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世界征服エンダール -異世界災厄転生記-  作者: 葵大和
第三章 【独立都市:迷宮都市サリューン】
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23話 「ハイスペック白狼」

 裏通りに差し掛かっても迷宮帰りの俺たちを襲いに来る略奪者はいなかった。

 その最たる理由に、俺は確信を持っている。

 ――ハクロウだ。

 ハクロウのおかげなのだ。

 裏通りに差し掛かる直前、ハクロウが俺に先頭と後尾を代わるよう提言した。

 俺がそれに頷いて、場所を代わる。

 そうしてハクロウを先頭に裏通りへ差し掛かった時、ハクロウが素早く辺りに視線を巡らせていた。

 確信的な視線の運び。

 まるでそこに何かが潜んでいるという確信を持っているかのような、そんな視線の運びだった。

 尻尾はゆったりと左右に触れていて、どことなく優雅な印象を受ける。

 しかし目つきは鋭くて、まるで視線で見えない何者かに牽制しているようだった。


「――ふむ、まあ、こんなものでござろうか」


 しばらくして、ハクロウがそんな風に鼻で息を吐いてからくるりと振り返った。

 その顔には狼のくせに柔らかな笑みがある。

 さすがに見慣れてきた表情だが、本当に穏やかな気持ちになる柔らかな笑みだ。人族顔負けである。


 たぶんハクロウが潜んでいた略奪者たちを牽制していたのだろう。

 狼の察知力もさることながら、実際に手を出すまでもなく略奪者たちの攻め気を削いだ先制の牽制は、やはり歴戦の猛者のごときそれであった。

 視線だけで人を射殺すような人間を俺は知っているが、ハクロウもそういうレベルに近いのだろうと俺は自らの経験に照らし合わせて確信していた。


◆◆◆


「本当にありがとう! 略奪者に出会わずに家までたどり着いたのは久々だ! 笑ってしまうところだけど」


 探索者たちは無事に裏通りを通り抜けて、人通りのある表通りの居住区にたどり着くことができた。

 彼らに礼を言われるが、手柄はだいたいハクロウのものだろう。

 俺は本当についていっていただけで、たいしたことはしていない。


「ボクからもお礼を言います!」


 シャルルも一緒に頭を下げてくるが、なんだかかえってこちらが恥ずかしくなってくる。


「いやいや、ホントにたいしたことないから」

「エイラ! エイラ! 我は早く鍛冶屋を捜しに行きたいのでござるがっ!」


 すると横からハクロウがペシペシと俺の尻を叩いてくる。

 そろそろ我慢ができないらしい。


「迷宮遺物に特殊な鉱物が多いこともあって、商業区には鍛冶屋がいっぱいありますよ!」

「ふおっ! では早速!」


 シャルルが屈みながらハクロウに言うと、ハクロウは嬉しそうに尻尾を激しく左右に振って、また俺の尻を肉球でベシベシと叩いてくる。

 俺の尻は太鼓じゃないぞ。――あっ、ちょっと痛くなってきた。


「分かった、分かったから。はあ……。商業区行くならイゾルデも迎えに行こうか。交易品見たいだろうし」

「よし! ならばまずは宿へ行くとしよう!」

「じゃあ宿まで案内しますね!」


 探索者たちと笑顔で別れ、また踵を返す。

 今度は横に並んで、俺とハクロウとシャルルで談笑しながら歩を進めた。

 目指すはイゾルデが身を置いている宿だ。


◆◆◆


 イゾルデが泊っている宿は迷宮都市商業区のすぐ近くにあった。

 商業区の中央通りをいくばくか歩き、左右に並ぶ膨大な量の露店を傍目に、何個目かの十字路を右折する。

 さらに少し歩いて、また右折。

 するとそこに三階建ての立派な木造建築物があった。


「ここです!」


 シャルルの快活な声を聞いて、そこが例の宿であることを知る。

 見れば、バルコニーまで完備されていて、屋根上では宿泊者達の洗濯物らしき色々な色彩の服が物干し竿に干されていた。

 風に揺られてふわふわ舞って、なんだかそれらが一つの動く絵のように見えてくる。

 一階の窓辺には観葉植物がいくつも並んでいた。

 日の沈み始めということもあって、軒下や窓下にたくさん括り付けられた術式灯や光石が、柔らかい暖色系の光を放ち始めている。


 綺麗だ。

 洒落た南国のリゾート地みたいだ。

 こんな街中であるのに、そこは涼しげな雰囲気を醸していた。


 シャルルが建物の玄関に手を掛けて、


「マルスさーん!」


 そんな声を建物の中に響かせていた。

 俺とハクロウもシャルルに続き、きょろきょろと内装を観察しながら玄関をくぐる。

 シャルルの声のあと、建物の奥の方からどたどたと走る足音が聞こえて、


「やあ、シャルルかい。おかえり、探索はうまくいった?」


 受付テーブルらしき場所の奥間から、一人の青年が姿を現した。

 淡い茶色の髪と、『犬耳』をつけた青年だ。

 かなりのイケメンである。

 その青年の視線がふと俺の方を向いて、途端に青年がにっこりと爽やかな笑みを浮かべた。


「こんにちは、エイラさん。この宿の亭主をしております〈マルス・ラヌート〉と申します。エイラさんのお話はシャルルから聞いています。シャルルを助けてくださったそうで。私からもお礼を申し上げます。本当にありがとうございました」


