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世界征服エンダール -異世界災厄転生記-  作者: 葵大和
第三章 【独立都市:迷宮都市サリューン】
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19話 「迷宮に挟まっていた天竜」

 迷宮内の探索にも慣れてきて、洞窟内に群生する植物や鉱物により広い観察の目が行き渡るようになった。

 そうして次に気付いたのは――


「なんか動いたな、今」


 動体の姿についてだ。

 ふと洞窟路の端っこの方を、黒い影がするりと駆けていった気がした。

 わずかに視界の中で虚像として残ったのは、小さな体躯にくるりと巻かれた尻尾をつけた小動物のシルエットだった。

 リスだとか、本当にそれくらいのサイズで、どこかふんわりしていた気がする。


「今迷宮生物いた? なんかリスみたいなの」

「ああ、たぶん『コロン』ですね。迷宮中層あたりにいるんですよ。愛玩動物みたいですけど、あれで鉱物を食糧にしたりもするので、かわいい見た目のわりにたくましい感じです」

「シャルルみたいだね」

「えうっ!?」


 何気なく言うとシャルルから突飛な声が返ってきた。

 シャルルは顔を真っ赤にして手を前に広げながら、


「ボ、ボクはかわいくなんてないですよ!」


 必死で否定していた。『迷宮にばっかり潜ってて全然女らしくないし……』と続けて言っている。

 そんなに否定しなくたっていいのに。貴族の令嬢のようにキラキラキャピキャピしているだけがかわいさではないぞ! 健康的なかわいさと美しさについて、少しばかり講義したい気分になったが、気持ち悪がられそうなのでやめておこう。俺シャルルに嫌われたら立ち直れないかもしれない。

 ひとまずそのリアクションがおもしろいから、次も楽しむためにそれ以上褒め殺しで追い詰めるのはやめておいた。


「――でもコロンがいるあたりって、他の強力な迷宮生物がいたりすることが多いので、少し注意した方がいいかもしれません」

「なんでそんな傾向が?」

「コロンはあんな形をしていますし、見た目どおり力もあまりないので、真っ向からの生存競争が行われればとても不利なんです。でも彼らは飛び抜けて自分たちより強い迷宮生物に気に入られる性質を持っていて、その強い迷宮生物を隠れ蓑にすることで日々の生存競争を生き残ることができているんです」


 なるほど。あんなかわいい形で、ずいぶん強かというか、さすが野生動物というか。健康的なかわいさではないな。なんだろう、あざとい感じのかわいさか。かわいさの種類多いな。


「つまりコロンがいるところにはその隠れ蓑になってる他の強力な迷宮生物がいるってことね」

「そういうことです。だから少し気を付けていきましょう。ハクロウさんとも結構離れてきましたし――あの先の空洞辺りまでいったら、引き返しましょうか」

「分かった、そうしよう」


 シャルルの判断に即座に頷きを返す。

 シャルルが指差した先には、曲がり角の奥から光石の輝きがわずかばかり揺蕩っている空間があった。

 その先にまた鉱石群がありそうで、そこに希少な鉱石があることを祈りつつ、歩を進める。

 俺とシャルルが同時に曲がり角に差し掛かって、そして同時に曲がり角の向こう側へと視線を運ばせた。

 光が入る。

 光石がたくさんあるようだ。

 眩しさになれて、ようやく視界が鮮明になる。

 

「――グァウ」


 直後、視覚が光景を認識するより先に、猛獣のあくび声のようなものが耳を穿った。

 そして一秒も経たずにようやく光景が脳によって出力されて――


「――」


 視界いっぱいに『銀色の鱗』が広がった。


「――〈竜族〉」


 シャルルが茫然と言葉を零すのが、次いで俺の耳に入ってきた。


◆◆◆


 竜族。

 端的に言えば『ドラゴン』だ。

 一度や二度くらい、誰だって憧れたことがあるだろう。

 それが今、俺の目の前に背を向けて丸まっている。


 竜族は大別して三つに分けられる。

 主に天空に生息し、よく発達した飛翔のための翼を持つ〈天竜族(テイシーア)〉。

 大地、もしくは地中に住み、飛翔のための翼をもたない竜――〈地竜族(レイルノート)〉。

 そして最後に、人型と竜型を使い分けていろんなところに生息している〈竜人族(ドラグナル)〉。

 この中で一番よく目にするのは〈竜人族(ドラグナル)〉だろう。

 天竜と地竜は巨大な体躯のためにあまり人族の領分では生活しない。

 知性のレベルは生物の中でも特段に高いと言われていて、人族の領分で生活するにもまるで支障はないのだが、巨大な竜にとっては住みにくいのだろう。


「おおー、初めて見た」


 俺は竜が好きだ。

 だから神庭世界に竜が実存することを知った時、ものすごくうれしかった。

 一方で、俺は他の兄弟と違って爺さんの家から遠出することがほとんどなかったから、自分の目でそれを見たことはなかった。

 時折爺さんと一緒に長期の旅に出ることがあった兄弟たちからは、ちらほらと目撃情報を聞いていたものだ。

 

