前編
やっちまった……。
続きがいつになるかわかりませんが、それでもよろしければ、どうぞ~。
「聖司先輩。そんなふうに、いつもいつも聖人君子でいる必要はないと思います。親しい人の前では、もっと自分を出してもいいんじゃないでしょうか」
「ええっと、蝶々さん? 何を……」
「苦しくありませんか、みんなの求めるいい人でい続けるのって。わたし、本当の聖司先輩に会いたいな。きっと、本当のあなたも素敵な人だから……」
はにかんで微笑む少女は、愛らしさと美しさを凝縮したような容姿をしている。腰まで覆う栗色の髪はふわりと波打ち、小さな顔にぱっちりとした大きな瞳と小作りな鼻と唇が収まり、細く華奢な体躯でありながら柔らかな輪郭を描いた胸はささやかならぬ主張をしていた。
また相対する男子生徒は、陽光に輝くプラチナブロンドとその前髪から覗く碧眼が示すように、日本人離れした容貌だ。まだやや線の細さを残す輪郭の中に、形の良い高い鼻と薄い唇が絶妙な配置をなしている。背は高いがすらりとしており、貴族的と言える体格からも、まさに少女たちが憧れる王子様のような佳容だった。
人気のない裏庭に二人が並んで立つ姿は、一幅の絵のごとくである。他者が目撃すれば、うっとりと見惚れるような光景――
「ぶっふ、っぅぐぅ……っ」
「堪えろ!」
――で噴き出した私の口をふさいでくれたのは、我が心の友、ハルちゃんである。
ハルちゃんの機転のおかげでどうにか持ちこたえているうちに、予鈴が鳴った。 裏庭の二人もこれにて解散だろうと、我々も撤退することにする。窓枠の下で体育座りをしていたのだが、一応安全策をとって窓辺から離れるまでは屈んだまま前進。教室の半ばで立ち上がって、廊下へ出た。
「いやーすごかったね。出会って三回、四回目だっけ? で、あの核心系台詞を言えちゃうとは。やっぱ乙女ゲーヒロインは、一般人とは違うね!」
ぶはははははは! と堪えていた分も合わせて大笑い。
「おまえのソレは褒めてるの? 貶してるの?」
「ええっわかんないかな?! ものっそい感心してるし、すっげえ無茶振りだと呆れてもいる。こう、さ、会話ってキャッチボールじゃなかったのか、むしろ暴投ドッヂボールだったのか、と」
「まあ、わかるけど。それが乙女ゲー攻略のお約束、だろ。選択肢は無茶振りしてくることが、結構あるぞ」
「オーケーオーケー。だからこそ、そこに痺れる笑い死ぬ~といった見所があるのだよ。きっと訳わかめな白の人には悪いけど、夫人よ、今日も良い笑いをありがとう、ゴチ!」
ヒロイン蝶々蕾さんと白の人――白波聖司先輩へ、感謝をこめて合掌する。笑いは気持ちを潤わせるよね、うん。
ちなみに、夫人というのは蝶々さんのあだ名だ。私謹製の私しか使ってない呼び名だけどね。
「ホントおまえって……」
呆れてこちらを見下ろすハルちゃんに、私は右手を差し出した。
「今日は観覧ベストポイントを教えてくれて、ありがとね!」
ハルちゃんは握手に差し出した手をパシッと軽く叩く。
「まあ、今回はたまたまイベント場所近くの特別教室が空いてたからな」
「二階ってのもよかったよね、一階だと見つかる可能性が高いし、かといって三階だと遠すぎるし」
私は叩かれた手をひらひらふりながら、相槌を打つ。
二階は手近の窓を開けておけば、外からの声はよく聞こえ、観覧対象にこちらを覗きこまれることもない。こちらがこっそり下の光景を覗くこともできた。まさしくベストポジションだ。グッジョブ。
これも心友ハルちゃんこと、黒峰遥君のおかげである。
