中編
全方位に土下座!!
中編だよ、後編じゃないよ! ということで、申し訳ありません。
この話は後編に続きます。
そして、前編の二倍の文字数です。
……どうしてこうなったorz
互いの間の悪さ(あるいは良いのか?)で、どうにも微妙な空気になってしまい、しばらく悄然としていたものの、なんとか気を取り直す。
なにせ非常に大切な確認を、まだきちんとしていない。
同じように項垂れている相手に、私は再び念押しした。
「それで君は、蝶々さんが繰り広げている乙女ゲームの前世記憶を持ってる、ってことで間違いないんだよね?」
「アンタもだろ。だから俺に接触してき」
あえて皆まで言わせず、快哉をあげる。
「っしゃあ! 心の友よ! さあ、その乙女ゲー知識、あらいざらい吐いてもらおうか!!」
「ジャ○アンかよ!?」
熱い握手をしながら欲望に忠実に要求したのがいけなかったのか、某ガキ大将扱いされたので、誤解を与えぬよう、すかさず返す。
「何ィ!? 言っておくが、映画版の方だ・ZE☆」
「否定じゃなくて、ちょっとイイヤツ主張しやがった……」
キラッと光を飛ばした良い笑顔で答えた私へ、心の友は胡乱な目を向けてくるのだった。
いやしかし、さすが心の友と見込んだ人物だ。ノリが非常によい。
やっぱり会話というものは、ボケとツッコミで成り立っていると思うんだよ。そういう意味で、これから同士として付き合っていくのに、なかなか楽しい相手と言えよう。
と、良き同士を見つけたと悦に入っていると、心の友が我に返って詰め寄ってきた。
「って、そうじゃなく! まさかアンタ、憶えてないのか!? この顔に見覚えはっ?!」
前髪をかきあげ現れた大きめの双眸は、くっきり二重でやや眦が垂れており、やわらかで甘い雰囲気だ。優しげに見える眼差しは、ともすれば女顔と言われそうな要素だが、細めであるもののキリッとした眉の効果でぎりぎり少年顔だ。細面の輪郭や高すぎず程よい形の鼻も、どちらかといえばシャープなラインを描いていて、男の子らしい。対して唇は、口紅をひいて白シャツにキスでもしてもらえば、完璧なキスマークの跡がつきそうなバランスだ。厚すぎず、薄すぎない。美しい形は、薔薇の花弁とでも形容すべきか。男の唇にしておくにはもったいない逸品である。
十代半ばという成長途上も相まって、中性的な雰囲気を漂わせた、けれど歴とした男の顔だ。私の好みの顔(観賞用用途)ではないので、美貌と断言していいか一瞬悩むが、きっと大抵の女子はイケメンともてはやす顔面だろう。たぶん。
「おお~おそらくイケメンだ、意外と、うん。おっと、そんな話じゃないんだったね。てな訳で、ノンノン! 憶えてないんじゃなくて、おそらくプレイしてないんだろうね~。だから蝶々さんに関する乙女ゲー知識は、前世記憶にまったく入ってない」
人差し指を立てて、チチチと横にふる。
「は?」
疑問符のままポカンと口を開けるので、私のまだらボケならぬまだら前世記憶のことを説明するも、口は開いたままだった。
あの、ホコリ入るし、なにより間抜けな顔になってるから、閉じた方がいいよ?
そんな心の声が表情から聞き取れたかどうかは知らないが、暫時固まっていた彼がようやく起動する。前髪もおもむろに下した。
「……いや、でも、ちょくちょく傍観してただろ? 俺、五回は見かけてるぞ」
おや? なぜか私が君を見かけた回数より多いぞ?
