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世界征服エンダール -異世界災厄転生記-  作者: 葵大和
第三章 【独立都市:迷宮都市サリューン】
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29話 「なれば共に行こう」

「もう、大丈夫。ありがとう――イゾルデ」

「お礼は金色に光る硬貨だと一番いいわね」

「現金なやつだ」

「私商人だもの、当然でしょ?」


 イゾルデは俺の頭を放しながら、軽い調子で言った。

 イゾルデは可愛らしく笑っていた。

 そこには少女のような無邪気さがある。

 俺もその調子に合わせて軽口を紡いだ。


「じゃ、私はハクロウを呼んでくるわね。エイラはここで待っててちょうだい」

「わかったよ」


 俺も微笑を浮かべて、イゾルデに返した。

 そうしてイゾルデは弾むような歩みで広間から出て行って、そのあとには二階への階段を昇る音が俺の耳を穿(うが)っていた。


◆◆◆


 それから少し経って、二階からハクロウが先に降りてきた。

 ハクロウは真面目な顔で俺の傍まで寄ってきて、俺のふとももを肉球で二度ぽんぽんと叩いてから、俺の隣に座った。


「ちょっと強い馬鹿だと思っておったら、実は少し変わった生まれの馬鹿であったのでござるな」

「ハハッ――前半の言葉をそのままそっくり返すぜ……!」


 尻尾の毛抜くぞ。


「あのときエイラから魔力の奔流を感じたが、なぜ魔術を使わないのか、今ならわかるでござる」


 俺がハクロウの左右にぶんぶんと振れる尻尾に狙いを定めていると、ふとハクロウが話を切りだしていた。


「再び世界に〈災厄〉と見定められないように、魔術を使うのを控えておるのでござるな」

「――うん」


 あの〈紫炎〉を使わなければ大丈夫なのかもしれないが、俺には前科がある。

 世界の意志がどういう存在だか明確には分からないが、仮に向こうが柔軟な判断力を持っていた場合は、もっと早くに目をつけられるかもしれない。

 だから俺は魔術を極力使わないようにしている。

 実際に、あのあと爺さんにやれと言われて〈赤炎〉と〈青炎〉は使った。

 そのときは問題なかったが、いつ世界が判断の基準を変えるかわからない。

 どうしても必要になったら使うが、この身体のみで解決できるうちは極力使いたくないのだ。


「難儀なものでござるな……」


 するとハクロウが少し苦笑気味の表情を浮かべて息を吐いていた。


「エイラの話を聞くと、我にも世界の仕組みに対する嫌悪が湧いてくる。本心からそれはおかしいと思うでござるよ。――しかし、我はすでに一度、〈英雄〉に助けてもらっている。だからすべての過去を投げやってまで英雄転生の摂理が無くなればいいとは――言えないのでござる」


 俺にはハクロウの言いたいことがなんとなくわかった。そして俺は本心からハクロウの言葉を尊重した。

 そう、英雄の為すことはえてして救世主的なのだ。

 何かを救う。

 救われた者は英雄に感謝する。

 賛美し、(した)う。

 だから英雄の存在を否定できない。

 英雄を否定すれば、自分たちが滅びの道をたどっていたことを否定できなくなるから。


「そうだね。ハクロウの言いたいこともわかるよ。俺だって世界を救う英雄はカッコイイと思うし、実際に災厄から世界の民を救っていることは良いことだと思う。そういう限定的な見方をすれば」

「……うむ」

「俺が世界の民の一人であったら、やっぱりここまで英雄に対して思いを抱かなかっただろう。その摂理を好きにはなれないけど、英雄はそういうものだって、納得してしまっていたかもしれない」

「……」

「――でも、俺は英雄の兄弟だからね。あの出来事もそうだけど、ほかの英雄の苦悩も知ってる。俺は英雄転生者である兄や姉をのぞけば兄弟の中で一番年上だったし、異界転生者であるおかげでこの世界とは違う価値観の記憶を持っていたから、英雄である兄や姉はほかの兄弟には聞かせられないような相談をしてきたりもした」