さて、実はハルちゃん、ただいまこの此花学園で繰り広げられている乙女ゲーム『コノ花、サク恋』的な恋愛模様の、攻略対象キャラクターの一人であるらしい。
そんな彼と私――中原菊野が出会ったのは、かれこれ二か月と一週間ほど前、四月の終わり頃だった。
といっても、その時はすれ違っただけだ。互いにちらっと目が合ったが、知らない者同士、会話することもなかった。
次はゴールデンウィーク明け、再び遭遇した。
基本的に歩いているときは人の顔をあまり見ていないし憶えもしない私が、二度目の遭遇でハルちゃんを覚えていたのは、イケメンだったから、ではない。だいたい長い前髪で容貌を隠しているから、ぱっと見で美形かどうかわからんかったしね。
単に、遭遇場所が問題なだけだった。
私が目をつけて追っかけてた蝶々蕾さんがいる所に、決して彼女本人には見つからないようハルちゃんも現れていたのだ。
ところで、なぜ私が蝶々さんを追っかけていたかというと、高校入学式の日に桜の下で落し物を手渡すストイック美形とそれを受け取る美少女、という構図を目撃したからに他ならない。
あの時ゃ興奮したねっ、なんだコレ乙女ゲームでも始まんの!!? って。
追い打ちで、ちびっこ天使美少年がそこに参加したものだから、こりゃ間違いなく乙女ゲー的恋愛模様が勃発するぜ! とワクテカした。
その後の入学式で生徒会役員を紹介された時には、さらなる確信を深めた。生徒会長・白波聖司を始めとし、先ほど見たストイック美形と天使美少年(全然似ていないが双子だそうだ)や他の役員もイケメンと、明らかにヒロインの攻略対象じゃん、といった豪華な顔ぶれだったのだ。
これ確実じゃね?! と迸る好奇心でテンションマックスになった私は、次の瞬間には激しく悔やんだのだけどね。
前世の私よ、なぜ乙女ゲームをアホのようにプレイしなかったのだ!? と。
厨二とか電波とかではなく、私には前世の記憶がある。
前世の人生自体は、あんまりはっきり憶えていない。記憶に残っているのは、女性だったことや家族構成、長くはないが短くもない人生であったことぐらいだ。
ただハマっていたモノに関しては、非常によく憶えている。異様に、と言っていいかもしれない。趣味、本気で読書、だった前世の私は、その時代に読んだ書籍の内容をはっきり憶えている。無料のネット小説もだ。それに準じて程度だが、アニメもそれなりに記憶に残っている。
前世に影響されてか、趣味読書な今世の私である。昔は、過去の作品を読もうとして本を手に取ると、読む前から内容がわかる、ということがよくあった。最初の頃こそ意味が分からず不安になったものだが、それを何度も繰り返すと前述のぼんやりとした前世情報が脳裏に浮かびあがってきたのである。それで、ああ前世で読んだ物かと合点がいったのだ。
まあ、そんな訳で、前世で読み損ねたシリーズ物の続きを精力的に読み耽ったり、かつて好きだった作家さんの後世で出版された物を読み漁ったりしてたら、瞬く間にヲタク女子となってしまった。私の読書は漫画込みだ。
ということで、前世の読書歴で網羅できているとは限らないが、読み物としては此花高校を舞台にした乙女ゲーム的恋愛ものという物語は記憶になかったのだ。
しかし、ノベライズや漫画化されていない乙女向けの恋愛シミュレーションゲームは、きっと山とあるだろう。そちらに、此花高校が舞台の物語があるのではないか。
前世で乙女ゲームをやりこむぐらいハマっていれば、今世でも憶えていたかもしれない。そう推測しての悔悟だった。
だが。私は密かに希望の灯火を燃やしていたのである。
前世持ちの私が存在するのだ。
此花高校の乙女ゲー知識を持つ転生者だっているんじゃない?
