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異世界の夜

 夜。


 騒然とした異世界での一日目が終わりを迎えようとする中、プレイヤー達は世界樹の下で各々僅かな休息にその身を委ねていた。


 中心に、聖女であるレンを囲むようにして。


「・・・ふぅ」


 レンは読みふけっていた本を閉じて背中を世界樹へと預けている。

 火も、明かりの魔法も目立つからと禁止された中、レンはぼうっと美しい星空を眺めている。


「空に星が見える」

「俺達の町じゃあこんな綺麗な空は見えなかったからな」


 呟くレンの隣にロックの姿。

 何時の間にここまで来たのか、ロックはレンの隣に腰掛けると、同じように星空を見上げながらため息をつく。


「会議、終わったのか?」

「あぁ、深夜になったら場所移動だ。

 近くの山の廃坑に仮の拠点を構えることになる」


 レンの問いに、ロックは何故か苦笑しつつ会議の結論を返すと、少しばかりの沈黙の後、躊躇いがちに口を開く。


「なあ蓮、知ってるか?」

「なんだよ、巌」

「お前、不安になると今みたいに地面を爪で引っかく癖があるんだぜ」


 ロックの言葉に、レンは自分が地面に穴が開くほどに爪を立てていたことに気づき、慌てて手を地面から離して抱え込む。


「・・・」

「ここは異世界だ、それは受け入れるしかない。

 戦争があり、殺し合いがあり、俺達は狩られる側の獲物になった」


 無言のレンに、ロックは空を見上げたままで言葉を続けていく。


「でも、俺達には剣と魔法と言う牙がある。

 怪我をしても癒す力がある、例え殺されても聖女と言う死を拒否できる奇跡がある。だからこそ、俺達は狩られる獲物のままで終わらない可能性を手に入れることが出来た」

「そうだな」

「俺達はどんな深い怪我を負っても治癒できる。そして、何度死んでも・・・恐らくは復活できる。でも、その『俺達』に含まれない仲間が一人だけ存在する」


 ロックは空から視線を下ろさない。

 レンはじっとロックを見つめている。


「『聖女』であるレン自身を蘇生させられる英雄は存在しない。

 CoHOと同じ世界である以上、知力特化の聖女はゴブリン所か野犬一匹に嬲り殺しにされる存在だ」

「分かってる」

「知ってるかもしれんが、CoHOの回復魔法には一つの制限がある。

 回復魔法には、自己回復の魔法と他者回復の魔法の二つが明確に分かれている。俺のフォートレスが前者で、お前の聖女が後者の特化型だ。つまりはお前は自分の怪我は決して癒せない」


