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世界樹の木の下で

 翌日、蓮の人生は間違いなく輝いていた。

 味気の無い電子ブックに手を出さずとも、CoHOの世界へ行けば本物と言って申し分ない紙の本に読みふけることができる。仮想世界での充実した趣味の実現のために、仕事にも上司が驚愕するほどに熱が入っていた。


 願うならば、CoHOの世界で一生を過していたい


 それが蓮の思いだった。

 しかし、蓮は趣味のために現実を捨て去るほど馬鹿ではなかった。

 いや、一分一秒でも長くCoHOを楽しむために、現実を捨てた破滅ではなく、仮想世界と現実世界の境界線にはっきりと線を引いていた。



「と、いうわけでお前には感謝している、(いわお)


 そして定時後の帰り道。

 約束どおり、ファーストフード店で友人である巌と合流した蓮は開口一番巌に向けて大きく頭を下げた。


「まあ、お前ならどっぷりとはまり込むとは思ったよ、うん」

「そうだな。まさに理想の世界だった。うん、すばらしい図書館だ」


 上機嫌な蓮と巌。

 目の前には蓮のおごりのセットメニューが並び、二人はポテトをつまみながらCoHOについて暫く語り合う。


「んで、だ。

 お前さ・・・もしかして踊ったか?」

「なな、何のことだ?」


 と、声を落としつつ問いかける巌に、ギシリと固まる蓮。

 そのあまりに正直な反応に、巌は大きくため息をつく。


「蓮さ、大学に入ったときも大学図書館で踊ったよな?

 本オタなら嬉しいのは分からんでもないが、何故踊る!?

 あまりに不気味なんで図書館の妖怪って呼ばれてたの忘れてないよな?」


 ・・・図書館の妖怪。

 それは蓮たちの通っていた大学に語り継がれる学園七不思議の一つ。

 黙っていれば文句なしに美形な蓮が図書館に消えたのを追いかけた女学生たちが見た蓮の奇行。本を抱きかかえくるくると踊り続ける彼の姿は、恋に恋する彼女らに目を覚まさせるほどに強烈な物であった。


「大人しくしてれば女なんて選り取り見取りだろうに、何でお前は」

「い、いや若気の至りって奴だろう、うん」

「踊ったんだな?」


 焦る蓮にダメ押しで睨み付けながら断定する巌。

 そこでようやく「あぁ」と肯定する蓮に、巌は大きくため息をつきながら最後の一つのハンバーガーに手を伸ばす。


「まあいいが、あまり人目につくところで暴走するなよ。

 ゲーム内とはいえ、相手側も人間なんだからさ。

 ・・・某掲示板で晒されるとやりづらくなるぞ」


 蓮には『晒す』の意味がいまいち理解できなかったが、まあロクな事では無いだろうと判断する。彼にとって既にCoHOという目的が達成されている状況で、わざわざ某巨大掲示板の不毛な議論の応酬に目を通す必要はなくなっている。

 ユグドラシルの図書館の本を制覇し、他の図書館の情報を必要としない限りではあるのだが。


「そ、それはそれとしてだな。

 その図書館で世話になった人が巌のキャラ名を教えて欲しいって言うんだ。

 フレンドコールってのをするのに必要らしいんで、教えてくれないか?」

「あ、あぁ」


 変わっての蓮の提案に、今度は巌の反応が目に見えて鈍る。

 とある賞金1000万円な4択クイズ番組の解答者のような考え込む表情に陥った巌は、たっぷりと5分は悩んだ上で、目の前のみのも・・・いや、蓮に向かって顔を上げる。


「ど、どうしたんだ?」

「いや、直接会ってフレンド交換したほうがいいだろ。

 俺も準備あるからな、今日の夜に世界樹の下で合流ってどうだ?」


 顔を上げた巌の表情は何か吹っ切れたそれ。

 晴れ晴れとした表情で蓮を見つめる巌の姿に引きつつも、蓮は断る理由は無いとばかりに肯定する。


「あぁ、合流するならお互いの特徴を知っておいたほうが良いんじゃないか?」

「それなら心配ない。

 聖女だろ?あれを選択してる奴って殆ど居ないから、俺がすぐ見つけるさ」


 トレイを持ち上げながら言う巌に、蓮は首を傾げる。


 -巌に自分が聖女を選んだと教えただろうか?-


「それじゃ、またCoHOでな」


 ***


 ユグドラシルと言えば世界樹。


 CoHOのプレイヤーたちにとって故郷ともなるその街において、世界樹はプレイヤー達が最初に驚愕し慣れ親しむ異世界の印であった。見上げるほどに巨大な世界樹は、その根元に集まる冒険者達を優しく迎え入れ、魔物相手に傷ついた彼らの休息の場となっていた。


「はぁ、すごいな」


 世界樹を前にレンはその景色に感嘆する。

 遠くからでは大きな木だな程度の感想であったが、その威容を目の前にすればその感想が如何に陳腐であったかを思い知る。見上げれば遥か上空に天を覆い尽くす様に葉が茂り、その幹は家の一軒や二軒、いやちょっとした施設くらいは容易に飲み込んでしまうほどに太く大きく広がっている。


