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天使の生まれた日

ちょっと説明多めです

 天までそびえ立つ巨大な世界樹の根元。

 その幹に背を預け、大きな本を脚の上において読みふける少女。

 時折吹き付ける柔らかな風が少女の髪を撫で

 空を翔る小鳥が、少女の肩で羽を休めている。


 傍らには大きな体躯の男。

 岩のごとき巨体と鈍く光る(くろがね)の鎧とそこに刻まれた傷が、男を歴戦の勇士であることを語っている。

 吹き付ける風にも微動だにせず

 小鳥達も彼の周りには近づいてこなかった


 少女は無言で本を読み

 男は無言で青き空を見つめている


 そんな・・・そんな、お伽噺の一シーンのような光景の中

 世界樹は優しく二人を見つめている



「しかし、久しぶりだな。こういうのも」


 ロックがゆっくりと空を見上げながら語りかけている。

 本の世界に沈み込んでいる親友に向かって


「ん~」


 レンは聞いているのか聞いていないのか、返事ともつかぬ言葉だけを返してページをめくる。


「海に行ってもお前は本の中。

 集まってくる女達の逆ナンもガン無視して一日動きゃしねえ。かといって俺のナンパも成功するはずもなく、最後にゃこうして空を眺める一日、だ」


 ロックが語るのはここではない世界の、今ではない時の話。

 楽しかった記憶を思い出すかのように、その顔には微笑みが浮かんでいる。


「んむ~」

「あげくの果てには、俺とお前のホモ疑惑。

 いいや、今なら俺のペド疑惑か、冗談抜きで殺されるな」


 ロックが見ても可憐な少女のレン。

 本に熱中する少女の姿は、その気の無いロックを持ってしても見惚れてしまう程だ。


「あぁ、CoHOでもこういう空気ってあるんだな。懐かしいな、昔が」

「・・・赤い、光」

「ん?」


 と、レンが始めて意味ある言葉を紡ぎながら顔を上げる。

 つられ、ロックが視線向ければ、そこには青い光の結晶が瞬いていた。


「あぁ、リスポーンか」


 CoHOの広大な世界。

 そのどこかで無念にも殺されたプレイヤーは戦闘終了後、例外なくここ世界樹の下で蘇生する。

 光り輝く青き結晶が人の形を取り現出する光景はある意味神秘的であり、おそらく始めて見るであろうレンの興味を引くのも分からないでもない。


「ん?赤?」

「あ~失敗したなあ、もうっ。

 おや?レンちゃんじゃない、こんばんわ」


 ロックの呟きを遮るように声を上げる目の前のプレイヤー。

 豊満なボディを露出過多どころではないビキニ鎧で申し訳程度に隠したのみの女戦士は、近くで顔を上げているレンを見つけると嬉しそうに頬を緩ませて歩いてくる。


「こんばんわ、スキュラさん」


 レンも本を閉じ、立ち上がろうとする所をスキュラに制され、座ったままで挨拶を返す。

 そんなレンの目の前に、胡坐をかいて座るスキュラ。そんな彼女に男の性からか、自然と股間に吸い寄せられるように視線を向けながら、レンの隣に座るロックが声をかける。


「はじめまして。レンの親友のロックです。

 レンが色々とお世話になっているそうで」


