第73話 二人の距離/二人の絆
-二人の距離-
シリルの誕生日パーティーが始まって数時間。
今度はフィリスの方も眠くなってきた──シャルが眠っている状態では、あまり長い時間『表』に出てはいられないらしい──とのことだったので、上の階の寝室まで送り届けてやった。それから食堂まで降りてみると、どうやらパーティーも終わりに向かいつつあるようだった。
「痛い! いたい! いたい! 痛いですって!」
「うるさい! この女の敵! よくもあたしをこんな恥ずかしい目に!」
「いや、だってノリノリだったじゃないですか!」
「ああ、もう! 思い出させるな! うるさい、うるさい、うるさーい!」
ミスティさんとハンスの二人だ。ハンスにおだてられるがままに踊っていたミスティさんも、少しは酔いがさめたのか、ようやく羞恥心がよみがえってきたらしい。ハンスの首を脇で抱えるようにして締めている。なんというか、意外と純情なんだな…ミスティさん。
だが、ハンスの野郎、露出の多いミスティさんに密着できているせいか、心なしか嬉しそうな顔をしているように見えるぞ。なんて羨ましい真似を……。
「あ、ルシアくん? シャルちゃんは寝たの?」
ふと声をかけられて俺は内心ビクっとしたが、振り向いた先にいたアリシアには、今の俺の心を読んだような様子はない。
「あ、ああ。まあな。そろそろ、片づけるか?」
「うん。そうだねー」
どうやらアリシアも少し酔っているみたいだ。なるほど、それで気付かれなかったのか。
「ガアラムさんも酔いつぶれて寝ちゃったし、ちょうどさっき、エイミアさんもエリオットくんの家を見に行くだなんて言って出て行っちゃったから、そろそろかもね」
「え? そうなのか? まさか、泊まってくるつもりなのかな?」
おいおい、随分な急展開だな。
「もう、何を考えているのかなあ、ルシアくんは。少なくとも今のところのあの二人じゃ、そんな色事めいた展開にはならないよ」
「だよな」
「そ・れ・よ・り、ここの片づけはあたしとヴァリスに任せて、ルシアくんはシリルちゃんと出かけてきたら?」
「え?」
アリシアの唐突な提案に、思わず目が丸くなるのを自覚する。
出かける? 今から?
……そういえば、シリルはどこに行ったんだ?
「ふふん。シリルちゃんならすぐ外にいるんじゃないかな? あたしが『外の空気でも吸ってきたら』って勧めたからね」
「……ったく、アリシアには敵わないな」
「ほらほら、さっさと行かないと戻ってきちゃうよ? ……そうそう、『色事めいた』展開になったら、細大漏らさず報告してね?」
「な!?」
俺は、悪戯っぽく笑うアリシアに背中を押されるように工房宿舎の入口から外に出る。
あたりを見回すと、それほど離れていない場所にシリルがいた。
彼女はぼんやりと空を見上げ、物思いにふけるように立ち尽くしている。
「シリル?」
「え? あ、ああ、ルシア。どうしたの?」
俺の呼びかけにくるりと体を反転させて、こちらを見つめてくる銀の髪の少女。この壁面内部の『武器街』を照らすのは、夜空の星を模した魔法具の光だ。
しかし、そんな人工的な星明りに浮かび上がる彼女の姿は、幻想的なまでに美しい。俺はそんな彼女を前にして、次の言葉がなかなか口から出てこない。
「?」
シリルは不思議そうに首をかしげる。
……よし、いつまでも黙っているわけにはいかないな。
「あ、えーと、ほら、少し歩かないか? どうせ空を見るなら、本物の星空の方がいいだろ?」
加えて会場の片づけはアリシアたちがやってくれることになったと伝えると、シリルは一瞬、何か言いたそうな顔をした。
「……もう、あの子ったら。でも、そうね……。星空模様の天井も悪くはないけれど、そうしましょうか」
どうにかシリルも賛成してくれた。そして、俺たちは連れ立って夜の街を歩き出す。
横並びで歩く間も、俺は彼女との距離が気になって仕方がない。近すぎるのも変に思われるかもしれないし、かといって離れすぎては避けているように受け取られてしまうかもしれないし……。
