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世界征服エンダール -異世界災厄転生記-  作者: 葵大和
第三章 【独立都市:迷宮都市サリューン】
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28話 「世界に災厄と見なされた男」【後編】

 あれは子供の時だった。


 物心もついて、曖昧な前世の記憶と共にすくすくと育っていた頃。

 今でこそ前世についての記憶をしっかりと思い出しているが、幼少時は実はそうでもなかった。

 おかげで少しも生意気であったが、情動的には周りの子どもと大差なかったように思う。

 身体の幼さに影響されていたこともあるのだろう。


 俺は天才肌の兄や姉たちに囲まれて、振り回されながらも楽しく暮らしていた。

 そんな俺は前世の記憶が思い出されてきたあたりから爺さんと一緒に術式の訓練を開始していた。


 俺の身体には莫大量の魔力が宿った。

 俺の身体は、俺の魂がこちらの世界に適合するように自律的に生成したものと言っていたが、その際に体内系術素である〈魔力〉が宿ったのだ。

 どうやら俺がいた異界――あの地球世界が、この神庭世界に適合的だったらしい。


 魔法なんて非科学的なものとは無縁で育った日本人にそんな資質があったなんてと、本当に驚いたが、まあ驚きは一時的なものだった。

 世界の構造に対して疑問なんか持っても答えが限りなく見つけづらいから。


 そうして術式を使えるスタートラインに立った俺だが、そんな術素的スタミナ馬鹿な資質とは裏腹に、器用さには恵まれなかった。

 そう、俺には術式を編む才能がなかったのだ。

 なんという宝の持ち腐れ。

 術式に通す術素は有り余るほどあるのに、肝心の術式を編むのが苦手。

 周りにいたのがそういうことに天才的な英雄の兄姉だっただけに、余計に俺の才能のなさは目立った。

 

 そこから俺は才能のなさを地道な反復練習でカバーすることになった。

 爺さんはスパルタだ。

 天才と呼ばれる英雄たちでさえ音をあげるような厳しさであるのに、俺の時はいっそう厳しかった。


  『命を懸けた方が手っ取り早い』


 そんなことを真顔で爺さんが言った時、俺は悟った。

 死ぬ気でやらないとマジで死ぬ。あとあの爺マジでマッド。


 俺には術式をいくつも使ったり、新しい術式を開発したり、そんな柔軟性はまるでなかったから、あらかじめいくつかの超難度の術式を作っておいて、それだけを長い時間かけて会得することになった。


 爺さんは前述したようにマッドな術式研究者な上に大魔術師であったし、加えて俺の術式開発には英雄である兄や姉、そして術式が得意な死霊転生者の弟妹たちも加わったから、なにかと大がかりな開発になった。


 一家総出で俺の術式を作ったのだ。――肝心の俺は蚊帳の外でな。

 すげえ楽しそうだった。うん。

 加わりたかったけどあいつら人語喋らねえからな。

 術式言語で会話するとかやめなさいよ。


 その後、俺に課された命令は、

 

 『わしたちが創ったこの術式を気合で覚えろ』


 だった。

 効率を追求したあとに結局必要になるのは精神論らしい。

 術式が理性の力と同時に意志にも影響されるのが関係しているのだろう。


 そうして二つほど術式を覚えて、さらに数年をかけて発動にまでこぎつけた。

 まったく、我ながらなかなかの執念だった。

 一番血反吐を吐いたのはあのあたりだろう。


 そうしてさらに何年か。

 少しも訓練に慣れてきて、兄や姉との戦績もそこはかとなく良くなってきた頃、俺はいつもどおりに『長兄』との模擬戦に勤しんでいた。

 

 事件が起こったのはその時だ。

 模擬戦の最中、俺は術式を発動させた。

 馬鹿みたいな威力を誇る術式だ。

 さすがに優秀だった長兄と言えど直撃はまずそうだったので、あくまで牽制で使おうとした。

 逃げ道を塞いで、移動ルートを限定するためだ。


 しかも俺はその時、覚えた術式を二つ同時に使った。

 初めての方法だったが、血反吐を吐いただけあって同時発動もぎりぎり可能だった。

 初めて自分だけの力で術式系をうまく使った気がした。

 右手に〈赤炎(せきえん)〉をまとい、左手に〈青炎(せいえん)〉をまとい、それを自分の眼で見て、なんだか嬉しくなった。

 

 俺と対峙していた長兄も俺のその様子を見て自分のことのように嬉しげに笑っていた。

 俺は兄が喜んでくれたのが子供ながらに嬉しくて、もっと何かできないだろうかとその二つの炎を合わせてみた。

 右手と左手を合掌し、炎を混ぜこむ。

 赤と青が混ざって、〈紫色の炎〉が生まれた。


 その瞬間、長兄の様子がおかしくなった。

 笑みが消え、まるで無機物のような表情に瞬時に切り替わった。

 