 当然、そんなロックの視線に気づいているスキュラはそれに突っ込みを入れることもなく、微笑みを浮かべたままロックに握手をと手を伸ばす。


「『はじめまして』岩・・・いえ、ロックさん。

 レンちゃんのフレンド第一号のスキュラです」


 微妙なイントネーションでロックと握手を交わすスキュラ。

 二人は視線を少しだけ絡ませると、先から何か言いたそうにしているレンに視線を向ける。


「どうしたの?」

「スキュラさん・・・なんで赤いんですか?」


 困惑したように言うレンに、スキュラもロックも首を傾げる。


「赤い?さっきも言ってたな」

「あぁ、スキュラさんの身体がさっきから赤く光ってて」


 繰り返すレンの言葉に、しかしロックは首を傾げたまま。が、スキュラは何か思いついたのか、ぽんっと手を叩く。


「あぁ、聖女の固有スキルね。

 対象のHP残量を視覚で判断する能力よ」

「あぁ、固有スキルか!!」


 スキュラの言葉に、ロックも合点が行ったのか大きく手を叩く。


「固有スキルってのはな、各クラスが持っている専用の能力の事だ。

 聖女のはパッシブ・・・ええと、常時発動してる能力でだな、体力が減ってくると身体が赤く光って見えるらしい」

「さっきドラゴン狩りに行って死に戻りしたからね。

 リスポン直後HPとMPなんてほぼ0だから、そりゃ真っ赤に光るわ」

「へぇ、そうなんですか」


 思わず感心したように言うレンだが、そもそも戦闘や冒険をする気の無いレンには、あまり自身の能力に興味は無い。しかし、そう意識して回りを見れば、世界樹の所々で座っているプレイヤー達は、大なり小なり身体が赤く光って見えている。


「確かに、周りのみんなも体力減ってますね」

「そ、安静にしてれば一分に一割回復してくからね。

 大体十分座って回復したら『向こう』の仲間にポータル・・・移動用の門みたいなアイテムだけど、それを使ってもらって合流するわけ」


 スキュラの説明に、レンも納得する。

 この世界樹がCoHO全ての移動の要であること、そしてこの世界での死の扱いを。


「回復魔法ですぐに合流ってやらないんですか?」

「その使った魔法で減ったMPの回復に休憩が必要になるからね。

 メインが白魔法使いを選ぶクラスですら、前衛の体力を全回復させるのに半分はMP使うのよ。戦闘でMPが減ってる上に回復魔法なんて使ってたら効率が悪いだけだから、ね」


 スキュラは言うが、とある条件の上では不可能な話ではない。

 LVが上がったときのボーナスポイントを知力特化で割り振ればよい。それによって回復力もMPにも余裕はできるのだが、当然そんな育成は聖女クラスと同じ運命をたどる。そして、戦場に出られないならば、ここ世界樹で回復専門のキャラクターを作ればとは誰もが考えるのが出るのだが、これはVRMMO。アカウント複数でのゲームプレイが出来るはずもなく、また、ただ呆然といつ死に戻りするか分からぬ仲間を待ってこの場にとどまることが出来るプレイヤーが存在するわけも無いのは言うまでも無い。


「ふぅ、ん」


 会話をしている間にも、スキュラのHPは半分ほど回復しており、レンの視界にはスキュラの身体を覆う淡い赤の光が見えている。そこで、ちょっとレンは考えると、ログイン直後から何となく理解できている『回復魔法』に手をかける。