そして、たいていそうした前世持ちは傍観者になるものである。前世でよく読んだネット小説、乙女ゲー的逆ハー傍観者(前世持ち)が主人公モノからの知識だが。うん、とりあえず見とくよね。と断言してみる。
こうした希望的推測から、蝶々さんを追うと同時に、その周囲に潜む者に関してもできるだけ気を配っていたのだ。あわよくば同士となって、見ごたえある場面(笑)がいつどこで展開されるのか教えてもらおうという魂胆である。
それゆえに、二度目のハルちゃんとの邂逅は、私の中に彼こそが求める人材じゃないのか? という疑いを芽吹かせた。
思えば、あの時のハルちゃんも、ちょっとばかりこちらを不審そうに見やった気がする。
その時はやはり視線の応酬のみですれ違ったが、この時点で私は心を決めていた。もし三度目があれば、彼に問いただしてみようと。
三度目の機会は、ほどなくしてやってきた。
なぜなら、蝶々さんが攻略対象キャラにお土産を配り歩いていたからである。
黄金週間中に旅行へ行っていたらしい彼女は、できるだけ人気のない場所でわざわざ個別に土産を手渡していた。生徒会メンバーの攻略キャラなら、生徒会室で揃っている所を狙って渡せば、一発で複数人へあげることができるのだが、そこはやはり乙女ゲームのヒロイン(笑)だ。一人一人へ別々に手渡すことで、特別感を演出し、自分を印象づける作戦だろう。
そうした個別賄賂作戦には手間がかかる。数日かかって攻略キャラを回っている蝶々さんを、見かけたときだけだが追っかけていたら、そのひとつが三度目の遭遇にヒットしたのである。
都合のいいことに人気のない場所を選んでくれたおかげで、人ごみに紛れることなくハルちゃんらしき影を認識できた。まあ、その時点では、お互い蝶々さんに見つからないよう潜んでいたわけだが。
ちなみに、その時のお相手は、ストイック美形な双子の弟の方だった。入学式で落し物を拾ってくれた礼も兼ねて、ということらしい。双子は二年生で学年が違うので、すぐには捕まらなかったのだろう、人気のないという場所条件も含めて。同学年の俺様アホの子には、休暇明けすぐに渡せてたからな。二度目のハルちゃんとの遭遇はコレだった。
まあ、それは横に置いておく。特に笑いどころのなかったイベントだったし。
本命は、三度目の邂逅を果たしたヤツの方である。
蝶々さんたちが去ってから、私はヤツが潜む会議室へと踏みこんだ。生徒会室にほど近いこの辺りは、会議室や資料室、倉庫代わりの部屋など、使用者以外に訪れる者はそうそういない。蝶々さんは生徒会室へ行く途中のストイック美形弟を廊下で呼び止めて、土産を渡していたのだ。
私はそれを廊下の角に隠れて窺っていたのだが、ヤツはまるでその場所でイベントが起こるというのを知っていたかのように、事前に会議室に潜伏していた。たまたまドアのガラス越しに人影が過ったため人がいることに気づいたのだが、姿は見えずとも確信する。二度すれ違った彼だろうと。
これは本当に当たりじゃないか?!
そう思わせる行動を受け、期待満々で会議室の引き戸を開けると、近くの長机にもたれて本命が待ち構えていた。腕を組み、前髪の隙間から覗く目は少し怖いぐらいに真剣だった。
しかし、期待値が急上昇し、おかしなテンションになっていた私は怯まずに彼の前へ立つと、すうと息を吸いこんでいきなり言い放った。
「君っ、乙女ゲー知識を持つ転生者でしょ!?」
と。
同時に、彼は言っていた。
「アンタも前世の記憶があるのか」
同じタイミングで問いかけあったものだから、答えるべきか答えをもらうべきか混乱して、二人ともしばらく沈黙する。
「「前世っ……」」
話し出そうとして、またしてもタイミングが合ってしまい、口をつぐむ。
今度は目で「どうぞどうぞ」と譲りあってみるも、どうも切っ掛けがつかめないというか踏ん切りがつかないという感じになり、結局目線で「どうするよ」と相談だ。
最初の勢いからするとあまりのグダグダ感にため息をついて、最終的に白状ったら。
「……前世持ちです」
「……転生者です」
最終まで、同タイミングで白状である。
初顔合わせの初っ端は、どこまでもタイミングが悪い意味でシンクロしたものとなったのだった。
お読みいただき、ありがとうございます。
続きは……前編の大本は二月に書いていて、いまだに続きが書けていないので、本当にいつになるやら。
気長にお待ちいただけると助かります。
一応、頭の中ではエンドは見えてますので。
たぶん、大丈夫。たぶん。