「えっ? 翼がある? なんで〈天竜(テイシーア)〉が――〈地竜〉ならまだしもなんで〈天竜〉がこんな地層に……? あれっ? なんで!?」


 シャルルがあたふたしている。

 俺はそれを横目に、目の前の銀鱗の竜を見ながらふと考えていた。


「そういえば天竜の鱗って高価なんだっけ?」

「えっ? いきなり何言い出すんですかエイラさん。ボクすごく嫌な予感しかしないので、あえてそれに答えるのはやめておきますね? ささっ、ほら、逃げましょう? ね?」


 シャルルがぎこちない笑みを浮かべ、俺を催促してくる。

 まあまて。まだいける。

 天竜を見た驚きと感動もほどほどに、俺は他の思考を巡らせた。

 というのも、一応今の自分は〈迷宮探索者〉だからだ。

 お宝を見つけたら飛びつくのが探索者のそれらしい習性と言えるだろう。


「他にも爪とかあるよな? 頼んだら譲ってくれないかな」

「なにいってんですか! 竜族にとってボクたちなんて『プチッ』とすれば終わるちっぽけな存在ですよ!? 『爪ください』なんて頼み込んだって一笑にふされて終わりですよ! ああもう、迷宮に住み込んでる竜族の噂は話半分に聞いてたけどまさか今回に限って出会うなんて……!」


 シャルルは狼狽えて手足をばたばたさせ、混乱の極みを見事に体現していた。


「でも竜族ってすっげえ頭いいらしいじゃん。きっと懐も深いはずさ。それにちょっと訊きたいこともあるし、ひとまず俺はこの天竜の頭の方に行ってみるよ。シャルルは危ないから離れてていいよ」

「えっ!?」


 シャルルには悪いが、迷宮に住み込んでいる竜の情報は捨てがたい。

 人族を超える知能の持ち主とも言うし、そのうえ常に迷宮にいるとなれば、迷宮大変動のことについてもずいぶん情報を持っているかもしれない。

 俺はそう思いながら、天竜のぴかぴか光る銀色の鱗に手をかけた。

 すると、


『ふーむ。しらばっくれとけば引き返すと思っていたのだが……まあ、帰らんのなら話くらいは聞こう。おい、小さいの、今そっちに向き直るから、鱗から手を離せ』

「うおっ」


 急に野太い声が響いてきた。

 掴んでいた鱗が振動に震える。

 手を離せ、という言葉はちゃんと耳に入っていたから、俺は大人しくそれにしたがって手を離した。

 直後、ごりごり、と洞窟の壁が削れる音がして、目の前の鱗の巨体が回転していく。

 そうして身体が左回りに回って、右の方から現れたのは、


『ほんに窮屈だな、今回の迷宮は』


 そんな愚痴を吐く竜顔だった。


◆◆◆


 とかくでかい。

 なんでこの竜こんな洞窟にいられるの?

 どうやってここに入ってきたの?

 えっ? それどうやって帰るの?


「分かった、お前馬鹿なんだな」

『答えが分からないからと無理やりに結論づけるお前ほどではないぞ』


 俺が思考停止してもろもろの問題を強引に片づけたことを、この竜は目ざとく察したらしい。

 恐ろしいまでの察しのよさだ。


 もろもろの問題はひとまずおいておいて、また銀竜に目を向ける。

 背に巨大な翼が畳まれていて、身体の大きさもさることながら、翼の方の大きさを予測して衝撃を受ける。

 頭から二本の巻き角が生えていて、力強さを象徴していた。

 目は爬虫類のそれのように縦長の瞳孔をしていて、金色の輝きを放っている。


「でけえ」

『それを言うためだけに私のところに来たのか?』

「そのためだけに会いに来るのも有りだと思うほどには、今俺は感動しているよ」

『ハハ、なかなか言いよる』


 ふと話してみて感じたことだが、この銀竜は見た目のわりにはずいぶんフレンドリーなようだ。

 初対面であるが、初めて会った気がしない。――ああ、見た目を除けばそう思ったかもしれない。


『それで? 近頃私のところまでくる探索者も珍しい。最近は深層まで潜る探索者が減ったようだからな。珍しい来訪者に、なぜここまで来たかを聞こう』

「ん、別にあなたに会いに来たとかじゃないんだ。友人の手伝いと、個人的な調査を兼ねて迷宮を歩いていたら、たまたまここに」

『ほう。――となると、聞きたいのはその個人的な調査にかかる部分か?』

「そうそう。竜族であるあなたにとってはたいした問題じゃないのかもしれないけど、もし知っていることがあれば教えてほしい」

『いいだろう。人と話すのも久々だから、俄然話してやってもいいという気分だ。――あと私の名前は〈ヴィルヘルム〉だ。あなたという呼ばれ方は背中がむず痒くなる。以降はそれで呼ぶといい』

「かっこいい名前だね、ヴィルヘルム。俺の名前は〈エイラ〉だよ」

『お前の名前もなかなかだ。――どこかで聞いた覚えがあるが、気のせいか……』


 ヴィルヘルムは最後に小さな声でそう呟いた。



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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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