 ロックの言葉にレンも同じく空へと視線を送る。


「何となく、分かってた」

「やり直しの出来る俺達とは違って、お前一人だけが終わりを約束されてる。

 ここに居る全員が不安でお前の力に縋ってるが、お前だけにそれが無い」


 明るい星空が瞬いている。

 見知らぬ星の数々に暫し視線を泳がせながら、ロックは言葉に力を込める。


「だけど、俺がお前の隣にいる。

 矢も魔法も魔物も、あらゆるものからお前を守る壁になってやる。痛いのも死ぬのも御免だが、お前が俺を癒してくれるなら、何度でも死んでやる」

「・・・あぁ」

「だから、お前はいつもどおりに本の虫になっていれば良い。

 CoHOの時とかわらぬお前を演じてくれていれば、みんな安心するさ」


 ロックとレンは視線を下ろし、お互いの瞳を見つめあう。


「・・・巌」

「なんだ、蓮?」


 そしてレンは頬を緩め、先までとは違う柔らかな小さなため息をついた。


「お前、ロリコンだったんだな」

「違うっ!!!」


 微笑みながらのレンの呟きと、魂からのロックの絶叫が、枯れた世界樹を揺らしていた。



 ***



「狙撃しますか?」

「今日は勘弁してやるであります」


 ボウガン片手に見守る聖女親衛隊の面々と、苦笑しつつ制止するミカの姿。

 会話は聞こえずとも何を置いても目立ちまくるレンとロックの二人の姿に、プレイヤー全員が静かに様子を見守っていた。


「それで、聞き取り調査はどうだったの?」

「駄目でありますね、生産系の人はともかく、戦闘職でも殆どが拒否したでありました」


 静かに問うラミアの問いに、首を振るミカ。


「レン様のおかげでバラバラにならなくて済んだ代わりに、離れるのも拒否、か」

「死ぬのは怖いですが、誰かがやらなければ全滅でありますのに」


 沈む二人に声を掛ける者はいない。

 脱出と平行して行う予定の陽動作戦。その参加を拒否したプレイヤー達の語る言葉は全員が一致した。


 -レンきゅんが居なくて怪我したり死んだらどうするんだ-


 俺ではない誰かがやれば良いだろう?そう言外に語りかける彼等を前に、ミカ達は説得するのを諦めた。失望からではなく、彼等の言い分も彼女ら自身が理解できるが故に、だ。


「スキュラさんは了承してくれたでありますから、私と第一小隊でやるであります」


 そう提言するミカに、しかしラミアは首を振る。


「作戦は姉さんと私、それと第二小隊で行うわ。

 ミカと第一小隊はレン様の護衛とお世話を頼むわ。変に暴走する仲間が出ないとは限らないから厳重にね」

「わ、わかったであります」


 ラミアの指示を、ミカは敬礼と共に受け入れる。

 ミカを下げ、危険の矢面に立とうとするラミアはしかし、静かに優しく微笑んでいた。


「戻るまでに温泉の準備と、レン様の説得をお願い。

 説得に適任なのは、間違いなく第一小隊の貴女たちだから」

「はい、期待してくださいであります!!」



 ***



 臨時会議室改め乙女の秘密基地。


 ハートマーク付きででかでかとそう表示されたテントを前に、流石のレンも足が止まる。ロックに案内されるままに移動したその場所。入り口を厳重に警備するプレイヤーはレンの姿を認めると、その入り口を開き、レンに入るように促してくる。


「お、乙女って?」

「お前も今はそうだろう。とりあえずその白いローブじゃあ目立つんだよ」


 ロックの言葉に、レンは小さく唸る。


「ここ、他の女性も居るんだろう?

 流石にそこで一緒に着替えるのは倫理的に不味いだろう」

「今のお前に外で着替えられるほうが、もっと倫理的に問題だ」


 ロックが近くの地面に打ち捨てられたオペラグラスの残骸を見ながら大きくため息をつく。


「で、でも」

「お前は女に抵抗感を持ちすぎるんだよ。向こうの時からだが、ニッコリ笑ってりゃお前なら何も言われないよ」


 ロックは渋るレンの背を押し、レンをテントの中へ押し込めば、待ってましたとばかりに奥から小柄な女性がレンの前へと進み出る。


「え、と?」

「はじめましてであります!!

 私、レン様のお世話を仰せ付かったミカというであります!!」


 敬礼と共にレンの手を取り中へと引き込むミカ。

 背後で閉じられた入り口の気配を感じつつレンは小さくため息をついて諦める。


「ミカさん?」

「ミカで良いであります!!」


 ハイテンションなミカに少しばかり引き気味になるレンだが、しかしこれだけは言わねばと決意し、恐る恐る口を開く。


「ええと、私はこんなだけど実は男な訳で。その、着替えは一人でも・・・」

「私も男であります!!」


 恐る恐る話しかけるレンを、しかしミカはあっさりと切り捨てる。


「そうと・・・いえ、シルク様からの指示でありまして『女になった男同士の方が気兼ねなく身の回りの世話とか出来るでしょう?』との事であります」

「シルクさんが?」


 ミカの言葉に、先まで世界樹の下で一緒に本を読んでいたシルクを思い出す。彼女が好きだったヒトとは上手く行っていたのだろうかと思いつつ、彼女が手配してくれたミカへと感謝する。


「男から女になった私たちには、協力関係が必要であります。

 着替えに限らず、トイレとか入浴とか、男の時とは全然違うであります」

「そう、か。そうだよな」


 先からレンが気にしていた男と女の問題は、そのまま自身にも適用されることに、そこでようやくレンも気づく。女と言えない年齢・体型の自分の裸を見ても喜ぶ相手は居ないだろうが、と頭の中で前置きを入れつつ、レンはミカへと頭を下げる。


