21話 「風呂敷毛玉(新種)」
「……」
ハクロウがここ掘れワンワンしてるところに帰りついたら、そこには背中にパンッパンに膨張した風呂敷を背負っている白い毛むくじゃらがいました。
「……」
俺の絶句にシャルルの絶句が重なる。
くそ、なんだあれ、風呂敷の下の毛むくじゃらが今にも潰れそうじゃねえか。新手の迷宮生物かよ。
『風呂敷毛玉』(新種)とかだな。――間違いなくよええわ。
そのハクロウらしき毛玉は、もぞもぞと小さな動きを呈していた。
歩いているというよりも這っているという感じだ。なんて無様なんだ。
「あの……ハクロウさん……持って帰る鉱石は少しってボク言いましたよね……」
「……」
白い毛玉からは声が返ってこない。
どうした、野太い声で答えて見せろ。
「……全部……欲しかったのでござる……」
言い訳にもなってねえよ。
「それ、もうこの空間からすら出れないですよね……絶対出口で引っかかりますよね……」
そもそもその風呂敷の頑丈さはなんなんだよ。
尖っている鉱石群をパンパンになるまで布でくるんで、まだ破れねえのか。
「ど、どれくらい捨てれば良いでござろうか……三個くらいでいいでござるか……?」
たったの三個でその風呂敷が緩まるわけねえだろ。――ああ、少しツッコみ疲れてきた。
「三分の二以上は捨ててもらわないと……たぶん途中にあった狭い通路で引っかかることに……」
「さっ、三分の二も……! 我の収穫物が……! うおお……!」
早くこの茶番終わんねえかなぁ……。
「よし、ハクロウ。俺が三分の二をパパっと選別してやろう」
「だめでござる! 今のエイラの顔には『適当に重そうなのからぶん投げよっと』って言葉が見え隠れしているのでござる!」
いくら心情が顔に出やすい俺でも、そこまで的確に内心を読まれたことはない。少しこの毛玉が怖い。
もぞもぞ動いていた白い毛玉が、ついにすてんと横に転んで、その背中の風呂敷を石床に降ろした。
そうして重みから解放された毛玉が、水気を飛ばすように身体をぶるりと震わせる。ようやく毛玉から狼としての形を取り戻したハクロウが、そのあとで降ろした風呂敷に近づいて行った。
ハクロウは前脚で器用に風呂敷の入口をこじ開けると、ものすごく切なそうな表情を犬顔に載せて、中から鉱石たちを取り出していった。
「ああ……これも……これも欲しかったのに……ああ、なんということでござろう……」
「ねえちょっと、その絵柄結構シュールだからやめてよ」
狼がしょんぼりしながら鉱石を前脚で転がしている。
楽しそうにやるならまだしも、そんな哀愁漂う感じにやられると、どこか不安な気持ちにすらなってくる。
「また取りにくればいいだろ。迷宮大変動さえ終わったら、新しくなった迷宮でもっといろいろ発掘できるぞ」
「ぐぬう……」
なんで俺、白い狼をこんな必死で励ましてんだろ。
「分かった……我もわがままをいうのはよそう。エイラやシャルルに迷惑を掛けるのは我も望むところではない」
ついに、渋々といった様子でハクロウが頷いた。
ため息を犬鼻から吐きながら、目を弓なりにしてよくわからん微笑を浮かべている。
なんだろう。悟ったみたいな顔。……菩薩?
「じゃあ、俺も良さそうな鉱石がないか真面目に選んでやるから、ほら、風呂敷開いて」
「うむ。――シャルルも見るでござるか? あまり女子好みの華美な石はないが、それらしく珍しそうなものもあるでござるよ」
「うん! ボクも見る!」
シャルルはシャルルで嬉しそうな笑顔を見せて、ハクロウに寄って行った。
さて、少しは真面目にハクロウの鉱石探索に付き合ってやらねば。
◆◆◆
「こんなもんか」
「うむ。我なりに好むところを残せたと思うでござる。まあ、他のは我慢するとしよう」
「本当にこれでいいんですか? もっとキラキラしてる鉱石とかありますけど――」
「質実剛健がやはり一番でござる。美しさもまた捨てがたいが、我が欲しいのは武器として錬成されるべき鉱石でござる。武骨で結構ということでござるよ。あとこの鉱石からは何やら特殊な感じの匂いが……きっとこれは良い特質を持った鉱石でござる」
首を傾げるシャルルに、ハクロウが笑みで説明している。その鼻すげえな。匂いで鉱石の性質とかわかんのか。
ハクロウが風呂敷の中に残したのは主に武骨な灰色だとか黒だとかの重苦しい感じの鉱石だった。
透明で光が内部で反射していたり、輝石のような不思議な色味を宿していたり、割れた側面から虹色の液体がこぼれ出したりと、一体どういう原理だと疑うような鉱石も多々あったが、ハクロウはそれらをその場に捨てた。
