8話 「神庭協団」
しかし俺は、一人で世界中すべての災厄を防げるとは思っていない。
どれだけ強くても、身体は一つだ。
神庭世界は広い。
東の端と西の端で同時に災厄が起こったら、どうやっても間に合わない。
だから俺は、とある役割を担う〈世界協団〉を作ることにした。
しかし、もともと構想自体はあったものの、まだ旅を始めて間もない。
伝手もなければ組織運営のノウハウもない。
――実行に踏ん切りが付けられずにいた。
そんな俺の背中を後押しをしてくれたのは、桜国の前に訪れた二つの国で出来た『友人たち』だった。
それが――
――〈水国〉と〈火国〉の『現国王』である。
◆◆◆
俺が辺境の家から飛び出て一番最初に立ち寄った〈水国〉で、初めての友人ができた。
それが〈エリオット〉という若い男だ。
初めに言っておくと、エリオットは実戦政戦なんでもござれなハイパー人間である。
エリオットは俺が水国に立ち寄った当初、熱い理想を掲げる王族という風味であった。
そう、エリオットは貴族。
貴族どころか『王族』だった。
しかし、当時の水国王家は深刻なまでに腐敗していた。
一例をあげれば賄賂文化。
どこにでもあるだろうと思うのも一理だが、その時の水国においては賄賂を渡す方も、そして受け取る方も、とかく愚かであった。
特権主義。選民意識。
ごく限られた者たちの飛び抜けた贅沢に、反比例して荒廃する下層。
たとえばかつて、とてもとても古い時代の、俺の前世の記憶でいう古代ギリシャにあったような、インテリゲンチャが国を回すためのそれであったら、まだ良かったと思う。
――インテリゲンチャというとやや時代的な齟齬があるか。
まあ、知識人、知能労働者という意味だ。
ともあれ、あの時代でいう『市民』と『大衆』の区別であったら、まだ見れたと思う。
しかし、水国のそれは、国という制度、水国の共同体制度を、真っ向からぶち壊しにいこうとしているような代物だった。
水国の民衆層と、その上層の齟齬はひどいものだった。
よく今まで革命が起こらないものだ、俺でさえもそう思った。
何度もいうが、旧水国王は愚王であった。
財政の圧迫もさながら、それまで良好だった外交関係をこれでもかと逆転悪化させる――ある意味天才だった。
世襲制の悪いところが、ものの見事に顕在化したのだ。
エリオットは水国王家の末弟であったが、秘密裏に個人で民衆救済の行政を敷いたり、自ら戦場に赴いて、外交関係の悪化ゆえに生まれた外敵から民衆を守ったりしていた。
しかしそれも限界だった。
そのほかの王族兄弟がエリオットの邪魔をするようになったのだ。
エリオットが善政と圧倒的不利な状態からの勝利戦績を重ね、民衆に支持されはじめたのが他の王族の癇に障った。
そもそも世襲制であるから、制度的に『末弟』であるエリオットには王を襲名できる要素がこれっぽっちもなかったが、しかし民衆の民意があって、制度すら打ち壊しそうな勢いもあった。
だからエリオットは潰されそうになった。
自らの部屋で安眠することすらままならなかったらしい。
外からの敵との連戦。
国内での他の兄弟との政戦。
さすがのエリオットでも限界だった。
――そんな時、俺がふと水国に現れた。
俺は水国までの道中で水国の惨状を聞いていて、特に外交関係の悪化に目をつけていた。
外交関係悪化から勃発する戦争は、分かりやすい〈災厄〉だ。
勃発するだけならまだしも、それによって死者が出ると災厄認定の最有力候補になる。
だから俺は、まずは戦線を膠着させることを狙った。
その上で両国両軍の状態を確認し、どちらに荷担すべきか判断しようとした。
俺だって――俺ひとりで戦争を止められるなんて思っていない。
止められるのなら止めるが、俺は物理的な力こそあれど、それ以外の人脈もなければ、特段に優れた知の力もない。弁舌の力もない。
だから、『うまいこと犠牲を少なく勝ちを収められそうな方の勢力』に荷担し、戦争を終わらせるつもりだった。
我ながら冷ややかなやり方だと思う。
だがいちいち構ってられないという気持ちも少なからずあった。
そうして戦場になりかけていた国境線に、近くの山から集めてきたでかい岩石を並べて、一旦激突線を封鎖した。
拙かったが時間稼ぎにはなった。
