幼女、降臨
始まりの街、ユグドラシル。
その名のとおり、街の傍には巨大な世界樹がその威容を誇っており、CoHOではここで冒険者達が生まれ、そして成長する最初の拠点となっている。
そして同時に、生産系のサブスキルを成長させる幅広いプレイヤーと、その生産物を購入しに集まる中~上級者が集まる拠点として、最もプレイヤー人口の多い街であった。
そのユグドラシルの中央広場、その噴水の傍らが自宅を持たないキャラクターの最初のリスポンポイントであり、蓮、いやレンもそこに最初の一歩を踏み出した。
「お、おぉ~」
目を開くと同時に飛び込んでくる光景にレンは感嘆する。
広大な中央広場、背後に立つ見上げるほどの威容を誇る噴水、広場を囲うように立ち並ぶ建物に、何十と並ぶ露店、鎧を、巨大な武器を身につけた戦士や魔法使いたち。そしてそれら全てを見下ろすような、巨大な世界樹の姿。
それはレンが過去に読んだ幻想小説の世界、その物の姿であった。
「こ、これは・・・凄い、な」
匂いこそ感じられないが、飛び散る噴水の飛沫が、肌を撫でていく風の感触が、ともすれば仮想世界であることを忘れそうな程に、レンの心を捉えていた。
ざわ、ざわ
そんな世界に見とれていたレンだが、ふと気づけば広場の何人ものプレイヤーらしき人たちが、自分を見つめているのに気づく。
(あれ、何か違和感が?)
じっと彼を見つめるプレイヤー達に視線を送ったところで、ようやくレンはこの世界に対する違和感を意識する。
(視点が・・・低い?)
周りの人々を見返すにも上を見上げる必要があり、また傍らにあるベンチが、不自然に高く大きい。(ありえない話ではあるが)ここが巨人の街でないのならば、逆にレンの背が小さい?
と、そこまで思い立ち、レンは慌てて背後の噴水を覗き込む。
ゆらゆらと太陽の光を反射して揺れる水面、そこに映りこむのは丸く小さな顔に、濡れ光るストレートな黒髪、その前髪を一直線に切り揃えた、いわゆる姫カットに整えた年のころ10に届くかどうかという少女。
小児性愛嗜好の無い蓮ですら可愛いと見惚れる程の少女がそこにあり、レンはしばらく呆然と自らの顔をペタペタと触っていたが、ふと大きく溜息をつくと水面から視線をそらす。
「ま、良いか」
そう言い捨て立ち上がるレンの姿に、周りの空気が微妙に弛緩する。
レンにとっては自分の身体が幼い少女であるかどうか等どうでもいい、この世界で読書をするのに不具合が無ければ何でも良いと、自分を見つめる無数の視線を気にすることなく真っ直ぐに道を歩いていった。
そもそもの目的地である図書館へ向かって。
「あ、ごめんなさい。
図書館って何処に行けば良いでしょうか?」
その数分後、露店のプレイヤーに道を尋ねることになるのは余談である。