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size3 時計が運命を刻む

「あれは私が大学三年の時に起こった二年前の夏の丁度今頃のことだった」

葉耶は綺麗なハンカチを膝に置いて、手のひらをきつく握った。

時計が古めかしい音で、二時半の鐘を打つ。

「ある一人の女子大生が行方不明になったの。彼女の名前は、宮脇 祐子。私と祐子は当時、同じ看護学科の生徒だった。私と彼女の出会いは、入学してから数ヶ月経った後に入ったサークルに、丁度同時期に入ったことで、彼女は比較的大人しい性格だったけど、しっかりしていて、落ち着いていて、腰にサラッとかかる髪なんか女の私でもハッとするくらい綺麗で、正直憧れてたの。あんな風になりたいって、思わせるようなそんな人なの」

山槌はフン、フンと相づちを打ちながら、その部屋にあるファイルを取り出した。

ページをさらさらとめくると、そこに髪を後ろに流している女性の顔が現れた。

「その事件とは、これかな?」

葉耶は、見せられたファイルの中にある新聞の切り抜きを見つめて、そっと頷いた。

ファイルの中の彼女を見つめながら、目に涙を溜めていた。山槌は懐から七色のタバコを出した。

「それで、彼女はどんな境遇に育ったんだい?」

タバコを取り出した山槌の言葉にハッとし、涙をハンカチで押さえながら、口を開いた。

「彼女は幼い頃に父親を亡くしていて、お母さんの手で育てられたの。とても芯の強い方で、子供の前では弱音を吐かずに、常に笑顔を絶やさない人だった・・・・・」


「だった?」

山槌は片方の眉毛をピクッと上げ、タバコに火をつける動作を止めた。

「亡くなったのよ、二年前に。祐子がいなくなってから体調をくずしてしまって、結局そのまま・・・・・。元々、身体にガタがきてたってお医者さんも言ってたわ。祐子が看護を勉強してたのは、日頃身体をあちこち痛めていたお母さんを助けてあげたいからだったのに」

ハンカチを握る手に力がこもる。

山槌は彼女の動作を見て見ぬ振りをしながら、質問を始めた。

「彼女の出身地は?」


「・・・・・そんなこと、事件に関係あるの?」

葉耶は依頼をしても、まだ山槌探偵を信じていなかった。

もしかしたら、新手の詐欺かもしれない。

『オレ、探偵詐欺』 あ、今は違うか。

『依頼しろ詐欺』とか? なんて、一人でバカやってる場合じゃないんだった。

確かに、腕はスゴい(ハズ・・・・・)。

でも、人間性は疑う余地あり。そんな葉耶の心を見抜いてか、山槌は苦笑した。

「残念だが、私に出身地を聞き回る趣味はないんでね。ただ、聞かないと頭の中で宮脇 祐子のイメージが成立しないんだ」

葉耶は半信半疑で首を傾げながらも、質問に答えた。

「祐子の実家は都内にあったわ。もちろん、私たちの通っていた大学も都内よ。でも、祐子は実家が遠いせいか、寮に入ってたみたい」

「ふーむ・・・・・」

山槌は軽く頷きながら、次の質問を口にした。

「彼女の交友関係を出来るだけ詳しく教えてくれ」

「・・・・・そうね。祐子は人間関係に対して、狭く深くだったから、仲良かったのはサークルのメンバーの中でも、私と他の三人くらいだったかなぁ。一人目は、坂巻 佳奈。介護福祉学科の生徒だったの。佳奈は美人で、いつも周りに異性がいて、自分が美人だって事を十分に意識してる子だった。多少、性格はキツかったけど、悪い子じゃないの。思いやりもあるし。でも、たまにカッとなっちゃう時もあって、まぁ手の焼く子だったな。本命がいたらしいんだけど、佳奈は結構プライドが高かったから、その話には触れたことはなかったし。最近は会ってないけど、聞く話だと介護の仕事の傍ら、ボランティアをしてるみたい。あの子、大学の資格だけとりたかったらしくて、介護なんか死んでもやりたくないって言ってたのに、なんでやる気になったんだろ・・・・・」

