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世界征服エンダール -異世界災厄転生記-  作者: 葵大和
第二章 【旅路:ヴァルタイト街道】 〈桜国‐迷宮都市〉
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12話 「ネタを積み込まれた白い狼」

 あっれ、間違ったかな?


「あんたはあんたでかなりボケが危ういわね!」


 イゾルデが俺の横にやってきて、俺の頬を抓ってきた。結構痛い。


「いやだって、名乗られたし……」

「そ、それはそうだけど……! まずはそこじゃないでしょ! そもそも何よこれ! なんで狼が人語喋って――これって魔獣……いや聖獣……いやいやそこじゃなくて――ああもう!」

「ははあ、ここにもう一人情緒が不安定な女子(おなご)が――」

「あっ!?」

「ひいっ!」


 イゾルデも怒ると怖い。

 なんだろう、視線で人を殺せそうな気がする。

 あれで睨まれたら胆が縮み上がってしまうだろう。


「ちょっと、そこの犬っころ! なんでこんなとこにいるのか説明しなさいよ! あと敵か敵じゃないかまずハッキリさせなさい! 敵だったら今すぐ杭を打ち込むけどね!」


 どこから取り出したのか、イゾルデの右手には火精石と、そして左手にはやたらにでかい杭が握られていた。

 吸血鬼でも仕留めるつもりだろうか。

 『ヴァンパイアハンター・イゾルデ』、次週から放映決定! ――しないね。


「て、敵じゃないでござる! 敵じゃないでござるよ! 我は敵じゃないでござる!」


 そこは『拙者』で統一しろよ。

 言いたくなったが、グっと堪えた。

 グッジョブ、俺の忍耐力。


「そう、じゃあ話くらい聞いてあげる」

「こんなおっかない女子見たことないでござる……杭持ってるでござるよ……」


 犬の顔がしゅんとするのを久々に見た気がした。


◆◆◆


 白い狼――〈ハクロウ〉は、ようやく警戒を解いてこちらに近寄ってきた。

 よくよく見れば、その背にどでかい剣鞘を背負っている。

 体躯も大きい。

 狼というのはもっと小さいものと思っていたが、四足で立っている状態で俺の胸くらいまであるだろうか。

 背に背負っている剣鞘のせいもあるだろうが、かなり大きく感ぜられる。


 人の一人や二人乗せられそうな、そんな狼だった。


 というか、なんで狼が剣なんか背負っているのだろうか。

 そもそもそれどうやって抜くの……?


「ハクロウって言ったよね。なんでこんな街道から外れた場所に?」

「うむ。我、ちと訳あって諸国を旅しておったのだが、迷宮都市サリューンへ行く途中で道に迷ったのでござる。それでフラフラしておったら、ふとうまそうな匂いが」


 あなたがそれを言うとちょっと恐ろしく感じられます。

 『うへへ、肉の匂いじゃあ、人の肉の匂いじゃあ』とかじゃないよね。


「それで人がいるのかと思って、道を訊ねに来てみたのでござる。――あっ、決して人を食そうとかそういうのじゃないでござるよっ!」


 ハクロウはハッっとしたあとにあたふたとして言った。

 狼狽えるとはまさにこのことか。


「ああー、今日は鶏肉を焼いたからな。その匂いだろうか」

「あれは鶏肉の匂いでござったか。――ともあれ、そういうわけで我は北から来たのでござるが、ここは迷宮都市に近いでござるか?」

「いや、北から来たっていうならたぶん通り過ぎてるね。ここは迷宮都市から東に続いている街道の近くだよ。向こうに行けば街道がある。そこを西に向かえば迷宮都市さ」

「おお、かたじけない。やはり通り過ぎておったか」


 ハクロウがぺこりと頭を下げた。

 犬のくせに礼儀正しい奴だ。あいや、狼か。

 デカイ図体のくせにいちいちリアクションが可愛らしくて、どうにも犬っぽさが先行してしまう。


「おぬしたちも迷宮都市へ?」

「そうそう、明日には着けるかなって、そんな感じなんだけど」

「ほう。では向こうでまた会うかもしれないのでござるな」

「そうだね」

「では、楽しみにしておこう。――我はちと先に行くでござる。まだ走れるのでな」

「ちょっと待ちなさい」

「ふあっ!」


 その驚き方はなんとかならんのか。

 イゾルデに声を掛けられて、ハクロウは身を立たせた。

 イゾルデの方は仁王立ちに腕組みで、憮然とした態度でジト目をハクロウに向けている。

 仁王像に負けず劣らずの迫力だ。


「あんた、人乗せられる?」

「ま、まあ少しくらいならば」

「あんた、私の食事を邪魔したわよね。いきなり出てきて、びっくりして、パンがポロって落ちたの。そしたらそのままパンが転がって行って――見失ったわ」


 迫真の表情で『見失ったわ』、じゃないから。

 ……うっそだぁ。

 お前もうちょっとまともな嘘つけよ。無理ありすぎ――


「な、なんとぉ……! 食べ物の恨みは重いというでござるし、我かなりまずいことを……!」


 なんでこいつ騙されてんの?

 よく見ろよ、この女まだ後ろ手にパンの切れ端しっかり持ってるぞ。

 お前鼻良さそうなんだからそれで気付こうよ。

 その犬鼻は飾りかよ。


「だから、その償いに私たち二人を迷宮都市まで乗せて行きなさい」


 イゾルデはイゾルデで(したた)かさがすごい。これが商人ってやつかぁ!

