16話 「行き当たりばったり迷宮大作戦」
そういうわけで、ひとまず俺とイゾルデは別行動になった。
「いい? 無事に帰ってくるのよ? そしたら今度はちゃんとあんたを雇うから」
飯屋を出たところで、イゾルデにそんなことを言われた。
「あれ? 俺なんか傭兵みたく扱われてません?」
「い、いいでしょ! ちゃんとお金払うから!」
まあ、行商人ならば他の国へ行くだろうし、目的地が同じならば別に構わないのだが、はたしてイゾルデと俺の目的地がそう簡単に合致するのだろうか。
かくいう俺は、これでもその場その場で情報を集めて、次に『問題』が起こりそうな場所を目指して旅をしている。
そういう情報は時勢によって目まぐるしく変容するので、そういう意味では急ぎようがないから、わりとゆっくりとした旅程だ。
さらに言えば、だからこそ目的地が定まっていない。
その場その場で行先を決めるわけである。
対してイゾルデは行商、交易商だ。
行商人は供給と需要を考えて、需要が高いところへ物を売りにいく。
逆に言えば、供給が足りてないところへ売りにいく。
需給の不均衡があれば、その交易物の値段は高騰するからだ。
たとえば北国では、温度が零度以上にならない鉱石〈氷晶石〉はいらないほどある。
しかし、南国にはそれがない。
しかも暑さに耐えるために重宝される。
そうなった場合、北国では〈氷晶石〉はたいした額で売れないし、そもそも個数すら売れないが、南国では高い値段で、しかもたくさん売れる。
――がっぽがっぽだ。
交易商はその差額で儲け、かつ、その旅程に掛かる手数料を考慮し、プラスになると思えばそこへ商品を運ぶ。
だから、俺のように本当にいきあたりばったりでは、稼ぎも小さくなってしまうだろう。
「イゾルデ、俺の目的は知ってるよね」
「し、知ってる……」
「なら、俺の行先がその時その時で変わるっていうのも、分かるよね」
「……分かる」
イゾルデは頭が切れる。
それはこの短い間ですぐに分かった。
だからこそ、俺の言っていることも察してくれるだろう。
「そうなると、イゾルデの行先に俺がついていくっていうのは、もしかしたらできないかもしれない」
こういうところでハッキリ言えないのは、なんだか前世でよく言われた日本人の特質のようである気がする。
それを抜きにしても、女の子が悲しむ姿を見るのは心にクるものがある。
「……あんたが帰ってくるまでにいろいろ考えておく。だから――ちゃんと無事で帰ってきなさいよ」
イゾルデはイゾルデで、何か思うところがあるのだろうか。
俺とてイゾルデとの旅は短くも非常に楽しかったし、一緒に行きたいのはやまやまだが、
――俺の目的は、変えられないからな。
どうしてもこれだけは譲れないのだ。
「分かったよ。ちゃんと無事で帰ってくる」
「――ん」
すると、イゾルデが一歩こちらに歩み寄ってきて、俺の服の袖をつかんだ。
ぎゅっとそれを握りしめたあと、ゆっくりと離して、そして踵を返す。
「私、待ってるから」
最後に彼女はそういって、シャルルと一緒に路地を向こう側へ歩いて行った。
◆◆◆
「さて、迷宮への入口はどこかな」
「シャルルが言うには都市の中に四つの入口があるらしいでござるよ。東西南北、でござるな」
「どっからいこっか」
「一番危険なのは北のルートだと言っていたでござる」
「じゃあ――」
「うむ――」
「北だな」
俺の言葉にハクロウも首を縦に振った。
「まだ今月の迷宮大変動は来てないらしいから、普通のルートで迷宮に潜っても迷宮遺物は取り尽くされてそうだし」
「で、ござるな」
そういうわけで、中心区域への歩を北へ向ける。
「いやあ、迷宮都市に詳しいシャルルと早々に仲良くなれてよかったな。宿まで手配してくれたわけだし」
シャルルが『ボクが所属してる探索団の知り合いに、宿を経営してる人がいますから、その人に格安で頼んでみます』と言って、俺たちの宿を手配してくれた。
猫耳、美貌、モデル体型、十五歳、手際良い。――よおっし、いよいよ天使に近づいてきたぞぉ。
「天使か……」
「いきなり迫真な感じでなにを呟くでござるか……」
ハクロウが俺から一歩引いて、「なにいってんだこいつ」みたいな目で俺を見てきた。
なんで狼顔のくせにそんな顔が出来るんだ。お前の表情筋はどうなってる。
「こっちの話さ」
天使と例えるのも、やや神庭世界では的確ではないかもしれない。
なぜなら、本物の〈天使族〉がいるからだ。
背から六翼を生やした人型種。
神々しい美形が多いという。
どっかの天空に浮かぶ島で過ごしていて、あまり下界に降りて来ることはないが、それでも最近はボチボチ姿を見る気がする。
桜国でも一人二人見つけた。
女だったから、鬼人族の男にナンパされてた。
実は三百キロのストレート見舞ったイケメンのあとにも、そういう現場を結構見たんだよね。
ともあれ、鬼と天使とかなんだかこう、絵的に関わっちゃいけないだろと思うのは俺だけだろうか。
鬼は西洋では悪魔と同義的であったし、そうなるとこう……ね?
