後編3
お待たせしました。
エピローグです。
長くて短い夏休みが、終わった。
そして。
残暑に倦怠を覚えながらも、暑気に馴染んだ日常という平穏もまた、季節が変わるかのごとく終わりを迎えようとしていた。
その兆しを、私が見落としたまま――。
二学期の始まりである始業式を終え、授業もなく放課後を迎える。
日が中天に辿り着こうかという昼前の時間、私は前世を持つ同士との待ち合わせ場所へ向かっていた。心友と知り合った、記念すべき会議室だ。
ゲームでは、二学期から個別ルートへ分岐するらしいのだが、夏祭りの一件では、いまひとつルートがどこへ行こうとしているのかが判りづらかった。なので、とりあえず生徒会室の近辺を見張ってみようかという適当案である。蝶々さんが相変わらず逆ハー狙いな行動をとるのなら、またお土産攻勢などをするかもしれないしね。若に渡していたのは、すでにチェック済みだ。
それにしても、夫人は勇者だと思う。
ハーレムルートは全ルート制覇のご褒美だけあって、初期から攻略キャラの好感度が高いらしい。だからこそ、二学期から逆ハーレムルートに入るのだが、さすがに現実では初対面の親密度からだ。美少女要素を勘案しても、ふつうに無理ゲーだろう。
などと、つらつら考えながら廊下を歩いていたら、前方にハルちゃん発見。
こちらにはまだ気づいていない。
周囲に人気もない。
私は足音をひそめ、気配をできるだけ殺しながら、ハルちゃんの背後に忍び寄り――。
ジャンピング・ハグで強襲だ!
「ハールっちゃ――ん」
「うわっ!? 中原!?」
ハルちゃん、驚愕である。
ふりむこうにも、肩から前に腕を回されて背中にぶらさがられている体勢だ。こちらの顔は確認できないだろうに、一発で正解を当ててきた。お主、やるな。
まあ、ハルちゃん呼びとか、こんなことするのは私ぐらいしかいないとか思われているだけかもしれないが。
「ひっさしっぶり――」
挨拶すると、ハルちゃんは背中の私を横目で窺いながら、ため息を吐く。
「久しぶりっていうほどでもないだろ。休み中も、観覧してたんだし」
ハルちゃんの返しに、「まあ、確かに」と頷かざるをえない。
夏休みの間、週二回以上は会っていたし、私用や宿題追い込みのためにここ数日こそ顔をあわせていなかったが、せいぜい五日ぶりだ。
ふりかえってみると、ご近所さんでもないのにずいぶんと一緒にいたものである。全部が全部、乙女ゲー観覧だったわけではなく、ふつうに遊んでいた日も結構あった。
「……あれ? つーか、遊んでた方が多い?」
「……」
こぼれた疑問は、なぜか憮然としたハルちゃんに黙殺された。
まあ、いいか、と気にせず当初の目的地へ促す。
「さあ、会議室に行ってくれたまえ」
「……おまえを背中にくっつけたまま?」
「ホッホッホッ、おんぶオバケじゃよー」
性別疑惑を深めぬために、あえて子泣きさんは避けた。爺と認定されるのは凹む。
しかし、ハルちゃんは異なる見解からの一言を、冷たくつぶやいた。
「重い」
「……。ホッホッホッ、オバケに重さなどないのじゃ。気のせいじゃよー。しゅっぱーつ!」
チィッ、重くて悪かったな!
だがしかし、今の私は復讐者だ。たとえ体重に踏みこまれようとも、復讐の機会は逃すべからず。
フハハハハハッ、ハルちゃん潰す。
今こそ、夏祭りのプレスの仕返しをしてやるのだ!
