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size5 昆布茶と山槌と私の疑問

コンビニから戻り、探偵事務所の前で立ち止まった葉耶は、顔を天へ向けた。

灰色の雲が空を覆い尽くす。

「あまのじゃくな空・・・・。今日は晴れてほしかったのに」

葉耶が上京して四日目。

今日は、葉耶自身の友達で、当時祐子の同級生でもある坂巻 佳奈と田所 厚樹に会うことになっている。

葉耶は会う必要がないと思うのだが、山槌は全てを見なければ何も見えてこないと言ったのだ。

葉耶にとって、仲は良かったにしろ佳奈は苦手とする部類の人間だったし、田所とも学校を出てまで会いたいと思う人間ではなかった。

(だけど、何か関わってるとは思えないよなぁ)

その考えを振り切るかの様に、事務所のドアを押した。

もう、大分この不快にも近いカビ臭さにも慣れてきた。

手に持つコンビニの袋には、二人分の弁当と葉耶のアイスクリーム、それと歯ブラシが入っている。

ギシギシと鳴く古い階段を登る。

(でも、私は真実を暴くことを山槌にお願いしたんだっけ。

あの男が、今の私の願いを聞き入れて、叶えてくれる人なんだ。まぁ、出来るかどうか疑わしいけど)

踊り場に着き、目の前にあるドアノブを掴もうと手を伸ばしたその時。

バタンッ

「あわっ?!」

実にマヌケな叫び声だが、人間いざって時ドラマの様にはいかないのである。

(ちょっ・・・・何?!)

勝手に開いたドアを睨みつけながら、状況整理を試みる。

ドアの向こうから顔を出したのは、寝起きでアロハシャツの山槌。

しかも、ボタンが一つもかかっておらず、頭はボサボサだ。

「葉耶さん、アンタ何処に行ってたんだ?」

「あんたこそ、そんな変態チックな格好で何処行くつもり?」

葉耶に、『キャー』などと言って、顔を覆う普通の女の子のような反応をする様子はない。

元々、葉耶に女らしさが欠けているわけではないのだが、山槌と暮らす上で、こんなことで驚いていてはいられないのだ。

「君が我が事務所の全財産と共に消えたから、ビックリしてね」

山槌が笑いかけると、葉耶は自分で立ち上がり、事務所に入っていく。

客用のテーブルにコンビニ袋を置くと、ドサッと座り込んだ。

「これのこと?」

葉耶がポケットから古くさいガマ口財布を取り出す。

「そう、それさ。勝手に人の金を使わないでほしいな」

腕を組み、いつもとは違う挑戦的な口調で葉耶に近づき、顔を葉耶の耳元へやる。

葉耶が首を山槌に向けると、般若の顔に早変わりした。

「このたわけがぁっ!!」

ベシッ

葉耶の鉄拳が、山槌の頭部に切れよく入る。

「あたっ」

山槌がズレたサングラスを直し、ジンジンしている頭に手をやった。

葉耶は怒り狂って立ち上がり、財布を山槌に投げつけた。

「何が全財産よっ! 137円しか入ってないじゃないっ。アホらしくて、自分で払ってきたわっ」

山槌は愛想笑いを浮かべると、すまんと頭を下げた。

「あんたの分の弁当もあるから、さっさと食べて出かけるわよっ」

葉耶の声に、山槌は小さくなりながらも頭をポリポリとかいた。

                      

