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そのイケボで囁いて

活動報告で掲載している小話です。

少し修正をいれましたが、内容は変わっていません。


「そういえばさあ、ハルちゃん」

 ふと、とあることに思い至った私は、ハルちゃんに何気なく訊ねた。


「ゲームでのハルちゃん役の声優さんってさ、誰だったの」


「……。今さら聞くか?」

 対してハルちゃんは、ちょっと沈黙した後にこちらを見やってきた。前髪の隙間から覗くのは、呆れたような半目だ。

 まあ、出会って二か月。もう一学期も終わろうかという七月ですからなあ。

 ハルちゃん的には、ゲーム知識やらストーリーやらを説明していた初期に訊ねられておかしくない疑問だったのだろう。

 正直、今までまったく思いつかなかっただけなんだけどね。

 攻略対象な彼らの声は確かにいい声なのだが、なんというか声優さんの演じるイケボイスというのとはちょっと違う。もっとふつうに声を出しているというか。なんだろうな、声に艶や情感というものが少ないとでもいいましょうか。これが演技と日常との差なのかねえ。

 そんな訳で、特に気にしたことがなかったのだ。一番よく聞くハルちゃんの声なんか、たいていぶっきらぼうな淡々とした声だしな。

「突然、気になった。で、誰さ?」

 ハルちゃんはわずかに顔をしかめて、ボソリと呟いた。

 それをなんとか聞き逃さなかった私は、思わず二度見ならぬ二度聞きする。

「えっ、K君? えっ、K君?!」

「なぜに頭文字呼び」

「いや、なんとなく? えっ、マジでK君か!?」

 当時、人気声優だった彼の演じた役が、走馬灯のように頭を駆け巡った私はハルちゃんにがぶり寄った。


「ハルちゃん! スク水サイコー! って言ってみて!!」


 あ、テンション高めでね、と付け加える前に、頭部をゴインと殴られる。

「いっ! ……ぬおおおおおっ痛いっ」

「アホか。何言わせようとしやがる」

 冷ややかな声と呆れた視線が突き刺さる。

 だが、私は負けん!


「じゃあっ、オッパイ大好きー! でもいいよ!!」


 ぐわっと開かれたハルちゃんの右手が、我が頭部を強襲する。

「いたっいたいっいたいっ、痛いよハルちゃん!?」

「余計悪いわ! アンタはいったい俺に何のキャラ付けをしようとしてる!?」

 アイアンクローでギリギリと頭を締め付けられた私は、早々に脳内コーチにタオルを投げてもらった。

「ギブッ、ギブッ! 悪かった、もう言わない!! ゴメンナサイ!」

 ものすごいお怒りようであった。

 あれだろうか、うっかり噛んで「だいしゅきー」って言ったのが不味かっただろうか。

 魔王の右手からなんとか解放された私は、痛む頭をさすりながら少しばかり唇をとがらせる。

 なんだよ、ちょっとぐらいお願い聞いてくれたっていいじゃん。

 ケチーと思った不満を顔から読み取ったのだろうハルちゃんが、そちらは不機嫌顔でにらんでくる。

「どこから出てくるんだ、そのマニアックな台詞の選択肢は。女子のチョイスじゃないだろ。ふつうは……」

 と、なぜか言葉が途中で途切れる。

 なんだなんだ? とハルちゃんの顔を覗きこむと、口許を右手で覆ってふいっと視線を逸らされた。若干、頬が赤くなっている。うん、どうした?

 言いよどむというよりは飲みこんだ感のある沈黙を前にして、こちらもしばし黙考する。一連の会話の流れから頬を染めるに至った原因を考え――結論に達した。


「いやいや大丈夫だよ? さすがに私も、えっちぃ喘ぎ声とかピロートークな台詞なんて要求しないから」


 安心しろよと肩を叩けば、ハルちゃんの両手が顔の方へ伸ばされてきて――

「いだだだだだだっ、なんでっ?!」

 こめかみぐりぐりの刑に処されていた。なんでだ!?

「こっちがなんでだ!? だよっ。アンタの思考回路はどうなってる! ホントに女子高生か!?」


 前世持ちの女子高生ですが、何か?!


 痛みに悶えている私は、そんな返しをまともにこなせるはずもなく、ただただ「いだだだだだだっ」と呻く。

 ようやくハルちゃんの気がおさまって両手が離れたときには、私涙目どころか半泣きである。

 ハルちゃんヒドイと思ったが、口は災いの元、沈黙は金という言葉の意味を身を以って知った後だ。今は何も言うまい。何が地雷になるか、わからん。

 こめかみを抱えてチワワ並みにプルプルしていると、ふと影が差した。

 ハルちゃんである。

 つーか、ハルちゃん、近い。

 顔を近づけて、耳元へ口を寄せてきている。

 はてなと視線を向けると、前髪から覗く深い黒の瞳が細められ、口角が微かに上がった。

 ビクッ、イヤな予感!


「菊野ちゃん? この頭、改造(教育)し直してあげようか、俺好みに」


 ゾワゾワゾワッ。

 背筋を何かが這い登る。こんな経験初めてだ。

 これがアレか、恐怖のあまり戦慄が走るってヤツですか!

 声音はすんごい甘かったんだ。それはもう心を蕩けさせるような甘さで、しかも艶とか情感がたっぷり込られて色気まで感じるイケボだったんだよ。

 でもさ、台詞の内容がSチックというか、教育が調教だったならドSだ。いや、というか、確かに教育と耳では聞こえたのに、なぜ脳内で改造のルビ扱いに変換された? アレですか、問答無用で改変する気ですか。ドSならぬマッドサイエンティストだよ、怖ぇーよ!

 まあ、私の要望に最低限で応えつつ、意趣返しも兼ねた台詞のチョイスだったということだろう。

 たぶん。


 え? 『台詞』、だよね?




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