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世界征服エンダール -異世界災厄転生記-  作者: 葵大和
第二章 【旅路:ヴァルタイト街道】 〈桜国‐迷宮都市〉
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7話 「世界眼と超越格」【後編】

「イゾルデは、〈英雄転生〉って知ってる?」

「えっ――う、うん、話くらいは聞いたことあるけど。英雄本人を見たことは……ないかな」

「じゃあ、実際にそれがいるって言ったら、信じられる?」

「うーん……。ちょっと難しいところね。世界を救うために輪廻転生する者なんて、やっぱり少し、信じがたいもの。――それに」

「それに?」

「願望として、そんなものあって欲しくないとも思ってる。私は英雄を知らないから確かなことは言えないけど、世界を救うためだけに何度も生を受けて、それで何度もその身を危険に晒すんでしょ? 私だって直接的ではないにしろ、同じ世界の民として英雄に頼ってしまっているっていう事実があるから、偉そうなことは言えないけど……やっぱりちょっと、悲しいわよ。だから、私の願望として――ってわけ。あっ、あんまり答えになってないかしら……」


 イゾルデは言った。

 俺はそんな彼女の言葉を聞いて、胸の内に形容しがたい温かさを感じていた。

 ゆらりと漂っていて、しかしどことなく心地良い温かさ。

 これはきっと、良いモノだ。

 良い感情の温かさだ。


 ――俺は彼女の考え方に好意を抱いたのだ。


 自分と、同じだったから。


「そんなことないよ。ちゃんとイゾルデの言いたいことは伝わったし、俺の問いに対する答えにもなってる」

「そっか。なら良かった」


 イゾルデは恥ずかしそうに笑った。

 次いで、少しの間を開けたあとに、彼女は再び神妙な顔つきで言葉を続けた。


「もし〈英雄転生〉っていう世界の摂理が本当にあったら、その摂理に組み込まれている〈英雄〉たちに自由はあるのかしらね。――世界を救うことに縛られていたりするのかしら」

「――あるよ。完全にとは言わないけど、半分くらいの自由はある。そして同時に、『世界を救うことに縛られている』という言葉も正しい」

「えっ?」


 イゾルデが驚いたような表情でこちらに顔を向けた。

 歩く速度が少し緩まって、「なんでそんなこと知ってるの」と、そう言いたげな顔を浮かべている。

 俺はイゾルデの声にならぬ疑問に、即座に答えた。


「俺がイゾルデを投げ飛ばしたとき、イゾルデのことをキャッチした金髪の男の人がいたでしょ。――あの人は〈英雄〉だよ。〈英雄転生者〉だ」

「うそ――」

「ホント」


 イゾルデの驚愕がさらに深くなる。


「俺には計十二人の兄弟がいるんだけど、その中の六人が〈英雄〉だ。〈英雄転生〉で生まれた者たち」

「はっ?」


 さすがにいきなり畳み掛けるようにしたのは性急だったろうか。

 その宝石のような赤い眼をこぼれんばかりに見開いて、また彼女がこちらに詰め寄ってきた。

 彼女の良い匂いが鼻腔を突いて、少しドキリとする。


「だから言えることなんだけど――やっぱり〈英雄転生〉は実在する」


 イゾルデの美貌が刺激的でどうにも俺の心臓に悪いから、俺は空を見上げた。

 〈ペガサス〉に乗って飛んでいく二人組の旅人と、〈グリフォン〉の背に荷物と自分を載せて空を行く行商人らしき姿が見える。

 空路を行く行商人も多いようだ。

 有翼系の人族は自分の翼で空路を行くことも多いと聞くが、今のところはそう多く見当たらない。地域的な差だろうか。


 ともあれ、俺はそんな空を行く者たちを指差して、イゾルデに言った。


「たとえば、あの空路を行っている彼ら。彼らが『空震』によって空から一斉に落ちてきたとする」


 空震ってのは前世でいう地震と同じようなものだ。

 この世界では空の空気が強く震えることがある。

 そうすると気流が乱れて、まるで空気に殴りつけられるようにして空から叩き落とされる。

 程度によるが、大きなものだと地震と同じく甚大な被害をもたらすことがある。


「とても大きな空震だ。皆が落ちてきたら大惨事。言うなれば『天災』だ。――そうなった時、英雄はたぶん、その場に『居合わせる』」

「居合わせる?」

「そう、天災から皆を救うべく、その場にいるんだ。まるで天災に呼ばれるようにして、その場に居合わせる」


 俺は絶対に、『英雄がいるから天災が起こる』という論理(ロジック)は使わない。

 英雄はいることで人を助けはすれど、いることで人に災厄をもたらしたりはしないからだ。

 一緒に暮らしてきたからそれくらいは分かる。

 たまにそういう英雄の見方をする奴もいるが、仕方ないと思う一方で、やはりあまりいい気分じゃない。


「それが英雄の性質……?」


 イゾルデが眉をひそめて問い返してきた。


「そう。本当に大きな規模の災厄が迫ろうとしている時、英雄はそこに『引き寄せられる』。そして、彼らはえてして救世主的だ。世界をさえ本気で救おうとする強い正義感を持ってる。だから助ける。自分の身が傷つこうと、構わずに」

