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異世界の英雄達

 冷たい大地。

 乾いた空気が緑の香りを運び。

 倒れた拍子に口に飛び込んだ土に咳き込んだ。


 身体を締め付ける鎧の拘束を肌に感じ。

 腰のポーチと背中のバッグの重さを確かに把握した。

 取り落とした自らの武器に手を伸ばせば、

 その傍らには彼等が慣れ親しんだVRのヘッドセット。


 配線が途中から切り落とされたそのヘッドセットは、その機能を停止し

 ふと上を見上げれば、枯れ果てた世界樹がその目に見えた


 -これは、ゲームの中じゃない?-


 誰かが呟き、全員が無言で肯定した。

 嗅覚がある、味覚がある、リアルな触覚がある。

 何よりVRで僅かに感じる身体を『操作している』感覚が無い。


 そして、CoHOで慣れ親しんだステータス画面が開けない。


 -どうなるんだよ、俺たち-


 誰かが呟き、全員が答えを持っていなかった。

 枯れた大樹の周りにはバラバラにプレイヤー達が座り込み、理解できない現状に混乱の極みを見せていた。


 そんな中、誰もが一斉に大樹へと目を向ける。

 そこに居て当然のヒト。

 傷つき帰ってきたプレイヤーを迎えてくれたヒト。

 分け隔てなく無償で癒しを与えてくれたヒト。


 それは大樹の天使。

 いつしかそこに居ることが当然となった大樹の根元には、


 ・・・天使の姿は存在しなかった。



 ***



「とりあえず持ち込めたのは装備品他、世界樹前にあった物だけか」


 しばらくの沈黙の後、誰とも無しに各自の持ち物のチェックが始まった。


「バッグにポーチ、装備してた武器に、露店とその商品で全部」

「服はともかく、鎧をバッグに入れられなかった仕様ってこの為じゃねえだろうな?」


 語るとおりに、彼等の持ち物はバッグに入れていた薬や魔術書のみ。

 採取に行っていたプレイヤーがかなりの鉱石を持ってはいたが、死に戻りで所持金の何割かを失うゲーム仕様ゆえに、お金を潤沢に持っているプレイヤーは居なかった。

 もちろん『この世界』で同じ金貨が使える保障は無いのではあるが。


「当面の食料は露店の牛乳と・・・その饅頭はちょっと無理か?」

「いや、ここがゲーム内じゃないなら、牛乳もおそらくは数日で腐る。

 食料調達は急務だ」


 安堵したように言う仲間の言葉に、露天商が自らの露店を指し示し首を振る。牛乳もスライム饅頭も食おうと思えば食えるだろうが、牛乳と同じく冷蔵庫の望めないここでは日持ちはしない。


「饅頭っても、中身は白ゲルスライムだしね。

 ゲーム内ならともかく、この身体で食べるのは覚悟が居るわよ」


 スキュラがこの世界に移動した衝撃からか、地面にぶちまけられているスライム饅頭の一つを手に取ると、爪を立て破裂させながら苦々しく言う。


「それでも最悪は食べる必要が出てくるわ。

 あのユグドラシルの街で何も見つからなければ、ね」


 シルクの言葉に、その場の全員がそちらに目を向ける。


 そこには彼等が慣れ親しんだユグドラシルの街。

 清潔で、華やかで、活気のあったプレイヤーの街。


 彼等が目を向けたそこは

 汚れ、荒廃し、人気の無くなった、廃墟であった。



 ***



 この時、少しばかり冷静な人物が居たならば、それに気づけたのかも知れない。


 ユグドラシルを見つめる彼等の背後、ぶちまけられたスライム饅頭を収めていた箱の中。逆さまになったその箱の饅頭の中で、一つの小さな黒い影が夢の中、ごそごそと寝返りを打っていた。


