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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第8章 天空の神殿と世界の真実
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第79話 クイーン/穴があったら入りたい

     -クイーン-


 もし、アリシアお姉ちゃんがこんなところに来たら、きっと卒倒しちゃうだろうな。確かアリシアお姉ちゃんは虫が大の苦手だったはずだもの。


 ヴァリスさんは敵の気配がする方向を“超感覚”で感じ取りながら、迷いもなく歩いています。わたしが少し場違いなことを考えてしまったのも、その背中がすごく頼もしくて、つい気が緩んでしまったせいかもしれません。


〈グルアガアアアア!〉


 合図に合わせて耳を塞いでも心臓に悪い“竜の咆哮”ですが、その分絶大な威力を発揮します。ただの一声。それだけで『蟻』たちは戦闘能力のほとんどを失ってしまうのです。

 後はわたしが火属性などの【精霊魔法】(エレメンタル・ロウ)でとどめを刺すだけでした。


「だいぶ進んだみたいですけど……」


「あり得ない広さの空間だが、これも『魔族』どもの【魔法】とやらか。 む……来たぞ。気をつけろ。今までの奴らとは違うようだ」


「は、はい!」


 わたしは慌てて気を引き締めなおすと、いつでも【精霊魔法】(エレメンタル・ロウ)を展開できるように『差し招く未来の霊剣(エレメンタル・ブレード)』を構えました。


 ブゥーン……、ブゥーン……。


 低く、小さかったその音は徐々にその大きさと数を増してきて、やがてわたしたちの周囲を取り囲んでいきます。

 “竜の咆哮”もなるべく敵を引き付けてからの方が効果が高いので我慢していたものの、『蟻』たちのあまりの数に生理的嫌悪感を抱いたわたしは、すぐにでも炎で焼き払ってしまいたい衝動に駆られてしまいした。


「は、羽蟻?」


 ──そう、わたしたちに周囲を囲むのは羽を生やした巨大な『蟻』たちです。地面や壁を這いまわりながら羽を細かく振動させ、時折宙に浮かび上がったり降りたりと、まるで準備運動でもしているみたいです。


「『羽音』か。厄介だな。……シャル、奥の方の連中には“竜の咆哮”が届かない恐れがある。気を付けろ」


「……はい」


 き、気持ち悪い……。こんなのアリシアお姉ちゃんどころか、わたしにも耐えられません。一刻も早くやっつけないと……。


「いくぞ!」


 ヴァリスさんは再び“竜の咆哮”を放つと、ピクピクと倒れている『羽蟻』たちを踏み越えながら、群れの奥に向かって跳躍していきます。遅れて聞こえてくる、激しい打撃音。一方で残されたわたしにも、混乱したように暴れまわる『羽蟻』が数匹、近づいてきました。


「いやっ! こないで!」


 わたしは手にした『剣』をがむしゃらに振り回し、近づく『羽蟻』たちを次々と切り刻みます。


〈風よ。刃に宿れ〉


 わたしは少しでも『羽蟻』たちを近づけたくない一心で、『剣』の周囲に風の刃をまとわりつかせ、長さを伸ばした状態にすると、狂ったように振り回しました。


「だめ! こないで! いや!」


 固いものと柔らかいものを同時に斬ったような、気持ちの悪い感覚が手に伝わってくることに怖気おぞけを感じてしまいます。


 ──それから、どれくらいの時間がたったでしょうか? 

 大声で叫ぶヴァリスさんの声が聞こえました。


「シャル! もう終わった! ここには敵はいない。落ち着いて剣を収めろ」


「はあ、はあ、はあ! ……え?」


 気づけば、わたしのまわりにはこれ以上ないくらいに細切れになった『羽蟻』の死体があって、わたしの身体にも少しですが『羽蟻』たちの体液がこびりついていました。うう、気持ち悪い……。


「もうすぐだ。この先に、大きな気配がある」


「は、はい。す、すみませんでした。その、取り乱しちゃって……」


 わたしは恐る恐るヴァリスさんの表情を窺う。戦闘中に我を忘れて暴れてしまうなんて、ヴァリスさんも呆れているんじゃないでしょうか? ……もしかしたら怒っているかもしれません。

 でも、わたしの目に映ったのは意外な表情でした。

 ──笑ってる? 少しだけど、確かにヴァリスさんの顔には笑顔があります。それは「微苦笑」と言うべき表情かもしれませんが、悪い感情は無いようです。


「アリシアなら、とっくに気絶しているところだ。気にするな」


 わたしはびっくりして言葉もありませんでした。まさか、ヴァリスさんからそんな冗談が聞けるなんて!


