第77話 無音の戦い/わたしの願いに応えたもの
-無音の戦い-
この感覚は本当に久しぶりだ。
俺は、枝葉の陰に身を潜めながら軽く苦笑を漏らす。
かつて、誰よりも優れた隠密行動、略奪行為ができることに誇りを持っていた自分。けれど、その思いはあの日を境に大きく変わった。
すべてが氷に覆われた日。護るべきものすべてを失った俺を、【ヒャクド】は面白い玩具でも見つけたかのように拾い上げた。
【ヒャクド】
それは──世界を、人間を、運命を。すべてを手玉に取る存在。
奴にとって、運命に逆らって存在を続ける俺は、珍しかったのだろう。
俺に新たにあてがわれた『国』が、俺自身がかつて略奪を行い、飢えさせたことのある『国』だったということ自体、奴の行動が俺を憐れんでのものなどではないことを示していた。
「ったく、何で俺は、こんなもんがうまいぐらいで得意がっていたんだろうな……」
俺は、眼下を歩く巨大な甲羅を背負った『幻獣』を見下ろしながら、誰にともなくつぶやく。この眼に映るのは、かつて俺が、裏をかき、意表をついて優位を確保し、手にした【電撃】で気絶させるのに苦労した『敵国』の守備兵などより、遥かに知能の低い獣だ。
俺は目測で相手との距離を確かめると、音もなく飛び降りた。
そして、着地の瞬間には甲羅ごとばっさりと『幻獣』の身体を斬り裂き、消滅させる。
「ふう。これで五匹目だな」
ここまで俺は全くの無傷だった。それも当たり前だ。待ち伏せする相手を返り討ちにし、警戒する相手を不意討ちにして、意気込む相手を騙し討ちにする。それは、俺がかつての世界でなによりも得意としていた技なのだから。
とはいえ、相手が人間ではないということを失念したのは、まずかった。
周囲を警戒しながら進む俺に、かすかな羽ばたきの音が聞こえてくる。
驚いて見上げると、炎を纏った巨大な鳥がいた。影ができなかったのは、そいつ自体が微妙に輝いていたからだろうか。
「まじかよ!」
俺は慌てて大きく後ろに飛びさがる。一瞬前まで俺がいた地面に奴が放った炎の羽が無数に突き刺さり、一気に火の手が上がる。
「ぐあ!」
だが、そんなことを気にかけている余裕もない。飛びさがった先には、蛇のような『幻獣』がいて、俺の脚に深く牙を突き立てていたからだ。
「くそ!」
俺は素早く『切り拓く絆の魔剣』を蛇の身体に振り落とし、その胴体を真っ二つに斬り裂いた。
「う、く!」
蛇には毒があったらしい。俺の装備する『放魔の装甲』には、いまや毒を排出する機能もついてはいるが、瞬間的なものではない。目眩がして視界が霞む。
〈ルシア! 右斜め上空から来ておるぞ!〉
心に響くその声に反応し、俺は咄嗟に回避行動をとる。
再び燃え盛る炎の音。だが、完全にはかわし切れず、結構な火傷を負わされてしまう。
〈あちっ! でも、サンキュー、ファラ!〉
俺は心の中で礼を言うと、ようやく毒が抜けてきた身体を強引に動かし、続いて迫る炎の羽の群れを斬り散らす。たとえ無数の羽が飛来しようと、【事象魔法】の前には関係ない。なぜならこれは、『ひとまとまり』の攻撃だからだ。1つを斬ることは全てを斬ることに等しい。俺は一気に間合いを詰めると、『火の鳥』の身体を斬り裂いた。
これで、七匹目だ。
「っ痛! これは駄目だな。さすがにきつい。回復してもらった方がいいか」
足の傷はかなり深いうえ、火傷まで負ってしまった。この調子で単体認定Aランク並みの奴とぶつかるのは自殺行為だろう。ってか、普通にやっても勝てんのか、そんな奴に?
