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女湯と破滅の音

 レンを如何にして温泉へ連れ込むか。


 それが英雄達、女性陣の悩みの種であった。

 幼女にして男であるレン。問われれば答え、ロックも隠さないが故に周知の事実となっていたレンのリアル性別。ゲーム内では観賞用マスコット扱いであったが故に気にするものはおらず、そして異世界への転移後は真の意味での幼女天使となってしまったが故に、変態紳士淑女たちには、レンの性別など意味の無いものになってしまっていた。


 そう、レンの現実の姿を知る者はロックただ一人であり。

 この場の英雄達にとっては、レンと言えば可憐な少女を指していた。


 そうして問題が一つ。

 女性陣がレンの柔肌を堪能しようにも、肝心のレンが距離をとってしまう。同じ元男であるミカ達との距離は近づいているが、ラミアやシルクとの温泉での裸の付き合いを実現するのは絶望的であった。


 ・・・筈であった。



「レンちゃん。新しい本あるんだけど読む?」

「は、はいっ」


 ダンジョン攻略も終わり少しの頃。

 シルクが用意した本も読破し、手持ち無沙汰になったレンに、取っておきとばかりにシルクが差し出した本が一冊。


「それじゃ、悪いけどこの椅子に座って読んでてくれるかな?ちょっとスキュラがレンちゃんを運ぶから」

「はい」


 目の前の本につられ、ふらふらと差し出された背負い椅子に座るレン。スキュラが背負い、ダンジョンの中へと運ばれる中、レンはいそいそと手元の本を開いていく。


「明かりなら私が確保するであります!!」

「ん~」


 すかさずランタンを差し出すミカに、しかし本の中へと入り込んでしまったレンは、生返事を返すだけで視線を本から外そうとしない。


「ちょっと湯気が多くなってくるけど気にしないでね~」

「んー」


 続いて広がる湯気の世界。

 簡易的に柱が打たれ、ちょっとした小部屋が作られたそこで、レンは丁寧に板張りの床へとおろされる。


「生産職ってすごいわねえ、こんなあっさり脱衣所を作るなんて」

「リアルで設計やってたそうですよ?」

「でも、流石はレン様であります!!この状況で全然気づいてないであります!!」

「ん~?」


 衣擦れの音が響く中、レンは自分の名が出たことに小さく疑問の声を上げるが、その視線を本から離そうとはしない。後戻りできない絶望的な状況が周囲で展開されていることすら、気づかないままに。


「レン様。ちょっと本をもつであります」

「ん?」

「あ、そのままで良いわよ、服をちょっと脱がすだけだから」

「んー」


 続いてミカが本を開いたまま手で支えたかと思えば、背後からスキュラがレンの服を脱がしにかかる。視界の隅には、妙に肌色の多い背景が見えたような気がするのをスルーしつつ、レンは相変わらず本へと没頭していた。


「うっわ、真っ白で本当にお人形さんみたい」

「ランダムメイクの奇跡ねえ、幼女バンザイ!!」

「姉さん、鼻の下伸ばしてみっともないですよ」

「ぷにぷにで可愛いわよねえ」

「最高であります!!」

「・・・?」


 本を読み終わり、そこでようやく回りの不審な雰囲気に気づくレン。

 ふと視線を上げれば、居並ぶ見慣れた姿の仲間たちが、肌色も眩しい姿で並んでおり、全員が自分をまっすぐに見つめている。


「え?」


 視線を追いかけ見下ろした自分の姿も全裸。

 ふくらみも、毛すらも無い未成熟の極みにある自分の裸体を暫し眺め、そして恥部を隠そうともしない女性陣へと視線を戻す。


「私、男ですよ」

「「「今は女の子だから気にしない」」」


 いや、こちらが気にするんですが、という言葉をレンは飲み込み、小さくため息をつく。実際、少女となったレンの身体で男の英雄と行動をするのは不可能なのは間違いない。あっちではレンが気にせずとも相手が気にするだろうと結論を出すと共に、ロックの顔がちらりと脳裏に浮かび、親友が道を踏み外さぬようレン自らが気をつけようと決意する。


「温泉・・・ですか」

「私たちがフォローするから安心して良いわよ」


 温泉独特の匂いに問いかければ、背後からシルクがレンを抱き上げる。レンに次いで非力といえるシルクにあっさりと抱き上げられた自身の軽さに苦笑しながら、誰かの庇護の下でなければ生きていけない自身の脆弱さを確かに思い知る。


「ご迷惑をかけると思いますが、よろしくお願いします」

「えぇ、こちらこそよろしく」


 挨拶を交わしながら、ふとレンは思いつく。

 女性の裸を目にしても欲情しない自身。これは『現実の世界』でもそうだったのだろうか、と。そんな意味の無い考えにふけりながら、無数の女性たちが待つ湯の世界にレンは連れられていった。


 脱衣所にぽつんと置かれた本が一冊、そんなレンを見送っていた。



 ***



 かぽーんっ


 そんな音の響いてきそうな石造りの巨大な空間の中。ダンジョンの第四層に存在する巨大な温泉フィールド。現在男湯として使われている第三層に比べ大きなその温泉の片隅に、簡易的な身体を洗う設備が用意されていた。


「石鹸にシャンプー、リンス?どうやって用意したのよ、これ」

「露天商殿であります。どうも常に持ち歩いていたようでありますが」

「まさか召喚されるのを見越してたんじゃないでしょうね」


 そこには木で組んだ椅子に桶、そして石鹸にプラスチック容器にはいったシャンプーが並んでいる。ファンタジー世界ともいえるここでは決して用意できないであろう後半の物品に、スキュラたちが呆れたように声を上げる。