「久しぶりね、葉耶。何年ぶりかしら」

佳奈は座りながら、向かいに座っている葉耶に声をかけた。

個室になっている和の雰囲気を漂わせる喫茶店に、佳奈と田所は連れ合ってやってきた。

葉耶が東京にいる佳奈と田所に連絡をとり、ここへ呼び出した。

調査の事は、もちろん秘密だ。

佳奈の性格からすると、呼んでもこないか、やってきて怒りだし、飲み散らかした挙げ句、喫茶店の伝票に手をつけずに帰ってしまうのがオチだ。

葉耶は一段と派手になった佳奈を見つめ、ひきつりながら笑顔を作った。

瞼に綺麗にひいた赤いアイラインは、糸のように細く、佳奈の持つ妖艶さを一層強くさせる。

「久しぶり。元気だったみたいね。厚樹も、相変わらずだし」

葉耶は佳奈の隣でオーダーし終えた田所に視線を移した。

彼は昔から、佳奈と一緒にいたので、注文するの品も全て把握してるらしい。

彼は、女受けしそうな外見の持ち主で、相変わらずその顔は涼しい笑顔をたたえている。

「久しぶり。葉耶は地元に戻ったって聞いてたけど、こっちにきてたんだな」

「まぁ、いろいろあってね」

葉耶はこれ以上、自分について話したくないとでも言うように強く言い切った。

佳奈は葉耶の態度に気づき、さりげなく話題を変えた。

「ところで、葉耶。隣にいる人は誰なの?」

佳奈の視線の先には、いつものスタイルの山槌が座って昆布茶をすすっている。

「あぁ・・・・これは、単なる・・・・ち、知人よ。そこで会ったから、お茶しようってことになって。しかも、佳奈たちを呼び出した後だったから。大丈夫、変に見えるケド悪人ではないから」

葉耶は苦しい言い訳をしながら、音をたててお茶を飲む山槌を肘でつついた。

「嘘が見え見えよ。私たちを同席させるんだから、何かあるんでしょ?その人」

葉耶はビクッとして佳奈を見つめた。

(ヤバい、もうバレたかっ。)

田所も、葉耶に対して意味ありげな視線を投げている。

葉耶は山槌の服の裾を強く掴んだ。

じんわりと手に汗が滲む。

山槌は涼しそうな顔で、お茶すする。

[この暑いのに、熱い昆布茶ってのがおかしいが、そこは敢えて誰もツッコまなかった]

たっぷりマスカラを含んだ睫をバチッと開け、刺すように山槌と葉耶を見つめる。

「その人・・・・葉耶の婚約者でしょ?!」

「はっ?!」

葉耶は、『何言ってんの?!』と続きそうになったが、山槌が葉耶の足を蹴った。

「ったっ!?」

葉耶の叫びを消す様に、山槌が言葉を発した。

「実はそうなんです。もうすぐ、式を挙げる予定なんですが、誰を呼ぶかって話をしたら、彼女が会わせたい友達がいるって言うもんだから」

(何言ってるのよ、この男っ?!)

葉耶が叫びそうになったその時、山槌が軽い目配せをした。

その山槌の動作に動きを止め、立ちかけていた体をイスに任せた。

(もしかして・・・・バレないように演技しろってこと?)

葉耶が俯いて考えているのを、佳奈は照れているのだと勘違いし、田所と視線を合わせて、笑い合う。

田所は微笑みながら、山槌に相づちを打つ。

「やっぱり、そうでしたか。いや、佳奈と二人で話してたんですよ。もしかしたら、結婚の報告じゃないかって」

「まだ、本格的には計画していないんですがね。ところで・・・・」

山槌がいつもの笑みを見せながら、湯呑みをコトッとおいた。

「宮脇 祐子さんとは、誰なんです?」

田所と佳奈はハッと息を呑み、身に纏う空気を変えた。

特に、佳奈はいきなり聞かされた『宮脇 祐子』の名に狼狽の色を隠せないでいる。

葉耶は、その状況を黙って見守ってる。

山槌はその反応を楽しむかのように、言葉を続けた。

「葉耶さんのお友達を呼ぼうとしたんですがね、宮脇 祐子さんの名前を口にした途端、何も言わなくなってしまって。彼女も是非呼びたいんだが・・・・」

山槌の横顔を見つめ、葉耶は背筋に鳥肌を立てた。

(こいつ・・・・とっさにこんな嘘を考えて、しかもとちらずにスラスラと話すなんて。やっぱり、ただ者じゃない)