俺は足早にエイミアがいるはずの入口に戻る。……いや、もしかしたらエイミアだってあれは冗談で言っていて、実際には今頃俺の代わりに強敵を倒してくれてるかもしれないよな。
──な、わけないか。
入口に戻った俺の目に入ったのは、興味津々に映像装置のモニタらしきものをいじくり回しているエイミアの姿だった。
「えっと、エイミアさん?」
「ん? おお、悪い悪い。治療が必要かな?」
「……ええ、お願いします」
なんて呑気な人だろう……。もしかしてこの人、周りの誰もがみんな、自分と同じくらいに強いとか、誤解しているわけじゃないよな? 治療を受けている間、ぼんやりとそんなことを考える。
「いやあ、それにしてもなかなかやるじゃないか。ああいう戦いは得意なのか?」
「え? ああ、そうですね。隠密戦闘術って奴は、俺の故郷じゃ必須技能でしたから」
「故郷、って確か【異世界】だったか。ふうん。今度是非、君のいた世界がどんなところか教えてもらいたいな」
「え? はい、じゃあ、そのうちに」
そういえば、そんなことを聞かれたのは初めてだな。考えてみれば、どうして誰も聞いてこなかったのだろう?
〈阿呆が。二度と戻れない故郷の話など、わざわざ持ち出すはずがないだろう。〉
〈そうか、つまり気を遣われていたんだな。まったく、そんな必要ないってのに。〉
ファラと会話しながら、ふと疑問に思う。つまり、エイミアは俺に気を遣ったりはしないってことなのか? ……まあ、彼女の場合、誰に対してもそうなのかもしれないが。
「じゃ、行ってきます!」
「うん。気をつけて」
ひらひらと気楽そうに手を振るエイミアに見送られつつ、俺は再び、戦場へ向かう。
そして、どうにか八匹目の巨大昆虫型の『幻獣』を倒したところで、俺は『そいつ』に出会った。
「こ、こいつがAランク?」
さっきの『昆虫』もそれほど強くはなかった以上、こいつがそうなのだろう。だが、その姿は……。
「いったい、どういうことだよ! なんでこれが?」
俺の目の前にいるのは、言うなれば『人形』だ。黒光りする四肢は関節の部分がいびつに細くなり、頭部にあたる部分には黒い水晶玉のようなものが存在している。人形ともいえない人形。俺はこれに、見覚えがあった。
「『機械兵』だと? なんでこんなもんがここに?」
それは『奴』の手先となって働く兵士の総称だ。人間が規定外の行動をとろうとしたとき、それこそ音もなく現れ、確実かつ迅速に『始末』する。
あの世界の人間にとっては、畏怖の対象であり続けた物言わぬヒトガタ……。
「ふざけやがって……」
俺は低く唸る。
〈ルシア。あれはおそらく、擬態だぞ? お主の世界にいたモノそのものではない。〉
〈……ああ、わかってるよ。つまり、そういう能力のある敵、なんだろ?〉
モンスターも単体認定Aランク以上の奴は、特殊な能力を備えるものがいるらしいし、この『幻獣』もその類なのだろう。でも、そうとわかってはいても、目の前の異形に対し、胸の奥から湧きあがる強い憎しみと怒りが抑えきれない。
『機械兵』は、円錐状に鋭くとがった右腕をかざし、俺の心臓目がけて突きこんでくる。一切の無駄がない、ただ殺人という目的を果たすためだけの洗練された動作だ。
俺はその一撃を身を捻りながら回避し、目の前を通過しようとする『機械兵』目がけて『切り拓く絆の魔剣』を振り下ろす。
しかし、そいつは人間にはありえない急制動をかけると、強引に飛びさがって間合いを取り、左腕をジャラジャラと音を立てて伸ばしながら俺に叩きつけてくる。
「チェーンカッターだと!? そんなとこまで忠実なのかよ!」
鞭のようにしなる軌道は回避が極めて困難だ。咄嗟に身体をかばう俺の腕を、鎖に連なる刃の一つ一つが切り刻んでいく。
「ぐああ!」
だが、身体に巻きつかれなかっただけましだろう。そうなれば、全身が一瞬でズタズタにされたはずだ。
「くそ!」
俺は闇雲に剣を振り回し、どうにかその厄介なチェーンカッターを斬り飛ばす。
〈たわけ! 気を落ち着けて戦え! 動きが雑になっているから攻撃があたらんのだ。〉