今までそんなことを意識したことはなかったはずなのに、不思議なものだ。
「夜の間は昇降機が止まっているはずだから、外に出るならゲートからになるわね」
「え? あ、ああ」
「なに? 聞いてなかったの? ……ほら、行き先を決めないとでしょう?」
シリルの呆れたような声。──でも、弾むような、明るい声だ。
「あ、ああ、悪い。言ってなかったっけな。いい運動になっちゃうかもしれないけど、カリオスト公園でどうかと思ってさ」
「そういえば、シャルもアリシアも随分とあの公園のことを話していたわよね」
「ああ、でも二人が行ったのは昼だからな。ハンスが言うには、夜は夜で夜景と星空が綺麗に見えるらしいぜ」
「……そうね。じゃあ、そこにしましょうか」
俺たちは円柱都市の壁面内部から外に出て、すり鉢状の斜面に設けられた階段を登りながら会話を続けた。
「結局、ライルズさんたちは来なかったな」
「うん。原因が原因とはいえ、負い目を感じるなというのが無理な話かもしれないし……」
もちろん、俺たちはライルズさんとアイシャさんにも招待状を出したのだが、返ってきたのはおそらくアイシャさんが書いたであろう、丁重な文面による欠席の手紙だった。
その手紙には改めての謝罪と感謝の言葉、それから二人でツィーヴィフの町に向かう旨が書かれていたのだった。
「ここでアイシャさんに会ったとき、彼女の様子に気づいてあげられれば良かったのだけど。……ううん、せめて『ワイズの言霊』の存在くらいには気づくべきだったわ」
シリルがぽつりと呟く。だが、それは無茶ってものだ。聞いた限りでは『言霊』は埋め込まれた人間に一体化していて、強制力を発動するとき以外は【魔力】も感知できないようになっているらしいのだから。
実際、俺の『切り拓く絆の魔剣』でアイシャさんに埋め込まれた『言霊』を斬るときだって、結構苦労したんだからな。
「きゃ!」
不意にそんな声が響く。続いて何かが転ぶような音。……いや、「何か」じゃない。
この場合、それは隣を歩いていたシリルのことに決まっている。物思いにふけりながら歩いていたせいか、階段から足を踏み外してバランスを崩したらしい。振り返ると、案の定、前方に倒れこむように手をついた姿勢のシリルがいた。
「大丈夫か?」
俺はシリルが立ち上がるのに手を貸そうとして、反射的に手を伸ばす。
「……」
シリルは一瞬、ぽかんとした顔をしていたかと思うと、なぜか考え込むように視線を下へ向け、黙り込む。だが、それもわずかな間のこと、すぐにこう言った。
「……い、いいわよ。自分で立てるから」
「……そっか」
やっぱり余計なことだったかな。俺はそう思い、差し出した手を引っこめようとした。
──が、そのとき。
「や、やっぱり!……手、貸して?」
消え入りそうな声とともに、白くしなやかな手が伸ばされ、俺の手を掴む。
俯いているため髪に隠れて見えにくいが、星明りの下でもわかるぐらいに彼女の顔は赤くなっている。……ちょっと人に手助けしてもらう程度のことで、こんなに葛藤があるだなんてな。まったく、なんて不器用な奴なんだ。
でも、そんなシリルが俺に心を開いてくれるようになったことは、素直に嬉しい。にやけそうになる顔をなんとか引き締めつつ、その手を握り返し、ゆっくりと引っ張り上げる。
「あ、ありがとう……」
もじもじと俯いたまま、恥じらいに頬を染め、礼を言うシリル。
……っていうか、これは誰だ? 本当にシリルなのか? なんだこの可愛い娘!?
普段の彼女からは想像できないその姿に、俺の思考は完全にフリーズしてしまった。
──そして、気が付けば、彼女は俺の腕の中にいる。
腕の中の彼女の身体は、小柄で華奢で、でも女の子特有の柔らかさのようなものが感じられて……、ちょうど喉元に触れる銀の髪の感触に、気が遠くなりそうだ。
……って、なんで!? 今の一瞬の空白に、いったい何が起こった!?
