副ギルド長の憂鬱
それは世界樹に天使が降臨して少しの頃。
毎日がお祭り騒ぎになりCoHOに古参や新参が溢れて暫くのこと。
とある掲示板で某ギルドと呼ばれる大手生産ギルドでは、増えた人口による大幅な受注増に頭を悩ませていた。
「ん?レンきゅんのために集まってくれたんだから、やるべきだろ」
「そうですよね、俺も頑張ります!!」
とても処理できるとは思えぬ受注の数を前に、しかしギルド長はあっさりと受け入れてしまう。そして、自分の割り当て分とも言える鍛冶依頼をあっさりとこなし、更にはサブの料理スキルで大量の牛乳を生産すると、夕方には世界樹前へ飛び出していってしまう。
「残った依頼、どうすんですか?」
そして残るは鍛冶以外の大量の生産依頼物。
符呪に料理に薬、大手になり手を広げたが故にギルド長のカバーできない(するつもりのない)生産物たち。その絶望的な量を前に、ギルド長とは違う準廃プレイヤーなギルド員達は嘆息する。
「符呪は私が全部やるから、貴方達は他をお願い。
レベルの低い子から優先的に効率の良い依頼を渡してあげて」
「・・・はい」
その皺寄せの殆どを受け止めるのが副ギルド長である彼女、シルクだ。
クラスレベル1でありながら、符呪スキルマスターとなっている彼女は、良い意味でも悪い意味でもCoHOの世界では有名人である。金と材料が向うから集まってくる環境であればサブスキルマスターと成れることを証明した彼女は、しかし本物の廃人との差を周囲に見せ付ける良質なサンプルとして哀れみの目を向けられていた。
そして更に数時間後。
「そろそろ宿題やるんで落ちますね」
「あ、明日は早いんで私寝ます」
「フレと狩りの約束をしてるんで・・・」
次々とギルドの工房から退出していくギルド員たち。
シルクはそんなギルド員たちを笑顔と共に送り出すと、自らの作業台脇に詰まれた大量の符呪依頼物(8割はギルド長が本日作った武器防具)に目をやり、盛大に溜息を吐く。
「私がやらないと・・・ね」
他の誰かに押し付けられれば楽だろうに、彼女はそれが出来ない。
副ギルド長である彼女にもプライドがある。ギルド長が作った最高品質の武具に最高級の符呪を行う。そのプライドを守るために最高位の符呪士である彼女が符呪を行い、そしてそれが故にどんどんと他のギルド員たちとのレベル差が広がっていく。喜ぶべきか悲しむべきか微妙な感情のままに溜息を吐き続けながら、彼女は延々と『仕事』を続けていった。
***
CoHOを始める前、シルクは夢見る乙女であった。
高校の先輩に恋し、彼が進んだ大学に追いかけるように進学し、そして彼が所属するサークルへ飛び込んだ。そこはゲーム研なるオタサークルではあったのだが、その先輩への隠さぬ好意をふりまく彼女に、サークルメンバー達は暖かく彼女を迎え入れてくれた。
「お前、ゲーム好きなんだなあ。じゃあCoHOやってみないか?」
そうして、対する先輩からVRMMOの誘いを受けた彼女は有頂天であった。
ネットゲームといえばネトゲ内結婚。週刊誌に面白おかしく特集されていた記事が頭の中を駆け巡り、彼女は二つ返事でCoHOの世界に飛び込んだ。
「俺、このギルドのマスターなんだ。
ちょうど符呪士が必要だったからさ、パートナーになってやっていこうぜ」
パートナー、夫婦、結婚。
その時の彼女は周りが見えていなかったのだろう、シルクとなった彼女はその先輩の言葉を都合よく解釈し、日夜寝る間も惜しんでギルドの工房で符呪の訓練を続けていた。
「すげぇじゃないか、流石は俺のパートナーだな!!」
「はいっ!!」
そうして落ち着いたところで気づく。
彼が必要としているのは伴侶ではなく仲間であることを。そして振り返れば、巨大になったギルドには沢山の後輩ができ、彼等を捨てることが立場的にも出来なくなっていた。
「こ、この飲むトルコ風アイスなら失敗はあるまい。ちょっと力加減を間違えれば飛び散るように細工して、と。い、いかんっ、レンきゅんがログインする時間が近い!!」
そうして毎日謎の言葉を発しながら飛び出していく先輩の彼。
そんな姿を見送りながら、彼女の心は次第次第に擦り切れていた。
***
「もう、やめちゃおうかなぁ」
ギルドから出て自分のマイルームに向かう途中の道。
シルクはゲーム内であるにも関わらず溜まる疲労から道に座り込みながら呟いた。
「ゲーム内で有名になっても彼は私を見てくれない。ばっかじゃないの、私」
ゲームの中であるのに流れ出る涙。
変なところでリアルなんだなと感心しながら立ち上がろうとする彼女の前に、何者かの影が差す。
「大丈夫ですか?」
見上げれば小さな女の子のプレイヤー。
一抱えもある本を抱きながら心配そうに自分を見下ろしている彼女に、シルクは途端に恥ずかしくなって慌てて立ち上がる。
「な、何でもないのよ、うんっ」
「でも、泣いてましたよね、今」
子供に心配されるなんて・・・と、ゲーム内の見た目が現実のそれと一致しないことに思い立ち、でかけた言葉を飲み込んで黙る。
「私は持ってませんけど、女性はマイルームでログオフするんですよね?