祭りからこっち、それなりの頻度で会っていたにもかかわらず、これまで仕掛ける隙がなかった。こうなると千載一遇と言ってもいい。むしろ重く感じるなら、好都合。チャンスを前に手段など選んでいられるか! ――私は、結構どうでもいいところで執念深いのだった。
ため息を吐いたハルちゃんに、ズル、ズル、ズル、と爪先を引きずられながら廊下を進む。
復讐を念頭にがっつりと体重をかけながらも、そうしていると、他方でふむと感嘆の念とでもいうものが浮かんでくる。見た目が細身だから普段は意識しないが、意外とがっしりとした大きな背中だ。負ぶさる肩も不安定さはない。重しにかまわず前進する力強さが、ハルちゃんの身体には備わっている。
むしろオバケよろしく憑りついた私の方が、自らの体重を腕力で支え切れておらず、うかうかしていると落とされそうだ。
捕まる腕の肘が伸びてきてハルちゃんの首を絞めそうなので、爪先で床を蹴り、えいやっと負ぶさり直しつつ、不思議な感慨に捉われる。
男子の、身体なんだなあ、と。
出会った当初、背丈はりっちょん(170センチ)とさほど変わらなかった。今は合わせる目線が少し上がっているから、四、五センチは伸びているのじゃなかろうか。
もっとひょろっとしてたし、背丈はある方だったろうけど、子供とは言えないまでも大人未満の、まだまだ『足りなさ』が目立つ体つきだった。
それが、すごい早さで大人へと変化している。
自身の成長に対して、ハルちゃんはどう思ってるんだろう。
心配を含んだ疑問は、本人に聞けそうもない。
前世記憶のせいで中身がJKなのに身体は男子という食い違いは、デリケートすぎる話題だ。ガラスハートとかの比じゃないぜ。相談されるとかでなければ、さすがにこっちから口にする勇気などない議題であろう。
とはいえ、変に悩んでドツボに嵌られるぐらいなら、とっとと愚痴ってほしいものだが。
まあ、なんなら私から玉砕覚悟で突撃するけどさ。
心友だからな――
「だ――っ、もう!」
とか思いながら、再び小ジャンプで負ぶさり直していたら、ハルちゃんがお怒りの声を上げた。
え、堪忍袋の緒が切れた? 早くない?
「え、そんなに重いか? え、あれ? それでキレられるって、何気に傷つく……」
女子にとって体重関連の指摘は、やはりへヴィだ。復讐心の厚き壁を穿つほどに。繊細なんだよ、防弾ガラスハートじゃないんだよ、これでも!
だがしかし、ハルちゃんの返答は、完全に想定外のものだった。
「違う! 当たってるんだよっ」
「……は? 何が」
当たっているといえば、腕と上半身前面は当たっていますが。
キョトンとしていると、ハルちゃんは背後からでもわかるぐらい動揺も露わにしどろもどろとなる。
「だっ、だからっ、……っ、胸、が」
「……。へっ!? もしやここは、当ててんのよ! って返せというフリでしたか!?」
「振ってない! ていうか、なんでアンタはそんなに距離が近いんだよ!」
ハルちゃんに巻きついていた腕を剥がしにかかられたので、素直に解いておいた。反抗して絡みついたら、火に油を注ぐことになりそうだからな。
どうやら、ハルちゃんは友達とベタベタするのはお好みでないらしい。私はハグしたり、おんぶオバケになったりぐらいは普通にする。とはいえ、小っちゃいおっさんを中に飼ったりしてないので、胸やおしりへのセクハラ行為はするもされるもノーサンキューだ。ハルちゃんはその境界線がさらに潔癖なのだろう。
とりあえず、消火作業に勤しもうか。もうボケない。何か、モヤっとイヤな予感がするのでね。
「えーと、私、仲いい子とはわりとこんな距離感だよ」
途端に、ぐるんとすごい勢いでふりむくハルちゃん。
思わず、これ以上なんにもしませんよーと、ホールドアップしてみせる。へらっとゆるく笑ってみるが、どうにも口角が引き攣るぜ……。
「男とも?」
綺麗な唇の端がぐっと下がって、不機嫌丸出しだ。ハルちゃんよ、そんなに怒って迫ってこないでくれるかな。怖いよ。
「男子? には、しないよ。それぐらいの分別はあるとも」
「へえ。分別、あるんだ」
うおうっ、腰が引ける。
やたら含んだ言い方だ。そして声音が低くなっていて、さらに怖い。
後退りたいのを我慢しつつ窺っていると、ハルちゃんは感情を逃すように小さく吐息した。
「……わかった。まず、ものすごく根本的なところを確かめて、で、一番大事なことを解らせないと、な」
怒りが抑えられたのか、怖さはかなり弱まった。
だが、なぜだろう。少しばかり低音が和らいだ声は、妙に居心地を悪くさせる。僅かに小首を傾げ、こっちに何やら念押しをしてくるような語尾が、どうにも事態が悪い方向へ加速している感を募らせていく。
「な、なんのこと、かな」
しまった、つい促しちまったよ!
