9話 「欲にまみれた小目的」
そこまでをイゾルデに話した。
同時に、俺は自分が〈異界転生者〉であることをはぐらかした。
災厄殺しの目的に真実味を持たせるために、俺が世界に干渉する術を持つことは少し話に含ませたが、えらく抽象的であったろう。
しかし、イゾルデはそのことについて深く訊こうとはしなかった。
『そういうあんたは何者なの』なんて言葉が飛んでくるだろうかと思っていたのだが、イゾルデの口からそんな言葉は出てこなかった。
もしかしたら彼女は俺の表情から内心を察したのかもしれない。
俺は俺で、〈異界転生者〉であることを話すのにまだ少し躊躇いがあった。
◆◆◆
イゾルデは俺の話を聞いて、大きく息を飲んでいた。
ごくり、という音が俺の耳にまで聞こえてきそうなほどに、生唾を何度か飲んでいるのが視界の端に映る。
――はたして彼女は俺の話を聞いてどんな思いを得たのだろうか。
しばらく沈黙と共にヴァルタイト街道を歩いて、ついに彼女の方から声があがった。
「嘘……じゃないのよね」
「わざわざかしこまってこんな壮大な嘘はつかないさ。意味ないし」
「――そうね。目的に関して嘘をつくならもっとまともな嘘をつくものね」
暗に俺がまともなことを言っていないと指摘してくるが、俺自身それがまともじゃないことを自覚しているから、別段嫌な感じはしない。
「ていうか、水国王と火国王と知り合いってマジ? 最近両国の悪政が善政に転換したって噂は聞いてたけど――」
「マジ。山から岩石運んできて激突線に並べるのが一番面倒だった……」
「ああ……、私、もしかしてすごいのに荷物持ち頼んじゃったのかしら」
すごい、という抽象的な形容がどうにもしっくりこない。
「すごい、というよりは『すごい変なの』ってハッキリ言っちゃった方がしっくりくるな」
「そうかもね。今まで私が見た中であんたはトップクラスに『変なの』だわ」
「記録を塗り替えられそうで嬉しいかぎりだよ」
お互いに軽口を叩きながらも、イゾルデはまだ思案気な表情をしていた。
「やっぱり――嘘じゃないのね」
「――うん」
真面目なトーンで最後の頷きを返すと、イゾルデは少し顔をあげた。
その顔には先ほどよりもやや明るい表情が載っている。
「――そっか」
納得したように頷いた彼女は、次にこう言った。
「まあ、その〈神庭協団〉ってやつの総団長であることとか、その辺はまだしっくりこないけど――でも私、あんたの目的嫌いじゃないわよ。英雄を助けようっていう大それた目的も、神の摂理に抗おうっていう罰当たりな目的も」
イゾルデから返ってきたのは微笑とそんな言葉だった。
◆◆◆
正直に言えば、意外だった。
俺の言っていることはかなり危うい。
それでいてイゾルデは実際に英雄の力量を〈魔獣侵攻〉の時にちらと見ているから、本物ゆえの恐ろしさを知っているはずだ。
平穏な日常に暮らしている者からすれば、英雄は近づきがたい存在だろう。
英雄の為す事柄に巻き込まれれば、まともな状態でいられないことは誰だって予想できるはずだ。
そしてその英雄に絡んで、英雄以上におかしなことをしようとしている俺は、イゾルデにとって近づきがたい存在であるはずだった。
――いや、『あるべき』だった。
俺は自分の目的が大それていながら、それでいて困難なものであることを自覚している。
だから助けてくれる友人がいるのはありがたい。
それでも、誰彼かまわず俺の目的に巻き込んでしまうのはよくないとも思っている。
エリオットやグスタフのような、自分の身を守れるくらいに強く、それでいて言っても聞かないような奴らはともかくとして、一般的な世界の民衆までもを巻き込んでしまっては、その行動そのものが災厄の種になってしまう可能性もある。
災厄に率先して首を突っ込んで行く俺についてくるのは、端的に危険なのだ。
「荷物持ちの話、なかったことにしてもいいんだよ。まだ桜国に戻れる距離だ。俺と関わるとたぶん碌なことにならないから――」
イゾルデは俺から離れるべきだった。
だから俺はそう言った。
しかし、
「なんでよ。別に気にしないわよ。まだ碌なことにならなかったわけじゃないもの」
イゾルデから返ってきた声はそんな言葉を象っていた。
「――なによ、もしかして私と一緒に行くのが嫌なの?」
最初はその言葉に「滅相もありません」なんて答えたが、今でこそ同じセリフを即座に返すことはできない。
イゾルデの勢いに押されて歩を並べてしまったという側面もある。