フッ、まあ些細な違いだ。気にしない。
「記憶にないとはいえ、乙女ゲーを題材にした小説や漫画はそれなりに読んでるからねー。蝶々さんのイケメンたちに対する言動って、いかにもでしょ。乙女ゲーの世界に転生、なんてお話も結構な数を読んでる身としては、それがありうる可能性を肯定した。なんといっても、大前提として前世の記憶なんてものが、私にはあるわけだしね。まっ、だからヲタク的に、三次元で乙女ゲー展開を見られるんなら、せっかくなので美味しくいただきますってことで傍観してたんだよ」
「それでも、知識がないって割には遭遇率が高くないか」
「だから、セオリーを鑑みれば、催しや行事でイベント発生するのが推測できるじゃん。あと協力者を数名、用意しましょう。ほら、遭遇率が増えた」
「協力者って……」
「私、蝶々さんとは別クラスだから、同じクラスや隣クラスの友達に頼んだり?」
「どんな理由つけて頼んだんだよ」
「まんま。乙女ゲーっぽくて面白いから、イベント起こったりフラグ立ちそうだったら、メールで呼んでーとか? 残念ながら、一緒に観覧はしてくれないけどね」
「…………」
なんか、頭抱えて絶句している。なんだったら、地面に両手両ひざをつけて打ちひしがれてもいいという体だった。
フリーズ再開かなーと観察していると、意外に早く復帰した。ただし、ローテンションで。
「……それ、もう前世記憶とか関係なくね?」
「いやあ、どうだろうね。本の記憶がなかったら、まだヲタクになってなかったかもしれないし。乙女ゲー? 何それ、おいしいの? みたいなね。で、そういう君は? 蝶々さんの乙女ゲー以外の前世記憶はしっかりあるの?」
訊ねると、少しばかり顎を引いて考えこむように腕を組む。
「……そう言われると、確かに記憶が偏ってる、かな。俺が思い出したのは、中二の秋、此花高の文化祭に来たときだけど、一気に戻ったのは『コノ花、サク恋』のゲーム知識。あとから、だんだんプレイしていた頃の自分を思い出してきて……」
「ん? プレイしてたんだ。もしかして、前世女子だった?」
「あ、ああ。プレイしてた時期は女子高生だった」
なんと?! 目の前に、生TSが!!
これが見た目はイケメン(普段は地味メンだが)、中身はJK! ってヤツですか!!
思わず口許がニヨニヨしてしまう。
ニヨニヨ口を見せて引かれて交渉決裂になってもなんなので、両手でかわいらしく覆って隠した。心の中では、『イエッス! 中身はJK!!』と大盛り上がりである。
そんな私には気づかないで、中身JK男子は困惑気味のまま萎れたため息をついた。
「……じゃあ、あんたにゲーム知識を期待しても無駄なんだな」
「そうだねえ、ゲーム知識に関しては、むしろ私の期待に応えてほしいってところだもんねえ」
ちょっとばかり冷静になった私は、現状を把握するために思考を巡らせる。
「君がわたしと対話しようとしたのは、知識の補完をしたかったってことなのかな? ってことは、記憶、ああ、あるいは知識自体に穴があるってことか。わざわざ穴を埋める必要性が君にあるのは、1・この乙女ゲーが好きすぎてリアル版でもコンプリートしたいけど、記憶に自信がない」
「違う! 痛いヤツにしか聞こえないからヤメテ?!」
「2・関係者」
「っ」
二つ目の推測を挙げたところで、彼は言葉に詰まった。
何か言い差しかけるが、結局は口を噤む。それから思い出したように首を振った。
「違う」
知らないなら、あえて自分の立場まで教える気にはなれないっていう心情ですかね。
まあ、相手が嫌がってるからって容赦はしないが。
「さっき、君の面に見覚えはないかって、聞いたよね」
「……そんなこと言ったっけ?」
「言った。そこでとぼけるのは無理がある。思いっきり顔晒してたんだから」
顔を隠してる人が自ら晒すって、インパクトあるから普通に忘れられんよ。好みドストライクの美貌(※観賞用用途)だったら、惚けて前後の言動が正常に脳内処理されなかったかもしれないけど。
「さっきの話の流れから、『コノ花、サク恋』だっけ? その乙女ゲーの知識があれば、君の顔に見覚えがあって当然って感じがした。イケメンで、知ってて当たり前の、乙女ゲーム関係者、ねえ?」
わざと区切って語尾に疑問符をつけてやる。もう疑問形じゃなくて、確認でしかない。
しばし互いの間に沈黙が流れる。
固い空気をまとった彼が、強ばりを感じさせるその綺麗な唇を開くまで。
「…………メリットは?」
「ん?」
思いがけない切り返しを受けて、私は首をひねった。
話、飛んでない? 話題は、君の正体についてじゃなかったっけ?
