31話 「世界救済組織」
「さて、じゃあそろそろまた大変動に向けて行動しなきゃな」
俺は紅茶亭から出て、燦然と照りつける日光のもとで背伸びをした。
少し窮屈な話をしていたからよけいに伸びが効く。
「行動するっていっても、どうするの? 私は情報収集するって決めてるからいいんだけど――その、あんたはなにするの?」
俺の脇からイゾルデがひょっこりと頭を出して、首を傾げながら訊ねてきていた。
「そうだねぇ……」
ひとまずは注意喚起というところだろう。
これ以上探索者たちが迷宮に潜らないように、迷宮入口の受付所に張り紙でもしておこう。
うむ、チープだな。
ついでに受付嬢たちにも協力を仰ごう。
加えて残りの東と西、そして南の迷宮へ潜って、すでに中に入っている探索者たちを連れ戻すべきだろう。
彼らとて食いぶちを確保せねばならないのかもしれないが、あと二日、迷宮大変動が起こるまではじっとしていたもらうしかない。
死んだらすべてが終わるのだ。
あとは略奪者だろうか。
ただ、あれはまだ直接的な災厄認定には至らない。
間接的な原因になっているのはたしかだが、災厄となり得る最大の原因は迷宮大変動そのものだ。
まったく放っておくわけにもいかないが、優先順位を考えると――
「んー……」
俺が唸っていると、紅茶亭が面している人通りの激しい街路の向こう側から、見慣れた猫耳少女が駆け寄ってきていた。
シャルルだ。
「エイラさーん!」
シャルルはぴょんぴょんと軽い身のこなしで走ってきて、ついに俺の目の前にまでやってきた。
「うおっとっと」
勢いあまって俺の胸の中に飛び込んでくるので、ひとまず受け止めてまっすぐ立たせる。
「あっ、すみません!」
「うん、大丈夫大丈夫。それで、なんか楽しそうだけどどうしたの?」
「聞いてくださいエイラさん! 探索団のみんなが奮起してくれたんですよ! エイラさんに助けてもらったあの探索者たちが、その話をそれぞれの探索団でしたらしいんですけど、そしたら『俺たちもまた迷宮に関わってみるか』って!」
ほう。それはいいニュースだ。
「今日の昼ごろに悪名高かった大略奪団のボスが裏路地でノびてるのが見つかって、今なら探索団が協力すれば略奪者たちに立ち向かえるかもって、一気に連絡が回ったみたいです!」
裏路地。略奪者。ノびてる。――うーん。あの三下だろうか。
――あいつそんな悪名高かったの!?
「そ、そうか、そりゃあ良かった」
「それと、これを機に探索団で略奪者に対抗するための特化的な組織を編成することになったみたいです! ちょっとお金は掛かっちゃいますけど、でもその資金はボクら探索者が迷宮遺物を拾って足しにすればいいですから、ボクもがんばります!」
おおーおおー、ずいぶん一気に事が進んでいるな。
「昨日サリューンの大探索団のリーダーをエイラさんたちが助けたのが大きかったんだと思います!」
「あん中にそんな人いたの……」
知らなかった……。
しかしこう聞くと、実は俺が大きな動きを起こさなくても迷宮都市の治安という点では自然に対策がなされていたのかもしれない。
これだけ早急な動きをするくらいだから、おそらく構想や準備自体はすでにあったのだろう。
そうしてそれを実行に移すきっかけが、今日の朝のアレらしい。
きっかけになれたのならひとまず良かった。
これなら後々の略奪者関連は探索団連合に任せれば良い方向へ転がるかもしれない。
「それで、その大探索団のリーダーにエイラさんへの伝言が――」
なに? まだなんかあんの?
「その特化組織にエイラさんの名前をつけようって――」
「どうやったらそういう方向に行くんだよっ!!」
どうやら探索団の連中はロマンに頭をヤられちゃってるやつが多いらしい。
「いやぁ、探索団が奮起するきっかけはエイラさんですし、みなさん押し押しな感じで」
どうかしてやがるぜ。
「俺の名前だけはやめてくれ。ああ、切実にやめてくれ。お願いしますやめてください」
「そうですかー……まあそう言われると思って、エイラさんに名前を考えてもらおうと」
言われると思ったならその時点で断ってこい、シャルルよ。
それにしても、特化組織を作ろうっていうリーダーもなかなかしぶてえやろうだ。
俺の名前がだめなら次の手ときた。
「あと、エイラさんにも籍を置いてもらいたいなあ、なんてことも言ってたんですけど、それは難しいですよね……?」
「うーん、俺はサリューンにずっといるわけじゃないからなぁ……」
さすがにそれは無理そうだ。
籍だけなら、と言えばなんとかなりそうなものだが、それでいて俺には籍を置くにも気に掛けなければならない理由がある。
というのも、
「――俺、すでにそういう協団組織に所属しちゃってるんだよなあ……」
〈神庭旅団〉。
エリオットたちとともに創設した組織に、俺はすでに所属してしまっているわけである。
◆◆◆
「えっ! そうなんですか!? ――うーん、確かにエイラさんは手練れですし、よくよく考えたら当たり前のことなのかもしれませんね……」
シャルルの表情にわずかに影が差して、次に苦笑が映った。
俺はそんなシャルルを見て願いを聞いてやりたいという思いに駆られるが、理性は理性でストッパーを掛けてくる。
複数入っちゃいけないなんてルールはないのだろうけど、すでに所属している方はそれはそれで結構重要なポジションにねじ込まれている。
名目的にはな。
だって俺〈神庭協団〉の象徴だよ?
