守りよ。エイラ、一人にしておくとちょっと危なっかしいから。――まあ、ちょっとやそっとじゃあんたが倒れないことはわかってるけど、でも私が安心するために、それつけときなさい」
イゾルデはまっすぐな視線を俺に向けていた。真面目な表情だ。
「術式で補強されてるし、簡単には千切れないようになってるから、あんたが動き回っても大丈夫よ」
そう言われて再び耳飾りを見ると、確かに術式が見えた。
膨大な術式だ。
〈世界眼〉が小さな耳飾りの金具部分にこれでもかと術式が描かれているのを俺に報せる。
きっと腕の良い術師が作った術式装飾品なのだろう。
「だから――つけときなさい」
イゾルデの声には力があった。
強い気持ちがこもった声。
俺はイゾルデの表情と声を受けて、その言葉に頷きを返すことにした。
「――そっか。ならせっかくだから、耳につけていこうかな。えっと、こういうのあんまり付けたことないから付け方わからないんだけど……」
はて、穿孔式だろうか。
「私が付けるわ」
そういってイゾルデが俺の横に立ち、俺の耳に手を添えた。
「穴、開ける? 術式で着脱もできるけど――」
「いや、開けよう。俺の身体が術式を受け付けないかもしれないから」
術式は特に俺の〈超越格〉に引っかかりやすい。
だから、いっそ穿孔してしまった方がいいだろう。
どうせ外したときに勝手に治るだろうし、さほど問題ではない。
むしろ問題は刺さるかどうかだ。
耳たぶまでカチコチになるまで鍛えていたりはしないので、たぶん大丈夫だ。たぶんな。耳たぶに針刺したことそもそもない。
「じゃ、マルスさんに綺麗な針もらってくるわね」
「うん、わかった」
そういってイゾルデが小走りに紅茶亭に駆けて行くのを見て、どうにかまともに針が通ることを祈ることにした。
◆◆◆
ややあってイゾルデが戻ってくる。
「じゃ、じっとしててね」
またイゾルデが俺の耳に手を添えて、そして穿孔施術をしてくれた。
「刺さった?」
「ええ、ぷすりとね。――ていうかそこを疑う人間もあんたくらいよね。耳たぶに針が刺さるかどうか心配するって確実にどうかしてるわ」
否定はしないさ。
そうしていると、そのままイゾルデは俺の手から耳飾りを拾いあげ、同じような仕草で耳に手を添え――
「はい、これで完璧。――意外と似合ってるじゃない」
ふと左耳に重みを感じた。
どうやら耳飾りが装着されたらしい。
準備の良いイゾルデが小さな手鏡を持って、俺に向けてきた。
俺は自分の左耳に垂れている真紅の輝石を見て、思わず小さな笑みを浮かべてしまった。
装飾品なんてあまりつけたことがないから新鮮だ。
ちょっとの恥ずかしさと、真新しい挑戦の達成による嬉しさから、そんな笑みが漏れた。
ふと耳飾りが左耳の分だけなことにいまさら思い至って、右耳の分はどこにあるのだろうと疑問に思った。
「そういえばもう一つは? この耳飾りって片方だけ?」
「もう一個は――秘密。そのうち機会があったら教えてあげるわ」
そう言ってイゾルデは俺の背中をぽんと軽く叩いた。
「もし道にでも迷ったら、そのお守りに願いを掛けなさい。きっと戻って来れるから」
「わかったよ。覚えておく」
俺はイゾルデの言葉を脳裏に刻んで、前を見据えた。
まずは西の迷宮入口から巡ろうか。
「――行ってらっしゃい」
「――うん、行ってきます」
俺はイゾルデの見送りの言葉に声を返し、地を蹴った。