 そして、その世界樹が見下ろす草原のいたるところには、5・6人で一塊となった冒険者達が座り込みながら雑談に花を咲かせていた。

 背ほどもある巨大な大剣や大斧に宝石を埋め込んだ杖、全身を覆い尽くす鉄鎧から不思議な色彩を見せるローブまで、様々な装備に身を包んだ冒険者がそこに居た。


「さて、と目立つ場所じゃないと巌も俺を見つけられない・・・か」


 暫しその光景に見とれていたレンだったが、当初の目的を思い出すと何処で待ち合わせるべきかと視線を送る。いくら聖女が珍しいとはいえ、他のプレイヤーに比べれば小柄なレンの身体。それなりに目立つ場所をと考え込めば世界樹の根元、ちょうど地面にせり出した根が二股になっているところが、背を預けるに丁度良いと判断する。


「まあ、本を読んでれば向こうが探してくれる、か」


 レンの手には大きな本が一冊。

 図書館から借りてきたそれは大人であればちょっと大きめ程度の本であるが、小柄なレンにとっては両手で抱えこまねば運べぬほどに大きく重い本であった。


(これなら今日はこの一冊で十分かな?)


 既にレンの頭には巌との約束は消えている。

 すわり心地の良いポイント、そして彼の読書欲を満たしてくれる本が一冊。ならばその絶好の読書ポイントを取られてなるものかと小走りに走り出したところで、もはやお約束とばかりにレンは転倒した。


「むぎゃっ」


 意味不明な声と共に本を放り出しコケるレン。

 重心が違うのかコンパスが違うのか、走ればコケる特殊技能を身につけたレンは、自らの身体を優しく受け止めてくれた大地に生える草に感謝すると、ちらりと自分を見つめている目が無いかと確認する。


「・・・大丈夫、だな」


 それはまさに偶然か。周りの全ての冒険者はレンの居る場所とは反対方向に顔を向けており、彼の醜態を気にした風は無い。その様子に安堵すると、今度は転ばぬように早足で目的地へと移動する。


(本がらみの奇行は平気なのに、変な所で体裁を気にするんだな)


 それは蓮が学生食堂でお茶を取り落とした時の巌の指摘。

 一斉に彼に向けられる視線の山に、蓮は顔を真っ赤にしたまま拾い上げたコップをまた取り落として全壊してしまった。その失敗をいつまでも気にする彼に、今更その程度でという言葉と共に巌が呆れて言った。


「こほん、さて読むか」


 その思い出と共に顔を真っ赤に染め上げたレンは、早速とばかりに本の中へと没頭する。


 本日の本は、この世界での神々の話。

 神話と戦争と人類の誕生を語ったその長大な物語。味気ないストーリー紹介ページのそれとは違った重厚長大な物語にレンはのめりこんで行った。


「おい?・・・あぁ、またかおいっ」


 神と魔王が戦争で疲弊し、人類と魔族が争いを始めたこと。

 人類の中に英雄といわれる異能者が現れ、それが軍の長となり世界の殆どを手に入れたこと。

 冒険者はその英雄の卵といえる存在であり、未だ侵攻を続ける魔族と戦い続ける宿命を背負った存在であること。


「まったく、相変わらず人の声が聞こえなくなるんだな。

 ・・・仕方ないか」


 自分達が神話の中に語られる存在の一人であり、その物語を一読者として読んでいる現状に微笑みながらページを追いかけるレンの本に、大きな影がさした。


「レンっ!!!!!!」

「うひゃぁいっ!?」


 突然の大声に飛び上がるレン。

 足を投げ出した状態からどうやって30cmも飛び上がったのか謎ではあったが、ようやく本から目を離し顔を上げたレンに、目の前の人物は嘆息する。


「ようやく反応したかよ」


 レンの前には長身の男。

 鈍く光る全身鎧は周りの冒険者よりもふた周りは厚く重く、背負う両手斧も肩幅を超え大きく広がる巨大なもの。鎧も斧も、レンを二人合わせたよりも遥かに重いそれを身につけた彼の姿は、レンに人ではなく大きな岩を連想させた。


「ぇ?」


 もはや巌との約束など頭の片隅にも残っていないレンが混乱するままに首をかしげていると、彼は苦笑しつつも自分を指差しつつ語り掛けた。


「蓮、俺だよ巌・・・ここではロックって名乗ってる。

 戦モ男のフォートレス。城砦戦士だ」


 ***



【幼女】レンきゅんを愛でるスレ【天使】第5図書館


3 名前:名無しのえっちさん

 関連人物まとめ(追加版)


・岩男

 賞金首から一転、スレ民の同志となった。

 プレイヤー特定前にここに接触し、同志となることを提案。リアルでの情報隠蔽の約束と共に、レンきゅんを世界樹前に連れ出す事を約束し、それを実現した。

 絶好のレンきゅんヲチポイントを提供した事により、見抜きの露天商のギルドから上位メンバー相当の好待遇を手に入れることに成功。レベルは中級だが、その防具に絶大な費用がかかるフォートレスとしては最高の勝ち組である。

 ・・・なお、左手から岩男バスターは発射されないのが残念だ。

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