そう叱咤するファラの声も俺の耳には届かない。いや、わかってはいるが、落ち着くことなんてできなかった。
「ふざけやがって! 何度でも壊してやる! お前の紡ぐ運命なんか、もうたくさんだ!」
俺はあの世界で唯一、『機械兵』を破壊したことのある人間だ。いや、破壊しただけなら他にもいただろうが、そのうえで『生かされた』人間など他に皆無だっただろう。
「うおお!」
俺は『機械兵』にがむしゃらな突進をしかける。すると奴の腹の部分が開き、ボウガンのようなギミックが飛び出すのが目に入った。そして、何かを弾くような音が鳴る。射出された物体は、人間の目に追える速度を超えた速さで俺に向かって飛来し、俺の腹部をあっさりと貫通した。
「ぐうう!!」
腹部に走る灼熱感をこらえ、俺は奴に向かって疾駆する。すると今度は、奴の頭、黒い水晶玉の部分から無数の触手のようなものが伸びてくる。
なんだ? こんな機能、こいつにはなかったはず……。
「うざい!」
俺は迫りくる触手を駆け抜けざまに右に左に斬り払う。続いて奴が突き出してきた円錐状の右腕を地に叩きつけるように斬り落とし、一気に至近距離まで肉迫した。そして、腹部の鈍痛をこらえながら振りかぶった剣を振りおろし、黒水晶の頭部から金属質の身体までを一刀両断にする。
「あ、ぐ、う……」
〈無策で突っ込むとは、死ぬ気か、お主!〉
貫通された腹部が熱い。
ファラの声が聞こえるも、俺の視界はぼやけ、焦点も定まらなくなってくる。
ああ、死んだな、こりゃ……。と思ったその時、別の声が割り込んできた。
「無茶をするものだな。もう少し落ち着いて戦えば、もっと楽に勝てただろうに。ま、でも男の子なら、多少の無茶をするくらいがちょうどいいのかもな」
腹部からせりあがってくる気持ち悪さも、全身に重く絡みつく倦怠感すらも、その声とともに少しずつ楽になってくる。
エイミアの【生命魔法】だ。……そうか、エイミアがモニタをいじっていたのは、俺の姿やその位置を見失わないようにするためだったんだな。朦朧とする意識の中で、俺はそんなことを考えていた。
-わたしの願いに応えたもの-
〈一応、戦闘は終了した後だったし、ルール違反ではないだろう?〉
「え、ええ、そうね……」
わたしは、ようやく気を落ち着けて安堵の息を吐く。エイミアは本当に最後の最後になるまで、彼を助けようとしなかったのだ。自分で言ったことながら、まさかここまで徹底されるとは思わなかった。
〈ん? どうかしたかな?〉
〈いえ、なんでもないわ。〉
彼女はどうも、自分の能力が高すぎるせいか、周りの人の実力を過大評価しすぎる点があるのかもしれない。それより……。わたしは指にはめた『絆の指輪』を意識しながら心の中でルシアに呼び掛けてみる。
〈ル、ルシア? 大丈夫?〉
実はこの念話の機能を使うのは、今が初めてだったりする。何度か使ってみようとは思ったのだけれど、理由もないのに使うのもおかしいし……、などとつい躊躇してしまっていた。
〈ああ、大丈夫だよ。悪かったな。心配かけて。我ながら無茶な戦い方をしちまったもんだよ。〉
ルシアからの返答も、もちろん念話によるものだったけれど、いきなり心の中に響く言葉に少し戸惑ってしまう。
〈ま、まったくよ。心臓が止まるかと思ったわ。〉
戦闘中に気が散るといけないと思って声もかけられないでいたけれど、本当は今にも叫びだしたい気持ちだったのだ。実のところ、訓練区画には優れた治療用【魔導装置】があるため、エイミアがいなかったとしても死ぬことはなかっただろう。とはいえ、彼が目の前で体を貫通するような傷を負うのを見て、平静でいられるはずもなかった。
〈ごめん、ごめん。〉
なんとなく笑いを含んでいるかのような呑気な返答に、わたしは胸がむかむかしてくるのを感じた。
〈ほんとにわかってるの? ……心配したんだからね!〉
〈へ? あ、ああ、そうか。うん、心配してくれてサンキューな。〉
今度はルシアの方が戸惑ったような言葉を返してきた。え? なにかしら?