『うみゅっ』



 ***



 始まりの街、ユグドラシル。


 駆け出しの冒険者達が集った街の面影はここには無い。

 居並ぶ建物、図書館、中央広場、噴水。街の構造はCoHOのそれと酷似しながらも、その全てが命を失っていた。


 建物は崩れ、広場には雑草が茂り、噴水は枯れていた。食料は愚か人と出会うことすら不可能であろう街の中を、六人一組で別れたプレイヤー達が探索を続けていた。


「干し肉でも見つかればとは思ったが、こりゃ無理だなあ」


 分かれたパーティたちの一つ、その一人が崩れかけた建物の壁を蹴ると、ただそれだけで音を立てて崩れ落ちる壁の様子に、彼自身が苦笑する。


「荒廃して10年や20年って感じじゃないな。

 それと、その壁は脆くなってたんじゃなくて、お前の蹴りのせいだからな」

「やっぱそうか」


 隣からの突っ込みの言葉に、彼は大きく笑いながら隣の壁を蹴る。

 力を入れたように見えないただの蹴り、しかしただそれだけで壁は砕け散り、大きく風穴を開ける。


「力とかはCoHOでのキャラ性能そのままって事か?

 カンストしてる俺らなら、こっちでも無敵じゃね?」


 言いながら壁の欠片を手にし、握りこんでそれを粉砕する。


「近くの街かなんか探して、食料でも貰ったほうが速いって事か?」

「そ、騎士団とか来ても楽勝だろ?

 俺らパーティでならドラゴンでも殺せるんだぜ、無敵っしょ」


 不穏な会話を続ける彼らの言葉を否定する者は居ない。

 自分達が超越者であること、おそらくは異世界で理想の『キャラクター』になれたことが、ここへ放り出された不安の幾ばくかを緩和させていた。


「街行けば女だって抱き放題だぜ?

