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温泉と演説

 立ち上る湯気。

 立ち込める熱気。

 石鹸の臭いが辺りに漂い。

 湯を湛えた水面は久方ぶりの来客に波紋を散らす。


「露天じゃないのが残念だが、やっぱ湯は良いなあ」


 湯船に浸かるは全裸の男。硬く強く鍛え抜かれた筋肉の鎧を身に着けた若き青年。


「暖かい湯なんて何十年ぶりだあ。臭ってきたら水ぶっかけられる生活だったからなあ」


 隣に顔に傷持つ男。こちらは傷だらけでありながらも、よりスマートに鍛え抜かれた筋肉を自慢げに晒している。


「ひでえ生活だったんだな」

「操られてる間も微かに意識はあったからな。同胞の血と内臓に塗れながら殲滅戦もやらされた」


 二人の語るは傷の男のこの世界での過去。ヒト扱いされない英雄のこの世界での扱いを思い、傷の男が顔を大きく歪ませる。


「悪かった・・・ええと」

「スカーだ。召喚だっけか、その前ではそう呼ばれてた」

「俺はロックだ、よろしくスカー」


 お互いの名を語り合い、視線を送ればそこには湯船に浸かる無数の男の裸。鍛え抜かれた男がいれば、色白い優男も大勢いる。その誰も彼もが魂の抜かれたような表情をして、湯の中に沈んでいる。


「しかし、フォートレスたあ珍しいなあ。聖女様程じゃねえが、極めた奴は俺の国の歴史にゃ存在しねえ」

「そんなに珍しいのか?」


 スカーの言葉に、ロックが首を傾げて問い返す。

 CoHOでもフォートレスは珍しいとは言えば珍しいが、聖女程の絶滅危惧種ではない。こちらの世界には来ていないが、CoHOでもロックより前にそれなりの数のフォートレスのカンスト達成者は居た。そんな不思議そうなロックに、スカーは苦笑する。


「フォートレスの祝福を受けた奴は居た。だけどな、全員志半ばで死んじまうんだよ。モンスターの大群を受け止めて死に、国と国との戦争の最前線で死に、実力もねえのに竜に挑んだ馬鹿を守って死にってな具合にな」


 スカーの実感のこもった語りにロックも納得する。

 一度しかない人生。その中で盾として生きることを強制されるフォートレスが生き残る可能性は一番低い。パーティーを組めば最初に死ぬのがフォートレスの役目だとはCoHOでもさんざ語られていた。と、そこまで考えたロックの背筋に冷たいものが走った。


「世界樹・・・は無かったのか?」

「あったさ。でもあんたらの言う蘇生の力なんてありゃしねえ。アレは世界の各所をゲートで繋ぐ門みたいなものだった」


 ポータルの機能ならロックにも良く分っている。だが、死んでリスポンする機能が世界樹の力だというのはロック達の思い込みだと言われても否定できない。蘇生、いや復活が『ゲーム』としての当たり前の仕組みであっただけであったと、ロックは納得する。


「そういう訳で、蘇生魔法を使えると言い伝えられる聖女様を誰もが欲したよ。聖女の祝福を受けた少女が発見されたときには、国を挙げて騎士と冒険者が育成を手伝ったさ」

「・・・どうなった?」


 ロックの問いに、スカーが降参とばかりに両手をあげる。


「ありとあらゆる守護の装備と魔法で固めてたけど死んじまった。10年かけて慎重に慎重にスキルを磨かせて、んで、ちょっとした気の緩みで流れ弾の火炎魔法が直撃して終わり」

「そう、か」

「護衛に当たってた騎士は血の涙を流しながら自ら命を絶った。まあ、それが俺の子供の頃の話だが、それ以降召喚されるまで聖女の祝福を受けたって話は聞いてないな」


 ため息をつくロックにスカーは表情を深刻なものに変えて向き直る。


「聖女ってのは祝福を受けたってだけで国が動くだけの代物なんだ。死んだ息子が、死んだ恋人が生き返るってんなら、全財産を投げ出す事を厭わない奴は少なくねえよ」

「そこでレンが釣り上げられちまったって事か」


 死に分かれた愛するものを取り戻せる奇跡。それが本当に存在するのならば泣いて喜ぶ人間はそれこそ無数に居るだろう。ロックにとっての現実世界よりもずっと死が近くにあるこの世界では、蘇生魔法の価値は計り知れない。


