第72話 感動の再会/冒険者というもの
-感動の再会-
最後に会ってから三年余り、僕は自分が彼女と肩を並べられる強さを得るまで、彼女には会わないと決めていた。
──かつて、聖騎士団の仕事を抜け出してまで【魔鍵】探しに付き合ってくれた彼女。
時折、彼女が見せる悲しそうな瞳。『魔神』との戦いで弟を失い、弟を犠牲にして得た勝利を他人から賞賛される日々に、彼女はどれだけ辛い思いをしていたことだろう。
にもかかわらず、彼女は僕なんかのために自分の時間を使い、いろいろと世話を焼いてくれた。
僕は【魔鍵】『轟き響く葬送の魔槍』を手に入れるまでの間、そんな彼女に頼り切りだった。何一つ彼女の力になることができない自分の無力さに、心底嫌気が差したほどだ。
だから、死に物狂いで戦ってSランク冒険者になり、アルマグリッド武芸大会で自分の強さを知らしめて、『ローグ村』の名を取り戻す。そこまでできて初めて、自分には彼女に再び会う資格ができるのだと思っていた。
なのに、まさかこんな冗談みたいな形で再会することになってしまうなんて。
街の東側でのモンスターとの戦闘中、突如として上空に出現した無数の光の矢。
それはあっという間に降り注ぎ、僕の身体をかすめることすらせず、周囲のモンスターだけを刺し貫いた。思わず振り向いた先にあった人影。シャルの傍に立つ蒼い髪の女性。その姿を見た途端、僕は全速力で逃げ出した。
だって仕方がないじゃないか。不意打ちにもほどがある。次に会った時にはなんて言って話しかけようか?なんてことも考えていたけれど、こんな場面じゃ役にも立たない。
どうにか体勢を立て直して、作戦を立てて、それから会いに行けばいい。そんな風に考えてしまっても無理からぬことだろう?
あの後、僕の家にシャルが訪ねてきて、今回の件の祝勝会を兼ねたシリルの誕生会の招待状を渡していってくれた。シャルが教えてくれたところによれば、彼女は彼らとともにヴィダーツ魔具工房にいるらしく、当然、パーティーにも参加するとのことだった。
だから僕も、覚悟を決めてパーティーに参加したのだけれど……それでもやっぱり、覚悟が甘かった。
「エリオット!! まったく君って子は! 久しぶりの再会に照れる気持ちはわかるが、何も逃げ出さなくたってよかっただろうに」
パーティー会場となった工房の食堂で、僕と対面した時の第一声がそれだった。
それだけだったなら、まだいい。僕だって、その程度の反応は想定していたし、言い訳だって考えてこなくはなかった。
……でも、駄目だった。あろうことか彼女は、その言葉と同時に、ガバっと腕を広げると、そのまま僕を抱きしめてきたのだ!
女性としては比較的長身の部類に入る彼女の蒼い髪は、ちょうど僕の頬のあたりにさわさわと触れる。抱きつかれた身体の細身ながらも柔らかな感触、間近で感じる息遣いに、鼻孔をくすぐる爽やかな香り。
目の前がぐるぐる回る。思考がまとまらないし、自分の心拍数が上がりに上がってしまっているのが分かる。"狂鳴音叉"の身体制御がまるで利かないみたいだ。
「うん! 大きくなったなあ! もう十六歳か? いつの間にわたしの身長を追い越したんだ? あれからさっぱり音沙汰がないから、心配したんだぞ? 君が有名になって噂が聞こえてくるようになるまで、何度騎士団を抜け出して探しまわったことか……」
そして、あまつさえ、そんなことまで言ってくれた。彼女に心配をかけてしまったことを申し訳なく思うとともに、そこまで僕のことを気にかけてくれていたのかと思うと、たまらなく嬉しい。……でも、同時に洒落にならないくらい恥ずかしい。
周りの皆は唖然として僕らを見ているのに、彼女、エイミアさんは僕のことを離そうともしないのだ。うああ、本気で逃げ出したい……。
けれど、さすがにそんなわけにはいかないようで、エイミアさんは僕の両肩を掴み、ぐいと突き放すようにすると、その澄んだ青い瞳で僕を見上げ、にっこり笑ってこう言った。
「さて、と。じゃあ、エリオット。言い訳をたっぷりと聞かせてもらうぞ?」
「え?」
……そして、今に至るというわけだ。シリルの誕生日会だというのに、エイミアさんは最初にひとしきりお祝いの言葉を伝えたかと思うと、僕を食堂の隅にある席へ連行し、向かい合う形で腰を下ろさせたのだった。
「……で、つまりあれか? わたしに世話になりっぱなしは嫌だから、自分で強くなるために、わたしに無断でいなくなったと?」
「い、いやだから、違います。その、そうではなくて……」
「うん。もちろん違うよな? それだとわたしが君に迷惑がられていたみたいじゃないか」
エイミアさんはテーブルに両肘をつき、口元で手を組みながら、僕に質問を繰り返す。──もう、これで何度目のことだろうか? にこやかな笑顔を浮かべたままの彼女は、平坦な言葉で、同じ質問を延々と繰り返している。
「は、はい。その、ですから……」
「エリオット。言いたいことがあるのなら、はっきり言った方がいいぞ? 遠慮しなくても、わたしはちゃんと聞く」
決して声を荒げているわけでもないし、言葉の内容だってきついものじゃない。なのにどうして、僕はこんなにも追い詰められているんだろう?