「さて、ではこのまま迷宮深部まで潜るとするでござるか」
ハクロウには俺とシャルルが先ほど経てきた出来事を話してある。鉱石選別の最中に説明したのだ。
するとハクロウも探索者救出に付き合ってくれるようで、一緒に深部まで様子を窺いに行くことにした。
「あ、じゃあ今風呂敷を縛ってあげますね」
シャルルがそういって鉱石をいれた風呂敷をハクロウの首に巻いた。
狼のくせにこうしてみるとデフォルメされた柴犬のごとく見えてくる。
「おお、かたじけない」
喋らなければもっとそう見えただろう。
そうして準備を終えた俺たちは、再び迷宮の奥へと歩を進めた。
光石や術式灯による道標を残しつつ、少し急ぎ足で洞窟を下って行く。
◆◆◆
そこからのイベントは意外とするりと過ぎて行った。イベントと評してしまうのは前世で嗜んでいたゲームの癖であるが、ともあれそこはおいておこう。
例の、他の探索者との出逢いイベントである。
女の子だったら最高だったね。
女の子もいたけど八人中六人は男だったよ。筋骨隆々で逞しい男の人でしたよ。
ハクロウが鉱石を掘っていた位置で、北側迷宮の中層というところだったらしい。
そこからやや深く潜って、光石と術式灯が数多く取ってつけられた場所を見つけた。
空洞に声が響いていて、気配も多く、目を凝らしてみるとわずかに光に照らされる他の探索者がいた。
「こんにちはー!」
そこへシャルルが声を掛けた。なかなか積極的な娘だ。
他の探索者はシャルルの声に気付いて、ピッケル片手に洞窟天井に張り付いていた状態を解き、ロープを伝って降りて来る。
「おお、シャルルじゃないか。北口にいるなんて珍しいな」
「今日は探索初心者の友人の案内で」
「探索初心者で北口からって……えっ? ていうか狼?」
「ハクロウでござる!」
そりゃあビビるよな。
そもそも四足動物がどうやってここまで降りてきたんだよ、と驚くはずだ。俺は慣れた。
ハクロウの元気な挨拶に探索者もぺこぺこしつつ、どんどんと話が進んでいった。
他の探索者も様子を窺いに集まってきて、シャルルから『迷宮大変動』の始まりについて注意を受けていく。
「いやあ、分かってはいるんだが、最近略奪者の活動が激しくて。こうして無理しないと探索者としての生計が立たないんだよなぁ……」
苦笑しながら男たちは言った。
「でも命には代えられませんよ?」
「――うん、それもそうか。迷宮のアイドルがそう言うなら大人しくここらで引き揚げよう」
「ア、アイドルだなんてっ!」
「いやいや、シャルルほどかわいい子は町娘でもいないよ。そのうえ独力で稼ごうっていうたくましい娘はシャルルくらいさ。――そこの君もそう思うだろう?」
探索者の男が片目でウィンクしながら俺に話を振ってきた。
「ああ、間違いないな。迷宮のアイドル、その名もシャルル!」
少し悪乗りして叫ぶと、
「うあっ! うわあああ! ちょっと! エイラさん! 響くからやめてください!」
シャルルが俺に跳びかかってきた。
両手で俺の口を塞ぎにくるシャルルの顔は真っ赤だ。
「そういうことだ。さて、じゃあ迷宮遺物を揃えて帰る準備をするか。どうする? 一緒に帰るか?」
「んんっ、こほん。――他に探索者はいましたか? もしいたのならそちらにも話をしてこようと思うんですけど」
俺に跳びかかっていたシャルルはわざとらしく咳払いをして襟を整えながら言った。
「んー、他にはいないと思うなぁ。洞窟の最初の分岐、直下コースでたどり着くのがこの大広間だから、だいたいの探索者はここで止まると思う。ここが一番迷宮遺物が多そうだから。それに先の方に術式灯は見えないし、たぶんここにいる面子で最後だろう」
「そうですか。北口だから人も少ないでしょうし、大丈夫でしょうかね」
「南口やら西口にはまだ何百人と探索者が潜っているかもしれないが、向こうは帰り道も容易いだろうし、迷宮管轄所によって道の整備も割と進んでると思うから、きっと大丈夫さ」
「じゃあひとまずここから戻りましょう。――エイラさんもハクロウさんも、それでいいですか?」
シャルルが最後に俺とハクロウに向かって言葉を紡いだ。
「いいよ。ハクロウも目的を達成したし、俺も北口にこれ以上人がいないっていうなら用はない」
「わかりました。じゃあ戻りましょう。帰りの方が登りで険しいですから、気を抜かないでくださいね?」
「ああ、分かったよ」
俺は帰り道を想像して少しげんなりしたが、それも迷宮の一つの楽しみだと思って、水晶洞窟のロッククライミングにポジティブなイメージを重ねていった。