「スキュラの姉ちゃんに聞いたが、あの無数にあがった光の柱が蘇生魔法なんだろ?俺の世界の知識じゃあ、蘇生魔法に10人分の魔力が必要だって言われてた。そこまでやっても猫や犬の蘇生が限界だったとよ」


 一緒に冒険してた魔法使いからの受け売りだがね、と補足したスカーにロックが小さく唸る。


「レンのアレは異常なのか?」

「数えるのも面倒な位光の柱があがってたな。アレが全部一人の魔力で行われてたんなら異常どころじゃない。光の柱の意味を理解して、目にした奴は全員が思っただろうな『神』が降臨したってな」


 スカーの言葉に、ロックは自身が思ってたよりもずっと状況が悪いことを認識する。前衛回復職が2人を回復して尽きる魔力が当たり前の世界。そんな世界で40、50人いや休み無く続けて回復できるだけの魔力を持っていたレンは、CoHOの中でも異常な存在だった。便利に使おうとするプレイヤーを親衛隊が常に守らなければいけない程に。


「国どころか世界全部が俺らの敵で、レンの味方だって事か?」

「聖女を誘拐して我が物にしている邪悪な英雄達って所だな。じきに魔族すら霞む極悪人と認識されるんじゃないか?」


 情報が増えれば増えるほどに悪くなる現状。いっそレンを何処かの国に保護させればと思わないでもなかったが、それで残された自分たちが助かる保障はない。レンは気にしないだろうが、自己保身のためにレンを保護し続けるロックたちは、確かに極悪人であろう。


「レンにとって何が一番良いんだろうな」

「分らん・・・ん、誰だ?」


 呟くロックに、小さく返すスカー。そんな二人の傍に一人の男が近づいてくるのに気づき、スカーが顔を上げる。


「帝国なら孕み人形、教団なら崇拝と子作り、王国なら王族の嫁って所だね。あぁ、自由都市の犯罪集団に浚われたら娼婦以下の毎日じゃないかな?どちらにせよ例外なく子を作らされる羽目になるね」

「何、を言って・・・いや、何でそんなになってんだよお前!!」


 近づいてきたのは病的な程に白い肌を晒した優男。魔法職特有の細い身体に不釣合いな程に凶悪な肉の凶器をタオルで被せた彼は、顔を真っ青にして逃げに掛かっているロックの隣に座りこむ。


「温泉とは良いものだねえ、まさに心が洗われるよ」

「いや、何なんだよ、お前!!」


 先まで自分の股間にぶら下がっていたタオルを頭の上に乗せる優男。見覚えの無い顔だから救出された英雄達の一人だと判断したロックだが、いつ自分に振るわれるか分らぬ肉の凶器を警戒し、ケツをガードしながら問いかける。


「僕の名前はウラジーミル。親しみを込めてジミーって呼んでおくれ。ちなみに聖女教団にこっそり所属する『神父』の英雄だ」

「え?」

「うを!?」


 ジミーの言葉にロックとスカーの全身に冷たい汗が吹き上がる。ここはダンジョンの第三層。持ち回りとはいえおいている見張りをスルーして侵入してきたのであろうジミーに、既にダンジョンが聖女教団なる組織に包囲されているのかと警戒する。


「いやいやいや、僕は一人だから安心して欲しい。そもそも、僕は君らに味方をするために、わざわざここまで来たんだよ?」

「味方だと?」

「俺たちのか?」


 ちっちっちっと指を振るジミー。そんな彼の様子に警戒を含めながらも、ロックは恐る恐るとケツから手を離す。


「そう、困難に立ち向かう君達と手を取り合って、真に大切なものを手に入れるのさ。僕は全力をもって君たちに協力するよ」

「信じて良いのか?」

「僕の行動をもって信頼してくれれば良いよ」


 ニコッと笑うジミーの邪気の無い笑顔にロックの警戒心も薄れていく。聖女教団に属しているとはいえ彼も召喚された被害者である英雄。ならば協力できるかもと思い始めたロックに、しかし巨大な爆弾が投下される。