それで、まず水国で話を聞き、次に水国と戦争しようって状態の〈火国〉に走って行って、また話を聞くことにした。
◆◆◆
結論から言えば、
――『どっちもどっち』だった。
すごいんだよ。
水国と火国な、どっちも似たような状態だったんだよ。
火国には〈グスタフ〉っていう七人兄弟の下から二番目の王子がいて、またまた愚王と言われていたその時の火国王にとって代わろうとしていた。
こちらも優秀であったが、エリオットと比べるとより実戦力に傾いているようで、さらにエリオットよりも苛烈な手を使う男だった。
決して冷静でないわけじゃない。頭も良かった。
俺は少し強引な手を使ってエリオットとグスタフと話して、個人的に二人を信じられると思った。
だから俺は二人の懸け橋になることにした。
悪いけど、愚王を更生させている暇はない。
他の災厄のこともある。
腐った血を浄化するよりも、新しい血に全部入れ替えてしまった方が早い。
泥沼化すれば民衆にも犠牲が増えるだけだ。
そういうわけで、俺はエリオットとグスタフの橋渡しをしつつ、両国の『下剋上』の手助けをした。
水国と火国間の行ったり来たりは本当に疲れた。超走った。
それからはエリオットとグスタフがそもそもすでに民衆という支持基盤を持っていたこともあり、二人が優秀だったこともありで、万事――まあ、全てを良いと言っていいかは本当のところ分からないが――うまくいったと言っていい。
俺は二国間を秘密裏に繋いだだけだが、それだけでこうもうまく行くのだから、本当に『噛み合わせ』が悪かったのだろう。
ちょっとしたことが、大きな災厄の素になる。
世の中油断できたもんじゃないな。
そう思った。
◆◆◆
その後、〈新水国王エリオット〉と〈新火国王グスタフ〉に――
『助けてもらった礼に俺たちにもお前の目的の手助けをさせてくれ』
と熱っぽく言われ、宣誓の儀式まで勝手に向こうが設定してきて、『命を懸ける』とまで言われた。
俺はそんな大げさにしなくていいと言ったが、
『お前がいなければ水国と火国は共倒れしていた。王族どころか民衆も数多く死んでいた』
――云々とグスタフに熱く語られ、すでにエリオットが例の『世界協団』結成に手を回してしまっていたこともあり、そのまま彼らと手を取り合うことになった。
その時に俺の罰当たりな大目的と、その奥にあるとても個人的でちんけな最終目的を話したが、二人は、
『おもしろそうだな』
と少年のように目を輝かせて答えていた。
こいつらもこいつらでどうかしている。
俺もどうかしているが、こいつらも相当だ。
『もちろんお前の平穏な生活の中には、俺とエリオットの居場所もあるんだろうな?』
『僕はエイラの辺境の家の地下に秘密基地作ることにするよ。術式陣で転移できるようにすると便利かも!』
などと、グスタフとエリオットが楽しげに未来に思いを馳せ始めて。
俺は二人の目に澄んだ光を見て――
二人を信じられると思った。
爺さんの言っていた『お前の目的を話して、それでもなお手を貸してくれる者がいれば、お前はその友人たちを大切にすればいい』という言葉が蘇った。
それでも、エリオットとグスタフには新国王としての責務がある。
だから、
『じゃあ、その国王としての仕事に差しさわりない程度に付き合ってくれ』
――ということで、俺は釘を刺した。
そうして生まれたのが、災厄解決協団――〈神庭協団〉である。
俺だって協力してくれるのは嬉しい。
実際助かるし、兄姉を助けるという名目上、使えるものは使おうと思っていた。
ただこちらにあまりかまけてもらっても、また国政が悪くなったりしたらそれこそ災厄の素になる。
だから今のところはやや控えめに厚意を受け取ろうと思った。
――結局うまくいかなかったけど。
で、エリオットが『参謀副団長』、グスタフが『実行副団長』、そんな感じで〈神庭協団〉の役職についた。
その辺の組織運営はエリオット任せだ。
グスタフはまだちょっと国政から手を離せないらしい。
エリオットは頭の中どうなってるのか知りたいくらい優秀だから、まあうまくやってくれるだろう。
――脳みそ三つくらい入ってるんじゃねえかな。
あ、今俺自分がマスコットであること認めたよね。
俺は肩書上はそんな神庭協団の『総団長』だが、今のところマスコットみたいなもんである。
――がんばろう……。