葉耶はため息をついて、窓の外を見た。

一番暖かくて、日が落ちるとすぐ寒くなる時間だ。


 窓に射す光は黄ばんでいるレースのカーテンを透かして、トパーズのような輝きを放っている。


山槌はタバコを『〇〇協会』と書いてある、銀色の灰皿へ押しつけると、葉耶の話を促した。


「二人目は田所 厚樹っていって、彼は同じ福祉科でも、社会福祉科だったんだけど、佳奈にご執心で良く一緒にいたなぁ。と、言っても厚樹もそこそこ女受けが良くて、いつもおちゃらけてたから、厚樹の本命が佳奈だってことは、私たち以外しらなかったみたい。佳奈だって、本気でとったことなかったもの。今は、父親の友人が経営してる福祉関係の企業に就職したって。最後は・・・・・・」

葉耶が口を(つぐ)んだ。

山槌は葉耶を優しく見つめ、彼女の口が開くまでずっと黙っていた。

「深見 嵩也。真面目で、好感が持てて、優しい人で、祐子の恋人だった。嵩也と祐子は婚約までしてたのに、祐子はいなくなって、嵩也は・・・・・・まだ、祐子を待ってる。彼には、両親がいなくて、病気に侵されている妹をかかえて、一人で頑張ってた。妹の為に何かしたいって言って、医学科にせきをおいていたの。その時、祐子と出会って・・・・・。彼は、今お医者さんになって、妹さんは臓器の移植が叶って、二年遅れの高校に通ってるって聞いたわ。妹さんも、祐子と何回か会ったことがあったみたいで、とても懐いてたって。祐子が行方不明になって、一ヶ月近くふさぎ込んでた。・・・・・私たち五人は、年も同じで良く一緒にいたわ」

葉耶は話し終わると、潤んだ瞳で日の当たらなくなった窓辺を見つめていた。

「他には、誰か・・・・・」


「他? ・・・・・あ、いたわ。祐子と仲の良かった人。大学の前にある喫茶店のマスター。祐子の亡くなってしまったお父さんと同い年で、マスターを慕って、良くコーヒーを飲んでたわ。それと、私と祐子を教えていた音梨教授は、祐子に良く目をかけてたわ。もう、よぼよぼのおじいちゃんだけど、昔は超一流の名医だったらしいの」

葉耶の言葉を聞くと、山槌は軽く頷いた。

「大体、解ったよ。もちろん、この事件のことも」


「それって・・・・・ 祐子がどこにいるかってこと?!」

ガタンッテーブルに手をつき、山槌の方へ身を乗り出した。

「まぁ、まぁ。落ち着いて。ある程度は解ったが、まだ解らない箇所がある。明日から、二週間都内に滞在することは可能かな?」


「もちろんよっ。そのために、高速バス代出して、ここまできたのよ。仕事だって、どうせ地元にないし、ついでにこっちで仕事見つけようって気できたから、当分は帰らないわ」

大きく、バンビのような瞳を見開いて、葉耶は熱弁を奮う。

山槌は目を細め、目の前の依頼人を見つめた。

セミロングの茶髪に、分けられた前髪。

白い肌と可愛らしい外見からは、この口の悪さは想像できない。

首をすくめながら、時計を視界に入れる。もうすぐ、五時を迎えようとしていた。

「そうか・・・・・。じゃ、明日君の母校へ行こうじゃないか」


「母校って・・・・・大学?」

葉耶はソファに座り、落ち着きながらも山槌に問う。

「あぁ。・・・・そういえば、君は今日どこに泊まるんだ? 泊まるホテルの電話番号と念のため携帯番号を教えてほしいんだが・・・・・」

山槌はそう言うと、広告の切れ端を破り差し出した。

本当は、契約書を書かなきゃなんだけど、面倒なのだろうか、一向に出す気配はない。

だから、こんな奴信用出来ないのよっ。

「ホテル? とってないわよ」


「まだとってないのか」

葉耶は平然としながら、ソファの後ろから荷物を取り出した。

「まだじゃないわよ。私はまだ、アンタを信用したワケじゃないわ。依頼料とられて、ドロンじゃ困るからね。依頼が終わるまで、ここに居座らせていただきます」

目を白黒させる山槌に、にっこりと笑ってズカズカと奥へ。

そんな葉耶を見て、山槌はため息をついた。

「こりゃ、大変なことになったぞ」

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