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英雄を狩るものたち

 世界樹跡地駐留軍。


 それは別名、帝国軍捕縛部隊と呼ばれる駐留部隊。世界樹を監視し、そこに現れる『英雄』を回収することのみを目的とする部隊である。おおよそ200名の軍人、及び軍属と、30名ほどの『英雄』から構成される対英雄用の実動部隊であった。


「隊長、偵察隊より連絡が入りました。

 召喚された英雄を確認。脅威度は低、制圧は容易と考える-以上です」


 その本部の一室、隊長と呼ばれた男が世界樹を眺めている背後で、彼の片腕たる副隊長が報告を告げる。


「畏まらなくていい。

 長い付き合いだ、どうせここは辺境の捕縛部隊、肩の力を抜いても罰は下らんよ」

「いえ、それはしかし」


 生真面目な副隊長と隊長の会話。

 毎日のように繰り返されるやり取りに苦笑しながら、隊長は副隊長へと向かい直る。


「気を張らなくても今回の相手は問題ないさ。

 こちらの英雄達を盾にし、包囲すれば簡単に落ちる相手だ」

「はい、分かっては居ますが」


 隊長の言葉に、しかし副隊長の顔は優れない。

 人でありながら人を超越した英雄たち。集まれば竜すらも屠るという化け物を相手にする彼等は、その恐ろしさを嫌というほど理解させられていた。


「まだ時間はあるんだ、休憩室の英雄でも使って英気を養っておけ。なに、ちょいと古くなった女魔導師だが奴らは不老だからな、具合はともかく見目は良い」

「ははっ、分かりました隊長。

 ですが私は大人しく部屋で休憩させて頂きま・・・」


 おどけた隊長の言葉に、ようやく副隊長の顔にも笑みが浮かぶが、その表情が途中で凍る。


「ま、まさか、あれは」

「ん?」


 凍りついた副隊長の視線を追いかけるように隊長が振り返れば、その視界には天を貫く光の柱。昼間でありながらはっきりと視認できるその光景に、隊長の表情が一気に緊張する。


「そう、か。ようやく降臨したのか」

「えぇ、長かったですが、ようやくですね」


 二人は光の柱を瞬きも忘れる程に見つめ続けていた。

 そう、彼ら捕縛部隊の任務が終了する、その時が来たことを知ったが故に。


「この世界に返ってきたんだな、聖女様が」



 ***



「あれ・・・ここは?」


 彼が起き上がったとき、見守るプレイヤー達の肩から一斉に力が抜けた。

 ギリギリまで半信半疑だった聖女の力、それが間違いなく存在することを、全てのプレイヤーが納得する。


「とりあえずこれで、最悪が回避できることだけは保証された、か」

「えぇ、レンちゃんを守り続ける限りは、ね」


 露天商とスキュラが胸を撫で下ろしながら、未だ状況が分かっていない蘇ったプレイヤーと、それを取り巻く仲間たちを見つめている。ほんの少し前、レンが現れるまでの混乱が嘘のように活気ある笑顔をプレイヤー達は浮べている。


「蓮は俺が守りますよ。そのためのフォートレスですか・・・あれ?」


 ロックが己が巨体を拳で叩きながら、足元のレンへと視線を送るが、そこに件のレンの姿がない。


「って、あんな所にいやがった!!」


 見回せば、枯れた世界樹の根元で仲良く座り込む二つの影。それは一心に本を読みふけるレンと、その隣でニコニコと笑いながら本をバックから次々と取り出すシルクの姿だった。


「まったく、緊張感の無い」

「でもまあ、ああやって世界樹の下に居るからこその、大樹の天使じゃないか」

「えぇ、そうですねぇ、聖女様は世界樹の下が好きだったと聞いております」


 ロックが、露天商が呆れたように会話を交わす、その気の抜けた一瞬に割り込むように声が響く。


「「・・・っ!?」」


 同時に飛び離れるロックと露天商。

 完全に認識外のタイミングから間合いに入られた事に戦慄する二人をよそに、声の主は仰々しく頭を垂れる。


「はじめまして。私、帝国軍捕縛部隊、偵察隊の部隊長を務めるラルクと申します。短い付き合いとは思いますが、どうぞよろしくお願いいたします」



 ***



 ラルクと名乗った男は100人からのプレイヤーに囲まれた状況にあって、しかし緊張する様子もなく気持ち悪い程の自然体でそこに居た。


「お前が、俺達の仲間を殺ったのか?」

「えぇ、この世界に召喚された英雄たちへの最初の洗礼ですね。

 男性の戦士風の冒険者、その一名を殺した上で監視をしておくわけであります」


 斧を手にかけ怒りを露にするロックに、しかしラルクは落ち着いたまま言葉を返してくる。


「まあ、これで混乱のままバラバラに行動してくれれば私らも楽なのですよ。ですがしかし、聖女様のおかげであなた達は一つにまとまってしまった。・・・さて、これは面倒ですねえ」

