眠り姫
光り輝く広場の中。
大なり小なり怪我と疲労で心折れかけていた英雄たちは、その暖かい光の祝福の中、それを成した聖女へと一斉に視線を向ける。
「レンきゅん」
小さく儚い聖女のレン。
彼女は自分を見つめる多くの目に小さく頷き返すと、その笑みのままでゆっくりとその膝を折った。
「「レンきゅんっ!?」」
叫ぶ大勢の中で反応できたのは僅か数人。その中で一番近くにいたロックが、先まで確かに千切れかけていたその腕でもって倒れこんだレンの身体を受け止めていた。
「大丈夫か?」
慌てて駆け寄る露天商。すぐ近くにいたシルクとミカが不安そうに見守る中で、ロックは腕の中のレンの様子を確認すると、小さくため息をついて頬を緩める。
「・・・寝ているだけだ」
「し、心配したであります」
ロックの言葉通り、すやすやと眠るレン。その様に一同は大きくため息をつく。
「でも、突然眠るなんて魔力の使いすぎかしら?」
「あれだけの強力な回復魔法を使ったんだ、いくら聖女でも魔力を使い切る、か」
「MPを使い切ると強制的に睡眠、いや昏睡状態に入るってことか?」
安堵するシルクの言葉に、露天商が顔色を変える。
「つまり、戦闘中に昏睡する可能性があるってことでありますね」
「・・・さらには、俺らにはMP残量を計算する方法が無い」
ミカが受け、露天商が補足すると、その場の全員がその意味を理解する。ここにはステータスウィンドウは存在しない。内なる魔力がどれだけ残っているのか判断できない以上、そのリスクは計り知れないものがあるのは間違いない。
「仮に計算しながら戦闘できたとしても、戦闘の合間の休憩でどれだけMPが回復するのか想像もできん」
「CoHOとまったく同じとは限らないって事か」
「スキルを使ったときの疲労度から慣れていくしかないってわけでありますか」
それはまさに未熟な彼らに突きつけられた枷であった。長い修練の末に手に入れた力ではない以上、彼らは手探りで英雄の力に慣れていかなければならない。
「でも、レンちゃんが最初に実証してくれて助かったわ。今からはじめるダンジョン攻略中に分かったらと思うとぞっとするわね」
「あぁ、そうだな。盾をやってるフォートレスが自己回復中に昏倒するなんてぞっとする」
シルクの言葉にロックが同意する。確かに最悪を回避できたと安堵する彼らの前で、ロックに抱えられたままのレンが身じろぎする。
「・・・び」
「「「び?」」」
小さくもらしたレンの寝言に、全員が一斉にレンへと視線を向ける。すやすやと眠る天使のような寝顔。それが少しばかり険しい表情を作ると、次の瞬間、その口が大きく開かれた。
「び~る!!」
同時に放たれる回復魔法。ランダムに投射される回復魔法は見境なしにその場の英雄たちに降り注いでいく。10、20、30、連続して放たれるヒールの乱舞は確かにCoHOであった大樹の光景の再現だった。
「らむと、ぴ~るむっ」
更には先の範囲回復魔法と寸分たがわぬランドヒールが無意味に炸裂し、全員の表情が一気に呆れ顔に変化する。
「もしかして」
「もしかしなくても、徹夜で眠かっただけじゃない?」
「さすがは、聖女って事か」
全員がその場に座り込み、呆れたようにレンを見つめている。
「MPの検証は念のためやっておくとして、俺らも本来の仕事に入りますか」
「そうね、それが良いわね」
「・・・総統、あの光の柱、見覚えが無いでありますか?」
露天商が、シルクが語る横で、顔を蒼白にしたミカが広場の一角を指差して問いかける。
「光の・・・柱?」
「ま、まさかさっきのリザレクションか?」
「で、でもよ、この場に復活させる対象な、ん、て・・・」
慌てる一同の中、響いてくる獣の遠吠え。それがロックの疑問に対するこれ以上ない回答となってしまう。
「いるな、食用に運んできた狼が」
「しかも、光の柱を観測された可能性もあるであります」
冷静な露天商とミカ。やれやれと立ち上がる二人はしかし、この騒ぎをやらかしたレンを気にする様子もない。
「さっそく検証の時間がやってきたわけだ。俺が全開でスキルを使うんで、昏倒したら後を頼む」
「分かったであります」
連れたち歩く露天商にミカ。二人の淀みない行動に出遅れたロックが立ちすくんでいると、シルクが微笑みながら話しかけてくる。
「どのみち今日にはあっちにも全部ばれるから。軍がここに来るのが早いか遅いかだけの話よ。先輩もそこらが分かってるから慌ててないの」
「は、はぁ」
手を差し出すシルクの意図をさっし、レンをそっと渡すロック。そんな彼の様子に意地悪く笑みを浮かべながら、シルクは広場の一角を指差して示す。
「ちょっと死体を調べたいからって狼以外に運んだものがあるのよ。悪いけどまた盾やってもらえないからしら?」
『トロルまで復活しやがった!!』
『誰だよ、こんなの運びやがったやつは!!』
シルクの言葉と同時にあがる叫び声。その声にすべてを理解したロックは表情を引き締めると、愛用の斧を片手に慌てて立ち上がる。
「魔法支援もあるし先よりは楽よ。怖いのはランドヒールがモンスターを対象にするかどうかと、レンちゃんの回復魔法が誤爆する危険性ね」
「分かってます。いい検証材料って訳ですね」
見送るシルクに頷き、ロックは被害が大きくなる前にと早足でその場を離れていく。そんな彼を応援するように、レンの回復魔法がロックを包み込んでいた。
「び~る」