「……そうか」

「それでも彼らの基本的な欲求が『救世』に向いているのは、本当にすごいと思ったよ。彼らは本当に英雄なんだ。どんなに苦悩しても、誰かを救おうとする意気だけは絶対に捨てない」

「強靭でござるな」

「そう。彼らは強い。そして優しい。――ただ、その優しさが自分には向かないんだ」


 それが俺には恐ろしく映ってしかたない。

 自分に優しさが向かないから、きっと彼らはすり切れて――死んでしまう。


 爺さんに聞いたことがある。

 英雄はみな短命だったと。


 短命で、しかしまた転生する。

 彼らに生前の『思い出』はない。俺のように前世のエピソードを覚えていたりはしない。


 能力の承継や、救世のための知識の承継はある。

 また必要になれば、災厄に立ち向かったときにかつての記憶を断片的に思い出す場合もあるらしい。

 『力の記憶』に触れるせいだろう。


 しかし彼らは過去のエピソードを明確には覚えていない。

 転生していても、人格を支える思い出はリセットされている。


 彼らには『何かを想っていた』というぼんやりとした感覚だけが残るらしい。

 それがとてつもなく苦しいのだと、彼らは言っていた。 

 それが大切であったことはなんとなく分かるのに、しかし思い出せない。

 

 思い出す必要がないと、世界に判断されているから。


「世界は残酷だ。世界は俺たちが思っているよりずっとご都合主義だ。なまじその都合を押し通す力があるから、余計に厄介なんだ」

「言われてみれば、そうかもしれないのでござるな」


 そのあとで話が切れて、少しの沈黙が蔓延(はびこ)った。

 俺は紅茶亭の窓から入ってくる涼しげな風を受けながら、軽く深呼吸する。


 次いで、そんな静寂を切り裂いたのはハクロウだった。


「――エイラ、我は英雄を探している。かつて我らを救ってくれた英雄を、探しているのだ。一言でいいから、礼が言いたいのでござる。あの時の英雄殿は我らに一瞥をくれて、すぐにどこかへ去ってしまった」

「――そっか」

「それがエイラの兄上や姉上であるかはわからないが、しかし、エイラといることで英雄に会える可能性は高くなる気がするのでござる」


 まあ、俺は災厄のあるところに向かって旅をしているからな。

 時勢による隆盛が激しいから急いでもしかたないってところで、なんともゆっくりだけれど。

 だから俺が取り除こうという災厄に引かれて、兄弟たちもやって来る可能性はある。

 そうさせないために俺が動いているわけだが、英雄が来るかどうかは世界の意志によって曖昧な基準で判断されているから、間に合うか否かの確約はない。


「だから、我もエイラの旅に付き添いたいのでござる」


 ハクロウは立ち上がって、俺に強い意志のこもった視線を向けてきた。


「――」


 俺はとっさに返答できなかった。

 ハクロウは強い。英雄を見てきた俺から見てもかなりの手練れだ。

 だからついてきてくれたら何かと助かるのだろうけど、


「ロクなことにならないと思うけど――」

「たとえロクなことにならなくとも、それが友人との旅路であったなら、すべて帳消しでござるよ。さっきはああいったが、我が個人的にエイラに興味を持っているのも、ついていきたいと思った理由の一つでござる」


 まっすぐな言葉を使う狼だ。

 俺の方が恥ずかしくなるじゃないか。


「そこまで言うなら――好きにすればいい。俺だって無理やりハクロウの意志をねじ曲げるつもりはない。ハクロウが本当に来たいというなら、その……俺も助かるから、歓迎するよ」

「うむ!」


 そういうとハクロウが目を弓なりにしてでかい肉球で俺の太ももをまたバシバシと叩いてきた。

 嬉しいのだろうか。やたらに勢いが強い。――結構痛いです。


 まったく、まさかこんなところで俺の旅路に供が出来るとは思わなかった。

 ああ、こんなセリフ、前も言ったな。

 そうだ。


 イゾルデと出会った時だ。



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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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