「なくなったら今後生産するって言ってたでありますが、どうやって作るか謎であります」

「先輩、サバイバル関連好きだったわね。石鹸の製法位知ってるか」


 無駄に精力的な露天商のテンションを思い出し笑っていたシルクは、先から抱いたままのレンの視線が、カオリに向けられていることに気づいた。


「どうしたの?」

「カオリ・・・さん、それ」


 レンの視線は情欲に塗れたそれではない。ただただ複雑そうな表情でじっと見つめられているそのカオリの姿は、あえてこの場の全員が見ないようにしていた『傷痕』であった。


「これ?ちょっと長いこと使われてる時に色々されてさ。顔には無いし、別に痛くは無いから気にしなくて良いわよ」


 苦笑しつつ語るカオリの裸体には、幾つもの痛々しい傷痕。

 胸に、太股に、股間につけられた傷は、それが癒された後も痕となりカオリの身体に残っていた。文字に、刃傷に見えるそれが、国へと囚われた女の英雄の未来の姿であると、はっきりと語りかけていた。

 故に、彼女らの間でカオリの傷を指摘することは誰もが遠慮していたのだが、レンはしかし微笑みながら指摘する。


「たぶん、消せますよ、それ」

「え?」


 レンから発せられたそれはカオリ自身信じられぬもの。

 長年傷つけられた記憶となる傷痕。気にしてないと言えば嘘だと断言できるそれを、消せるとレンが語っている。嘘を言っているとはとても思えないその雰囲気に、カオリの表情が複雑なものに変わっていく。


「全部の傷痕が赤く見えますから。強めの回復魔法で消せると思います」

「お願い・・・出来る?」


 シルクがレンを床におろせば、カオリがおずおずとレンの前へ移動し、小さくお願いする。


「もちろん」


 レンが受け、両の手を組んで強く祈りを込める。

 同時に展開される光の輪。ランドヒールのそれと同等の輪が、カオリのその足元のみに展開され、そしてカオリを包み込む。


 -グレーター・ヒール-


 それはヒールの上位魔法。

 CoHOでの回復職が己が魔力の半分を使って行使する回復魔法。レンはそれと同等の回復力をただのヒールで実現する。ならば、その上位となる回復魔法の効力は、正しく常識を超えた代物であった。


「あ、はっ、消える。汚いのが消えてく」


 光に包まれながらカオリが歓喜の声を上げる。

 無数の傷が、傷痕が見る前に消えていく。冗談で刻まれた『奴隷』を示す下腹部の傷文字が、日本であれば『正』の字に相当する数え文字の傷が、ズクズクと鈍い痛みを続けていた胎の内の痛みが次々と消えていった。


「どう、ですか?」


 光が収まれば正しく清らかな身体となったカオリが一人。

 無言で見つめるシルク達に囲まれながら、カオリは大粒の涙を瞳からこぼしながら、小さく嗚咽した。


「だ、大丈夫。ありがとうレンちゃん」

「はい」


 レンに抱きつき、その小さな胸で嗚咽するカオリ。

 そんなカオリの頭を撫でながら、レンは慈愛に満ちた表情で微笑んでいる。が、そのまさに聖女といえる表情を見せていたレンの瞳が、突如一気に大きく見開かれた。


「うきゅぅっ!?」


 カオリはレンの胸に顔を埋めたまま。

 ただ、良く見れば、顔を埋めて、もごもごと口を動かしている。


「んきゅあっ!!」


 レンの身体に回された手は下半身の微妙な位置に回され、わきわきと動かされている。


「んっ、ふっ、な、何やってるんですか、カオリさん」

「にゅふふ~幼女っ、幼女っ」


 レンが必死で叫ぶが、カオリの攻撃はとまらない。

 このちょっとしょっぱいミルクっぽい味がとか、微妙に納得したくない独り言を呟きながら至福の時を味わうカオリだが、残念ながらそんな天国は長続きはしない。


「な、に、やってんのかなぁ、カ・オ・リ?」


 ガシッと音を立ててカオリの頭部に食い込むスキュラの手。スキュラは片手でそのままカオリの身体を高く持ち上げると、ギリギリとその指に力を込めていく。


「ぎぶっ、ぎぶっ、割れちゃう、これ本当に割れちゃうっ」


 身体をゆすってもビクともしないスキュラの手。

 大人一人を軽々と片手で持ち上げる異常な膂力を見せるスキュラの手の中で、冗談抜きにミシミシと音を立てる頭蓋骨の悲鳴に、カオリが必死に声を上げる。


「死んでもレンちゃんの蘇生魔法があるから大丈夫」

「ぜ、全然大丈夫じゃない~」


 そんなコントとも言えぬやり取りを繰り広げる二人から逃げるように、レンが慌ててシルクの元へと逃げ込んでいく。


「大丈夫だった?」

「じょ、女性同士のスキンシップって過激なんですね」

「アレはちょっと違うと思いますが」


 冷や汗一杯でシルクの影に隠れるレン。その見た目相応ともいえる愛らしい姿に微笑みながら、シルク達は未だ吊り下げられたままのカオリへと視線を送る。


「この腕輪、効果出てないんじゃないの?」

「命令が『守る』でありますから、悪意ゼロだと反応しないであります」


 訝しげなスキュラと、呆れたように語るミカ。二人の会話にはさまれながら、悲痛なうめき声を上げるカオリの訴えが、むなしく響いていた。


「ぱっ、ぱきっって言った。割れちゃう、割れちゃうっ!!」



 ***



「何見てるでありますか?」

「あ、いや・・・膜も再生してないかなあ、と。無理みたいね」

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