もっと正確にいえば、彼の思惑、もしくは真意とでもなろうか。
端的に過ぎたと気づいてくれたか、彼は顔を少しばかり背けながら言葉を補った。
「ゲーム知識を教える見返り」
メリット=見返り。なるほど、見合う対価を提示しろと。対価が気に入らなければ、取引は不成立。自身のことも語らず、といったところか。
確かに、一方だけが利する関係は軋轢を生み、いずれ破綻するものだ。やっぱりwinwinの関係じゃないと長続きしないだろう。情報源としてだけなら、飽き性のきらいがある自分のことだし、取引相手と縁が切れてもいいやと諦める選択を採るのも十分ありではある。
だが、取引相手を存外に気に入るという、情が混じってしまった。ツッコミの素質を持つ彼と、乙女ゲーを観覧するのは面白いんじゃない、とね。
とはいえ、適当な見返りなんか持ってない。まさか金銭や身体を要求するとか、下種い展開を望んでいるとも思えないしなー。
見返りなしで情報を得る方法にひとつ当てがあるが、推論で確実性がないうえに、それこそ下種い手段なので、とりあえずは却下だ。これをしたら友達づきあいなんてできやしない。
ならば、誠意を見せるのみ。
「見返りは、同士としての友情を」
「……」
無言になるなよ。なにか反応してくれよ。恥ずかしいじゃねーか、こんちくしょーめ。
クサイ台詞にドン引きされたかと懸念するが、こちらも言葉が端的だったかもしれない。……そういうことにしておいて。なので、付け足した。
「この乙女ゲーに関する諸々の相談に乗るし、愚痴も聞く。もちろん私の手札で協力するのもあり。たまには、関係のない前世の昔話もしよっか。――そんな話ができるの、転生者同士だけでしょ? だから、私が知るただ一人の同士に、心からの友情を約束する」
言い切るが、相手はまたもや無反応。
ちょっ、やっ、もっ、ホントっ、なんかリアクションちょーだいよ! 背中と掌に変な汗がにじんできたわっ。反応が芳しくないということは、もしや天は私に外道に走れと示唆してるのか!? こうなったら、こやつの秘密を……っ、いやっ早まるな!! だがしかし……くぅっ。
焦り始めると思考が危険な方向へ転がりだしたが、終着地点につく前に今度こそ間違いなく反応が出た。
「……まあ、あんたの情報収集の伝手は魅力があるし、あんた自身もそれなりに頭が回るようだし。ほしかった知識には及ばないだろうけど、俺の役には立つかもな」
なんだなんだ? こやつ、俺様キャラか? 上から目線か、そうか、上からくるか!