「こぉのっ」


 大げさなジェスチャーで首をふるラルク。

 そんな彼に向かって斧を抜きかけたロックを露天商が制止する。


「薄々気づいてはいるが、目的は何だ?」

「はい。私共の目的は、あちらの聖女様の保護となります。

 帝国では最高の待遇でもって聖女様を迎え入れる準備をしております」


 大げさなジェスチャーと共に語るラルクに、露天商は嬉しそうに笑みを返す。


「情報ありがとう。

 この世界には聖女がレンきゅんしか存在しないことと、このふざけた召喚騒ぎが、レンきゅんを手に入れるためだけに用意されたってのが理解できたよ」

「はい、理解が早くて助かります」

「おまけに、俺達が身体能力が高いだけの一般人だってのも知れてる訳か」

「えぇ、武器を持っても殺せない方々だと言う事も」


 二人の言葉に、今更ながらロックの斧を持つ手から力が抜ける。

 交わされる会話の意味と、自分が手にしている力を振るった先の結果を思いついてしまったが故に。


「確かに冷静になっちまった今の俺達じゃあ、威嚇は出来ても殺せはしないだろう。それだけ良くわかってるからこそ、自分が囮になって前に出てきたのか」

「ご明察の通り」

「・・・ぇ?」


 露天商が指摘し、ロックが振り返った時には既に遅かった。

 レンと、シルクを囲むように浮かび上がった4つの気配。それがアサシンと呼ばれるクラスが持つ高レベルの完全隠形スキルだと認識した時には、その気配は全力でもってレン達へと襲い掛かっていた。


「なんっで、こんな事にっ!?」


 絶望するロックと。


「あなた方の先輩の英雄達です。同じ英雄同士なら、こちらに分がありますね」


 勝ち誇るラルク。


「良い作戦だが、こちらが本当に100人並んでいるか数えたほうが良かったな」


 そして、露天商が自信満々に笑みを浮かべていた。



 ***



 彼は意思のない人形だった。


 いつか、遥か過去には何処か違う世界で、冒険に明け暮れていたような記憶があった。掛け替えのない故郷と、大切な仲間の記憶が広大な闇の片隅に転がっている。しかし、今の彼にはそれを懐かしく思うことすら許されて居なかった。


 毎日毎日、薄暗い部屋で横になっている毎日。

 変わりがあるとすれば、彼等の目の前へ連れて来られる女性の『英雄』の姿くらいだった。何か下卑た行為を目の前で行っていたようだが、彼の虚ろな記憶の中には、何も刻まれてこない。

 そうして何ヶ月かに一度、外に連れ出されると『英雄』を相手にした狩りを指示される。


 そこには男が居た、女が居た、戦士が居た、魔法使いが居た。

 向かう彼に何かを叫び、剣を向けたものも居たが、彼は指示されるがままに、自らの身体に刻まれたスキルを用いて命令をこなしていった。彼は運が良かったが、彼の仲間の何人かはそんな戦いで命を落とし、そして次の狩りまでには欠員が補充されていた。


 ただ淡々と任務をこなす彼に、本日与えられた命令は単純だった。


『指定された女を決して傷つけず、気絶させ回収すること。

 他の障害は殺してよい』


 その命令を守るため、彼は隠形スキルを解除すると共に短刀を手にして駆け出した。ターゲットは幼い少女。障害はターゲットの隣に座りこちらへ視線を向けている女と判断した。

 彼が行う捨て身での一撃。防御を捨て一撃必殺に全てを掛けた攻撃を避けた相手は未だおらず、耐えるか死ぬかの二択を迫るこの技に、彼女の身が耐えられるはずも無いと淡々と考えた彼は、その曇った目で信じられぬ物を確認した。


 -微笑(わら)っている-


 何故と考えつつも足を手を止めない彼へ、回答が提示された。


『ちえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇいっ!!』


 突然響き渡る少女の声。

 同時に、弾丸のように飛び出してきた声の主が、彼の脚に器用に蟹バサミをかけ、そのまま彼の身体を地面に引きずり倒してしまう。


「っ!?」

「甘いあっま~い、貧弱、ひんじゃく~ぅ」


 彼が反応する隙も無い。

 倒されたと思った瞬間には握り締めていた武器は外され、そのまま関節を決められてしまう。身動きも取れず思わず見開いた視界の中には、同様に拘束された3人の仲間の姿。声が響く一瞬前まで気配の一つも感じなかったその事実に、彼の凍りついた感情が激しく揺れ動く。


