後編1
全方位に五体投地!
申し訳ありません。
後編と銘打っておきながら、1とナンバリングしてしまいました。
要するに、終わりません。続きます。
「くっ、っ、っ、っ、ふっ、ぅうっ、ぶふぉ――っ」
放課後、廊下をハルちゃんと連れ立って歩いていた私は、ついに噴き出した。
「……おい、中原」
「あははははははっちょっアレはヒドイ! あははははっはっ、は、お腹が苦し……うひっ笑いが止まらん、ひー苦し、っ、っ、――――っ!」
笑いの発作に襲われ、引き笑いまで発動である。
そして腕にすがりついてバシバシ背中を叩いてくる私に、ハルちゃんはドン引きだ。すまぬ、しばし耐えられよ。
今回は双子兄のターンだった。
いつもニコニコ天使美少年な双子兄は、人懐っこさもあって周囲から人が途切れない。梅雨の晴れ間が蒸し暑さを増させる夕方、そんな彼が人気のない特別教室棟の外階段下の日陰スペースで、ぽつりと一人涼んでいた。
乙女ゲーならば、最大の狙い目ポイントだ。当然、蝶々さんは突撃した。
だが、現実は厳しい。
双子兄、笑顔でお怒りであった。
いや、蝶々さんへの対応は、普段通りの無邪気さで返していたのだ。しかし、天使笑顔の背景がどす黒く見えた。
ハルちゃん情報によると、双子兄は対人に疲れるとふらりと一人になれる場所へ行くらしい。この北向きで涼しい階段下は、彼の避難場所のひとつなのだ。
そこへ蝶々さんに乱入され、お引き取り願いたい旨を遠回しに伝えるも、「みんなにいつも明るく笑顔で接するのって、ずっとそうするのは疲れますよね。一人になりたくなる気持ち、わたしも少しわかるかな。……ずっと、笑顔でがんばらなくてもいいと思います。わたしといっしょにいる時は、気を抜いて先輩のフラットな状態でいてくれていいんですよ?」とちょっといいこと言った! みたいな台詞が炸裂したのだが、残念、リアルは乙女ゲームのようにチョロくはない。双子兄ィは適当に落とし台詞を流して、再び一人になりたいと婉曲に伝えるも、前述のような発言を繰り返す蝶々さんを前に、彼の天使笑顔は笑顔なのにどんどん能面と化していくのであった。
夫人よ、噛み合ってない。台詞が現状と噛み合ってないよ!
噛み合わない応酬を繰り広げられ、蝶々さんにツッコミを入れたいやら、双子兄ィに同情頻りやら、内心で大笑悶絶だわと大忙しだった。
片手の指で足りる回数ぐらいしか接点がない相手に気を許せという無茶ぶりも、相変わらずの夫人クオリティなのだが、ちびっこ天使の方も見た目通りな純粋無垢な美少年という感じではない。私個人の見解だが、結構、腹の中は黒いと見た。
まあ、腹黒とまではいかないかもしれないが、天使笑顔も処世術のひとつとして活用していそうである。対人に疲れるとか、それなりにいろんなことへ屈託を抱えてる証拠だろうしね。
だから夫人よ。人気を避けて休んでいた相手に、そんな「構って構って」って気持ち丸出しで迫っちゃいかんよ。一緒にいる気満々で、しかも自分をアピールしまくりって、ソレ余計疲労させちゃうと思います。
お薦めとしては、ちょっと気遣いを見せた後、すぐに一人にしてあげる、とかでしょうか。それを何度も積み重ねて、さりげなく印象付けていくのが吉。
とはいえ、蝶々さんは攻略者間を回遊するのに忙しいからな。そんなまどろっこしい攻略法を使う暇はないのだろう。
「ひっひっふー……ふう、夫人は、やっぱり逆ハー狙いなのかねー。なんか効率厨のゲーム進行みたくなってて、言動が完全に裏目に出てる状態なんだけど」