話を逸らせばいいものを、蛇の生殺し的な心境が、つい展開を早める方へと転がらせてしまった。
そこでまさか、ハルちゃんが話題転換してくれるはずもない。簡潔明瞭に一言で返された。
「認識の摺合せ」
相変わらず、肝心なところで端的なハルちゃんである。
「えっと……」
認識の内容がわからないが、されどわざわざ藪を突く危険を冒すのもどうか。そんな訳で、聞くに聞けず言葉は続かない。
が、ハルちゃんはまごつく私に頓着しなかった。
「中原は俺のこと、女子枠に入れてんの?」
うん? 認識って、そういうこと?
なんだーそんなことかーと警戒を緩めたこのときの私は、後から考えるとちょっとアホだった。
否、正しくはハルちゃんの迫力にビビッて、冷静さを欠いていた。自分にとって当然のことをわざわざ訊かれるということに潜んだ意味を、ほんの少しでも深読みすれば、自ずと違った見解も出てくるというのに。
しかし、迂闊にも私は素直に答えてしまった。ホールドアップ中の右手の人差し指を立て、軽く前後に振りながら。
「ええー、そりゃそうだよー。ハルちゃん言ってたじゃん、前世、女子高生だって。所謂、見た目は男子、中身はJKってヤツだよね」
つるっと口から出た言葉で、さっき懸念していたことが思い出され、ふと今から玉砕突撃をかましてみるかと慮る――とかはできなかった。
綺麗な形の唇が、ものすごく綺麗な笑みを形作って、こう宣った故に――
「誰が中身JKだコラ」
ひぃっ! 悪寒が!
冷てえ。顔は笑顔なのに、声はひんやりを通り越して絶対零度の声音だ。心象風景はブリザードである。見える、見えるよ、背景に猛吹雪が。ハルちゃん怖い!
戦慄していると、不意に微笑んでいた綺麗な唇が表情を失い、ハルちゃんの手がさっとこちらへと伸ばされる。
ヤバい、殺られる――と草食動物的に危機を察知し、(人差し指は立っているが)いまだホールドアップ中の右手を掴みに来たのを、ささっと華麗に避けてのける。
ハルちゃんの左手が、私が寸前までいた場所の空を横切った。
しかし、それは敵の策略だったのかもしれない。
だってハルちゃん、右利きだしな!
つまり、思わず大げさに左方向へ飛びのいた結果、壁にぶつかった私は素早く動いたハルちゃんに押さえこまれたのだ。
……あれ? コレ、壁ドンか?
横っ飛びだったので、壁に押しつけられているのは肩から足までの左側側面で背中ではないのだが……。いやでも、壁ドンって逃げられないように腕で遮ったり囲ったりして、至近距離なのに接触部分が少ないっつー体勢のことじゃなかったか。なのに、何故だ。我が右側側面は、ハルちゃんの胸やら腹やらと密着中だ。ぎゅうぎゅうと壁とで挟まれて、むしろ壁サンドイッチだ。なんだ、コレ。
できれば、具材な私はパンからはみ出て脱出したい。だが、前方にはハルちゃんの右腕、後方には左腕と、こんなところだけ壁ドン仕様だ。このやろう。
よって、命の危険は言い過ぎだが、なにか激しい危機感を覚えていても逃げ出せない状態となっている。
くそう、横じゃなく、バックステップすればよかった。そうすれば壁サンドは回避できたのに!
「……中原」
「うひゃいっ」
内心で後悔の叫びをあげていたら、耳に吐息がかかった。あまりのこそばゆさに、悲鳴と返答が混じった奇声が出る。何故なら、ものすごく唇が近い。ほとんど触れるほどだ。少し掠れた声とともに届く呼気が、熱を耳の奥まで運んできていた。産毛がぶわっと立ち上がった気がする。
「ハハハハルちゃんっ、死ぬほどこそばゆいから離、っ、ふぎゃああっもがっ」
ふっと息を吹きこまれ、猫の断末魔もかくやという絶叫をあげる。
すると、口をふさがれると同時に、ようやく耳をくすぐる吐息が遠のいた。
次に「はぁーあ……」と嘆息が聞こえたが、離れていたので問題ない。落ち着いているからか、口を覆った手も放してくれた。
つーか、嘆息?