「隊長、拘束完了であります!!」


 そんな彼等をあっさりと縛り上げた女の一人が、また一つの気配も無しに目の前に現れた女性に向かい敬礼と共に報告する。


「よろしい。

 拘束まで2秒、レン様の固有スキルに反応させない無血拘束。流石は第一小隊ね」

「恐縮であります!!」


 答礼する女性。

 そんな彼女ら全員が同じデザインの服に身を包み、そしてもはや身動きも取れぬ彼等を放置しながらも、僅かな隙も見せずに整列している。隠形術では並ぶもの無し『だった』と記憶している彼にとって、その事実は衝撃的であった。


「な、なん・・・で?」

「あら?洗脳でもされている風なのに自意識が残ってるのね。

 よろしい。ミカ、説明なさい」


 指示に従い先に彼を拘束したミカと呼ばれた女性が前に出る。


「隠形スキルに限らず、CoHOに存在するスキルには特有の『揺れ』が発生します。それを感じ取れるようになれば、あらゆるスキルの発生を事前に判別でき、またこちらが一切のスキルに頼らず自らの体術のみで隠形を行えば、相手はこっちの存在を認識できないであります!!」

「つまりはスキルを利用した隠形術なんて物は下の下って訳ね。スキル無しで隠形するプレイヤーを注意するだけで済むわ」


 当たり前のように語る彼女らの言葉を、彼は理解できない。

 神から与えられた超越者の力を利用せずにそれを超える。出来るはずが無いと否定したいが、実際に目の前でそれを行った彼女らの存在が全てを肯定してしまっている。


「おや、泣いているでありますか?」


 ミカなる女性に覗き込まれ、彼は自らが涙を流している事を認識する。

 意識を何かに縛られ、そのまま服従を余儀なくされた彼。ここに召喚された無数の英雄達が同様の運命に縛られ続けた中、それを覆す存在たちがここに来た。自分はここで終わりだが、彼女らがこれからの『英雄達』の希望になると確信し、彼は静かに意識を閉じようとした。


「・・・安心なさい」


 と、そんな彼に声が掛かる。

 ふと目を上げれば、そこには隊長と呼ばれた彼女。その彼女が、微笑みながら彼に優しく語りかけてきた。


「総統閣下が貴方も救って下さるわ。

 例え男であっても、仲間であれば寛容なお方ですから」



 ***



「な、ん・・・だ」


 ラルクにとって、その光景はとても許容できるものではなかった。

 異世界から召喚した英雄。その力は一律同等のものであるはずだった。練度によって僅かな差は生まれるものの、目の前の光景のように一方的な差がでるものでは無かったはずだった。その、ありえない光景に呆然とするラルクの横で、英雄達はさもそれが当たり前と言うかのように身体の力を抜いていた。


「流石は聖女親衛隊、相変わらずおっそろしい事で」

「始めて見たが、すげえな」


 露天商とロックが苦笑している。


「あいっかわらず無茶苦茶な拘束術ね。

 ラミアの部下って本当に凄いわ」

「あ・な・た・が、スキル無しでレン様に接近しようとするからでしょうが!!

 姉さんはいい歳なんですから、幼女ウォッチとかやめてください」

「隊長の言うとおりです。最初、アマゾネスの癖にスキル無しで隠形術やるから第二小隊のスキル持ちの子が泣いてたであります!!」


 スキュラが、ラミアが、ミカが口論しながら歩いてくる。


「さて、そちらがこの国の軍隊の方ですか」


 最後に、レンの隣に居たシルクがラルクの前まで歩いてきた。

 世界樹へ視線を向ければ聖女であるレンが一人。しかし、先に帝国の英雄達を拘束した何人かの気配は消え、あらゆる奇襲が無意味であることをラルクに伝えている。


「お初にお目にかかります。私、シルクと申します。

 聖女親衛隊を創設せし総統として、ラルク様に上官への伝言をお願いできますでしょうか?」


 シルクの言葉に、ラミアとミカを除く全員が絶句する。

 そんな彼等を無視し、ラミアは天使のような微笑みと共に彼女にとっての『敵』へ向かって宣言した。


「聖女は帝国にはお渡しいたしません。

 争う覚悟であれば、そちらも相応の損害を覚悟してください、とね」


 国を、世界を相手にしたとしても、レンを守り続けることを。

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