〈……まあ、あれだな。シリルも念話だと、素直っていうか──うん、そうだ。……可愛いよな。〉
〈か、かわいいって……そういうことを恥ずかしげもなく、よく言うわね……〉
どうせ無自覚に言っているだけなのだろうから、いちいち彼の言葉に過剰に反応しても仕方がない。
〈いや? 実は結構恥ずかしいぞ?〉
……無自覚じゃなかった。
〈も、もう、知らない!〉
わたしは恥ずかしさのあまり全身が熱くなるのを感じながら、彼との念話を終了させた。
「──随分とおかんむりだったね。君がそんなに感情を露わにするようになるなんて……やっぱり彼らのおかげなのかな?」
ノエルがわたしに穏やかな声をかけてくる。相変わらずの柔和な顔立ちに理知的な輝きを宿す黒い瞳。わたしが旅立つときに見送ってくれた時と同じく、気遣うような微笑みを浮かべて。
「な、何が言いたいの?」
「別に。……それより、シリル。少し話をしないかい?」
「なにかしら?」
わたしとノエルの二人は、いわゆる正規ルート──中央塔1階からの昇降機──を使い、『天空神殿』の最上部の一室に辿り着いていた。
この部屋の周囲には、入口のような扉はない。代わりに円形に繰り抜かれた中央の床が、上昇・下降することで一つ下の階から上がってくることができるようになっている。
これまでの部屋とは違い、床の建材は複数のパネルを組み合わせたもののようで、その継ぎ目には時折光の線が走っているのがわかる。
強度や耐久性ではなく、異なる目的を重視した結果による材質の違い。
周囲の壁一面を覆い尽くしているのは映像を映し出す通信画面の数々。ここは世界の観測施設『天空神殿』の心臓部にあたる場所なのだ。
ノエルの趣味なのか、この施設にはそぐわない小さな丸テーブルに何脚かの椅子。そして、洒落た感じのティーセット。わたしはカップに注がれたお茶に口をつけると、その懐かしくもすっきりとした味わいに、ようやく心を落ち着ける。
「もちろん、君の話さ。君が『魔導都市』を後にしてから、どう過ごし、何を感じ、どうやって彼らのような素敵な仲間たちと出会えたのか。教えてくれると嬉しいな」
「素敵な仲間って……あなた、自分が今、その彼らに何をしているかわかってるの?」
「うん。『巡礼コース』まで構造体内部を移動させている間に、【スキル】や所有武器、その他の情報を走査し、そのうえで適切な組み合わせに分断して戦闘能力を確かめた、といったところだね。まあ、ここは訓練施設だ。治療設備もあるし、そうそう死なせることはないはずだよ」
こういうところは、まさに『魔族』特有の合理的判断のなせる業だと言える。けれど、その後に続く言葉こそが、ノエルと他の『魔族』との大きな違いだ。
「……戦いぶりには問題ないし、君ともしっかりと信頼関係を築いているみたいだ。だから、君のことを託してもいいと判断できそうだね」
他の『魔族』なら、わたしに向かって信頼関係なんて言葉は間違っても口にしないだろう。ただの『道具』に、信頼関係も何もあったものではないのだから。
「かつては全くと言っていいほど人を寄せ付けなかった君に、何があったんだろうね?」
そう言って、ノエルはゆっくりとティーカップを傾ける。
「人間社会では、冒険者としての実力があれば、『わたし』のことを誰もが受け入れてくれた。それだけでも、あの頃とは大きく変わったわ」
「かもしれないね。でも、それは君にとっては偽りの姿だろう? でも今は、『その姿』で彼らと行動を共にしている。それに、君は僕に対してだって、心の防壁を築いていたじゃないか。でも、彼らには、……そうだね、とりわけ『彼』にはと言うべきかもしれないけれど、その防壁がないように思えるんだ」
そういうと、ノエルはいかにも感心したように眉を上げた。
「最初は目を疑ったよ。これが『あの日』以来、心を閉ざしてしまった少女と同一人物なのかとね」
「べ、別にいいじゃない。そんなこと」
わたしはノエルの黒い瞳に見据えられて、自分の心が見透かされているような感覚を覚えた。
「まったく、よくないね。いいかい、シリル。僕はずっと君のことを心配していたんだよ?」
「わ、わかったわよ……」
そんなふうに言われては、わたしに返す言葉なんてあるはずもない。