 いやこの場合詐欺師って言った方が……あ、黙ってろって目を向けられた。


「わ、わかったでござる。おぬしら二人と荷物くらいなら、我でも背負っていけるでござる。でも少し急いでいるので、今から出発したいのでござるが、良いでござるか?」

「いいわよ。じゃ、行きましょ」


 イゾルデがそそくさと荷物を纏め始めた。

 まあ、彼女がそういうのなら俺は構わない。


「賑やかになってきたねえ」


 俺は篝火を足で消して、そんな言葉を零した。


◆◆◆


 すっげえ速い。


 なにがっていうと、ハクロウの走る速度が。

 馬より速いんじゃないだろうか。

 走ると言うより、もはや跳躍のようだ。


「わあああああああああ!」


 俺の後ろではイゾルデが叫び声をあげていた。

 恐怖に彩られた叫び声である。


「は、はやい! はやすぎるって! ちょっと!」


 彼女の腕が俺の腰にギュっと巻き付いていて、やや「おふ」と息が漏れる。

 ――ちょ、ちょっと、絞め殺す気ですか。


「エイラ! ちゃんと私の手握っててね!? 離さないでね!?」

「分かってる分かってる」


 さっきまで「じゃ、行きましょ」とかすまし顔で言っていたけれど、ついにボロが出たらしい。


「ぬ、速度落とした方がよいでござるか?」

「いや、大丈夫だよ」


 いてっ! ――頭叩かれた。

 その余裕があるなら大丈夫そうじゃねえか!


「上は俺が押さえておくから」


 しかしすぐにイゾルデの手が腰に戻って、必死の力を込めて掴まってくる。

 しょうがないからその手を片手で握っておいた。

 もう片方の手をハクロウの背に置き、バランスを取る。

 慣れてくれば非常に心地いい疾走だ。


「なかなか『できる』でござるな。その身のこなし、闘争を友にする者でござるか?」

「そんな物騒なもんじゃないさ。しがない旅人だよ」

「ふむ。まあ、言いづらいこともあるでござろうな」


 まったく、何を察したのかは知らないが、鋭いのか鋭くないのか判断しがたい。


 ハクロウの背に乗って野を駆けていく最中で、いくらか彼と言葉を交わした。

 イゾルデに聞こえているかは分からないが、たぶん聞こえていても覚えてはいないだろう。

 身体の強張りがそれどころでないことを俺に報せてくる。

 背にふにふにとした柔らかい感触があるが、今だけは真面目に無視することにしよう。


「ハクロウは――人系種族ではないよね。たまに完全獣化する獣人族とかいるらしいけど」

「うむ、違うでござるよ。我は正真正銘の〈獣族(ルニア)〉でござる。人の因子は混ざっておらぬな」

「でも人語うまいね」

「魔獣も聖獣も人語を話すではないか。似たようなものでござる。人の世でしばし過ごしているうちに、覚えたのでござるよ」

「へえ」


 器用な狼だ。


「ちなみにこの剣は?」


 俺が乗っているハクロウの背のあたりに、斜めに括り付けられた大剣の鞘がある。当然、鞘には刀身が収まっていた。


「我が使うものでござる。狼のくせに、と時折笑われたりもするのでござるが、我はこういう武器類が好きでな。好きが高じていつのまにやら剣まで扱うようになったのでござる。慣れるとこれはこれでなかなか使い勝手が良いのでござるよ」

「なんだよ、すげえ格好いいじゃん。口で柄を(くわ)えるとか?」

「そのとおりでござる」


 剣を咥えて疾駆する狼か。絵的にも悪くない。

 最初はイロモノかと疑ったが――いやそもそもイロモノではあるが、しかしその姿は素直に格好いいんじゃないかと思う。


「いやはや、格好いいとは久々に言われたものでござるな。なかなか話が分かるではないか、エイラ。――近頃はいかにうまく鞘から刀身を抜くかを練習しているのでござるよ。こう、うまく加速と停止を利用してだったり、いっそ一回転くらいしてしまおうかと思ったり」

「横に回転しながらその勢いで剣を飛ばすとか、そういうのもいいんじゃないかな」

「確かに! なかなかセンスがあるでござるな!」

「だろ!」


 あいてっ! またイゾルデに叩かれた。

 ――なんでだろうか。


「そういや、言いたくなかったら別に言わなくてもいいんだけど、ハクロウはなんで迷宮都市に?」

「よりよい剣を求めてでござる。あの都市の地層に生まれる〈迷宮(ダンジョン)〉には、なかなか特異な鉱石があるというではないか。それを使って一本良い剣を打ってもらおうかと」

「なるほど」

「聞いたところによるとそろそろ〈迷宮大変動〉の時期であるという。迷宮地層が組み変わる直後は危険もあるが、鉱石等も手つかずらしいので、そこを狙うつもりなのでござるよ」

「ああ、確かにそうらしいな。俺も聞いた」


 それを聞いたから、迷宮都市に向かっているのだ。

 ハクロウの言葉の前半部――〈迷宮大変動〉について。


「ほう。エイラも迷宮の特産品を狙っておるのでござるか?」

「俺はそういうわけじゃないんだけど――でもまあ、迷宮に潜ってみるのはおもしろいかもしれないな」

「エイラはなかなかの手練れでありそうでござるし、一緒に行ってみるでござるか?」


 意外な提案があった。

 それはそれで、おもしろいかもしれない。


「おもしろそうだね。じゃあ、一緒に行ってみるか」

「我も一人ではわびしいので、供は歓迎でござる」


 ハクロウが顔を少し傾けて、走りながら俺の方に視線を向けてきた。


 さて、ならばあとはイゾルデだが――


 ――まだ訊かないでおくか。


 俺の腰に巻き付いている彼女の手は、まだ強張ったままだった。



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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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