もちろん、正解は『衝動的に彼女を抱きしめてしまった』で、間違いない。
だが、本当に正解しなければならないのは、この後の言い訳だった。
そして、そのまま固まること数秒。再びシリルの声がする。
「ル、ルシア?」
震える声で俺の名を呼ぶ彼女。やばい、やばい、やばい、やばい!
俺の脳裏には、黒い虫に飲み込まれるハンスの姿が浮かんでいる。
どうする? 何と言って誤魔化す? それが俺の命運を分けるぞ、これは。
「あ、あっと、ごめん。その、なんか、また転んじゃいそうに見えたからさ……」
なんだその言い訳は!!
『転びそうに見えたから転ぶ前に抱きしめました』って……いまどき痴漢だってもっとましな言い訳をするぞ!
──このとき俺は、間もなく訪れるであろう自分の死を、覚悟した。
「そ、そっか……。でも、その、もう立ち上がれたし、大丈夫だから……」
「へ? ……あ、ああ、わるい!」
俺は慌てて身体を離す。
まさか、今の言い訳を信じてくれたのか? 何はともあれ、助かった……。
「……」
「じゃ、じゃあ、行くか!」
照れ臭いような、気まずいような何とも言い難い雰囲気を誤魔化すようにそう言うと、俺は再び階段を登り始める。──背後からは、遅れてついてくるシリルの足音。
そこでふと、俺は右肘の辺りにわずかな重みが加わるような感覚を覚えた。
ん? 服の袖を引っ張られている?
気になって振り向くと、俯き加減に歩きながら左手で俺の袖を掴むシリルの姿がある。
「……!」
俺が振り向いたことに気付いたのか、慌ててその手を離そうとする彼女に向かい、俺はそっと声をかける。
「また、転ばないようにしっかり掴まってろよ?」
「う、うん……」
腕に感じるこの重みを、いつまでも感じていたい。
そんなことを思いながら階段を上がる。
カリオスト公園は、昼夜を問わずこの街の住人たちにとっての絶好のデートスポットになっているらしい。とはいえ夜も遅いこの時間、人影もまばらでカップルらしき姿もほんの数組ある程度だ。
「うわあ、綺麗ね……」
円柱都市外縁部の最上端に位置するこの公園からは、内部に向かってすり鉢状に繰り抜かれた斜面に建つ高級住宅街に灯る明かりと、満天にきらめく星々が同時に一望できる。
だから彼女がそんな感想を口にするのも当然と言えば当然だ。だが俺の目には、展望用のスペースに設けられた柵に腕をかけ、吹きぬける風に銀髪をなびかせながら、うっとりとした顔で夜景を見つめる彼女の横顔しか映っていない……。
「ん? どうしたの?」
俺の視線に気づいたかのようにこちらを向く彼女。その、潤んだような深みのある銀の瞳に、心臓の鼓動が強くなるのを感じる。
……今しかチャンスはなさそうだ。この時を逃したら、かえって渡しづらくなる。
俺は、懐から用意しておいたものを取り出した。
-二人の絆-
地に足がついていない。身体がふわふわと浮き上がってしまいそうだ。
お酒も少しだけ飲まされたけれど、酔うほどじゃなかったのに。心臓の動悸が激しくて、目の前がくらくらする。自分が何をしゃべっているのか、整理するのもおぼつかない。
いったい、どうしてこんな展開になってしまったのだろう?
最初は乗り気じゃなかった誕生日会。道具として『造り出された』わたしの誕生日なんて、本当に祝う価値があるのだろうかと思った。でも、集まってくれたみんなは、こんなわたしでも受け入れてくれて、こんなわたしが生まれたことを祝ってくれた。
道具としてなんかじゃなく、一人の『人間』として。
特にわたしの本当の姿について、すんなり受け入れられてしまったことには驚いた。ミスティは「建前ばかりを振りかざしてた前のあんたは鼻持ちならなかったけど、今のあんたはあたし、結構好きだよ」なんて言ってくれたし、あまり面識のなかったグレゴリオですら「冒険者なら事情の一つや二つ、正体の三つや四つ、持っていて当たり前だ」と言ってくれた。
それはたまらなく嬉しいことだったし、だから今日一日は、わたしにとって一生の思い出になる楽しい一日として記憶され、それで終わるはずだった。
なのに、なんでわたしは今、こんな窮地に立たされているのだろう?