よくよく考えれば、やはり彼女は俺と共にあるべきではない。俺は思い直していた。
「ねえ、エイラ。あんた神の摂理に喧嘩売るのに、一人じゃさすがに無理だって、そう思ったから〈神庭協団〉を作ったんでしょ?」
「――そうだね」
それは事実だ。
「なら、私がちょっとくらい手伝うのもいいじゃない」
――筋は、通ってる。
それも知っている。
そして素直に彼女の言葉を嬉しく思う。
だからこそ、
「でも、ダメだよ。イゾルデは〈魔獣侵攻〉を覚えているだろう。ああいうモノに、俺は何度も巻き込まれると思う。巻き込まれなくても、それが英雄にとっての災厄になりそうであれば、俺は自分から首を突っ込む」
だから、イゾルデは俺の近くにいるべきじゃない。
本当なら迷宮都市までの道のりをも共に歩むべきではないだろう。
「そう。じゃあ、そうなったらその時に考えるわ? 私だってせっかく見つけたタダの荷物持ちを捨てるのは嫌だもの」
しかし、どうにも彼女は彼女で強情だった。
――どうしたものか。
「あんた、私のこと投げ飛ばしたの忘れてないわよね? ――まあ、アレはアレであんたに荷物持ち任せるほど大きな非じゃないと思うけど」
それを今言いますか。
「そこは話術ってやつよ。――ね? だってエイラ、押しに弱そうなんだもの」
「む、むう……」
反論のしようがない。
実際にこうして彼女のどでかいバックパックを背負ってしまっているわけなのだから。
「だから、この話もそういうことで。――大丈夫よ、ひとまずサリューンまで行ったらちゃんと考えるから」
「…………はあ。怖いもの知らずというか、楽観的というか」
「ふふっ、いちいち先々の不安まで考えてたら、キリがないもの」
「行商人として先見の目は必要だと思うけどね」
「あっ……た、確かにそうね……」
しかし、そんな彼女を無理やりに突き離せない俺にも、この状況に対する責任はあるように思えた。
結局俺は、イゾルデを追い返すことができなかった。
◆◆◆
「なんだか大それた目的を聞いたあとでなんだけど、他にも何か小さいところで目的あったりしないの? 災厄からの救済だとか、神の摂理の破壊だとか、そんな大それたことを私と同じ年の男がやろうとしてると思うと――ちょっと『もにゃん』ってするんだけど」
なんだ、その『もにゃん』ってのは。
「うーん……。ねえ、エイラ。あんたがそんな格好いいこと言ってると私の内心の『平穏』に良くないから、もっと俗な目的があったら教えてよ。――なかったら今作りなさい」
横暴だっ! こいつ横暴だっ!
「えー……」
「獣耳なんて呟くくらいだから、あるでしょ?」
くそっ、この女は本当に抜け目がない。
痛いところを突いてくる。
「災厄からの救済のためだけに世界中を旅するなんて、あんたの嫌いな英雄の運命と同じじゃない」
その上、こんな風に口がうまいのだ。
確かに。確かにそうだ。そう唸らせる言葉を彼女は紡ぐ。
「――そうだね」
「だから、あるでしょ?」
なかなか小悪魔的な笑みを見せてくる。
ほんのちょっと前にあったばかりなのに、イゾルデの多彩な表情を見てきた。
いろんな表情をする女の子は見ていて楽しい。楽しいが、この場合はそれにうまいこと翻弄されているというのが正しい見解だろう。
「ないではない」
「なんだかパっとしない答えね」
「じゃあ、あります」
「他人行儀」
「ある、あるよ」
「よろしい!」
終始そんな彼女のペースに乗せられている気がする。
これはこれで心地よかったりするのが、また彼女の魔性のようだ。
「せっかく世界中を旅しているわけだからな」
俺が前にいた世界になかったものがたくさんある。
それだけで世界を見て回る理由になり得るだろう。
世界を見聞したいだなんて、異界転生者たる俺には十分な目的になるのではないだろうか。
異界転生者であることをはぐらかしつつも、『辺境に籠ってたから』なんて言いかえれば十分伝わりそうだ。
「……」
しかしこんな漠然とした答えで彼女は満足するだろうか。
否、しないだろう。
ためしに言ってみることにする。
「辺境に籠ってた俺は、世界がどんな様相をしているのか単純に気になるからね。見聞したいって感じ。――それじゃダメ?」
「ダメ。漠然としてるし、あんた自身の欲が見えないからダメ」
「イゾルデの目的は欲にまみれてるからな――あっふ!」
なかなかいいパンチを持っているな。――あっ、尻を抓るのはやめてっ!
