15話 「芋虫料理と略奪者の噂」
おすすめの飯屋がある。
そう告げられて少女のあとを追った。
途中、自己紹介とばかりにいくらかの会話をこなす。
「俺、エイラっていうんだ」
「エイラさんですね。ボクは〈シャルル〉って言います! 見てのとおり、獣人族です」
「猫?」
「そうです、精確には獣人系人族の中の猫人族ですね」
猫耳と猫尻尾を小さく動かして、少しこちらを振り向きながら笑みを見せる少女。
――〈シャルル〉。
俺の名前も男だか女だか判定しづらい響きを持つが、シャルルの名前も同じく中性的だ。
一人称がボクってのがまた好奇心をつついてくる。
「シャルルは――〈迷宮探索者〉?」
「そうですよ。一応、まだ探索者のつもりです」
少し言葉に靄が掛かっている気がする。
「でもやっぱり、あんまり儲からなくて」
「探索者って迷宮遺物をやりくりすれば結構稼げるって話だったけど」
「ちゃんと売るところまで行ける探索者はそうです。でもボクは探索は得意だけれど、あまり腕っぷしは強くないから――」
「だから略奪者にカモられるってことね」
「そうです。ちょっと前はそんなことなかったんですけどね……」
あえて言葉を飾らずに言うが、シャルルもそれにしっかりと頷いてくれた。
「でも迷宮内部って迷宮生物とかいるでしょ? ある程度の腕っぷしは必要なんじゃないの?」
迷宮生物とは単純に迷宮内に住む動物のことだ。
動物とひと括りにするとまた面倒な形態のやつもいるので、生物とさらに大きな枠で括っているらしい。
迷宮生物は変動する迷宮地層の中で自律的に生活している。
月に一度の〈迷宮大変動〉がありながら、迷宮生物はそのまま内部で生活することができる。
その理由は、彼らが大変動の時の迷宮の動きを察知できることに起因するらしい。
〈迷宮大変動〉は生物に関係なく淡々と行われる。
その時の動く地層などに巻き込まれると、生物は埋もれて死ぬ。押し潰されて死ぬのだ。
だから〈迷宮大変動〉の兆候が見られたら、探索者は撤収するのがセオリーだ。
しかし迷宮生物はもっと根本から迷宮環境に順応している。
そんな彼らは、ものにもよるが、外部からの侵入者をあまり好まない。
端的に言えば少しいざこざが起きたりするのだ。
「いますよ。いるけど、ボクはそれとは戦ったりしないから、大丈夫なんです。逃げますからね。逃げるのは結構得意ですよ?」
「なるほど」
ふふ、と可愛らしく笑って見せるシャルルは、確かに身軽そうな身体をしている。
「それに、これでも何年も迷宮に潜り続けていろいろ経験を積んでますからね」
華奢な身体を飛び跳ねさせる様は、確かに猫のようだ。
「でも最近、ああいう略奪者が増えてきて、迷宮に潜ってもたいした報酬が得られなくなってきたんです。ボクたちは迷宮遺物を売って生計を立てていますから、あんな風に略奪者に迷宮遺物を取られてしまうと、もうどうしようもなくて」
「そうだねえ」
「本当は探索団の仲間もいるんですけど、探索団の皆は『さすがに生計が立たないから』って、他の仕事をするようになりました。皆探索者に戻りたいとは思っているんですけど、やっぱり略奪者はそれ専門ですから。あちらはあちらでなかなか厄介で」
わざわざ略奪するために迷宮都市にくるくらいだから、腕には自信があるのだろう。
確かに厄介だ。
「あ、ここです。おいしい迷宮生物の料理が食べられますよ!」
シャルルがふと一際明るい声をあげて、とある建物を指差した。
街道に突き出た野外テーブルがたくさん見える。
あけっぴろげな飯屋のようで、そのテーブルに純人族や異族たちが座って飯を食べている姿が見えた。
――やべえ、芋虫みたいなの見えるんだけど。
シャルルはキャピキャピしながら飯屋の中に入って行って、
「赤光芋虫を四つください!」
なんて言っている。
いかん、これはいかん。
――こいつ、華奢な身体してるくせに食がすさまじく太いやつだ! たくましいやつだ!