「確かに気にしすぎてたのは私のほうでした。

 お願いします・・・え、ええとミカ」

「はいであります」

「「分かりました!!」」


 レンの言葉に嬉しそうに返事を返すミカと、複数の声。

 慌てて視線を巡らせれば、何時の間に近くに来たのか、ミカと同じ格好をした4人の女性がレンを取り囲んでいる。


「彼女らも私と同じ元男、ぶっちゃけネカマであります」

「別に男が好きって訳じゃないから安心してください」

「女キャラプレイヤーって言う奴ですよ」

「むさい男よりも可愛い女使ったほうが楽しいからねえ」

「そのおかけで親衛・・・げふんごふん、レン様のお世話係になれたのは僥倖です」


 全員が全員、美人というよりも可愛いに分類される容姿の彼女たち。彼女らに囲まれ思わず一歩下がるレンの肩を、何時の間に移動したのかミカが優しく固定する。


「さて、レン様の服は用意できたでありますか?」


 ミカの声に一斉に彼女らが動く。


「露天商のバッグからスク水をゲットしました!!」

「股間部他に何が塗ってあるか分からないから却下であります」


 一人はネーム入りの紺色の旧型学園指定水着を。


「スキュラ様から巫女服を頂きました」

「似合うと思うですが、残念ながら目立つので却下であります」


 また一人は巫女装束を。


「隊長の秘密袋からボンデージ服を入手しましたがサイズが合いません!!」

「それは第二小隊の子に譲れば喜ぶであります」


 またまた一人はラバースーツを。


「ロックさんからジャージとブルマを入手しました!!」

「モンスターハウスのレア品でありますか、紺色なら問題ないでありますな。

 とりあえずそれに決定であります」


 レンを置いてけぼりで次々と差し出される服の数々。

 ゲーム内で何故そんなものを持っていたのか頭を傾げると共に、女子体操服がロックの私物から出てきた理由に、レンはやはりとロックの嗜好を確信する。


「レン様、これで良いでありますか?」

「うん、まあ良いんじゃないかな?」


 ミカの問いかけに頷きながら、レンは小さく一つ決意した。

 二人っきりになる時は、ちょっとだけ気をつけよう・・・と



 ***



「・・・何か凄い嫌な予感がしたんだが」


 テントから少し離れた大木の下。ロックは突然背中を走りぬけた嫌な感覚に身震いしていた。


「しかし、親衛隊の奴らせっかくのモンスターハウスで手に入れたレアを回収しやがって。もう意味はないとはいえ、ちょっとした防具とトレードできる品だったんだがなあ」

「そ、それはそうと同志岩男!!頼む、頼むからこの拘束を!!」


 ぶつぶつと独り言を呟くロックの隣に巨大な蓑虫が一つ。

 大木で揺れるそれは、ロープでがんじがらめに拘束され逆さまに吊り下げられた露天商の成れの果て。涙と共に左右に盛大に揺れる露天商は、頭に血が上るのも構わずに必死で動かぬ身体を揺らしていた。


「いや、露天商さんよ、あんたこれ解いたらテントに突撃するだろ。今度こそ殺されるぞ?」

「だが、あそこにはスク水のレンきゅんが!!リアルレンきゅんの生着替えが!!」


 ふんすふんすと鼻息を荒くしながら、今度は前後に揺れる露天商。そんな彼の様子に呆れながらも、その頭が大木の幹に直撃しないよう、彼の身体を押しとどめている。


「しかし、そこまであからさまに煩悩全開だと、近づくだけでレンに拒絶されるぞ。見た目アレでも、中身は俺らと同じ男だからな?」

「ふっ、問題ない」


 ため息と共に語りかけるロックに、露天商は何故か余裕の表情でニヤリと笑う。


「レンきゅんの前では徹底的に紳士で通してるからな。

 濃厚ミルクもスライム饅頭も、その内に秘められたシークレットミッションにレンきゅんは気づいていない!!」


 自信満々に語る露天商に、ロックは呆れを通り越して感心する。


「いやまあ、俺もレンにばらしたりはせんけどな。でも解放するのだけは駄目だ」

「無体な!!し、しかし、レンきゅんの生着替えのため、何とか脱出してみせる!!」


 更に激しく身体を揺する露天商の身体から手を離し、ロックは空を見上げて小さく唸る。


「この変態共からの壁にもなるんだよな、俺。

 まあ、親友のために、やるしかねえさ」


 しかしロックは気づいていない。

 レンにとって現在警戒対象となっている人物が、ロックただ一人だと言う、その悲しい真実を。

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