「――で?」
くっそう、強権政治だ。ひどい独裁だ。
……仕方ない。もう少し掘り下げた答えを用意せねば。
――欲。
欲か。
まあ欲なんていくらでもある。人間は欲にまみれた生き物なのです。私も例外ではありません。
さて、ならばその数ある欲の中で、それらしく旅の俗な目的になるものはどれであろうか。
――獣耳。角。女の子。
ああいかん、考えを巡らせたら汚い欲が言語に顕れてきてしまった。
しかしまあ、偽るところがないので隠しようもない。
ここは自分に自覚的であろう。
――俺は異種族的な女の子が結構好きだ。
よし、言えた。
このルートで旅の小目的を組み立てていくことにしよう。
「考え付いた?」
「ちょっと待って、もう少しだから」
「あと一分ね」
イゾルデが腕を組んで俺に言ってくる。――まったく、堪え性のない女だ。
さて、ならば組み立てに戻るとしよう。制限時間は一分だ。
◆◆◆
前世にも可愛い女の子はたくさんいた。
いたが、こちらでいう純人族である。
人種の違いこそあれど、さすがに「猫耳生えてます」なんていうやつはいなかった。
いたら丁重に病院に送り届けている。心療内科へレッツゴーだ。
現代社会のストレスが出ちゃいけない方向に出てしまったのだろう。
あっちでのそういう趣味は、たぶんありえないからこその憧憬でもあったのだろうが、いざこちらの世界に来てみても、やっぱり憧れは憧れのままだった。良い意味で、だ。
つまり、情熱はまだ残っているのだ。
実際、女の子であることを抜きにしても、純人族以外の人族や、もっと異種族的な異族たちと関わるのは楽しい。
新しい発見もあるし、なんだか人脈が方々に増えていくのもおもしろい。
そんな俺の最初の旅の供が純人族であるイゾルデだったのは意外といえば意外だが、しかし彼女の先ほどのコスプレはかなり俺の心臓を撃ち抜いていった。
種族を抜きにしても、彼女には好感が持てそうだ。
そういうわけで、あえて俗な目的をあげるとすれば『異種族との交流』があげられるだろう。
なんだかんだといっても、俺はファンタジーが前世時代から好きであった。
そしてまた、その情熱がこちらに来ても変わらずにある。
正直なところ、魔獣でさえも俺の交流の対象になるだろう。
お前、獣と話せるとか、人間の夢じゃねえか。
いや話せたら話せたでちょっといかんともしがたいものがあるかもしれないが、だが魅惑的な事柄であるのに違いはない。
魔獣は魔獣で、しかし確かに敵対的なやつもいる。
無制限の慈悲を与えるわけではない。それも然りだ。
たぶん俺は、それがどうしようもなく兄姉たちの障害になるのなら、もちろん兄姉を取るだろう。
しかし、どうしようもなくなるまではそれなりに慈愛的である。
魔獣侵攻の時も殺さずに追い返せそうだったから、可能な限り殺さないよう気をつけた。
「さすがに相手が俺より強かったりしたら、そんな余裕ないけどね……」
「いきなり何の話よ。それで、決まったの?」
「うん。――ずばり、異種族の女の子といちゃ――おうふっ!」
これはこれで気に入らなかったらしい。
ひどい女だ。
◆◆◆
「んっ、まあいいわ。欲にはこれでもかってくらいまみれてたから、オッケーにしといてあげる」
「ありがたきお言葉……」
なんで上司に許可とってるみたいになってるんだろう。
まあ、ひとまず難所を越えることができたから素直に喜んでおこう。
しばらくして、街道から見える新緑色の草原景色に感嘆の息を吐いていると、またイゾルデが話題を提供しにきた。
「――ねえ、エイラ」
イゾルデの視線も景色の方に向いているが、少しぼうっとしているようだった。
「今までの話を聞いた感じだと、あんたかなり強そうだけど――私のこと投げ飛ばしたし――実際どのくらい強いのよ? 一応護衛も兼ねてるし、雇主として気になるところよね」
「――ふむ」
自分で自分をどのくらい強いか表現するのも、なかなかキツいものがある。
自分で言うのもなんだ、という理由と、単純に表現しづらい、という理由で。
誰かと比べたり、何かと比べたりしないと形容しづらい。
「比較対象とかないの?」
「んー……ならあんたの兄弟の英雄と比べて」
「いきなり確信に迫る感じだな」
「だって、それが一番分かりやすそうだもの。――じゃあ、あの時一緒にいたあんたの金髪のお兄さんと比べてどうなの? 私ちょっとだけあの人の戦いぶりを見ていたから、少しも判断しやすいかもしれないわ」
「――アランか」
一つ年上の兄。
基本的に全員転生者であるせいで、年はほとんど離れていない。
数か月置きに兄弟が並んでいたりする。
