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目覚め

 深夜の行軍。

 英雄たちは列を作り、ただ一つの明かりもなしに歩みを続けている。


「東方面に狼の群れを発見。該当パーティは討伐に向かってください」

「狼肉でも食べられるでありますから、回収を忘れないようにするであります。あと、音や光の出る魔法は厳禁であります」

「うぇ~い」


 行軍の最中、闇の中より声が響けば、英雄たちの幾人かが気のない返事と共に列から離れていく。続いて響く獣の唸り声と抜刀の音。怒鳴り声と舌打ちと、悲鳴が響いてくるが、英雄たちの行軍は止まらない。


「レンちゃん、繰り返すけどヒールだけは使わないようにね」

「ヒールの光は闇夜で無茶苦茶目立つからなあ」


 露天商の背、そこに背中合わせで背負われ運ばれるレンに、シルクが小さく声をかける。聖女となったレンの視界。そこには離れた茂みの中で淡く光る人型の光。その光の意味を飲み込み、レンは小さく息を呑む。


「狼なら死ぬ事はないさ。ゲームのときは、パーティ組めばドラゴンですら殺してたんだぜ」

「しかし、痛覚と同士討ちに気をつける必要があるであります」


 並び歩くロックとミカが心配そうなレンに声をかける。語る二人の言葉は紛れもない事実。ただ、ドラゴンすら屠る力を持った英雄であろうと、斬られれば怪我をし、焼かれれば火傷をする。それが数値の増減のみで処理されていた『ゲーム』との違いであった。


「だから俺たちは、怪我をすること命を奪うことに慣れなきゃいけない。レンきゅんがいるからこそ、無理をしてでも急ぎ『英雄』の力を使えるようにする必要がある」

「俺は・・・何もできない」


 語る露天商と小さくつぶやくレン。

 次第次第に強く赤くなっていく人型の光、そして一瞬強く光ったと思えば消え去る獣型の光。それらの意味をかみ締めながら、レンは回復魔法以外何もできない自分を強く意識する。


「何も出来ないってなら私も一緒。サブの符呪以外何も上げてないから。でも、その中で自分が出来ることをする。そう考えないと気が狂っちゃうからね」

「そうであります!!レン様がいるからこそ、みんな無茶が出来るであります!!」


 シルクとミカが語り、露天商とロックが小さく微笑む。続いてシルクがレンの前に移動すると、その細く白い人差し指をレンの唇に当てる。


「それとレンちゃん。こっちでは女なんだから『俺』は禁止。『わたし』か『あたし』なら使っていいわ」

「『あたち』ってのも捨てがた・・・いえ、何でもありません」


 シルクの言葉に乗っかりレンに聞こえないように小さく呟いた露天商だったが、耳ざとく聞き取ったシルクの射殺さんばかりの視線に気づき、慌てて口を噤む。


「あはは、わかりました気をつけます。『私』はもう小さな女の子ですからね」


 足をぷらぷらさせながらレンも微笑み、そして天を仰ぎ見る。


 そこは闇夜。

 満点の星。


 自分が皆を守らねばと巌と見上げたばかりの夜空。

 そこに光る小さな星は、周りの大きな星々と共に光っている。


「ミカ隊長ぉ。はぐれトロルがうろついてますが、新入りと一緒に私たちで狩りますか?」

「トロルはちょっと危険でありますね。それなら・・・」

「あ、なら俺が壁をやってくるわ。痛いのに慣れなきゃいけないのは俺も同じだしな」


 一人では足りなくとも手を取り合えばよい。

 自身の手の届かぬ問題は、誰かが穴を埋めてくれる。

 それを満たすだけの力は全員が持っている。


「がんばれよな、ロック」

「おうっ。行ってくるわ、レン!!」


 そう・・・レンは、彼らは『英雄』なのだから。



 ***



「と、格好つけてみたは良いものの」

「だ、大丈夫か、ロック?」


 空が白み始めるそんな頃。彼らはようやく目的地である洞窟前の広場まで到達出来ていた。

 森を抜けた大きな広場。その奥の岩肌に闇の口を開いた洞穴が開いている。馬車ですら入れそうなほどに大きな入り口。その前に100人程の英雄たちは思い思いに腰を落としていた。


「トロルの野郎、回復しやがるから面倒なのは知ってたが、魔法禁止の肉弾戦だとこんなに手間取るとは、あぐっ、あぁ、いてぇ」

「う、腕・・・繋がってるんだよな、それ」


 座り込むロックの前には、顔を真っ青にしたレンが一人。

 数ある重軽傷者の山の中、特に酷い傷を負ったのがロックである。同士討ちを恐れた仲間の攻撃力がトロルの回復能力を上回らないと判断したロックが決意の上で、自身を巻き込む覚悟で攻撃スキルを集中させた。結果、トロルは倒せたがロック自身も全身、特に利き腕に深刻な重傷を負ってしまった。


「か、回復、ま、魔法は?」

「そうだ、まだ駄目なのか?」


 おろおろとうろたえながらも、念を押された回復魔法禁止の指示を律儀に守るレン。そんなレンの言葉に空が白んでいるならとロックがシルクに問いかける。


「明るくなったし、ここまでこれば大丈夫よ。待たせたわね、レンちゃん」

「でも、MPに限りもあるんだから公平に魔法は使ってやってくれよ」


 シルクが、露天商が笑みを見せながら許可をだす。それ幸いと、レンは慌てて立ち上がると、自身の胸の前で両の手を組む。


「大丈夫です。遠慮しなくて良いなら大丈夫ですから!!」

「「?」」


 首を傾げる皆を前に、レンは普段より強く深く願う。聖女としての自身の力、その力が指し示す通りに、意思を力に乗せる。


「・・・癒しの力よ」


 静かに、力強くレンが紡ぐと同時に場に光が走る。

 最初は広場全体を囲うように光の輪が。

 続いてその中心点から輪にめがけて光の帯が。

 最後に、円が光柱となり場の全員を包み込んだ。


「ランドヒール?」


 誰かが不思議そうに呟いた。

 それは確かにランドヒールと呼ばれる範囲回復魔法。単体回復魔法よりもはるかに弱く、気休め程度の回復力は、モンスターのヘイト管理に重宝する以上の価値のない魔法。


「え?でもこんなに広い範囲に」


 しかしそれは聖女の、それも回復力に神の祝福の全てを注ぎ込んだレンの全力全開の奇跡の回復魔法。


「傷が・・・消えていく」


 光の中、誰かが呟いた。


「俺の腕が繋がってく」


 ロックが、千切れ掛けた己の腕が見る間に繋がっていくことに驚愕する。


「回復魔法で疲労も直るのね」


 シルクが、夜通し歩き通した疲労困憊した身体が軽くなっていくことに感心する。


「さすがは俺たちのレンきゅんだな!!」


 最後に元気満々な露天商が意味なく胸を張っていた。




 そして。



『・・・ミツケタ』



 洞窟の奥の奥。

 死に掛けていた何かの意思が、暖かい回復の魔力を感じ目を覚ましていた。

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