「……」


 イゾルデの目に悲しげな色が映った。

 やっぱり彼女は、俺と考え方が似ているのかもしれない。


「天災は――仕方ない。そう思わないとやってられない」


 俺は天災すらをどうにかしようと心の隅では思っているのだが、しかしそれは後の方になるだろう。

 そう――『どうにかする』。

 そこに俺の旅の目的が表れている。


「でも人災はまだやりようがある」

「あんた、まさか――」


 イゾルデも俺の言わんとすることに気付いたらしい。


「そうだよ。こんなちっぽけな俺だけど、少しくらい世界をまともにするために――暗躍したっていいじゃないか」


 まともなんて、たいそうなところを求めているわけではない。

 ただ、少しでも英雄たちの負担が軽くなるように、そういう『災厄の芽』を摘み取ることならできるかもしれない。


 俺は英雄転生という世界の摂理が気に入らない。

 あれは兄姉の命を脅かす。

 そしてそれは俺の平穏も脅かす。


 『英雄はそういうものである』と、そう納得してしまっていいのか。


 ――いいわけがないだろう。


 彼らは俺の家族なんだぞ。

 唯一の、この世界の、家族なんだ。

 そんな彼らが世界の災厄に振り回されるのを、俺は彼らの家族として、黙って見てはいられない。

 災厄に巻き込まれていく彼らの、あの悟ったような目。

 それでもなお、救おうともがく彼らの美しさ。


 でもやっぱり、それは間違ってる。


 災厄を(はな)から英雄の肩に載せるのは、間違ってる。


「――世界はまるで、『神の庭』だ」

「神の庭……?」

「そう。この世界を作った神が実在するとすれば、きっとここは神の手によって造形された『庭』だ。庭にはあとから手を加える余地が残されている。開拓し、面積を広げ、新しい理を植える」


 そんな幻想的な物言いを証明する世界の摂理が、実はすでに存在している。


「〈世界の境界〉が、地平のずっと向こうにあるという。こちら側とあちら側を明確に規定する世界の境界だ。そしてその境界線は、時代によって広がったり、時にはこちら側に狭まってきたり、そうして動いているらしい」

「それは――そうね。〈世界の境界〉の話は私も知ってるわ。そういう考え方をすると、確かに神の庭のようね」


 〈世界の境界〉は、〈世界の壁〉によって実存を示している。

 きらきらと光る粒子の舞う半透明の壁が、世界のずっと向こう側にあるらしい。


 そこを越えるとモノは分解される。


 だから、いまだかつてそこを越えて世界の『向こう側』に行った者はいないし、おかげでこの世界がどういう形をしているのかも定かではない。

 現在では〈世界の境界〉の付近が厳重に規制されていて、それを拝むことさえ簡単にはできないらしい。

 昔に爺さんと英雄の姉の一人が〈世界の境界〉付近まで旅に出たので、二人が帰ってきてから俺は姉にその話を聞いた。

 そういうモノの存在を知ると、やっぱり『神の庭』という印象を受けてしまう。


 イゾルデが神の庭との形容に頷いたのを確認して、俺は話を進めた。


「そして俺は、その庭に外部から侵入した『害蟲』なんだ」


 別に自分を卑下しているわけじゃない。

 ただ、俺の存在を表すに、それが適切だと思った。

 俺は〈異界転生者〉。

 この世界の『外』からやってきた、神の庭を荒らす蟲。

 ――荒らせる、蟲。


 手入れされた庭に侵入した害蟲は、庭の秩序なんてものを気にしない。だから害蟲なのだ。

 生態系なんかは、きっと簡単に荒らすだろう。

 だから俺は害蟲に似ている。


 『お前はそれでいい』


 ふと爺さんの言葉が脳裏に蘇った。

 爺さんは神の庭の摂理が嫌いだった。

 特に〈英雄転生〉の摂理が。

 たぶん、俺と同じ考え方だったのだろう。


「俺は神の庭に住みながら、神の庭を食い物にできる」


 そういう身体を、生まれ持った。


 俺には〈世界眼(テオリア)〉以外にもう一つ、先天的に身に宿った特質がある。


 〈超越格(ファンタズム)〉という特質だ。


 格という諸段階の権力があったとする。「格の違いだ」とかなんとか、決め台詞に使うこともあるだろう。その格だ。

 たとえば神格。神の格。

 基本的に最高の格はそれであるという。

 術式にも格があったりするが、まあここでは蛇足だ。

 その最高の格である神格によって守られた世界の事象は、この世界の住人から滅多に干渉を受けない。

 世界の摂理の格が強すぎて、普通は干渉すらできない。

 英雄転生の摂理もその類だ。


 だけど、俺には〈超越格(ファンタズム)〉がある。


 端的に言えば、俺の超越格は神格とは別個で、神格に匹敵する格の高さを持っている。

 つまり――


 俺の〈超越格〉は神格に対抗し得る。


 俺の身体に宿った超越格は、『神の摂理に干渉できる』。

 もしこの世のどこかに神がいたならば、俺の拳は神をぶん殴ることができる。

 『もしかしたら、異界の幻想がお前に集約されて、一個の神格の如くなっているのかもしれんな』そんなことを爺さんが冗談めかせて言っていた。


 だから、何はともあれだ――


◆◆◆


「俺は英雄転生という世界の摂理を壊したいんだ」


◆◆◆


 いるかいないかすら分からない神を見つけて、必要とあらば力ずくで。

 普通には見えぬというなら、この〈世界眼(テオリア)〉で見定めよう。

 神が神格を掲げるというのなら、俺は〈超越格(ファンタズム)〉を掲げよう。

 とかく、英雄転生の仕組みだけはこの時代で終わりにしたい。


 もしそのために〈神〉との協議が必要ならば、俺は〈神〉を目の前に引きずり下ろそう。


 ――世界を征服してでも。


 世界で最も大きな災厄になった時、〈神〉は俺の前に姿を現すだろうか。


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『やあ、葵です』
(個人ブログ)
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