「ラマーズ呼吸法で落ち着くなよ。逆ハー狙いが濃厚だな。シナリオが個別ルートへ分岐する時期までに、好感度上げられるだけ上げようとしてるんだろ」
そう、このハルちゃんのさりげなさ(ツッコミのことだが)の積み立て具合に括目せよ! ツッコミながらも自らさっさと流すつれなさに、逆に胸キュンするわ。
「夫人はハルちゃんを見習うべきだね。一人だけロックオンして一途に攻略する方が、絶対に確率高いだろうになあ」
「いや、何が見習うべきだ。前後の文脈がつながってないぞ」
「え、ハルちゃんが私の心を鷲掴みにしてるって話だよ、そう、その」
押しつけがましくないツッコミが! と高らかに称えようとした瞬間、背後から声がかかる。
「中原!」
「うん? おっ、りっちょんじゃん! あれ、部活はー?」
振り返ると、りっちょんこと敷島律が渡り廊下から校舎の中へ入ってきた。
りっちょんは一見すると中性的なイケメンなのだが、歴とした女子である。特に今は、170センチのすらりとした肢体に陸上部のジャージを着用中なので、制服姿の時よりもイケメン度が増している。女子には「律君」と呼ばれ、人気が高い。
容姿に合わせてボーイッシュな性格の彼女だが、実はフリルやレースが大好きという、非常に可愛らしい一面も持ち合わせている。イメージに合わないからと隠しているが、たまたま事実を知ってしまった私に、ふりふりひらひらなおにゃの子トークを時々かましてくる友人だ。ちなみに、知り合ったのはこの四月のことである。
りっちょんはこちらへ近づいてくると、私にぴたりと寄り添った。
「ん、顧問呼びに行くとこなんだけど……」
近いな、りっちょん。パーソナルスペースはどうした。
しかも、なんかハルちゃんをガン見している。その間も立ち位置を微妙に移動し、私の背に手を置き抱きこむようにしてハルちゃんとの間に入りこむ。
なんだなんだ? と戸惑っているうちに、頭上で無言のやり取りでもあったのか、ハルちゃんが踵を返した。
「ハルちゃん?」
「帰る。じゃあな」
「ええー、……わかったよ、じゃあね」
ハルちゃんは簡単に別れを告げると、廊下の突き当たりを曲がって行ってしまった。
居辛い様子だったから、不満はあれど送りだしたのだが、はて一体何があった。
そう考えていると、ハルちゃんの後ろ姿が見えなくなっても視線を見送った先から外さなかったりっちょんが、ぽつりと呟く。
「……あれって、黒峰遥、だよね」
「そうだよ。知り合い?」
「同中。お互い、顔を知ってる程度だけどね」
ほほう、中学時代のハルちゃんて、どんなんだったんだろ。今でこそ地味メンだが、当時はきっと普通にイケメンをしてたに違いない。
少しばかり興味を持って想像していると、りっちょんが抑えた声で続けた。
「きぃちゃん、黒峰とつきあってるの?」
二人きりになったので、名字からあだ名呼びになったりっちょんは、気遣い屋さんなのである。
小学生の頃から変に女子に人気があったらしく、高校へ入ってからの浅いつきあいな私が仲良しすぎると、古参のりっちょんファンに絡まれかねない。なので、人目がある場所では必ず名字で呼んでくれるのだ。
私も基本、人前ではりっちょん呼びしないようにしているが、今回は相手がハルちゃんだったので無問題である。
――とまあ、ありえない質問を投げかけられたため、一瞬意識が明後日に飛んで思考が逸れたが、きちんと答えておこう。
「ないね!」
だってハルちゃん、中身JKだもん!
