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図書館の天使

「ありがとうございました。

 おまけまで貰っちゃって本当に申し訳ありません」


 図書館を目指そうと思うと同時にぶち当たった地理の壁。

 しばし悩んだ末に捕まえた露天商のプレイヤーの親切な応対に、レンは心の底からの笑顔でお礼を返す。


 たかがゲーム、されどゲーム。


 全くの初心者なレンの質問に、嫌そうな顔一つせずに丁寧に道順を教えてくれたプレイヤー。露店を閉め道案内まで買って出ようかと提案してくれた親切に恐縮しながら断れば、初心者へのプレゼントだと売り物の牛乳までも渡してくれた。


「ま、VRじゃあ味を感じることはできないんだけどな。

 でも、独特の喉越しと体力回復効果ってのは病み付きになるさ」

「こくまろミルク・・・ですか、面白い名前ですね」


 もはや銭湯でも見なくなりつつあるガラス瓶に入れられた牛乳。

 それを両の手でしっかりと掴みながら、レンは大きく頭を下げる。


「色々とありがとうございました」

「ん、がんばってな」


 背を向けて走り去るレンに手を振って送り出す男性。

 そんな心温まる風景の中、レンは盛大にずっこけた。そう、それはもう聖女のローブの中身が露天商に丸見えになるほどに豪快に。


「ぷぎゅっ」


 可愛い声を出して顔面を抑えるレン。

 体格が極端に変わったことに脳がついてこなかっただけと認識しつつも、傍らに転がっている牛乳瓶が無事であったこと、周りのプレイヤーが自分の醜態を笑っていないことをきょろきょろと確認すると、今度は転ばないよう早足にその場から逃走した。


 リンゴもかくやと言うほどに顔を真っ赤に染め上げながら。



   ---



「さて、色々と失敗したような気がするが、目的地には到着した」


 未だ顔をうっすらと赤く染め上げたレンが図書館の前に立っていた。

 巨大な扉・・・それこそレンが3人縦に並んでも上まで届かないのでは?というほどの大きな扉を前に、レンは頬が緩むのを抑えられないままにゆっくりと扉を押し開け・・・あけ・・・あかない。


「お、おも、い」


 ぴくりとも動かない扉。

 それを必死に押すレンの頭のそばに、細い白い手が軽く添えられる。


 ギ、ィィィ


 と、さしたる抵抗も見せずに開かれる扉の様に、レンが呆然と手の持ち主を見上げれば、そこには露出過多な女性剣士が一人。


「いらっしゃい、可愛い聖女さん」

「あ、はい、ぇ?」


 「いらっしゃい」とはどういう意味であろうか?そう考えたレンの表情を読み取ったのか、その女性はレンの方へと微笑んだ。


「私は戦戦女、アマゾネスのスキュラよ。

 そして今は司書のサブスキル上げに、ここの管理をやってんの」

「あ、わ、私の名前はレンです。

 ええと、聖女だから・・・えと」

「聖女の場合は白白女の聖女って自己紹介するの。

 なにせクラスが多いからね、そういう紹介しないと分からない人も居るわけ。まあ、聖女は悪い意味で有名だから知らない人は居ないけどね」


 自己紹介しながら問いかけるようにレンを覗き込むスキュラ。

 その視線の意味を何となく理解しつつも、その瞳の中に彼女を心配するような色を見つけ、レンはあわてて言葉を返す。


「聖女が地雷職ってのは知ってます。

 私はここで本を読むためにCoHO始めましたので問題ありません。

 ・・・まあ、邪道だって言われるのは分かってますけど」

「ふふっ、そんな事ないわよ。

 それを言ったら司書だって地雷スキルだからね。料理か鍛冶、錬金や付呪を育てろって言われるのも毎日よ。でも、本に囲まれて無為な時間を過すってのが戦闘と一緒くらい好きなのよ、私」


 遠い目をして語るスキュラの言葉が、レンの琴線に直撃する。

 一瞬でスイッチの入ったレンは、目をキラキラと輝かせながらスキュラの両の手をしっかり掴むと、その手を力一杯握り締めながらスキュラの瞳を真っ直ぐに覗き込む。


「そんなこと無いですっ!!

 CoHOにこれだけ凄い本が一杯あるんですから、読まないと勿体無いです!!

 みんなが認めなくても、私がスキュラさんを認めますっ!!

 あ、えと、役に立たない聖女ですけれども」

「ふふ、ありがと。

 それはそうと、ここの扉を開けられないステータスなのよね、貴女。

 運よく私が通りかからないと入館もできない、か」


 座り込むようにしレンに目線を合わせるスキュラ。

 そのビキニ鎧といわれる胸を最大露出させるような小さな鎧から零れ落ちそうな胸肉に圧倒されながらも、レンは顔を少々紅潮させつつ視線を逸らす。


「そうね、私とフレンド登録しとこっか、レンちゃん。

 フレンドコールで私を呼んでくれれば扉が開くように便宜してあげるわ。

 あ、フレンドコールってのは携帯電話みたいな音声通信機能の事ね」

「その、ご迷惑ばかりかけてしまいますが、良いんですか?」

「いいわよ、お互い本が好きな仲間同士じゃない。

 この図書館で沢山本を読んでくれる人がいると、私のスキルも沢山上昇するのね。ギブアンドテイク、何の問題もないわよ」


 スキュラの提案に、レンの笑顔がどんどんと大きくなる。

 男の時には他人を引かせるに十分なその笑顔も、しかし可憐な少女の笑みとなれば抜群の破壊力を持って、スキュラの頬を紅潮させた。


「はいっ、よろしくお願いしますっ!!」



   ---



 その日、図書館には天使が降臨した。


 小さな小さな天使は満面の笑みでくるくると図書館中を踊りまわり、本の一冊を手にしては小さな歓声を上げ、そしてその本に頬ずりをして軽くキスを繰り返していた。


 そう、ビキニ鎧の女剣士に見守られながら、小さな聖女天使は踊っていた。


 いつまでも、いつまでも

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