送っていきますよ」
差し出される手を慌てて掴むシルク。そして何となくではあるが手を繋いだまま二人で歩き始める。
「もし、不安なことがあれば誰かに語ると楽になるって言いますよ。
私でよければ聞きましょうか?」
(親子みたいだな)などと考えているシルクの隣で問いかけるように見上げる少女。外見と中身が一致していないその姿に苦笑しつつも、シルクは少女の提案に乗せてもらうことに決めた。
「じゃあ、お願いしようかな、可愛いお姫さま」
シルクのその言葉に、むず痒そうにする少女の姿に微笑みながら。
***
「・・・そうなんですか」
マイルームに少女・・・レンを招待して少し。
先輩を招待したときに使えるかも!?等と夢見て購入したダブルベッドに腰掛けながら語っていったシルクの話を、レンは真剣な表情で聞き入っていた。
「ばかみたいでしょ、私って」
「そうですね、馬鹿です。
でも、恋をして馬鹿になる女性は美しいと言いますよ」
自嘲するシルクに、どこかの本から引っ張ってきたかのようなベタベタなフォローを返すレン。まるで女性を慰める男のようなその言葉に、思わずシルクの肩の力が抜ける。
「そういうレンちゃんには好きな子はいないのかしら?」
思わず呟いた問いに首を振るレン。
「私は女性にもてないですから。
本ばっか読んでる毎日で、女性から本の妖怪って言われたこともありますよ」
「女性?」
返ってきた言葉に目を剥くシルク。
見た目どおりの若さとは思っていなかったが、男性だとあっさりと暴露するレンに、シルクは混乱する。
「えぇ、男ですよ私。
聖女ってのを選べば狩りに行かなくても良いって言うからこのクラスを選びました」
「へ、へぇ・・・」
レンの告白に、その愛らしい姿を上から下まで凝視するシルク。
愛くるしいを絵に描いたような姿のレン。そんな自らの姿を誇るでも見せ付けるでもなく、ただただ自然体で居るその姿は『女』を欠片も感じさせぬ無垢な存在であった。
「私も女性に興味はないわけではないのですよ、機会が無いだけで」
レンの言葉に、シルクはそれは嘘だと確信する。
少女の身体とはいえ、女性とベッドに座っていても緊張する様子も無いレン。むしろ意識の何割かは確実に膝に置いた本のほうへと向いている事に気づくと、シルクはちょっとだけ悪戯をしてみようかと藪の中へ手を差し入れた。
「じゃあさ、今日はもう夜も遅いし、レンちゃんもここでログアウトしない?