 俺ら勇者みたいなもんだからよ、ハーレムとか最高じゃね?」

「そういうのもいいなあ・・・と、俺、しょんべん」

「お、俺も」


 ぶるりと身体を震わせ物陰に走っていく二人。

 その二人を見送りながら、残された4人は苦笑しながらその場に腰掛けた。


「女キャラ多いとはいえ、同じカンストキャラを襲うのはこええよなあ。口説き落とせる話術があればネトゲなんてやってないしな」

「美人ばっかなのが余計に悔しいよな。上手く弱みでも握れれば、美味しいんだがなあ」

「レンきゅん居れば完璧だったんだけどな。・・・って、入らねえか」

「居たら手を出す前に親衛隊に殺されるさ。レンきゅん居なくて元気なかったが、あいつらには勝てる気がしねえ」


 座り込み語り合う彼等はしかし気づいていなかった。

 物陰へと消えた二人を静かに追いかけていく影のその存在を。



 ***



「しかしよお、こんな事になるってんなら、もっと周りに恩売っとけばよかったな」

「そうだなあ、こんな良いチャンスが来るなんて思ってなかったしな」


 壁に向かって並び立ちながら小用を足す二人の英雄たち。

 その姿を確認すると、影は静かにその背後に回る。


「あ~やりてえなあ」

「お前そればっかだな」


 真後ろに移動しても二人は影に気づかない。

 影はそんな二人を冷たい視線で射抜きながら、黒く塗られた短剣をその手に取る。


「だからよお・・・ん?」


 口を押さえ、短剣を喉に走らせる。

 そこでようやく事態に気づいたその男の背に、影は短剣を突き刺しそして抉る。確かに肺を貫いた感触を確認し、影はその姿を闇へと消す。


 どさり


「え、お、お前、どうしたんだ?」


 そこでようやく状況に気づく隣の男。

 目を見開き、絶命していく仲間の様子に、男はどうして良いか分からず呆然と立ち尽くしている。その姿を冷たく見下しながら、影は屋根の上へ移動すると静かに囁いた。


『今度の英雄は、連絡通り中身は素人だ。

 制圧は容易。本隊へ連絡後、監視を続けておけ』



 ***



  悲鳴、怒号、絶叫。


「死んだ、死んだ、死んじまったよお」


 『それ』が担ぎ込まれた直後に世界樹前に響き渡った絶望の声。

 泣くもの、叫ぶもの、意味も無く地面を掻き毟るもの、とにかく100人近い彼等の殆どが錯乱し、自らの判断力を放棄してしまっていた。


「・・・不味いな」

「何が不味いんですか?」


 そんな中、露天商もロックも『こういう事態になること』を想定していたが故に、他よりは冷静であった。


「世界樹が枯れている以上、リスポン出来ないのは想定内だ。

 が、事が判明するのが早すぎる上に、彼は殺されている」

「廃レベルをあっさりと殺したって事実っすかね?」


 ロックの問いに、露天商は首を振る。


「殺すこと自体は、ゲームじゃなきゃ簡単でしょ。どんなに強靭な身体でも、急所狙われりゃ死ぬわよ」

「重要なのは、廃レベルプレイヤーである私達を殺せることを相手が知っていることと、私たちの居場所を把握していること。この世界に移動したばかりの私たちをね」


 いつの間にか近くに来ていたスキュラとラミアが話に参加する。

 その表情は酷く暗く、現状の深刻さを嫌でも思い知らされる。


「つまりは、相手は俺らを召喚した奴で、こっちに敵意を持ってるって事か」

「しかも、わざわざ彼の死体を回収する時間をくれている。この状況を作り出すために見逃されたのね」


 混乱が落ち着く気配も無い現状にため息をつき、スキュラとラミアは更に大きくため息をつく。


「この先は良くて奴隷よねえ、これはかなりの覚悟が必要だわ」

「男に触られる位なら、総統閣下に手を下して頂くつもりです」

「あ、あぁ、そう・・・か」


 この先の覚悟を決めている女性二人の言葉に、ロックもその意味を理解して息を呑む。奴隷という言葉、日本では縁の無い言葉ではあったが、目の前に無残に殺された仲間が居ることを思えば、ここはそういう仕組みもある世界だと納得できる。


「この場を収められれば少しは状況も改善するんだがな」

「レン様でも居れば、少しは心の支えになるんですけどね」


 露天商が呟き、ラミアが座り込みぶつぶつと呟いたままのシルクを眺めながら溜息をつく。


「でも俺は、レンがここに居なくてよかったと思いますよ。

 少なくともこんな糞ったれな世界で死なずに済んだ」

「そう、ね」


 ロックが吐き捨て、地面に逆さまに転がった露店の箱を思いっきり蹴り上げる。


「ぶみゃっ!?」


 空へ高々と舞う木の箱と、何故か可愛らしい声を上げるスライム饅頭の山。

 思わぬ事態に目を点にする彼等の前で、スライム饅頭の山はゴソゴソと動くと、その内から小柄な少女を吐き出した。


 それは黒髪姫カットの小さな小さな可愛らしい天使。

 彼女は眠そうに目を擦りながら欠伸を漏らすと、何となく手に持ったスライム饅頭をその口に運ぶ。


「ぷみゅあぁ!?」


 多分、それは彼女の想定とは違う食べ物だったのだろう。

 強く噛んだスライム饅頭はあっさりと弾けとび、その身に蓄えた練乳を盛大に撒き散らしてしまう。そうして顔を白濁液でベタベタにしながら目を回す彼女の姿に、ようやく見守る彼等の時が解凍した。


「蓮!?」


 ロックが目をむき叫び。


「レンきゅん!!」


 露天商がその存在意義を全うしたスライム饅頭の人生に涙を浮べ。


「レンちゃん!!」「レン様!!」


 スキュラとラミアが嬉しそうに声を上げる。


「「「「レンきゅん!?」」」」


 そして弾かれるように混乱の極みにあったプレイヤー達が一斉にレンへと視線を送り。


「お、おはようございます」


 小さな天使は、よく分からないままに朝の挨拶を返していた。

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