「どうした?」


「い、いえ、行きましょう」


 わたしは内心の驚きを胸にしまうと、そのまま『蟻の死体』を踏まないように歩きはじめました。


 そして、とうとうわたしたちは洞窟の最深部ともいうべき場所に辿り着いたのでした。

 ……辿り着かなければよかった。ソレを見たとき、わたしは心の底からそう思いました。


「ふむ、さすがに壮観だな」


 『壮観』の言葉の使い方が間違っています……。

 わたしたちの目の前には、洞窟の中とは思えない広大な空間が広がっています。

 部屋の中には無数の『蟻』たちがうごめき、繭のようなものから張り巡らされる糸の間には卵が置かれ、足のない幼虫がもそもそと動き回っています。


「中心にいるのが、『女王蟻』というわけか」

 

 ヴァリスさんの視線の先には、他の蟻たちの数十倍はあろうかという巨体の生き物の姿が……。不気味にうごめく巨大な胴体が身体の大部分を占め、上半身には辛うじて他の『蟻』との共通点ともいうべき触覚や顎、複眼などが見えますが、繭の糸で宙吊りになっているため、到底身動きなどできないでしょう。その腹からは、次々と『卵』ではなく、『蟻』そのものが生み出されています。


「よし、シャル。ここなら遠慮はいらん。一気に行くぞ!」


 言われるまでもありません。こんな気持ちの悪いもの、一刻も早くなんとかしなくちゃ……。わたしは胸元の『樹精石の首飾り』をつかみ、『差し招く未来の霊剣(エレメンタル・ブレード)』を振りかざします。


〈沸きて高ぶり形を崩し、世界を(ほど)く〉

〈渦巻き集いて形を成し、世界を結ぶ〉


 発動する【精霊魔法】(エレメンタル・ロウ)は融合属性の《融解(メルト)》、そして直後に《凝固(ソリッド)》。


 『樹精石』と『差し招く未来の霊剣(エレメンタル・ブレード)』の力で増幅された《融解(メルト)》により、広間の床はあっという間にどろどろに溶け、うごめく『蟻』たちを飲み込んでいき、直後に発動した《凝固(ソリッド)》によって固さを取り戻した床は、彼らの動きを拘束し、生き埋めにしてしまいました。


「よし、あとは『女王蟻』のみだ!」


 ヴァリスさんは全身に気功を漲らせると、『女王蟻』目がけて猛然と走り寄っていきます。……うう、すごい勇気です。

 ヴァリスさんは、絶え間なく生み出され続ける『蟻』たちをこともなげに蹴散らしていき、瞬く間に『女王蟻』に接近すると、躊躇なくその腹に拳を叩き込みました。

 でも、あっけなく破れる腹からあふれ出したのは、気持ち悪い体液──ではなく無数の『蟻』たち。至近距離で彼らに囲まれたヴァリスさんは、口を開いた『蟻』たちから液体を浴びせかけられました。