危険思考を若干引きずっているのか、ケンカ腰気味のコメントが脳裏をよぎる。
だが、彼の言葉はまだ終わりではなかった。言いよどみながら続ける。
「だ、だから、あんたの、そのゆ……や、約束とかいうのを、メリットとして認めてやってもいい」
「なんだよ、ツンデレかよ」
あうちっ、心の声がさらっとリアルに現出しちゃったぜ。
案の定、一拍とおかずに怒鳴り返された。
「ツンデレ違うわ!!」
「えー……」
「あんたがこっ恥ずかしい言い回しをするからだろ! 普通に協力するって言えばいいものを、わざわざ同士とか友情とか! この居たたまれない恥ずかしさをどうしてくれるっ!?」
そこで堪えきれなくなったのか、頬が染まり耳まで赤くなった。もしや、照れていたのだろうか。怒り心頭に達しただけかもしれないが。
しかし、人が誠心誠意をもって答えたというのに、この言いぐさは酷い。こっちだってメチャクチャ恥ずかしかった。だからこそ、物申さずにはいられない。
「いやいやいやいやっ、あんな強ばった顔してた君が、協力するよーの一言で快くいい返事くれるとか思えないじゃん! あれは絶っ対に、誠意見せろやゴルァーって顔だった!」
「っ、……別に、ふつーに、うんって返す。誰がゴルァーだよ誰が」
「君だよ君!」
「君君って……あぁ――もー! 黒峰遥!」
何かついに諦めたといったふうに頭を片手で抱えながら、彼――黒峰遥君は名乗りを上げたのだった。
一拍キョトンとした私は、次には破顔した。
「中原菊野。よろしく、心の友よ!」
と、これにてようやく友誼らしきものを結ぶことができたわけである。
「いやあ、蝶々さんに君のことチクる、なんて脅すことにならないでよかったわー。
ところで、ハルぴんハルぴょんハールーん、どれがいい?」
こうして安堵した私は、さっそく心友度をあげるために提案したのだが。
「は? さらっと怖ろしい暴露をしたのが激しく気にかかるが、その後のは何なんだよ」
「あだ名だよ」
「……。その中から選べ、だ と ?」
「うむっ、よきにはからえ!」
「……」
「わかったよ、ハルちゃんにしとくよ」
無言の圧力に負けて、無難な呼び方に収まる一幕があったのでございました。ちぇっ。
そんなこんなでハルちゃんの捕獲、あいや友情を得、乙女ゲーム『コノ花、サク恋』情報を教えてもらえることと相成った。
とりあえず、細々としたイベント詳細などは置いておいて、まずは概要だ。
恋愛シミュレーションゲーム『コノ花、サク恋』は、此花学園を舞台にしたオーソドックスな現代恋愛もので、ファンタジー要素やオカルト・ミステリ風味は一切ない。学生らしいイベントや活動を通して、攻略対象キャラクターとの好感度を上げていき、イケメンの彼氏をゲットだぜ! というのが最終目的だ。
攻略対象者は、生徒会長の白波のようにそれぞれ苗字に色の字が入っている。ということで、予想通りに黒峰君であるところのハルちゃんは攻略キャラクターであった。ダークサイドに傾きかけた私が蝶々さんにチクろうとした予想も、もちろんそれだ。そりゃ乙女ゲーのイケメンっつったら、攻略キャラだよなあ。攻略できないバグキャラとか言われる、対象外の人気キャラがいる場合もあるらしいが。
ちなみにこのゲームは、ヒロインが高校一年生のバレンタインに告白あるいは相手から思いを告げられ恋人同士となった場合と、失恋していても一定以上の好感度を他の一人以上の攻略キャラと積み立てている場合、二年生へ進級して一年間のゲーム期間延長がなされる。恋人ルートならラブラブイベントを、惜しくもという場合でも失恋した相手キャラに再アタックもよし、別キャラに乗り換えるもよし、という延長シナリオだ。なかなか凝っていて、一年と二年では同じ行事で同キャラであってもイベント内容が変わってくるらしい。まあ、ただ、好感度の高さによって差異があるので、場合によってはほぼ同じということになるようだ。
私的にはジャンルはファンタジーが好物だが、現実を見据えれば他者を巻きこんでの刃傷沙汰やデスルートの流れ、また世界壊滅エンドなどの恐ろしい結末がないのでありがたいといえる。ゆるい青春ものなので学園崩壊エンドもなく、バッドエンドといえば失恋やボッチぐらいだそうな。