話を聞くと、田所はそうですかと呟いた。

「・・・・では、お話しましょう。葉耶だって、このまま祐子のことを偽って、式を迎えたくないだろうし。佳奈も良いよな? 」

葉耶はうん と、微かな声で応えた。

そうでなくては話が進まない。

葉耶の反応を確認した後、田所は佳奈を見つめた。

下を向いたまま、佳奈が動く様子はない。

「佳奈。話すからな」

田所の言葉にビクッと反応したが、ゆっくり頷いた。

山槌は佳奈の様子を目に留めると、素早く田所に向き直る。

田所の言葉を待っているのだろう。

「・・・・宮脇 祐子というのは、俺たちの大学時代の友人です。俺たち三人と、祐子と、当時祐子の恋人であった友人との五人で良くつるんでました。」

山槌は冷静な顔で相づちを打つ。

「二年前の夏のことでした。突然、祐子は消えてしまったんです。彼女は寮に入っていたんですが、その時佳奈と同室で、いつもきちんと帰ってくる祐子が帰ってこないと申し出たんです。そうだよな?」

「・・・・え、えぇ」

佳奈はボーッとしていたが、いきなり振られてハッとした。

そんな佳奈を山槌がじっと凝視したので、佳奈は重い口を開いた。

「・・・・いつも、祐子は遅くなるときに連絡をする人だったから、少し心配になったの。確かに、大人だから心配することもないかって思ったわ。でも・・・・」

「でも?」

山槌を見やり、佳奈は俯いた。

「私・・・・彼女とケンカをしたの。しかも、口が過ぎたって後悔するくらいの。祐子は何も言わずにいなくなってしまったから、余計に心配で。私の・・・・私のせいよ。皆、私が・・・・」

佳奈の目に涙が浮かぶ。

葉耶が初めて見た佳奈の涙だった。

田所がハッとして、佳奈の腕を掴んだ。

「佳奈。関係ない人にそんなことをしゃべってどうするんだ。疲れてるんじゃないのか?ここのとこ、寝てないから無理がたたったんだ」

佳奈は頭の横に手をやり、目をぎゅっと瞑った。

「頭、痛い」

「鍵を渡すから、先に車に行って休んでろ」

田所は半強制的に佳奈を喫茶店から出した。

そんな佳奈の表情は、まるで蝋人形のように頑なで、無表情だった。

入り口まで佳奈に付き添ってから、田所がさっと戻ってきた。

「すみません。お騒がせしちゃって」

「いえ。こちらも、イヤなことを思い出させてしまって申し訳ない」

山槌が軽く頭を下げると、田所が自分の前にきたコーヒーに口をつけた。

「当時、佳奈や嵩也は拷問のような取り調べをされましてね。

その恐怖からか、彼女はあのことを話すと、時々錯乱状態に陥るらしいんです。

あ、嵩也っていうのはさっき話に出た仲の良かったもう一人の友人でして・・・・祐子の恋人でした。」

葉耶は昔の佳奈のイメージ像と今の佳奈をくっつけようとした。

が、あまりに違いすぎて繋がらない。

佳奈を変える何かがあったのだろうか。

山槌はそうですかと頷いて、席をたった。

「こちらはもう分かりましたから、良いですよ。佳奈さんのところへ行ってあげて下さい」

「しかし・・・・まだ祐子のことは・・・・」

山槌が微笑むと、田所はしどろもどろになった。

「後は、こちらの問題です。葉耶さんと話し合いますから」

田所は何回も頭を下げながら、伝票を掴んで喫茶店を後にした。

葉耶は山槌を見つめた。

(どういうことなんだろ・・・・しかも、ケンカの話をした時の厚樹の慌てよう・・・・。

皆、私に何かを隠してるんだ。それとも、世間に?)

オレンジジュースのストローに口をつけながら、葉耶はさっきのお返しに足を踏みつけた。

もちろん、山槌の叫び声がこだましたことは言うまでもない。


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