「あなたの言うとおり、偽りの自分をいかに皆が信頼してくれるようになっても、わたしはずっと一人だったわ。少なくとも、誰かに助けを求めるなんて、できなかった。だからわたしは、何か他の強大なものの力に頼ろうとした」
「強大なもの?」
「【召喚魔法】よ。千年前の大異変で姿を消した『神』。それに、『精霊』や『幻獣』の中にもこれまで存在が確認されていないような強力なものがいる可能性もゼロじゃない。……たとえ可能性が少なくても、わたしは縋りつく相手が欲しかった」
「……まさしく、雲をつかむような話だね。そんな絵空事が、成功すると本気で思っていたのかい?」
呆れたような言葉とは裏腹に、ノエルは悲痛な表情でわたしを見ている。
「そうね。でも、それぐらい追い詰められていたの。孤独で仕方がなかったのよ。だからこそわたしは、あらゆる条件を整え、限界まで【魔力】を練り上げたうえで、儀式を行ったわ」
一般的な【召喚魔法】で使われる多重展開魔法陣ではなく、単一にして巨大な【魔法陣】の構築。世界の内から世界の外へ。ただ強く、ひたすらに純粋な願いの具現。
「彼は、ルシアは──そのときの『召喚者』よ。結局わたしは、『助けてくれる誰か』が欲しかっただけ。あの時【召喚】された彼を見て、わたしは自分が何を願っていたのかを思い知らされたわ……」
それは従来の常識からはあり得ないような出来事であり、ノエルにとっても衝撃的な事実のはずなのに、その反応はとても冷静なものだった。
「つまり、『異世界人』? ……だから、『ルシア』なのか?」
だから、ルシア? どういう意味? けれど、わたしがそれを聞き返すよりも早く、ノエルは別のことを口にする。
「さっきの『ゾルラフェイド』の異様な姿は、そのせいだね」
『ゾルラフェイド』というのは、ルシアが最後に相手をした『幻獣』の名だ。相手の精神に“同調”し、その相手が最も苦手とするものに自身の肉体を変容させる能力を持っているらしい。つまり、ルシアの目の前に現れた『人形』のような敵は、ルシアの世界の存在を模したものである可能性が高い。彼の世界には、モンスターはいないということだったけど、あんな異様な存在がいたなんて、驚きだった。
いつか思い切って、彼の世界の話を聞いてみるべきだろうか?
それからわたしは、ルシアを召喚し、アリシアやヴァリス、それに他の皆と出会った旅路のことを語った。その間、ノエルは何も言わず、黙ってわたしの話に耳を傾けてくれていた。そして、わたしが話し終えると、ノエルは静かに口を開く。
「彼らが羨ましいな。君にそんなにも想われるなんて……。彼らは君を孤独から救ってくれたんだね」
「ええ、だから、わたしは彼らに世界の真実を伝えたい。わたしの知らない真実まで含めて、彼らと共有して、一緒に考え、一緒に歩んでいきたいの」
そう。孤独な人間に、世界を救うなんてできるわけがない。
だって、誰しもこの世界の中で、『独りきり』ではいられないのだから。
「うん。それじゃあ彼らが来るのを待とうじゃないか。君の信頼する仲間たちなら、間違いなくここに辿り着く」
ノエルの言葉に頷くと、わたしは再び部屋に備え付けられた通信画面に目を向ける。
そこにはちょうど、巡礼コース3番の訓練区画にいるエリオットの姿があった。
「Sランク冒険者、エリオットか。どうやら彼は元老院の直属ではないみたいだね」
わたしと同じ画面を見ながら、そんなことを呟くノエル。
「直属? どういうことなの?」
「Sランクの中でも、特に実力を認められたものは、元老院直属のエージェントとして働くようになるのさ。優秀な手駒を獲得する意味もあるけれど、強すぎる力を警戒しての意味もあるだろうね」
そんなことが? だとすれば、『パラダイム』に人形とされていたアイシャさんのように、【魔導装置】で無理矢理従わせているのだろうか?
「いいや、彼らは基本、高額な報酬やスリルを求めて元老院に従っているのさ。でも、彼の戦いぶりには、リスクを楽しんでいる風もないし、話を聞く限りでも元老院のスパイという可能性はなさそうかな」
ノエルは情に流されるようなことを言う一方で、肝心なことには決して警戒を怠らない。あいかわらず、抜け目のない人だ。わたしは内心で肩をすくめると、再び通信画面に目を向けなおした。