ただ問題なのは――。
「蝶々は、ハーレムエンドを目指してるかもしれない」
「ハーレムエンド? 二股どころか五股や七股しても、なんなく全員に愛されちゃう、現実にはありえんだろうという、あの?」
「そう。ゲームなら、攻略キャラ全員のトゥルー、ノーマル、バッドの全エンディングとボッチエンドをクリアしたうえで、隠しキャラ攻略解禁と同時に出現するルートなんだが……」
どうやら蝶々さんが逆ハーレムを狙っているんじゃないかと、ハルちゃんは危惧しているらしい。
「蝶々さんがそう思わせる行動をしてるってことだよね? でもさ、ゲーム的に考えれば、いきなりハーレムルートには突入できないのに、現実で可能なのかな。高校生活がループしてるってんならともかく、さすがにそこまでこの世界が『コノ花、サク恋』に染まってるとは思えないんだけど」
いわゆるアニメ絵だからこその赤や青の天然髪色や瞳の色なんかは、私たちの現実世界では反映されていない。ふつうに日本人らしい黒髪黒瞳が基本だ。色素の薄さで天然茶髪な人もいるけれど。
そういうところから考えてみれば、すべてがゲームのために用意された世界というよりは、現実世界の類似により引き寄せられた流れゆえのゲーム相似化現象とでもいった感が近い気がする。
例外存在な白波生徒会長は、日本国籍だが日本人の血は8分の1なお人だそうな。だから、プラチナブロンドのブルーアイズでもおかしくないという。顔立ちも欧州系っぽい外人さん顔だ。それ、もう日本人じゃなくね? とは思うが。
「現実だから、逆にゲーム的制約が緩いと考えているのかもな。実際、ゲームとはちょくちょく差異がある。蝶々自体、ゲームでは蝶野つぼみって名前で、苗字は一字違い、名前はひらがな表記だったんだ。俺も用心のためにゲームキャラとは全然違う外見にしてるし、なにより性格がまったく違ってるから」
「ふーん、ゲームではどんなキャラだったの」
「……。……茶髪の、チャラ男」
はい?
思わずキョトンとして、言葉もなくハルちゃんの顔を見返してしまった。
ハルちゃんは如実に心情が表れた我が顔に向かって、もう一度、怒ったように言い捨てる。
「茶髪のチャラ男だよっ」
それはまた意外な。
「てっきりツンデレ要員かと……」
「ツンデレどんだけ引っぱる気だよ!?」
率直な予想をポロリと洩らすと、すかさず入るツッコミ。いい仕事ぶりです。
満足している私を後目に、ため息をついたハルちゃんはしばし目を閉じて平静を取り戻した。
「話、戻すぞ。ゲームなら選択肢を選ぶことによって切り捨てたルートで起こるイベントは起こせないが、現実でなら時間のやり繰りなんかでできないこともない。わかりやすい一例が、さっき見た土産を渡す場面だ。ゲームなら選択肢に出た相手しか選べないし、あげられない。けど、蝶々は複数に渡していた」
「ああ、確かに」
「そういうふうに並列では起こせないイベントを、蝶々は土産以外にもクリアしているのがある」
「うーん、でも高校生活始まったばっかだから、まだ確定はできなくない? 逆ハーまでは狙ってなくて、単にイケメンと友達にはなっておきたいってぐらいかもしれないし。根本問題としてさ、蝶々さん、前世ゲーム知識有りきなのか、無しで美少女を武器にした中身悪女で逆ハー目指す! なのか、あるいはなんも考えてない天然で驚異のフラグ建設回収者なのか、とかイロイロな推測が今の時点で立つんだけど。ハルちゃん的には、やっぱり前世ゲーム知識有りって感触?」
推論を言い終えたところで、ハルちゃんは身じろいで声なく「あ」と口を開いた。
気づきがあったのだろう。おそらくハルちゃんは、自分が前世記憶の中にゲーム知識があったから、知識に沿う動きをする蝶々さんもまた有りきなのだと思い込んでしまったのだと思う。私に対しても、そういう前提で声をかけてきた訳だし。まあ、蝶々さんに知識有りという可能性は十分高いんだろうけど。