「ぐっ!」


 これにはたまらずヴァリスさんも飛びさがって後退しましたが、全身からシュウシュウと煙が上がっています。


「ヴァリスさん!」


「構わん! この程度は自分で治せる!」


〈グルアガアアアアアア!〉


 ヴァリスさんは“竜の咆哮”を使いましたが、新しい『蟻』たちには効果がありません。

 わたしはふと、ヴァリスさんの周囲に散らばる『蟻の死体』に目を留めました。これって、もしかして……


「ヴァリスさん! この『幻獣』、群れ全体で一個の個体なんです! だから、咆哮に耐性がある『蟻』を生んだのかもしれません!」


 『幻獣』でありながら倒されても消滅しない肉体なんて、普通ならありえません。つまり、これまでの『蟻』たちは『倒されて』はいなかったと考えるべきなのでしょう。


 さながら戦うために改良された『兵隊蟻』。もしかすると彼らには、炎の魔法も効きにくいかもしれません。


「ならば、これまでの以上の力で倒すのみだ。……シャル、【生命魔法】(ライフ・リィンフォース)を!」


 え? でも、回復はいらないってさっき……。


「強化魔法だ!」


「あ、は、はい!」


 武芸大会以降、ヴァリスさんには大きな変化がありました。その中でも顕著なのは、今みたいに積極的に仲間のことを頼るようになった点です


〈みなぎる力、戦士は揺るぎなき信念とともに〉


戦士の剛腕(パワーアーム)


 ただでさえ、気功術で強化されたヴァリスさんに強化魔法を重ねがけすれば、その力は計り知れません。わたしは自分に向かって飛んでくる『羽蟻』を氷の【精霊魔法】(エレメンタル・ロウ)で撃ち落としながらも、ヴァリスさんに『兵隊蟻』が粉々に吹き飛ばされていく有様を固唾を飲んで見守りました。


「ぬおおおお!」


 浴びせかけられる酸をかわし、振り下ろされる前足を打ち砕き、掌打で胸甲を打ち破る。

 一匹の身体を掴んで振り回し、もう一匹へとすさまじい力で叩きつける。

 誰にも手が付けられない勢いで暴れに暴れるヴァリスさんに、みるみるうちに駆逐されていく『兵隊蟻』。


 そしてとうとう、ヴァリスさんは再び『女王蟻』のもとまで到達すると、今度は宙高く飛び上がり、前方に宙返りをするようにしながら、その踵を『女王蟻』の頭部めがけて振り下ろします。


〈ギシャアアア!〉


 強化に強化を重ねたヴァリスさんのその一撃は、巨大な『女王蟻』の脳天から下腹部に至るまでを一気に両断し、真下で生まれつつあった『兵隊蟻』までもまとめて叩き潰してしまいました。


 すると、どうでしょう。『女王蟻』の身体はぼろぼろと崩れ落ち、そのまま消滅していきます。そして、それに呼応するように、周囲にあった『蟻』たちの残骸も崩れ去っていったのです。


「ふう、ようやく片付いたな」


「やっぱり、ヴァリスさんは強いですね!」


 わたしはヴァリスさんの元に駆け寄りながら、思わずそう声をかけました。

 何がすごいって、蠢く腹を抱えた気持ちの悪い『女王蟻』を前に、まったく怯むことなく正面から攻撃できてしまえるというのが、尊敬に値します。


「ふん。まあ、この程度、造作もないことだ」


 そんな言葉を言いながらも、ヴァリスさんの顔は少しだけ誇らしげに見えました。



     -穴があったら入りたい-


 訓練塔最上階の連絡通路から中央塔へと至ったルシアとエイミアの二人は、上の階へと続く昇降機の前で他のメンバーと合流を果たした。


「お、これで全員そろったみたいだな」


 最後にやってきたヴァリスとシャルの二人の姿を確認し、ルシアが安心したように息をつく。


「すまん。遅くなったようだな」


「いや、大して待ってないよ。それにしても、やっぱり皆のところにも『幻獣』が?」


 エリオットの言葉に頷く一同。だが全員が、なにやら怪訝な顔をしている。いったい、どうしたというのだ?


「……わからないな。確か『幻獣』というのは、召喚系の【スキル】所持者が【幻獣界】からの召喚・契約によって使役するもののはずだろう? 術者もなく勝手に動くというのも不思議だし、何よりここで現れた連中は強すぎないか?」


 エイミアが首をかしげながら疑問を口にする。


「でも、『幻獣』には間違いないです。モンスターと違って、倒された後は消滅しちゃいましたし……。だから、あれは仮初の肉体を持っただけの『幻獣』だと思いますけど……」