……うそうそ、マスコットっていった方がいいかもしれない……。
「俺が今所属してる組織の下っ端とかだったら別に気にしないんだけど、なまじちょっと責任のある役職にぶち込まれてるからなぁ……」
一応。一応階級的には組織のトップである。
何度もいうが、『一応』である。
だから自分でマスコットと自虐しているのだ。
「どんな協団なんですか?」
シャルルが訊ねてきたから、俺は我に返りつつ説明を重ねることにした。
「えっと、その……〈神庭協団〉っていう……なかなか怪しい香りのする世界協団で……」
「なにをする協団なんです?」
「端的に言うと……せ、世界救済……」
「き、規模が大きすぎて確かに怪しさが……」
シャルルの相槌のあと、俺は後ろでイゾルデが吹き出した音を聞いた。
――わ、笑うんじゃねえよ! 言ってることはちょっとヤバイけど理念自体は真っ当じゃねえか!
俺もちょっとまっすぐ言葉にすると恥ずかしくなってくるけど!
「おおげさに世界救済なんて言ってるけど、基本的には大きな災厄の種を摘むのを目的とした協団なんだ」
俺は英雄転生のシステムを破壊するつもりだが、実際に英雄転生システムによって世界の災厄が未然に防がれているという事実も理解している。
だから、英雄転生システムが壊れたあとに、それに代替する組織は必要だと思った。
もちろん、本来なら各自治政府によって、自分の力で災厄を解決すべきだが、英雄に頼り切っている現状もある以上、その英雄システムを壊すつもりである俺は手をこまねいてはいけないと思う。
――だから最終手段を取るまでは、世界救済組織ということで一応まかりとおる。
ただ、もし最終的に、神を引きずりおろすために世界と敵対しなければならなくなったら、〈神庭協団〉は一転して世界征服組織になるだろう。
まったく、どっちにしても笑える話だ。――本気だけど。
ともあれそれまでは、神庭協団は各国に支部を作り、その都度その都度で国家政府等から独立して災厄の芽を摘むために動く。
災厄の情報を各国支部で交換し、統合し、俺が遠くにいる場合は団員たちが奮闘してくれるという実にエキセントリックな協団だ。
なんだか怪しいけれど、世界を股にかける組織ってこう、むずがゆいけどなんだかんだ心躍るよね。
秘密の組織みたいで。
――正直に言うとね、ちょっとワクワクしちゃってる節もあるんだ……。
ちなみに運営の主導は俺ではなくてやはりエリオットである。
エリオットはかなりデキる奴だ。
行政的な手腕は確実に俺より高い。
ちょっと変態だけど、信用はできるから俺も任せきってしまっている。
俺はその協団の――うん、マスコットだろうね。――くそっ!
「そんなすごい協団に――」
俺が適当に端折りながら説明したら、シャルルが目を輝かせてそんなことを口走っていた。
シャルルが純粋でよかったよ。
後ろの誰かさんみたいにちょっとひねくれてたりすると『前から思ってたけど、名前まんますぎない? ――ぷっ』とか言いはじめるからな。
「じゃあボクたちの特化組織もエイラさんの協団に加入することにします!」
えっ?
――えっ?
「かなりイロモノだからやめといた方がいいんじゃ……」
「えっ? でも迷宮都市の災厄を摘むって意味じゃ、すごくぴったりだと思うんですけど。リーダーもすぐに頷くと思います。そうしたらボクたちはいざというときエイラさんの協団の力を借りることもできますし、迷宮都市の災厄はボクたちが率先して摘むことができますし――」
言われてみれば良いことだらけだな、確かに。
「あー……」
これに関しては俺が勝手に事を進めるのも気が引ける。
俺が個人的に動くのとは違って、これは組織の話だ。
組織を運営する難しさはエリオットやグスタフと付き合ってから思い知らされている。
となれば、俺がすることは一つ。
「よし、じゃあ郵便屋を使って手紙でも送っとこう。あとはエリオットがなんとかしてくれる! シャルル! その方針にしてくれ! あとリーダーと話をしたいから今日の夜にでも案内してくれる?」
「はい! 喜んで!」
俺の後ろから『えっ? マジで加入するの?』なんてイゾルデの声が聞こえてきたが、今は無視することにしよう。
なんだか急ぎ足だけど、俺たちに流れが向いてきた気がする。
この流れをしっかりと掴んでおくべきだろう。