なんたって英雄転生者は誰かから生まれるわけではないからだ。
ある日唐突に空から降ってくる。――赤子の状態で。
いやはや、神々しいかぎりである。
前世でそんな光景が繰り広げられたら、間違いなく卒倒する者がいるだろう。
ちなみに、地面からぽっこり出てきた奴もいたと爺さんは言っていた。
まったく、神庭世界はどうかしている。
さて、話は戻って――我が兄、アランに関してだが、
「戦績は五分ってとこかなぁ。ああ、あくまで訓練の中での話だけど」
「……は? アレと五分? ちょっと、なにそれあんたも化物じゃない」
徐々にイゾルデも言葉を選ばなくなってきたな。
嫌な感じはしないから、特段に構いはしないのだが。
「化物とやり合ってると、なんだかんだで近づいて行っちゃうんだよ。あと気合で近づかないと死ぬ可能性があった。ウチのマッドな爺超スパルタだったから……」
「いやいやいや、その理論はおかしいからね? ついでに後半がものすごく同情を誘うんだけど……」
俺に術式が効かないのも、勝率の理由になるだろう。
〈超越格〉を内包する俺には総じて術式が効かない。
術式の格が俺の格に届かないからだ。
加えて、俺から術式に攻撃を加えることもできる。
〈世界眼〉で見て、〈超越格〉で砕く。
しかし、俺に向けられた術式でなければアランの方にもやりようはある。
術式による身体強化だとか、なんだとか。
「俺も色んな術式使ってみたいなあ……。俺、術式苦手なんだよなあ……」
「えっ、術式苦手でアレに勝ってるの?」
「そうだよ。血反吐吐きながらようやっと覚えたいくつかの術式もあるんだけど、いろいろあって出来るかぎり使わないようにしてるから――基本的には生身かな」
「えっ!? あんたのあの馬鹿力とか素なの!?」
「うん」
「ありえない!」イゾルデが叫びをあげた。
両頬に手をあて、まるで名画の叫びのようだ。
リアクション豊かだな。
「あんた純人族でしょ!?」
「どれかって言えば、そうだね」
俺も首を捻りたくなるところだが、容姿的には純人族だ。獣耳生えてたり角生えてたり尻尾生えてたりはしない。
「獣人族とかならまだしも、なんで純人族のあんたが術式もなしにあんな馬鹿みたいな力を出せるのよ!」
「いろいろあるんだよ。いろいろ」
説明がやや面倒だ。
異界転生者であることが所以なのだが、あえていまさらそれを報せるのもどうかというところである。
異界転生の際に、俺の身体は俺の魂によって生成された。
それが素の肉体性能に多大な貢献をしている。
爺さん曰く、もろもろまとめて言うに、『お前の魂が神庭世界に適合的だったからじゃろ』――らしい。
それ自体爺さんの予測みたいなものであったが、爺さんでさえ予測しかできない事柄に俺が答えを見つけられるわけもなく、それでひとまず納得している。
己の魂の柔軟性に感謝すると共に、もうちょっとだけ身長高く作っとけよ、なんて思ったりもする。
転生してから自己の認識に変な齟齬が起きなかったのは、良くも悪くも俺の身体が前世のものに非常に近かったからだ。
前世では特段に背が小さいなんて感じたことはなかったが、こっちの人族は種族単位でデカイやつも多いので、そういう群れに入るとなんか心細くなるんだよね……。
平均の違いってやつ?
胸張って『俺、日本では平均身長にちゃんと届いてたぜ!』なんてギリギリであるところを見栄張って言っても、こっちのデカい獣人たちからしたら俺の見栄を一笑に付すかのごとく『なんだこのちみっこいの』になることもある。
デカけりゃいいってもんじゃねえぞ! おっぱいと同じだ!
「馬鹿力については――気が向いたらあとで説明するとしよう」
ひとまずここはそんな言葉で逃げておくことにした。
いきなり『俺の魂が――』なんて言われてもイゾルデだって困るだろう。
「まさかのお預けね。まあいいわ。――ちなみにさ、そのアランさんはあんたの兄弟の中で何番目くらいに強いの?」
イゾルデが興味津々といった体で聞いてくる。
まあ英雄の話を知って、いろんな疑問が浮かんでくるのも分かる。
「アラン兄は……二番目くらいかな」
「えっ!」
「一番頭おかし――じゃなくて、一番強いのは長姉なんだ」
「へ、へえ。あ、あんたはこの世の英雄の中で上から二番目の男に生身で五分五分の闘いするのね……。ちょっと頭痛くなってきたわ」
「頭痛に効く薬草でもあれば渡してやったが、残念ながら持ち合わせがなくてね」
イゾルデが額を押さえて頭を左右に振っていた。
「今これ以上聞くのはやめておくわ。そろそろ理解が追い付かないから」
「じゃあ、あとで話すとしよう」
「あとでもキツいかも……」
わがままなやつめ。




