13話 「迷宮都市とベタな展開」
ハクロウの素晴らしい疾駆によって、日が昇り始めたころには〈迷宮都市サリューン〉へたどり着いていた。
「人多いなぁ」
第一印象はそれだ。
加えて、入出国に際しての手続きがほとんどないのも印象的だった。
桜国シンラが結構しっかりしていただけあって、その落差に驚く。
迷宮都市の特質が顕れているのだろう。
ここは国というより、ただの『集合地』と捉えた方が精確に表現できる。
桜国シンラは都市国家であったが、迷宮都市サリューンはただの人口密集地だ。
あえて言うなら独立都市。乱立する国家勢力に帰属しない都市。
立地的には三つの国の中央付近にあって、その三国が牽制し合うおかげでどこの国という風でもない。
その三国は母国の名のあとに、たとえば「○○国管轄迷宮都市」だとか、そんな長ったらしい名称を広めようと苦心しているらしいが、三国が似たり寄ったりだから明確な差はついていない。
そして迷宮都市の方でもたいしてそんなことは気にしていないらしい。
少し話が脱線したので戻そう。
迷宮都市は、そこに〈迷宮〉があったから生まれた都市である。
迷宮を探索したいやつらが集まってきてそこに住むようになったから、都市が生まれた。
〈迷宮探索者〉を中心に、その探索者を補助する者たちや、迷宮で採れる遺物を主な商品に商売をする者たちなどが集まってきて、いつのまにやら文化が生まれていた。
加えて、明文法があまり発達していないこともあって、わりとあくどい者たちが都合の良い住み場所として使うことが多くなったらしい。
不文法、慣習法はないでもないらしいのだが、力があってなんぼ、みたいな風潮が根強いらしく、いかんともしがたいところだ。
迷宮探索者がやはり一番重要な位置を占めているらしいが、俺的には迷宮探索者の補助をする〈迷宮支援者〉の方がうまいこと立ち回っているんじゃないかと思う。
ともあれ、そういうわけで、迷宮都市に住んでいるのはロマンを追い求めている馬鹿とか、それを一歩引いたところで補助しつつ生計を立てている利口なやつだとか、探索者が必死で取ってきた迷宮採取物を無法を理由に奪っていくあくどい奴だとか、その辺がほとんどということだ。
俺は特段にどれにもなるつもりはないのだが、しかしあえてなるとすればやはり探索者であろう。
――ロマンは重要だ。
◆◆◆
都市の雰囲気はなかなか明るい。
聞いていた話からすると、探索者を狙うあくどい者たち――〈略奪者〉がいるくらいだから、もう少し危ない感じなのかと思ったが、
「思ったよりも良い感じに賑わってるなぁ」
小さな子供の姿も見える。探索者や支援者の家族だろうか。物好きの集まる独立都市というよりも、普通に活気のある娯楽の都市、みたいな印象だ。
やはり人が集まってくると活気は生まれるし、なんだかんだと明るい街になるのだろうか。
しかし、俺はしばらく歩いてふと横道に逸れて、その考えに修正を加えた。
「――いや、さすがに裏の方にまで来るとそうでもないか」
路地を少し離れると、一気に空気が淀んだ気がする。
明るい街という印象は正しいであろうが、一方で不穏な気配の漂う街、というのも正しいだろう。
同居している。
どこの街でも一定以上の大きさになればそんなものだろうが、殊にこの迷宮都市サリューンでは違いが顕著だ。表と裏の差が激しい。
ひとまず迷宮都市内の地理を頭に叩き込もうと、ハクロウとイゾルデと共に都市内を歩く。
表通りは人通りが激しいのもあって、ついでに裏道の様子も窺おうと、俺は中央街道から少し外れた方向へつま先を向けた。
「……」
イゾルデも何かしら感ずるところがあったのか、俺の服の裾を無言で握っている。
「怖いの?」
「こ、怖くなんかないわ!」
近頃イゾルデを弄るのが趣味みたいになってきた。
これもイゾルデがどういうものを好きで、どういうものが嫌いかが分かるようになってきたからだろう。
まあ、今は少し控えよう。
俺は弄るつもりなしに、心配そうな顔のイゾルデに正確な情報を伝える。
「――真面目に、たぶん見られてはいるけど」
「えっ!」
イゾルデが身体を震わせて、俺の服の裾を引っ張った。
あのあの、そろそろ破れそうなんですけど……
「でも見てるだけだよ。ハクロウがいるからだと思うけど、襲って来たりする様子はないなぁ」
視線は舐めるようであるが、突き刺すような殺意の体ではない。
そんなものが分かるようになったのも俺の育ちがアレなせいだろう。
すると、イゾルデの横を歩いていたハクロウが「ふうむ」と渋い声で唸った。
裏路地に入ってからはハクロウが先行するような形になっている。
『鼻が利くから中央街道の飲食露店の匂いで方向は覚えているのでござる』なんて言うから、俺も頷きを返してハクロウに行先を任せた。
「――迷ったのでござるっ!」
「早々にそれかよっ!!」
開き直って言うんじゃねえよ!
さっきの自信満々な犬顔に張り手食らわせてやりたいぜ。あの自信はどっから来るんだよ……!