 深々と頭を下げられて、俺は少し恥ずかしくなった。

 流麗な一礼からの感謝の言葉。優雅だ。


「あっ、い、いや、俺は大したことはしていないので……」


 そんな大げさなことではないんだ。

 あまり畏まられるとやっぱり少し恥ずかしくなる。

 マルスさんに独特の気品みたいなものが見えるだけに、余計にそう感じるのだ。

 これが品格の差か……!

 兄妹たちにもこういう品格を放つ者がいるにはいるのだが、かくいう俺はどちらかと言えば野蛮方面に伸び伸びと育ったし、基本的に兄妹たちも俺と同じ方面に育ったやつが多い。

 そんなことを考えていると、マルスさんの言葉がまた続く。


「それに、先ほど探索団の友人から黒髪の青年と白毛の狼に助けてもらったと一報がありまして――おかげで略奪者に襲われずに済んだと喜んでいました。重ねてお礼を申し上げます」


 情報伝達ものすごく早いな。

 なに、通信技術そんなに発達してんの?

 もしかして迷宮遺物に声を伝える石とかあるの?

 単純に伝書鳥とか使ったのだろうか。

 ともあれ迷宮都市内の〈探索団(リール)〉というコミュニティも、なかなか繋がりが強そうだ。


「それはこの隣のハクロウが特に尽力しましたので、俺ではなくハクロウに言ってやってください」

「ええ、もちろんです、お二方どちらにもお礼を――」


 そう言いながらマルスさんがハクロウに目を向け、直後――


「えっ!? あれっ!? ――白狼様ですか!?」

「ぬ? 我の一族を知る者でござるか?」

「知ってるも何も! 私はかつて〈白炎の旗〉のもとにおりましたから!」

「ほう、では〈黒白戦役〉に参加していたクチでござるか」

「はい……悲しい戦争でしたね……」

「うむ……」


 なんだか俺の知らない空間が広がっていた。

 ――おい、どうしたよ。


 ――くっそ! 油断してたら一気においてかれたよ!!


◆◆◆


 しばらくして、俺の居た堪れなさに気付いたのか、マルスさんが頭を下げて謝ってきた。


「あっ、すみません! つい昔を思い出してしまって」

「マルスさんはハクロウと知り合いなんですか?」

「ええ、昔ハクロウ様のもとで戦に出たことがあるのです。直接の面識はありませんが、私の方は一方的にハクロウ様のことを存じているというところで――」


 マジかよ。急に話がでけえな。

 こんな優男風なのに、昔は勇猛果敢に戦っていたタイプか。

 というかハクロウは実はかなり有名人なのだろうか……。

 なんだか狼に負けた気がしてきた。


「ハクロウ様はどうしてここへ?」

「うむ、我はちとあの戦で我らを助けてくれた『英雄殿』を探しに。あの英雄殿のおかげで黒白戦役は一旦鎮火することができたでござる。ついでに少し、世界の情勢などを見聞しておこうと。いつまたあのような戦火が起こるとも限らんので、少しも勉強を、というところでござるな」

「なるほど、お忙しいのですね」

「いや、急いでも仕方のない旅でござる。アテのない旅でござるので、結構悠々としているでござるよ」


 マルスさんがハクロウの前に屈みこんで、同じ目線になって会話をしていた。

 ハクロウは窓から入ってくるそよ風に白い毛を揺らしながら、軽い調子で喋っている。

 マルスさんが畏まるから、そのハクロウの姿に威厳なんてものを幻視してしまった。

 ――え? あれ鉱石にうるさい白い毛玉でしょ?


「そうですか。ではハクロウ様の旅がうまくいくよう微力ながら祈っております。ひとまずこのまま立ち話もなんですので、お部屋にご案内いたしましょう。イゾルデさんの部屋の両隣でよろしいでしょうか」


 するとマルスさんが立ちあがって、俺の方に微笑を向けながら訊ねてきた。


「ええ、わざわざ合わせてもらって恐縮です」

「お安いご用ですよ」


 本当にイケメンスマイルだな。


「では、こちらへ」


 そういって踵を返すマルスさんについて、俺とハクロウは宿の二階へと登って行った。

 

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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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