だいたい、わたしが階段を踏み外すなんてあり得ない。そのうえ、ルシアに手まで貸してもらって……手を、繋いでしまって……。ましてや、その後のことなんて、思い出すだけで恥ずかしい……。
気づけばこんな、明らかにデートスポットとしか思えない場所で、彼と二人きりになっている。見たくないけど視線を少し転じれば、離れたベンチに腰かけた恋人たちが、仲睦まじい時間を過ごしているのが目に入る。嫌でも、目に入ってしまう。
なに? なんなの、この状況? だって、これじゃあ、まるで……。
わたしは頭の中を駆け巡る妄想めいた考えを振り払うように、夜景へと目を向けた。
「うわあ、綺麗ね……」
他に、言葉が出ない。眼下と頭上、両方に広がる光の海。そういえばかつて、ハンスに何度も夜景を見に行こうなんて誘われたこともあったけれど、全部すげなく断ってきたのだっけ?
それはまあ、断ってよかったのだけれど、もっと早くに見にきても良かったかもしれないわね。
わたしはふと視線を感じ、ルシアの方に目を向ける。そして、向けた瞬間に彼と目が合ってしまい、思わず息が詰まる。「失敗した!」と思ったけれど、何も言わないのも変だし、とりあえず「どうしたの?」なんて聞いてみた。
うう、少し声が震えてしまったかもしれない……。それにいきなり「どうしたの?」って、それじゃ、全然意味が分からないじゃない!
自分で自分の言葉に内心、身悶えしていると、ルシアが動いた。
「シリルにさ、俺から渡したいものがあるんだ」
「え?」
唐突な言葉に戸惑いが隠せない。渡したいもの? でもプレゼントなら誕生日会の場で全員からもらったはずだし、何かしら?
わたしが心の中に疑問符を浮かべている間に、ルシアは懐から小さな箱を取り出した。
「はい、これ」
「え? え? なに?」
「まあまあ、まずは開けてみてくれよ」
「う、うん……」
わたしは恐る恐る受け取った小箱を開く。──中には、『指輪』が入っていた。
「…………」
わたしの思考が完全に凍結する。えっと、なに? これって、指輪?
……当たり前だ。箱の中の窪みに小さく収まったそれは、明らかに人の指を通すことを想定したリングの形をしているし、その上部にはひときわ輝く緑色の宝石がついているのだから。
いったい、どういうこと!? この状況、この場面で指輪って、まさか、その……。
だって、誕生日のプレゼントはみんな、わたしには実用的なものの方が喜ばれるだろうからとかいって、魔法具の類をくれたのに……。
ん? わたしはそこで、ふと気が付く。これは見たことのある指輪だ。「それ」とは若干デザインは異なるけれど、わたしの『目』を通して見る限り、込められている【魔力】の性質などからいって間違いない。
「これって、『風糸の指輪』?」
「ああ、『もと』は、な。この街で買った奴だ」
わたしは、わけがわからなくなって首をかしげる。
つまり、新品の魔法具を渡したかっただけ? わたしはさっきまでの間、あまりの展開の速さにあんなにも恐怖し、狼狽していたにも関わらず、なんだか拍子抜けしたような、残念な気持ちになってルシアを見た。……少しだけ、睨むような視線になってしまったかもしれない。
「そんなに怖い顔するなって。いいか? これはただの『風糸の指輪』じゃないんだぜ。普通の『指輪』だと口元に近づけて特定の相手に呼びかけて初めて、その相手とだけ話ができただろ?」
「え、ええ……」
「でも、これはな。複数同時に他の『指輪』とも会話ができるうえに、他の『指輪』同士の会話の中継もできるんだ。有効距離も半端じゃなく長くなっているしな。どうだ、すごいだろ?」
「す、すごいだろって言われても……」
指輪の機能がいかに優れているかを喜色満面に解説するルシア。確かにそんな『風糸の指輪』なんて聞いたこともないし、すごいとは思うけれど、人の気も知らないで……。
わたしは、なんだか腹が立ってきてしまう。そんなわたしの胸中など知らないままに、ルシアは穏やかな口調で言葉を続ける。