「こう、か」

「・・・え?」


 レンが指差すと同時にスキュラの身体が白く淡く光る。

 同時に一気に回復したHPに驚くスキュラだったが、目の前のレンが聖女であったことを改めて思い出し、納得する。


「どう?」

「聞いてはいたけど、流石は聖女ね。

 LV1で私の体力を半分とはいえ回復させるなんて無茶苦茶だわ」

「うえ!?スキュラさんって確かレベルカンストしてるって聞いてるぞ。

 それなら確かにヘイト管理どころの話じゃねえな、パーティじゃ使えねえ」


 強力が故に前線で使うことは出来ない力、それが聖女。

 そんな二人の会話を前にしながら、レンは先に読んでいた本の内容を思い出す。



 ***



 それは英雄達の力を語る物語。

 その中の一つ、伝説にのみ語られる聖女の物語。


 かの聖女は魔との戦争で人類に勝利をもたらした要と言われている。

 何十、何千、何万という命と命のぶつかり合いにあって、英雄の長の隣で回復の奇跡を使い続けた。

 戦場の何処にいても、重傷を負った戦士には癒しの光が降り注いだ。

 手を失おうとも、足を失おうとも、戦士が戦う意思を捨てない限り、癒しの奇跡は彼らと共にあった。

 死んだ戦士も、後方に下げられれば聖女は蘇生の奇跡で、彼らを死から救い上げた。


 彼らは感謝した。死から救い上げてくれた聖女の力に、聖女の奇跡に。

 しかし、聖女は涙した。死しても解放されぬ無限の戦場に戦士達を縛り付けることに。


 蘇生させられるたびに涙と共に謝罪する聖女に、戦士達は決意した。

 聖女を泣かせぬために、この戦争を一刻も早く終わらせることを。


 そうして暫くの後、戦争は終わりを迎える。

 しかし、聖女の顔に笑みは戻らなかった。

 戦争の最後の最後、魔族が放ったほんの一本の流れ矢が、ただの人である戦士を傷つけることも出来ぬほどの弱い小さな矢が、それが聖女の胸に突き立ち、聖女の命を刈り取ってしまった。


 戦士達は英雄達は知ってしまった。

 自分達を死から守り続けた聖女の奇跡が、唯一彼女自身には及ばなかった事実を。

 そうして、聖女は人々の中で伝説となり、以降生まれ続けた英雄達の中に、聖女の姿は存在しなかった。



 ***



 数ある英雄詩のその一つ。

 自身が聖女を選んだからか、真っ先に目が向いたその物語が、レンの心を動かした。

 CoHOのシステム上、聖女が戦場に立つことはまさに自殺行為であろう。物語の中の話とはいえ、そんな聖女の心意気に影響され、少しだけ、そうほんの少しだけ聖女の力を使ってみようかと考えた。


「なあ、いわ・・・ロック。

 あそこで回復してるプレイヤー達に回復魔法使うと迷惑かな?」


 ロックにとって、本以外に全く興味を向けぬレンのそんな言葉は、まさに青天の霹靂だった。そんな脳髄を貫いた衝撃に、たっぷりと二呼吸沈黙した後、思い出したようにあわてて言葉を返す。


「あああああ、あぁ、大丈夫だ。

 辻ヒールなら感謝されこそすれ、迷惑に思う奴は居ないぞ」

「そうね、座っているプレイヤーに限定すれば、もっと間違いないわ」

「そう、か」


 ロックの言葉をスキュラが補足し、レンは満足そうに頷く。


 先のスキュラへの回復魔法で全MPの1/10を使った。

 そして、先からの一分の休憩でMPは戻っている。

 ・・・ならば、10人。


 レンはそう結論すると、見える範囲の赤い光の中で、明るさの強い光のプレイヤーを選択する。

 聖女の固有スキルの有効範囲=聖女の回復魔法の有効範囲。それを無意識のうちに理解し、一呼吸の間に10回の回復魔法を発動した。


 所々で上がる回復の光。

 一斉にレンへと向けられる視線の矢を浴びながらも、レンはちょっとだけ微笑むとまた本へと視線を落としていった。


「じゃあ、私はリベンジ行ってくるわね」


 スキュラの別れの言葉と


「俺は今日はここで落ちる時間まで休憩してる予定だ。

 ・・・話しかけてくるプレイヤーは俺がフォローしとく」


 ロックの心憎いフォローの言葉と


「光が見えたら適当に使う。

 何か失敗したらよろしく」


 レンのロックを信頼した責任の丸投げ宣言が響き

 また、静かな時が刻み始めた。


 時折無言で投射されるレンの回復魔法と

 感謝の言葉を静かに制するロックの言葉と

 何回か死に戻りして恥ずかしそうに回復魔法を受けるスキュラの姿

(ロックが後で聞いた話だが、パーティ必須のドラゴン討伐をソロでやってたらしい)


 そんなやりとりを繰り返すうちに、誰かが小さく呟いた。


 -まさに世界樹に降臨した天使だ-と。

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