 シャルは自分で言いながらも途中から自信を無くしてしまったかのように、尻すぼみに言葉を途切れさせる。


「うん。あたしが“真実の審判者”で見た限りでも、それは間違いないんだけど……」


〈ルシア。さっきから皆は何を疑問に思っているのだ?〉


 わらわは我慢できなくなって、ルシアにそう問いかける。


〈ん? ああ、俺たちの知る『幻獣』ってのは、『ファルーク』や『リュダイン』みたいな召喚獣なんだよ。そうじゃない『幻獣』ってのは、今の世界じゃ存在できないから【幻獣界】に避難してるんだって聞いたことがあるんだけどな〉


 ふむ。どうやら人間たちには大きな誤解があるようだ。ふふん。ここはひとつ、わらわが迷える人間たちを教導してやろうではないか。


〈『幻獣』というのはな。本来は『神』に創られし『幻想生物』のことを指すのだ〉


〈幻想生物?〉


〈うむ。つまり、【事象魔法】(コマンド・オブ・ルーラー)だな〉


〈じゃあ、あの【リーパー】みたいな現象だってことなのか?〉


〈いいや、あんな紛い物ではない。本物の『幻獣』はマーセル神族が生み出した、いわば芸術とも言うべき、紛れもない『生命』そのものだ。だから子孫を残すこともできるし、そうして世界に定着すれば、受肉して本物の肉体を持つことも可能だ〉


〈じゃあ、なんでこの世界に留まっていられないんだ?〉


〈わらわにも今の世界の状態はよくわからん。だが、ひとつ言えることは、『ファルーク』や『リュダイン』のような連中は、もっと遥かに強力な存在のはずだということだ。モンスター化したとすれば、間違いなく単体認定Aランク、下手をすれば『魔神』並みの強さにはなったはずだぞ?〉


〈まじかよ。そりゃ、『精霊』とは別の意味で【幻獣界】だかに避難してもらいたい感じだな〉


〈実際のところ、【幻獣界】の存在理由もそんなところだろう。そしておそらく、【召喚】という技法には、彼らの力を制限して使用するような仕組みがあるのではないか?〉


〈……うーん、よくわからないけど、結局、ファラは何が言いたいんだ?〉


 相変わらず飲み込みの悪い男だ。もっとも、今回はわらわがあえて遠回しに話している部分もあるがな。


〈つまり、あの『幻獣』は『魔族』の【魔法】で造られた擬似的な『幻想生物』なのだろう。『神』の創りし本来の『幻獣』には及ばぬが、さりとて【召喚】によって制限を受けた召喚獣よりは強力な存在。まあ、その理屈で説明はつこう〉


 擬似的とはいえ、『魔族』にそんなものを生み出せること自体が驚きではあったが、奴らも多少は進歩しているということなのだろう。


〈なんだ。偉そうに言う割には、ファラだって推測で言ってるんじゃないか〉


〈な! なんだとう!〉


 せっかく親切心で教えてやったわらわに対するあまりの物言いに、つい心の中とはいえ、声を荒げてしまう。すると、


「え? 今の声って……」


「あのときの?」


 その場にいた全員が一斉にこちらを見ている。む、また声が聞こえてしまったのか?

 どうやら、わらわの感情が高ぶるとこういうことが起こるらしいな。


「あ、えーと、この際だから説明させてくれ。その、誤解も解いておきたいしな」


 ルシアはそう前置きすると、皆にわらわのことを説明し始める。……むう、自分のことを目の前で紹介されるのは、なんとも面映(おもは)ゆいものだな。


「なるほど。『自分の中のもう一人の自分が、シリルのことを愛していると叫んでいる!』というような話ではなかったのだな。うん。残念」


「まったく、何が残念なんですか……」


 エイミアの物言いにルシアが呆れたように顔を押さえる。すると、ルシアの袖口を軽く引っ張る気配があった。


「エ、エリオット……?」


 ルシアの顔が恐怖にひきつる。間近に見えるエリオットの顔は、相変わらずの無表情に見えて、裏に燃えたぎる何かを感じさせずにはいられないものがあった。


「ルシア。随分とエイミアさんと仲が良くなったみたいだね? やっぱり二人きりだと話すことも多かったのかな?」


「い、いや、待て! その、ほ、ほら! 厳密に言えば二人きりじゃなかったんだしさ。な?」


「……うん、まあ、そうかな?」


 納得したような、納得しないような、微妙な顔でエリオットは離れていく。大した執着ぶりだ。確かに、あれではルシアが怖がるのも無理はない。エイミアとの『事故』に関してはバレたが最後、その日がルシアの命日になりかねないな。