「芋虫っていったわよね……」
「我は芋虫も好きでござるよ?」
「あ、ああ、そう……」
うな垂れるイゾルデと、首を傾げるハクロウの姿が俺の後ろにあった。
◆◆◆
「なにこれぇ……口の中でモニュモニュするんだけどぉ……」
「え? おいしくないですか?」
「おいしい、味はおいしいよ。ただちょっと、新しい食感で……戸惑いが……」
肉の味だ。
しかも香草がまぶされていて、脂っこさがちょうどよく中和されている。
するりと喉を通って行って、そしてまた箸が伸びてしまう。――芋虫に。
慣れてくるとこの食感も悪くないかもしれない。
「うえぇ……芋虫まんまじゃない……」
イゾルデはフォークを片手に、目の前に置かれた焼き芋虫料理をつんつんと突いていた。
芋虫の細かい描写はやめておこう。夢にでそうだ。
しかしあえて太さのみを形容しておけば、まあ俺の腕くらいはあるだろう。
ちなみにハクロウはすでに三匹目である。
すげえモッシャモッシャしてる。
「おいしいですよ?」
シャルルがイゾルデに首を傾げながら言った。
二人の間でも自己紹介がなされて、ひとまず顔見知りというところだ。
「――えっと、エイラさんとハクロウさんが迷宮探索のためにサリューンに来たんですよね。それで、イゾルデさんが交易のために、と」
「そうよ。ここらへん商会とかある? もしくは商団とか。あれが幅を利かせていると私みたいなハグレの商人に文句言ってくることあるから、あらかじめ手を打っておきたいのよね」
「んー、あまり聞いたことないですねえ。どこどこの国から派遣された商会支部があるとか、噂は聞きますけど、迷宮都市の市場は自由市場主義ですから、あまり価格設定とかには手をだしてこないと思います」
「――そう。ハグレの商人にとってはなかなか住みやすい都市みたいね」
「でも品のない略奪者は商人まで襲ったりしますから、気を付けた方がいいですよ」
「エイラ! エイラ! 護衛期間延長するわよ!」
判断早いな。
これが商人の判断力か。
「いいけど、俺もハクロウと迷宮探索に行くから、その間は大人しく宿の中とかで待ってろよ」
「ぐぬぬ……」
そんな悔しそうな顔してもダメ。
「ぐぬぬぬぬ……」
その顔のままで色仕掛けしようとするなよ。胸を持ち上げるんじゃない。
「羨ましい……」
シャルルがイゾルデの胸を見てぼそりと呟いたのを、俺は聞いてしまった。
ほら、これ以上はなんか、シャルルが自分の胸を寄せ始めたから、やめなさい。
「あの、もし心配でしたら、エイラさんたちが戻って来るまでボクの探索団のメンバーに護衛を頼んでみましょうか? まあ、ボクを信用してくれないとはじまりませんが、ボクの信頼がおける仲間たちです。手仕事で少し忙しかったりしますけど、交替で護衛を請け負いますよ」
「シャルル! あなたっていい子ね!」
「えへへ」
イゾルデがシャルルに抱きついて、その頬に自分の頬を擦りつけている。
シャルルもまんざらではなさそうだ。
耳がピクピクしているし、尻尾も嬉しげにゆらゆら動いている。
美少女と美少女。
うむ、悪くない。
俺もすりすりしてえ……。
「エイラ、我にもあれやっていいのでござるよ。もふりたいでござろう?」
「内心を読むんじゃない。そしてもふもふは捨てがたいが、その渋い声で言われるとやや気が引ける」
「そうでござるか……」
悲しそうに目を伏せるな。
狼のくせに表情豊かなやつだ。
◆◆◆
「ちなみにさ、シャルルは〈迷宮大変動〉についての情報、何か知ってる? たとえばいつごろ起こるか、とか」
「〈迷宮大変動〉ですか?」
「うん」
略奪者の話もそうだが、〈迷宮大変動〉に関しても情報が欲しい。
というのも、噂に聞いた災厄の原因が、略奪者と迷宮大変動の組み合わせにあるらしいことを聞いているからだ。
しかしその情報も迷宮都市本土で聞いた話ではないから、間違いとは言わないまでも誤差があるかもしれない。
俺の質問に対してシャルルは少しの間思案気な表情を浮かべて、そして口を開いた。
「んー、ボクは結構大変動に勘が利くので、二日前くらいになればなんとなく分かるんですけど、まだ大変動の気配はありませんね。時期的にはそろそろだと思います」
「やっぱ人が巻き込まれたりするの?」
「そうですね。先月の大変動では多くの探索者が巻き込まれたようです。僕は諸処あって大変動前後にサリューンから離れていたので、そこに会することはなかったのですが……」
「あと、略奪者のせいで大変動の時に犠牲者が増えるっていう話も聞いたんだけど、それも本当?」
「ええ。直接的な要因ではないのですが、略奪者たちが隆盛すると探索者が迷宮に潜ることに消極的になりますから」
しかしそうなると探索者自体は減るから巻き込まれる人数が減りそうなものだが。
いや、もしかしたら――
「探索者間の協力が減るのか」
「仰るとおりです。探索者は誰かが大変動を察知したら、他の探索者に声掛けをして避難を促します。すべての探索者がそうであるとは言いませんが、迷宮に潜る者の暗黙のルールとして、そうするべきであろうというのがこの街のモラルです。だから、探索者が多ければ多い程、逆に大変動に対する対応力があがるんです」
「なるほど」
「でも略奪者たちが増えてくると、奪われがちな迷宮遺物をどうにかして手に入れようと無理をする探索者も増えますし、探索業そのものから足を洗ってしまう人も増えて、結果的に大変動に対する流動的な対応ができなくなってしまうんです」
「ふむふむ」
結構なネガティブスパイラルだ。
シャルルの話では大変動までにまだ少し時間があるという。二日前あたりに気付くのが常というなら、まだシャルルがそれに気づいていない現状、最低でもあと二日は猶予があるということだ。
ハクロウとの約束もあるし、この際自分で迷宮に潜った方がいいかもしれない。
探索者を装って迷宮に潜れば、帰ってきた時に〈略奪者〉たちが俺を狙ってくれるかもしれないし、それもありだろう。
こちらから探す手間が省けるわけだ。
ハクロウが追った略奪者たちは他の略奪者との繋がりがなかったって話だから、また別の略奪者を釣るべくアプローチ方法を変えてみるべきか。
「んじゃ、やっぱりハクロウと迷宮に潜ろうかなあ」
俺は改めてそう決心した。