ベッドの中で一緒に寝落ちとかどうかしら」
「ぇ?」
ダブルベッドをぽんぽんと叩きながら言うシルクに、流石のレンも慌ててしまう。
「い、いえ流石に女性と一緒のベッドで寝るってのは問題ありますよ」
「CoHOじゃあ『そういう事』はできないし、見た目は女同士だから問題ないわよ。それともレンちゃんは恋に悲しむ女性を見捨てるような人なのかしら?」
拒否しようとするレンにシルクがベッドの中に潜り込みながら責めるように言葉を返すと、レンは心底困ったように顔をゆがめながら、渋々とベッドの上に上がってくる。
「せ、セクハラとかじゃないですからね。
ね、寝てるときに手とかあたっても怒らないで下さいね」
「えぇ、分かってるわよ」
自分が何かされるという可能性を全く考慮しないレン。
絶世のと言っても過言でない程に愛らしい少女となった自身の姿を認識していないその反応に、やはり女とは違うんだなあと感慨深く感じながら、マイハウスの電気を消す。
暗闇の中、おぼろげに輪郭のみが見える互いの姿を見つめながら、二人はゆっくりとその瞼を閉じた。
「おやすみなさい、シルクさん」
「おやすみ、レンちゃん」
***
「う、む。うむむ・・・ひ~みゅ!!」
部屋に響くレンの寝言。
「びーる、びるっ」
寝言が一つ紡がれる毎にヒールの魔法が解き放たれていく。
「ぴるぴる~」
その魔法による傍迷惑な発光現象の中にあって、シルクは身体をずっと震わせていた。
「な、何なのよ、この超絶に可愛い幼女っ」
「ぷみゅっ」
頬を突けばぷにぷにの感触と共に可愛らしい声を上げるレン。
抱きしめたいが起こしてはいけないという葛藤と戦い続けるシルクは、レンがCoHOから切断されるまでただひたすらにレンの寝相に萌え続けていた。
「ぴ~にゅ」
「・・・いけない趣味に目覚めそうだわ」
***
翌日。
「ねえ、貴方。ちょっと聞きたいことがあるんだけど?」
「はい、何ですか?」
シルクはギルド工房に来るや否や、ギルド長とつるんでいる事の多いギルド員の一人を捕まえて質問を投げかける。
「ギルド長がたまに叫んでるレンきゅんの事だけど、聖女のちっちゃい女の子の事かしら?」
「えぇ、そうですよ、ギルド長は彼女の追いかけしてるみたいですね」
シルクの質問をあっさり肯定するギルド員。
そんな彼を解放すると、シルクは少し風に当たってくると言い残し、建物の屋上へと移動する。
「ギルド長の目的はやっぱレンちゃんか。
これは恋のライバルって事ねえ」
風に当たりながら遠くを見つめるシルク。
悲しそうに瞳を揺らす彼女は、しかし確固たる意思で自ら決意する。
「こくまろミルクに飲むトルコ風アイス・・・毎日変なもの作ってると思ったらそういう事か。
・・・ラミア、居るわよね?」
「もちろんです、シルク姉さま」
シルクの背後に、風にゆらめく影が一つ。
「ラミア、私と姉妹の契りを結びたいとか言ってたわよね?
いいわよ、システムに妨害されないレベルで抱いてもあげる」
「ほ、本当ですか!?」
現れたラミアと呼ばれた女性は、シルクの提案に目を見開き、この世の春とばかりにその顔を笑顔で染める。
「嘘は言わないわよ、でも条件があるの」
「な、何なりと!!」
ラミアの唇に人差し指をあて、真っ直ぐにその瞳を覗き込みながら語るシルク。
「あらゆる手段を用いて女性のみで構成された戦闘ギルドを作りなさい。
目的は汚らわしい男共から聖女のレンちゃんを守ること。ルールに違反しない範囲でなら何をしても良いわ。レンちゃんに手を出すことの恐ろしさを思い知らせてやりなさい」
「はいっ」
軽くラミアの頬に口付けるシルク。
ただそれだけで腰砕けになるラミアに微笑みながら、シルクはラミアの顎を持ち上げながら更に小さく言葉を繋ぐ。
「もし私を大きく満足させられたら苛めてあげる。
ここが現実じゃなくて良かったと思うくらい思いっきりね」
シルクの瞳に浮かぶ冷たい光に、しかしラミアは陶酔する。
「分かったらすぐに行動なさい。
・・・グズは嫌いよ」
「は、はいっ!!」
続くシルクの言葉にラミアは慌てて姿を消し、その場にはシルクが一人残される。
「先輩、貴方にはレンちゃんは渡さないわよ。
男達にも指一つ触れさせてなるものですか」
この数日後、CoHOに聖女親衛隊なるギルドが結成された。
CoHO最強の戦闘集団といわれたそのギルドには、それを統率する総統なる人物が居ることは噂されているのだが、その正体は謎に包まれていた。
「ふふっ、ふふふふふ・・・」
何故か副ギルド長まで壊れてしまった。
ヒロインではないものの、わりかしまともな人物の予定が