前世の記憶はこういう時に俺に違和感を抱かせる。
◆◆◆
しばらく歩いて、ようやくその迷宮への入口に到着した。
地面に巨大な穴が空いていた。
隕石でも落ちたのかと疑うような穴だ。
周りを背の高い杭に囲われて、人が落ちないように仕切られている。
さらに、穴の側面部に螺旋状に下へ降りていく階段が作られていた。
穴の周りをぐるりと歩いて回ると、その階段の入口があって、そこに『北側迷宮入口』と丁寧な文字が描かれた看板が立っていた。
「さすが迷宮都市。こういうところは結構整ってるな」
この都市で生計を立てている者や、この都市で普通の生活をしているものもいるから、きっと観光的な側面もあるのだろう。
そう思うと、やはり都市は都市だ。
さすがに北側入口が厳しいルートというだけあって、注意書きなんかは多い。
しかし俺とハクロウは、その注意書きを軽く一瞥して、すぐに階段を降りて行った。
ここまで来て帰るようなら、そもそも北側を使ってない。
◆◆◆
階段の途中の壁には、光石灯や術式灯がつりさげられていて、緑や黄色、はては紫など、色とりどりな光で通路を彩っていた。
一方で、下から階段を昇ってくる者もいる。
どうやら帰り道は逆側の通路を使うようで、ちょうど穴の中心を隔てて反対側に、肩を支えられて階段を昇っていく獣人が見えた。
腰にはランタンをつけていて、ピッケルを背に背負っている。
なるほど、探索者らしい格好だ。鉱物採取専門の探索者だろうか。
しかしその左肩から血が流れているのを見て、怪我をしていることに気付く。
「迷宮生物かな?」
「いや、あの傷は地形で擦って出来たものでござろう。ものによるが、生物によってつけられた傷はあんなに綺麗なものではない」
「詳しいね」
「獣がつける傷に関しては、特に詳しいでござるよ」
ハクロウが小さく笑った。
「まあ、戦場に出ることがあったでござるから、その経験のおかげでござるな。傷だけは多く見てきたでござる」
「へえ」
そういってハクロウが少し身の上話をするが、それ以上は言わなかった。
かといって突っ込んで訊いてほしいという感じでもなかったので、俺はハクロウの過去について訊ねるのはやめた。
そうこうしていると、ようやく階段が一番下にたどり着く。
どでかい鍾乳洞のようだった。
穴の一番下には、門番のような男が二人と、あと小さな小屋が立っていた。
中には二人の女性がいて、どうやら迷宮へ入るに際しての手続きをしているらしい。
「そちらの方は装備がないようですが……大丈夫なのですか?」
美人な受付嬢の一人が、訝しげな視線を俺に向けてきた。
――装備。
確かに装備はない。
あえて言うなら布の服オンリーだ。
「大丈夫、鋼の拳があるから」
せめてメリケンサックくらいつけろよ、と思うかもしれないが、俺の拳はメリケンサックよりも硬い。大丈夫だ。
「は、はあ……」
大丈夫かこいつ、って目を向けられるが、さすがに慣れてきた。
雑な誓約書を書いてから、ようやく迷宮の入口に立つ。
門番二人に通されて、やっとのことで第一歩を踏んだ。
「よし、んじゃあ、ササっと行ってみようか」
「なんかよさ気な鉱石を見つけたら教えて欲しいでござる」
「任せろ。その時は俺の拳で採取してやる」
「我の爪ぐらい便利でござるな」
どうやら考えていることは同じだったようだ。
鉱石が欲しいのにピッケルも採掘器もなしでどうするんだというところだが、大丈夫。
俺には鉱石を割る拳があるし、どうやらハクロウにも似たような爪があるらしい。
いや、割っちゃだめか。
そんな会話をしながら、さらに鍾乳洞のような迷宮に踏み入って行った。
すると、
「エイラさーん!」
その鍾乳洞に、女の声が響いた。
シャルルの声だ。
振り向くと、縦穴の階段を降りてきているシャルルの姿があった。
さっきと同じ身軽な格好で、しかし、その腰から二つの光石ランタンと、背中に小さなバックパックを背負っている。
まるでこれから探索にでるかのような出で立ちだ。
「シャルル?」
シャルルが近づいてくるので、一旦小屋の方に戻った。
「ボクもついていきます! イゾルデさんは宿に案内しておきました! そしたら『馬鹿二人じゃ心配だから案内してあげて』って言われて!」
「馬鹿認定が早いですね」
「ププッ、エイラ、馬鹿にされてるでござるよ」
おめえもだよ。
どうやったら今の会話で自分のことを棚にあげられるんだ。
二人って言ってたじゃねえか。
すっとぼける天才か。
「そっか。まあ、シャルルが来るっていうなら、歓迎するよ」
探索に自信があるらしいし、まったく初心者の二人よりは案内人がいた方が当然いいだろう。
「じゃあ小屋で手続きしてきますね! ちょっと待っててくださいね!」
なついた猫ほどかわいいものはない。
猫耳をピクピク動かして、快活な笑みを浮かべたシャルルが、小屋の中へ入っていった。
「我も美少女に化身できれば、ちやほやされるのでござろうか」
「お前はときたま話が飛ぶな」
「エイラほどではないでござる」
近頃この白い狼との会話もこなれたきたところである。