「……だから、シリル。これをお前にやるんだ。どんなに離れていても、どんなときでも、お前はけっして一人じゃない。みんながいる。……いや、みんなの中心に、お前がいるんだ。そうだろ?」
「あ……」
わたしの目の前の視界が涙に滲む。彼が、わたしにくれようとしているプレゼント。その、本当の意味に気づいたから。
……彼は、わたしに『絆』をくれたんだ。
わたしは一人じゃない。皆と一緒なんだってことを、言葉だけじゃなく、それを確かに感じ取れるよう、目に見えるものとして、はっきりとした形にして、……くれたんだ。
とうとう、わたしの目からは溜まっていた涙があふれ出てしまう。ぽろぽろと、次から次へと止まらない。これまで 滅多に涙なんて見せたことなかったのに、最近のわたしは、泣いてばかりだ。それも全部、この人のせい……。
「シ、シリル?」
「ううん。大丈夫。嬉しかっただけだから。……ありがとう。ほんとうにありがとう。すごく、嬉しいわ……」
わたしは涙を流しながらも、なんとか微笑んでみせる。ここまでしてくれる彼には、せめて笑顔で応えたい。
「あ、えっと……ふふん。喜ぶのはまだ早いぜ? 実はな。この指輪、もう一つあるんだ」
「え?……くす! うふふ!」
わたしは涙をぬぐいながら彼を見る。彼はまるで子供みたいに得意げな顔をしていて、それがなんだか可笑しくて、わたしは思わず笑ってしまう。
「ここは笑うとこじゃないぞ。まったく。で、だ。同じこの『指輪』同士の場合だけはな、口元に『指輪』を近づけなくとも、声に出さなくとも、念じるだけで対になる『指輪』を持つ相手と会話ができるんだ」
「え? うそ!?」
それは信じられない。だってそれじゃあ「風糸を介して、増幅した音を相手の元まで届かせる」という根本原理そのものを否定するような機能になってしまう。
「実はこの『指輪』はさ、街で買ったとは言っても、もう別モノなんだよ。俺の【オリジナルスキル】“理想の道標”で『理想化』された時点でな」
「“理想の道標”? “混沌の導き”じゃなくて? まさか、……【スキル】が進化したって言うの?」
【スキル】が進化するなんて、十五歳ぐらいまでの子供にしか起きないことのはず。もちろん、彼はどうみても二十歳は過ぎているように見える。
「ほら、俺ってまだ生後数か月ってところらしいからさ」
そう言われて気付く。確かに【転生】したルシアは生まれたばかりとは言えるのかもしれないけれど、本当にそんなことがあるのだろうか?
「ああ、この前アリシアに確認してもらったから間違いない。“混沌の導き”の代わりに“理想の道標”って【スキル】があるのが見えるってさ」
【スキル】の進化自体、【通常スキル】が【アドヴァンスドスキル】になるか、【アドヴァンスドスキル】がさらにその上の【エクストラスキル】になるかといったところなのに、まさか【オリジナルスキル】が進化するなんて、非常識にも程がある。
けれど、自分がどんなに凄いことを言っているのかについて、まったく自覚がないらしい彼は、再び『指輪』に話題を戻す。
「ま、俺にだけ相談したいことがあれば、黙ってたって相談に乗れるからな。いつでも念じてくれよな?」
「べ、べつに、ルシアにだけ相談したいことなんて、ないわよ!」
いきなり何を言い出すかと思えば、もう……。でも、二人の間にそんな秘密の回線ができたという事実は、わたしの心に少しだけ、ワクワクするような、くすぐったいような、不思議な気持ちを喚起させた。
だからわたしは、口ではそんなことを言いつつも、箱から取り出した『指輪』を薬指にはめてみる。
「ねえ、この『指輪』。別モノだっていうなら、何て名前なの?」
「ん? そうだなあ、まあ、『絆の指輪』ってところじゃないか?」
「……よく、そんな恥ずかしい名前を考えついたわね」
「う、うるさい! そんなこというなら、やっぱ返せ!」
「あははは! い・や・よ!」
わたしは掴みかかってくるルシアをよけて、夜の公園を踊るように走りまわる。そしてふと、指にはめた『絆の指輪』を夜空に透かすように掲げてみた。
うん。これが、わたしの絆。わたしとみんなとの、確かな絆。
そして、彼とわたしとの、二人の絆……。