イイ笑顔で返すと、りっちょんが面食らった顔になる。
「そ、そう。なら、いいんだ、けど……」
すぼむ語尾に言いよどむ気配が滲む。僅かの間、りっちょんは躊躇し、だが結局口を開いた。
「きぃちゃん、あいつには気を付けて。好きになっちゃダメだよ」
真剣な目をして忠告するりっちょんを前に、私はポカンとした。ついでに、こてんと首を傾げた。
意識がまた明後日に飛びそうなのを引き留めているために、停止中の私はさぞかし気の抜けた間抜け面だったのだろう。りっちょんは憂慮を深めるように、眉をひそめた。
「陰でこんなこと言いたくないけど、黒峰は中二の後半から中三の一学期にかけて、彼女を作っては短い期間で振ってを繰り返して、二学期には学校にあまり来なくなってた。今は落ち着いてるように見えるけど、一年も経ってないし、……きぃちゃんが元カノと同じような扱いを受けて傷つけられるとか、絶対にされたくない」
ああーなるほど、そういう心配かー。
納得して、脳内で掌にぽむと拳を当てる。
ある意味、私の恋バナ(?)みたいな流れだった訳だ。
まったくその気がないから、話についていけてなかったが――。
「できれば、近づかない方がいい。あいつ、以前と違って、元カノどころか女子全般にすごく冷たくなったって聞いて、っ!」
「はい、お口チャックですよー」
指先でそっと唇を押える。それで非難の言葉を抑えた。
「……」
「遮って、ごめんね。でもハルちゃんのことを悪く言うの、黙って聞いてる訳にはいかないんだ」
「陰口、だから? 言ったこと、信用できない?」
私の手を外して悲しげな眼差しで見下ろしてくるりっちょんに、安心させるよう穏やかに微笑む。
「りっちょんが嘘ついてるなんて思ってないよ。陰口っていっても、ある一面においては、それが真実に違いないんだろうとも想像つくしね。んー、でもね、見る方向が違えば、また真実は形を変えるんだよ。だから、今のハルちゃんを知ってる私は、少なくとも過去を額面通りに受け取ることはしない。ハルちゃんには過去にそうせざるを得ない理由があった。そう推測する」
「……黒峰のこと、信じてるんだ?」
りっちょんが、どこか寂しげに呟く。
それに対し、うーんと唸りながら首をひねった。
「信じるっつーか、ハルちゃんを知ってるから? あるいは、わかる? 上手い言い回しが出てこないなぁ……」
ホント、なんと伝えればいいんだ?
十中八九、ハルちゃんの中坊時代の乱れた生活は、前世の記憶が蘇った故の青い迷走だと思うんだよな。時期的にも合っているし。
といって、前世の記憶持ちなんて電波なことを、一般人のりっちょんにカミングアウトできる訳もなく。
あ、そういや、ちょうどいい言葉があったじゃないか。
「ま、心友だからね! 通じるものがあるのさ!」
お互い転生者という同士だからな!
親指を立てて、再びイイ笑顔で言い切ってみた。
「……親友」
ぽつりと復唱されたソレが、ちょっとばかりニュアンスが違う気がしたけど、まあ大した問題ではないだろう。
これで、色恋沙汰なんかに発展する仲ではなく、それでいて友人としての親密度を表らせられ、なんとかりっちょんには安心してもらえたはずだ。
とはいえ、どうにもテンションが落ちこんでいる彼女へのフォローを、もう少ししておくべきか。
「りっちょん。私のことを思って忠告してくれたって、ちゃんとわかってるからね。心配してくれて、ありがと」
ぎゅっとりっちょんの両手を握って、感謝を精一杯こめた笑顔で見上げる。
すると、暗かった表情が口許が緩んだことで、わずかばかり明るさを取り戻した。
「ん。……あの、さ。私もし」
「おっ、敷島、迎えに来たのか? スマンなー、用事がなかなか終わらなくてな」
りっちょんが何か言いかけたのだが、そこに見事に男の声が台詞を被せてくる。
ふりむくと、職員室がある方から廊下をずんずんといい勢いで歩いてくる中年教師、陸上部顧問の登場であった。
おっと、私としゃべっていてサボっていたとりっちょんが思われるのは心外だ。
さっと握っていた両手を離して、私はりっちょんと陸上部顧問に別れの挨拶をする。
「じゃっ、またね。先生、さようならー」
「おう、気を付けて帰れよー」
「……。うん、バイバイ」