「……『ファラ』殿か。竜王様の親友……だったな。なら、『竜の谷』にお連れすべきだろうか?」


 ヴァリスが思案顔で口にする言葉を受けて、ルシアは「どうする?」とわらわに確認を求めるが、わらわはそれに首を振る。


〈こんな不完全な状態で会いにいくのもな……〉


 わらわがそう言うと、ルシアがにやりと笑うような気配を見せた。


「なるほどな。もっとおめかししてからじゃないと、恥ずかしいってわけだ。」


〈お、おめかしなどと! わ、わらわはそんなことせずとも、恥ずかしくなどない!〉


 再び集まる皆の視線。うあ、しまった……。また、聞こえてしまったみたいだ。


「うふふ。ファラさんって可愛いとこあるんだ? そうだよねー、千年ぶりに愛しい人に会うんだったら、おめかしは大事だもんねー?」


「だが、千年の時を超えての再会とは、ロマンチックな話じゃないか」


「はい。そこまでスケールの大きい話、本の中でも見たことないくらいで、素敵です……」


 うあああ! は、恥ずかしい! 穴があったら入りたいとはこのことだ! でも、えーと、その、入ると言ったらこの上なく、入って(?)しまってるし、いったいどこへ逃げたら!?


「えーと、まあ、そのくらいで勘弁してやってくれよ。もうこいつ、パニクっちゃてるぞ」


 ルシアがわらわを庇うようにそう言ってくれたが、そもそもがルシアのせいなのだ。この程度の気遣いで許してやるものか。


 ルシアたちは連れだって昇降機に乗り込んだ。音もなく上昇する昇降機の中からは、周囲を覆う透明な壁を透かし、夕日に照らされた広大な山脈と高原の景色が見えた。

 あれから千年の時を経て、この世界は歪み、危機的な状況が続いているとの話も聞くが、この景色を見る限り、わらわが生き、わらわが愛したあの頃の世界と、なんら変わることのないようにも見える。


「『魔族』……か。これだけの技術力があって、そのうえに何を求めているんだろう? 人間を実験台にして【因子所持者(ハイブリッド)】を造り、ギルドまで使って人間社会をコントロールして……」


 エリオットがぽつりと漏らしたその言葉には、いつになく複雑な思いが入り混じっているようだ。わらわはこの男のことをよく知らないが、それでもこの男の体内に眠る力の異常さは見てとれる。これではきっと、まともな人生を歩むことは叶わないのではないか。

 その力を『魔族』から無理矢理与えられたというのなら、恨むどころの話ではあるまい。


 わらわたち『神』を絶対視し、文字どおり崇め奉っていた『魔族』たち。『神』の多くはそんな奴らを喜んでかしづかせていたようだったが、わらわなどは気味の悪さしか覚えなかった。特にあのときの、『竜族』を敵に回すことすらいとわなかった絶対服従ぶりには、寒気を覚えたほどだ。


 おそらくは今もなお、奴らは奴らにしかわからない『何か』を行動原理に、あらゆるものを犠牲にして生きているのだろう。


「シリルの話じゃ、『魔族』の連中は『世界の理』とやらを神様みたいに崇めていたらしいけどな。まったく、狂信者ってのは気持ち悪いにもほどがあるぜ。自分の生きる道ぐらい、自分で決めてから歩けっていうんだ」


 ルシアの吐き捨てるような言葉は、奇しくもわらわが抱いた感想と同じものだった。『波長があっている』ということだろうか? わらわとルシアがこうも上手く適合できているのには、こういう理由もあるのかもしれない。


 いずれにしても、この先に待つノエルからは、わらわですら知りえない『世界の真実』とやらを聞かされることになるのだろう。だとしても、奴の言うとおり、間違えてはならない。その真実とやらはあくまでも、『魔族』にとっての真実でしかないのだ。

 そこから何を感じ、どう判断し、どんな道を選ぶべきか。


 それこそまさに、『自分で決めてから歩く』しかないのだから。


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