 長兄は俺に一歩近づき、自分で自分の右腕を抑えながら、次にこんなことを言った。


『逃げろエイラ。――世界がお前を災厄と見なした』


 なにを言っているのか分からなかったが、長兄が訓練用の木刀を投げ捨てて、得意の術式で魔力剣を生成したときに俺は状況を察した。

 英雄の話はすでに爺さんから聞いていたから、英雄が世界の災厄に反応することを知っていた。

 だから分かった。


◆◆◆


 世界が俺を〈災厄〉とみなして、長兄を使って消しに来たんだと。


◆◆◆


 兄の意識はあったが、かすかだった。

 俺は初めて『世界の意志』を知覚した。

 そんなものが本当にあることを知った。

 

 〈世界〉は英雄の身体を乗っ取る。

 

 この時の長兄が如実にその事実を知らせていた。

 他の英雄も無意識的に世界の意志に左右されている節はあったが、こんな風に露骨に身体を乗っ取られるようなことはなかった。


 俺は魔力剣を掲げて襲い来る兄と対峙して、何もできなかった。

 せっかく生み出した紫色の炎も消え失せ、涙を流して後ずさることしかできなかった。


 対して兄はまだ抗っていた。

 まるで世界の意志に抗うようにして、魔力剣を持った方の腕をもう一方の腕で抑えていた。

 

 そうしてあと一歩まで兄が迫りくる。

 剣を振りかぶり――そして、振り下ろされた。

 俺は目を瞑った。

 しかし、俺に刀身は落ちてこなかった。

 降ってきたのは兄の声だった。


『怖がらせちゃってごめんな、エイラ。大丈夫、俺がお前を手に掛けるようなことは、絶対にないから。だから――元気でな』


 兄の言葉は不自然に終息した。

 もっと何かを言おうとしていたようだが、すぐに『元気でな』と繋がれた。

 まるで今生の別れのような言葉に。


 そして俺が兄の言葉に反応して目を開けた時、


 自分の心臓に自分で魔力剣を突きたてている兄の姿が映った。


 ――悪夢のような光景だった。


◆◆◆


 俺は自分を呪ったし、世界も呪った。


◆◆◆


 俺はもっと自分の力にちゃんとした意識を向けておくべきだった。

 爺さんから俺の正体は聞いていたし、それによって前世の記憶の補完ができていた。

 俺が異界からこの世界にやってきた存在で、そして俺には異界からの転生者ゆえにこの世界から独立した〈超越格〉を持っていると、ちゃんと教えられていた。

 〈超越格〉は神庭世界の最高格と競り合う。

 爺さんが数々の方策を駆使して、それを確かめた。

 俺の〈超越格〉は〈神格〉にすら対抗すると。


 そして、あの時生み出した〈紫炎〉が、俺の〈超越格〉をもっとも多く内包していた術式だった。


 炎の合成の際に、俺は初めて俺自身で術式に変数式を組み込んだ。

 それがあの時ばかりは成功して、そして俺の魔力を変わった形式で組み込む術式が完成した。

 その時に俺の超越格が、術式に強く組み込まれたのだ。


 あの紫色の炎は、『世界を壊す可能性』があった。


 だからあの炎が誕生した瞬間に『英雄』が世界に命令された。

 その持ち主を殺せと。

 世界に災厄をもたらしかねない存在を消せ、と。


 本当に、俺は自分の気まぐれを呪ったし、世界の仕組みに強い憎悪を抱いた。

 世界は人の意志を無視する。

 英雄という『人』の意志を、捻じ曲げる。

 仮に世界を統括する神がいるのなら、そいつは傲慢な奴だ。

 神は世界を構成する人を道具にする。

 

 俺たちはお前の玩具なのか。


 ここは神の庭で、俺たちはお前の手の中で遊ばれているだけの芽なのか。

 そこには人の意志があるのに、お前はそれを無視するのか。


 神じゃない。

 お前は神じゃないよ。


 世界の民より上位に位置するだけの、同じ生物だ。

 だから傲慢を表す。

 強い力を持っているから、かえって世界の民よりも強い傲慢を表す。


 俺も傲慢だよ。

 だから俺は――俺の兄の意志を捻じ曲げたお前らを許さない。

 たとえお前らが世界にとって本当に必要な存在であったとしても、許さない。

 

 兄を殺したのは俺だ。


 俺なんだ。

 俺が災厄にならなければ、兄は死ななかった。

 俺を殺さないために、自分で自分の胸を剣で突き刺すことなんて――しなかった。

 だから俺が殺したようなものなんだ。


 でも、少し待っていてくれ――兄さん。


 俺は兄さんの意志を捻じ曲げた神をぶっ殺さなきゃいけない。

 そのあとで兄さんのところに行くから。兄さんのところにいって、謝るから。


 だから――待っててくれ。


◆◆◆


「あんた、馬鹿じゃないの」


◆◆◆


 空間を、イゾルデの声が切り裂いていた。

 瞬間、


「っ!」


 俺の頬を、彼女が打っていた。

 平手で。

 強く、打っていた。

 俺の思考は止まって、数瞬をおいてやっと状況を理解する。


「あんたがそのお兄さんのところに行ったら、お兄さんがあんたのために死んだ意味がないじゃない」

「……」


 言うな。

 分かっているんだ。

 俺だって、俺が言っていることがひどく歪んでいることは――分かっているんだよ。


 でも、あの出来事を思い出すたびに、どうしても思考が流れてしまうんだ。

 どうやったら兄さんに許されるか、どうやったら兄さんに謝れるか、考えてしまうんだ。


「そんなの――分かってる」

「分かってるなら言わないで。私はあんたの気持ちが分かるだなんて、そんな軽い言葉は言わないけど――でもこれだけは言えるわ。あんたが自ら向こう側に行こうとするのは間違ってる。絶対に、間違ってる」