これからハクロウを先頭に立たせるのはやめようと心に刻んだ。
この白い大狼は間違いなく〈探索者〉には向いていないだろう。
日々地層が迷路のごとく変化する迷宮では、たぶんハクロウは子供より役に立たない。
いっそ才能とさえ思えてしまえてくるほどの迷子スキルだ。
「まあ、今日のところは街中探索もこのくらいにしよう。とりあえず宿を探そうか」
俺は〈迷宮大変動〉の情報に加えて、このサリューンの陰に潜むであろう〈略奪者〉に関する情報も知りたかった。
しかし、まだ宿も見つけていないし、旅路を経てからまともな休みを得ていない。
俺はまだまだ動けるが、イゾルデをこのまま連れまわすのも気が引けた。あえて裏路地に進む俺に付き合わせる必要はないだろう。
俺がそんなことを言うと、ハクロウがすぐに言葉を返した。
「うむ、そうでござるな。我もそろそろ水浴びがしたいのでござる。剣鞘を括り付けているベルドのあたりがむず痒くて」
「それってどうやって外すの?」
手がないのに。
「後ろ足でクイクイやって、うまいことパチーンでござる」
「何言ってっかわかんねえけど、その時は俺が手伝うよ……」
すごく不便そうなことは理解できた。
「おお、かたじけない」
ハクロウは嬉しそうに言って、狼の尻尾を揚々と左右に振りながら路地を闊歩した。
◆◆◆
そのまま歩いていると、また表通りに戻った。
若い女の子もいれば、もっと小さな幼女もいるし――なんだろう、一歩外れればそこは恐ろしげな裏通りなのに、すごい落差だ。露骨な棲み分けがなされているみたいに思える。
まあ、案外普通の場所にひょっこりと魔が差して来たりするのは前世の記憶の中にも経験があるから、必ずしも完璧に棲み分けがなされているわけではないだろう。
明るさと暗さが交わった時が問題になりそうだ。
とはいえ、サリューンの表通りの明るさはやはり魅力的だ。
人通りもあれば露店もあるし、立派な煉瓦造りの商家なんてものまである。
あたりの建物には光石灯や術式灯など、様々な灯火の道具がつりさげられていた。
前者は光を発する鉱石だ。
露店や商家でも、〈迷宮遺物〉という他にない特殊な鉱石や植物が多く取れる原産地なだけあって、見たこともないものがいろいろと売られていた。
イゾルデはそれらに目ざとく観察の視線を向けている。
そういうところは商人らしい。
しばらく歩くと、宿らしい建物が立ち並ぶ宿泊区のような場所に出た。
なかなか立派な宿屋が様々な趣向を凝らして並び建っている。
他国や他都市からの流入者が多いからだろうか。同じ宿でも木造から石造、はたまた土造まで、本当にバラバラな趣向を凝らした建物が多い。
桜国シンラで見たような、かつて住んでいた日本の歴史で語られる書院造のような建物もあった。
そんな情緒と煌びやかさの溢れる宿泊区の通りを物見遊山気分で歩いていると、ふと俺の耳が音を捉えた。
――声だ。
「――裏路地の方から声がする」
しかも、それなりに物騒な単語が聞こえた。
『それをよこさねえと殺すぞ』である。
さて、本来ならば首を突っ込むのも憚られるが、殊に今の俺は迷宮都市サリューンで大きな問題を起こさせないためにここに来ている。
〈英雄〉を呼ぶきっかけになってしまいそうなものであれば、その芽を摘んでおきたいところだ。
だから、俺は決心した。
「俺、ちょっと向こう行ってくるから、先に行っててよ」
仕様の分からない街でなんだから、と、三人とも宿は同じところにしようと話していた。
ハクロウに関しては人と数えていいか分からないが、人語を話すし面倒だからそれでいいだろう。
ともかく、そういうわけで、二人に宿を選ぶのを任せておいて、俺はあとで追いつく――そんな旨を伝えておいた。
しかし、
「あんたが寄り道するなら私も行くわ。あんただって迷いそうだし――それ以上にハクロウと一緒にいたらもっと迷いそうだし」
「し、失敬でござるなっ、イゾルデ」
「だって事実じゃない……」
「ぐ、ぐぬう……」
二人はそう言って俺のあとについてきた。
二人も名前で呼び合う程度には打ち解けてきたらしい。
迷宮都市に入ってから三度も迷った甲斐があったというものだ。
そんな二人がそういうならば、俺が止める理由はない。――否、面倒事になりそうなら止めよう。
確かにハクロウとイゾルデを二人にしておくとそのまま迷い子になりそうだから、ひとまずついてくるだけならかえってその方が安心かもしれない。
「いいけど、少し気をつけてね」
俺は頷きを作って二人に言った。
その頃には耳を穿つ例の声が大きくなっていて、声に怒気が混じっていることを察知する。
荒事だろうか。
そんな気がしたので、一応二人にも注意を喚起しておいた。
◆◆◆
そうして歩いて行って、すぐに音の出どころと思われる場所へ出る。
裏路地。
一人の少女が、三人の悪漢に迫られていた。