「とにかく、今すぐ認識を改めろ。俺は中身も男だ」
は?
「なんですと?」
「前世は前世であって、今の俺とは別人だ。前世を思い出したからって、自分を女子だと思ったことはない」
「え? イヤ、アレ? いやいや、だってほら、中坊ん時の彼女と別れてから、女子を遠ざけてるんだよね。それはこう、葛藤の末、自分の心は女子だと認めたからでは?」
「認めてないわ! 何でそーなる……」
ハルちゃんががくりと項垂れる。
「女子を遠ざけたのは、前世を思い出してから女子の心理がわかりすぎるようになったせいだよ。初めのカノジョと価値観がずれてることに気づいて、恋愛的に好きになれそうもなかったから別れて、でもそれが悪循環を生みだしたんだ……」
どんどん暗くなっていく口調が気になって、ちらりと長い前髪の隙間を覗き見れば、目からハイライトが消えていた。
ハルちゃん!? しっかり! 気を確かにー、ハルちゃ――ん!
ゴクリ。こ、これは詳しく話させるべきなのか。それとも、強引に話をぶった切って流すべきなのか。
後者はかなりの確率で平和が保たれそうだが、括弧閉じで(表面的な)とか頭に付きそうだ。
かといって、話したら楽になるとかいう類の話だろうか。だってこれ、滅茶苦茶トラウマの気配がするぞ。以前に黒歴史とか言って弄っちゃったけど、そんなの目じゃなかったよ……。
のおおおっ、どっちがいいのか判断つかん! どっちもなんかハルちゃんを傷つけそうなんだよなあ、くそぅ!
結局、促すこともぶった切ることもできずに、ハルちゃんの胸にただ手を置いた。押しのけるのではなく、わずかに掴むように力を込めて。
肩にしたかったけどさ、壁サンドで微妙に二の腕が挟まれてて伸ばせなかったんだよね。だから我が主義に反するセクハラではないのだよ、決してね。
でもさハルちゃん、そこでなぜ我が頭にすりっと頬を寄せてきた。とんだ想定外だ。いっそセクハラを訴えられた方が、よっぽど想定内だったよ!
「……ハルちゃん?」
「そんなに心配しなくていい。もう終わったことだし、大したこと、ない」
声音を抑えた囁きの語尾が、微かに震える。
そして、すりっ。
「……」
「ちょっと元カノたちの面当ての出汁にされて、最後にストーカー女子が付いてきただけだから。……まあ正直、元カノと自称カノジョが原因で女性不審になったけどな」
……すり。
……。いやいやいや! なんかさらっと怖ろしいこと言ってるよっ。
ストーカーとか、やっぱり立派なトラウマ案件じゃないか!
すりすりしながら話す話題じゃないよ。ハルちゃん、落ち着け!
――いや、私もな。
女子同士の面当ても気になるが、――乙女ゲーの攻略キャラであるハルちゃんだ、相手も学校で五指に入るとかの美少女じゃあるまいか。そんな元カノたちの勝負……なのに何故か、ものすごいアマゾネス感で胸がいっぱいだ――それプラスストーカーって、そりゃ女子を寄せ付けなくもなるよ。
そう、そこだ。
私もまた立派な女子だ。
なんか性別に疑惑を持たれてるけどな。
まあ、その甲斐あってか、心友づきあいをするのに忌避感は少ないみたいだ。最初の頃は警戒心が透けて見えてたがなー、懐かしい。
とはいえ、身体の接触を嫌がったハルちゃんが、今の密着している状態をノリでしているとは考えにくい。女性不審なんだし、女子である私に触れるのも苦痛なのでは?
「ハルちゃんハルちゃん。逃げないから、とりあえず離れて話そう? あばよっ、ハルっつぁん、とか言って逃走しないから」
「思いっきりやりそうな未来しか見えない。……こんなふうにされるの、嫌?」
すり。
ん? んん?