何かりっちょんの反応が悪かったが、迎えに出た陸上部顧問が私に時間を取られているうちにやってきてしまったから、極まりが悪いとかだろう、きっと。
さくっとりっちょんと別れた私は、鞄を取りに教室へ、つまりハルちゃんが去っていった方向へ足を向け、廊下の突き当たりを曲がる――
「うおっ!?」
と、そこにはハルちゃんがおりました。驚いて声が出ちゃったよ。
そんなこちらの驚きなど我関せずと、腕を組み、壁に背を預けている。ちょっとその姿勢は待ち構えていた感があるのだが、話しかけてこず、目線も逸らされたままだ。
何か言ってくるかなとしばし待ったが、そんな状態なので早々に切り替えてこっちから声をかける。
「どしたの? もしかして、さっきの聞いてた?」
りっちょんとのやり取りのことを指して問うと、こくりと小さく頷く。
ふうんと相槌を打ってハルちゃんの様子を見る。しかし、やっぱり何も言ってこない。でも、待っているかのような感じも消えていなかった。
うーん、なんなんだよ、ハルちゃん。
心中で唸っていると、ハルちゃんの方が焦れたのか、ようやく独り言のように呟いた。
「……昔のこと、聞かないのか」
「ん? ああ、うんにゃ別に」
誰しも黒歴史のひとつや二つはあるのである。そして誰しも自ら黒歴史を語りたがりはしないものだ。
私だって現在進行中の黒歴史を、わざわざ率先して披露しようとは思わない。それなのに、ハルちゃんにだけ白状しろというのは、横暴であろう。
否の返答をすると、ハルちゃんは虚を突かれたように小さく身じろいだ。それから組んだ腕を解いて正面から、怪訝な様子で問いを重ねた。
「だけど、あんな話聞かされたら、普通は気になるだろ?」
私は「うむ」と重々しげに頷く。
「正直に言えば、気になるね。まあ、でも、すでに終わった事をほじくりかえしても、どうなる訳でもなし。ハルちゃんが、今も問題行動を続行してるっていうなら、ともかくね。りっちょんにも言ったけど、中学時代のことはそうせざるを得ない事情があったって、今のハルちゃんとつるんでたらわかるから、詳細確認はしなくていいと考えてるよ」
「……」
「それとも、ハルちゃんが話したいの? なら拝聴するけど、友情を誓った同士としては、無理をさせるのは気が進まないんだよなあ。古傷抉るような真似になるし」
少しばかりからかうように悪い笑みを浮かべてみれば、言葉を失っていた彼が反駁してくる。
「っ、傷とか、無理とか」
「だって黒歴史だよね?」
ニヤニヤと被せて突っこむと、ハルちゃんは言葉に詰まった。
しばらく納得いかなさげに口を噤んでいたが、やがて諦めの境地に至った表情でため息をつかれた。
「……アンタって、ホント変だよな」
「何ィ!? 今のやりとりで、なぜ変だと判断した!?」
「女子じゃないよな」
「ちょっ、性別まで否定されるて、どーゆーこと?!」
人として、心友として、そして最後には弄り側として、当たり前のやりとりしか交わしていないぞ、どう反芻してみても!
精神的な乙女性を否定されるまでなら、まあ許せたものを、物質的な女性性を否定されるのは、さすがに納得できないのである。
この心の情動をしっかりハルちゃんに解らせねばなるまい。
と決心していたら、ハルちゃんは再びさっさと踵を返していた。
無言で置いていくとか、どんな放置プレイですか。ありがたくないです本当に。
すぐ追いかけて訴えたものの、ハルちゃんはつーんと沈黙で返してくるのみだった。
でも、ちょっと頬を緩めていたところを鑑みると、このやりとりはハルちゃんにとって悪いものではなかったのだろう。
なら、まあいいか。
――と、心友たるハルちゃんに甘い私は妥協したのだが、このとき逆に責めまくり、意地悪でもして黒歴史の詳細を暴きたてればよかったと、後に後悔することになる。
そうすれば自らの誤解を是正できた上に、あんな事態には陥らなかったであろう、と思う。……おそらく。
次回は、夏祭りです。
思いっきり季節がずれますけどね!orz
後は、この夏祭りとエピローグ的なエピソードが残っているだけです。
なので、後編2で終わるはず。
2の文字数が一万文字に達する可能性はありますが、終わるはず。
がんばります。