「女風呂の覗きは男の夢なんだろう?ならば僕も全力を持って協力させてもらうっ!!あぁ、美しき聖女はレンちゃんと言うんだねえ、その幼い白い肌がこの階下に待っていると思うと思わず暴発しちゃいそうだよ」

「はっ!?」

「おっ!?」


 呆然とするロックとスカーの前で、自らの身体を抱きしめるようにして悶えるジミー。その『協力』の意味が次第に理解できてきたロックは、とある知り合いに非常に酷似した彼の行動に、先とは別の意味で嫌な予感が吹き上がる。


「レンちゃんの温泉ヌード。数多の犠牲を出しても実現するだけの価値があると思わないかい?あぁ、ギルさんから聞いて分ってるよ、君は真性のロリコンだってねえ。僕と同類だ!!」

「うむっ、俺一人じゃあ尻込みしていたところだが、ジミー君と一緒なら心強い。しかも、二人で声をかけたら大勢が参加することとなったぞ、はっはっはっ」


 軽やかに微笑むジミーに、いつの間に移動して来たのか股間を隠そうともせずに傍に立っている露天商。その後ろに不穏な光を瞳に湛えた英雄達が並び、決起の瞬間を待っている。


「このミッションは非常に困難なものとなるね。ロックさんには非常に負担をかけることになるけど、フォートレスとして頑張って欲しい。何、事が成った時にはレンちゃんのオールヌードバージンは君の物だ、残念だけど」

「い、いや、俺は参加するとは・・・」

「よしっ、では相手に警戒されないうちに行動にでようじゃないか」


 ジミーの言葉を否定しようと口を開きかけたロックの言葉は、しかし露天商が手を叩きながら全員を招集した声にかき消されてしまう。


「では諸君。

 俺たち英雄は、今から下層に向かって突撃し、史上最強の敵と交戦する。我らが今から赴く戦いは、CoHO史上最強の戦闘となるだろう。勝てる見込みがある保証は一切無い。しかし、意義のある戦いがあるとしたら、これこそはその戦いといえる。

 今、突撃した先にはレンきゅんの艶姿がある。CoHOで夢想し、無数のSSにて撮影し、しかしシステムの制限によって暗黒空間となっていたローブの下の秘密の花園がその先に存在する。

 もし、この戦いに勝利したなら、それは想像できる限り最も輝かしい勝利となる。この日はCoHOの中だけではなく、この世界での栄光の日となり、全ての英雄が肩を組み、こう叫ぶ日となるだろう」


 ここまで一気に語り、露天商は全員の表情を確認する。

 興奮に耐え目を瞑るもの、召喚時に消えたSSの運命に涙するもの、手と手を合わせ神に祈るもの。最後に置き去りにされた上、作戦の中心人物に添えられたっぽいロックが顔を真っ青にする様を確認し、露天商は隣に立つジミーが頷く横で、言葉を繋いでいった。


「我々は決して聖女親衛隊に怯んだりしない!!我々は手に入れた!!至高のレンきゅんの艶姿を!!と。

 その時こそ、我々は真の英雄となりえるのだ!!」

「「「おおおおおおおおおおおおおおっ」」」


 湧き上がる男湯に一人取り残されたロック。もはや味方は誰も居ないのかと隣に視線を送ったロックは、そろそろと立ち上がるスカーに驚愕する。


「す、スカー?」

「あ、いや、スキュラの姉ちゃんのな。あの、細い身体で城門破壊する姿にだな、その、あのな、惚れちまってだな。裸みたいな格好だったが、あの下が見られるんなら、命かけるのも悪くないかなあ、となあ」


 しどろもどろに言い訳を漏らすスカー。その姿に全てを諦め、ロックは逃げ場の無い運命に嘆息した。成功しても失敗してもロックにとって絶望しかのこらないミッション。レンが『やっぱりか』と言う表情を見せ、背後でうまく立ち回る変態二人の姿を未来視しながら、ロックも仕方なしに立ち上がった。


「俺、神様に嫌われてんのかなあ・・・」

演説の参考は某独立記念日映画を参考に。

LDとDVD買うくらいのお気に入りです。


ちなみに、ジミーは「お疲れさまー」と真正面から侵入していたり。

仲間の顔も記憶できてない素人じゃあそんなもんでしょう

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