「……ある、と思う。そう考えて立ち回ってきた。けど、確証は、ない」
歯切れ悪く答えたハルちゃんに、考えをまとめつつふんふんとうなずく。
「確認するよ。ハルちゃんは、逆ハー構成員にはなりたくない。あ、あとハルちゃんの個別ルートを攻略されるのもイヤだったのかな? ずっと地味にしてるトコを見ると。それで、蝶々さんとの接触は今のところない」
「ああ」
中身、女子高生だもんね。美少女とはいえ、迫られるのは勘弁願いたいってことか。
「見た目が違うとはいえ、攻略対象者である黒峰遥を、蝶々さんは認識してると思う? そのうえで接触してこないのなら、彼女のスタンスが少しわかる訳だけど」
「正直、その判断はつかない。俺のクラスに現れたことはあるけど、特に視線を強く感じるってこともなかった」
「うん、まあ、そういうことだね。まだ判断つかないことばっかりだ。だから、あんまり思いつめないで、力抜いていこうか?」
ハルちゃんの二の腕を軽くぽんぽんと叩く。
動揺したのか、ちょっとビクッと震えたけれど、すぐに落ち着いて綺麗な唇を不満そうに少し尖らせた。
「油断してバレたら、どうすんだよ」
「気ぃつけるのは、最低限できてたらいーんじゃない」
最低限してるじゃんという意味を込めて、ちょいっと指先で顔を隠す長い前髪を弄ってみる。
ぺいっと払われたけれど険がある様子ではなく、気安さを感じさせる雰囲気だ。
ふむ、ちょっとは解れたかねえ。
ツッコミはしてくれるものの、放つ空気の固さはそこはかとなく残っていた。
緊張、というか警戒、か。
まあ、いきなり心友度が高まるなんて芸当は無理だ。千里の道も一歩から。人見知りの子猫に対するように、ちょくちょく「怖いことしないよ~悪いことしないよ~」とアピールしていこう。
そう決意して、ハルちゃんに拳を差し出す。
「ハルちゃんルート回避の協力は任せとけ。全力でサポートする。で、せっかくの奇跡的な乙女ゲー観覧の機会だもん、楽しんでいこうぜー兄弟!」
「なんで兄弟……」
ぼやきつつ、渋々拳をこつんと当ててくれるハルちゃんなのだった。
「何気持ち悪く笑ってる?」
ふりむいたハルちゃんが暴言を吐いた。
「酷いなオイ。乙女に向かって気持ち悪いとか」
「アンタは断じて乙女ではない。誠心誠意を以って保障する」
「保障のされ方がぱない!?」
ハルちゃんとの出会いを思い出して、歩みが疎かになっていたようだ。遅れがちな私を気にして、憎まれ口ではあるが声をかけてくれたのだろう。休み時間の終わりが迫っているため、急いで教室に戻らなければならないのだから。けして、くふくふと思い出し笑いしている私が気持ち悪いと本気で指摘した訳ではない。……思い出し笑いは、他人から見たらキモいかもしれんな、うむ、気を付けよう。
ハルちゃんと知り合って、二か月。すっかり気心の知れた、というか、遠慮会釈のない関係になったものだ。なんだろう、呆れかえっているような、諦めきっているような態度になったな、ハルちゃんよ。
心友度が上がった証拠だ、感慨深い。そういうことにしておいて、教室が近づいたので手を振った。
「じゃ、また放課後~」
小さくうなずいたハルちゃんは、素っ気なく離れていった。
なんとなく、私という存在に慣れた野良猫っぽい、とその背中を見送った。懐くに非ずというのが、ハルちゃんらしい所以である。
さて、放課後の乙女ゲー観覧も楽しみだ!
ご機嫌で、私は教室に帰ったのだった。
放課後、ハルちゃんの過去の傷を垣間見ることになるとは予想だにせずに――。
りっちょんまで辿り着かなかった だ と ……。
りっちょんは、菊野の友達です。
さらに、ハルちゃんと同中です。過去を知る女です。
続きを中編と決めた時点で、最後の引きの中身まで書いて後編へ続くと考えていたのに、文字数が前編の三倍に達しそうなので諦めました。
できれば、年内に更新したかったですしね。
半年と三週間もお待ちいただいていた読者様、遅くなってすみません。
後編も半年後とかになるかもしれません。ごめんなさい。
できれば、少しでも楽しんでいただけますように。
では、良いお年を。