 なんて強い言葉だろうか。

 自分の言葉にすべての責任を乗せている言葉。

 自分に逃げ道を残さない断言。

 

 毅然としたイゾルデの姿は俺には眩しすぎた。

 澄んだ輝きすら見える。

 俺はその輝きに目が眩んだ。


「俺は――間違っているんだろうか」

「全部が間違ってるなんて言わない。あんたが世界に喧嘩を売ろうってのはむしろ応援したいくらいよ。私も英雄転生には疑問を抱いているからね。でも、それを終えたあんたが自分で死ぬのだけは、絶対に間違ってる。あんたのお兄さんが自分の命を投げ打ってまで助けたあんたの魂は、泥にまみれてもいけるところまで生きるべきよ。あんたがお兄さんの死に責任を抱いているなら、絶対に」


 そういう言葉は、爺さんにも言われたし、他の兄や姉にも言われたし、弟や妹にも泣きながら言われた。

 生きろ、と。

 でも、彼らは俺に近すぎる。

 近すぎるから、俺を元気づける方向へと意見が流れる。

 ――分かってる。彼らがそんな打算を抱いていないことは、分かっているはずなんだ。


 でも、そこにすべての納得はおけない。

 身内の中での出来事だからこそ、俺には客観の声が必要だった。

 毅然とした声が。

 

 初めて家族以外の人にこの話をした。

 そして初めて家族以外の人に――言葉を貰った。

 

 イゾルデの言葉は俺の中で何度も何度も反芻されて――


 いつの間にか俺の救いに変容していた。


「――あれっ……くっそ、なんだろう……」


 目の端から水が零れた。

 意図しない――雫だ。


◆◆◆


 俺は椅子に座ったままで、大きく上体を反らした。

 そうして腕で顔を覆って、正面に立つイゾルデから顔を隠す。

 こんな情けない姿、見せられない。

 俺はこれでも格好つけなんだ。


「――馬鹿ね、本当に」


 ふと俺の耳に床を小突く音が聞こえた。

 コツ、コツと音が近づいてきて――


「――」


 俺は後ろから誰かに抱かれた。

 そうしてすぐに、俺のすぐ後ろから――優しげな声が降ってきた。


「――つらかったのね。自分のせいで兄は死んでしまったのだと、ずっと自分を責めていたのね」


 俺のせいで死んだのは事実だ。

 そこに解釈の幅など存在しない。


「あんた、よく笑うけど、時々つらそうに笑うのよね」


 そんな風に見られていたのか。


「あと、テントで寝てる時、あんたがうなされてるの――聞いてたの。〈ミハエル〉って――そのお兄さん?」

「――うん」


 なんだ。俺はてっきりあのテントの中では俺ばかりが起きているとばかり思っていた。


「そう。お兄さんは優しかったの?」


 優しかった。

 優しすぎるほどに。

 誰かのために自分の命を投げ捨てられる者が、優しくないわけないじゃないか。


「――優しかったよ。血は繋がってないけど、俺にとっては本当の兄だった」

「世界の意志にさえ抗ったのだから、とても意志の強い人だったのね」

「ああ、肉体的にも強かったし、なによりミハエル兄さんは精神的に強かった。俺の憧れだったよ」


 ああ、ダメだ。

 思い出すと――


「――っ」


 声が漏れてしまう。


「あんたのこと、本当に大事に思ってたのよ。弟のために命を投げ打つことができるって、本当にすごいことよ」


 そうだ。

 ミハエル兄さんは――


「いいわよ。泣きなさい、エイラ。あんたが兄のために涙を流せるなら、まだあんたは立ちあがれるわ。大丈夫、不安になったら私が断言してあげるから。あんたは生きるべきだって、いつだって断言してあげる」


 俺の頬を誰かの細い指が撫でた。

 俺の頭が誰かの胸の中に沈んだ。

 温かい。

 

「っ――」


 情けない姿を――見せたくないけど――


「ハクロウなら自分の部屋に戻ったわ。私とあんたしかいないから――」


 はは、ハクロウも察しが良すぎるよ。


「だから――泣いていいのよ。誰かが来る前に、泣いてしまいなさい――エイラ」


 それはずるいよ――イゾルデ。


 結局俺は、格好悪いと思いつつも、彼女に抱かれたまま泣いてしまった。

 涙は意識とは関係なく流れ出て、そうして彼女の服に染み込んで行った。

 それでも彼女は嫌な顔一つせずに、ずっと俺の頭を撫でていた。


 こんなつもりじゃ――なかったのになぁ。


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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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