「いやいや、嫌なのはハルちゃんでしょ。なにも体張って、逃亡阻止しなくてもさ。ちゃんと、聞くから」
えーと、〈中身JK改め男〉がきっと根本的な認識の摺合せで、トラウマ話はそれに付随したものだ。これはもう、それ以上の詳細を話す気はないのかもしれない。
で、何かもうひとつあったな。なんだっけ、一番、大事なこと……?
「嫌じゃ、ない」
するりと、ハルちゃんの手が私の頬を這う。
羽毛が掠めていくような、壊れ物に触れる手つきで。
ぞくっと背中に震えが走る。
「触れたい、もっと」
掠れ声の囁きに、胸の奥がぎゅっと縮こまる気がした。
それでも、なんとかこの雰囲気をうやむやにしようと口を開く。
「い、いやいやいや、ハルちゃん、私は間違いなく女子だよ。男子やその他分類とかではないからね?」
「知ってる。だから触られると気になるし、抱きつかれると動揺する。でも、中原だと嫌じゃない」
「さ、さっき、嫌がったじゃん」
「抱きつぶしたくなるから、我慢して剥がした。……いいの、好きにしても?」
「待て待てっ!? 何言ってんの、ハルちゃん! ホント何言ってんの!?」
頬を傾けて、ハルちゃんの顔が近づいてくる。
あわてて顔を背けて避けようとしたが、頬に当てられた手に押しとどめられて、させてくれない。
ゆっくりと縮まっていく距離は、夏祭りのときを髣髴とさせる近さで止まる。
だが、綺麗な唇が形づくる微笑が、あのときとは違うことをはっきりと示していた。その表情も声音も、吐息すら、色っぽすぎる。
「一番大事なことを解らせるって、言っただろ?」
……っ! ああっうんっ、わかってた、女性不審と言いながらすりすりしてきた辺りで、さすがにね!
自分自身も騙してハルちゃんの気持ちともども誤魔化してしまえ、ってしてました!
それについては正直すまんかった、悪かったと認めるから――。
「……ま、まずは、話し合いを」
艶やかな微笑が深くなり、色気が増す。
そして、返答はない。
所謂、沈黙は肯定なバージョンではなく、取り合わない方向でってヤツですねわかり……たくないよ、オイィ!
心友ならちょっと待ってくれよ、ハルちゃん。まだ頭の切り替えができてない。私の中では、今もハルちゃんは女子枠なのだ。じゃあ、ハルちゃんは今日から男子枠だーって、簡単にカテゴリ変更できるほど器用じゃないのだ。況や、恋愛対象をやである。
それなのに、いきなりこの仕打ちは承服しかねる!
だから、――って近づいてきたーっ、近い近い近いーっ、当たる、当たっちまうからあ! ――ホントちょっと待って?! 急には無理だハルちゃんよ。こう、順序ってものがあるよね? 物理的接触より先に、相互理解が必要だろ。なあ、そう思わないか、なあ。
と目で必死に哀願するも、ハルちゃんに慈悲の心は湧きあがらなかった。ちなみに口で訴えることはできない。一言でも発した瞬間、一気に食いつかれそうな雰囲気だからだ。
だがその代りだろうか、ほとんど触れようかというところで、ハルちゃんが囁く。
「好きだよ、中原」
掠れているのに濡れているようで、そして抑揚を抑えているのに熱を感じさせる声が、唇に触れる。
くらくらと眩暈がしそうな頭で、ふと思いを馳せた。
前世の記憶がある私が、前世記憶にインプットされていない此花高校を舞台にした乙女ゲームを観覧するために、強力な情報保持者である転生者ハルちゃんを捕獲、いや、同士として友誼を結び、まだ四か月足らず。いっしょに乙女ゲーム『コノ花、サク恋』的な恋愛模様を観覧する高校生活を楽しんでいた――だけなのに、どうしてこうなった?!
心友よ、おまっ、そんな肉食系キャラじゃなかっただろ!? 正気に帰れ!
て、あ、ちょ、待……。
アッ――――――!
完
終 わっ た ?
終わったどおおお――!