「え、いや、言いたいことというか、その……」
「言えないようなことなのか?」
「い、いえ! そ、そんなことは……」
緊張しすぎて言葉にならない。理由についてはちゃんと話したつもりなのに、えらく曲解されてしまっているみたいだ。い、いったいどうすれば……。
エイミアさんの目は、完全に据わっている。はっきり言って、すごく怖い。こういう時の彼女に逆らってはダメなことは、僕が身をもって知っていた。
「……ふふ、まあ、これぐらいにしておいてあげよう。今のは一応、無断でいなくなった罰みたいなものだ。悪いことをしたら、お仕置きが必要だからな」
エイミアさんはふっと表情を和らげると、ようやくそう言ってくれた。
「お、お仕置きですか……」
その言葉に、僕は安堵の息を吐く。でも、このお仕置き、かれこれ二時間近く続いていたような気がする。そのせいか周囲の皆は、極端に僕らから視線を逸らしているようだ。
「うん。もう、無断でいなくなるのだけは、やめてくれ。そんなの、さびしいじゃないか」
「……はい。もう、しません」
というより、僕としては彼女が許してくれるなら、ずっと一緒に旅をしたいとさえ思っているぐらいだ。
けれど僕は、彼女とともに過ごすうえで乗り越えなければならない、もうひとつの『儀式』が存在することをすっかり忘れていた。もしかすると、無意識に考えないようにしていたのかもしれないけれど……。
「そういえば、お腹が空いているだろう? 君はまだ食べ盛りだものな。……実はパーティーに君が来ると聞いてね。君の好きなものならわたしが一番わかっているし、今日の料理の一部は君専用にわたしが作らせてもらったんだ。今、温めて持ってくるよ」
「え? あ! いえ! 大丈夫です! お腹なら空いてませんから!」
「ははは! 遠慮するな! まったく、君は昔からそうなんだから」
エイミアさんは笑いながら席を立ってしまった。
エ、エイミアさんの作った料理だって? ま、まさか、あれか? あれなのか?
僕は、まざまざと過去の記憶を思い起こす。初めてエイミアさんから、腕によりをかけて作ったという料理をふるまわれ、喜んで口にした直後の、あの悶絶しそうなほどの衝撃を。何の変哲もない料理に隠れ棲む、凶悪な味の猛獣。ひとたび猛威を振るえば、他の味なんて残らず吹き飛んでしまう。とはいえ、喜色満面で僕が食べる姿を見つめるエイミアさんの料理を残すわけにもいかず……ああ、あれは大変な苦行だった。
「待たせたな。持ってきたぞ。さあ、召し上がれ。……ふふ、わたしもよい師匠を持って料理の腕が上がったからな。期待していいぞ?」
「あ、ははは……はい。い、いただきます」
また、あれが始まるのか……。僕は、覚悟を決めて料理を口にする。
一口目。うん、まだ大丈夫。一口目から『当たり』を引く確率は極めて低い。
二口目。よし、まだいける。なかなか幸先の良いスタートだ。
三口目。さあ、そろそろだ。ここから先が問題だ。
そして、……ん?
「お、おかしい……」
「おかしい?」
エイミアさんが怪訝そうな顔をして首をかしげたので、僕は慌てて首を振った。
「あ、いえ! おいしいです! すごいですよこれ! どうしたんですか? いったい」
「ははは、驚いたか? よい師匠を持ったって言っただろう? その教えはそれはもう、目から鱗が落ちることが多くてな。……ふふ、悪かったな。今思えば、昔の君は随分と我慢してくれていたんだな。そうなんだろう?」
「あ、い、いえ……そんなことは……」
「ほんとに君は、昔も今も、優しい子だよ」
そう言ってにっこり笑うエイミアさん。……優しい『子』か。
「それより、料理を教えてくれた人って、誰なんです?」
「ん? ああ、シリルだよ」
その言葉を聞いた瞬間、僕は立ち上がる。
「ん? どうした?」
「ちょっとシリルのところに挨拶に行ってきます」
「ああ、そういえば、わたしが君をここに連行してしまったせいで、ろくに話もしていなかったものな。すまなかった。いってくるといい」
「はい」
僕は依然として何人もの仲間に囲まれているシリルの元まで歩いていく。
なぜだか今は、ミスティが踊りを披露しているようで、シリルが囲まれているというよりは、ミスティを囲む輪の一部に彼女がいるといった状態だった。
僕の接近に気付いた工房の主人やその孫の青年、それにアリシアさんといった面々が驚きながらも道を空けてくれた。
僕は挨拶もそこそこに彼らの間を通り過ぎる。一刻も早く、この感動を伝えなくては!
「シ、シリル!」
「え? な、なに? どうしたの?」
シリルは、僕のあまりの鬼気迫る様子に面食らっているようだ。
「生まれてきてくれて、ありがとう!」
-冒険者というもの-
まさかエリオットが、他人の誕生日会に出席したり、ああして他人と積極的に言葉を交わしたりするなんて、随分と社交的になったものだ。わたしは手にした酒杯を軽く傾けながら、和やかにシリルたちと話すあの子の姿をぼんやりと見守っていた。
一時は本当に心配したものだ。「自分は死んだ方がいいんじゃないか」だなんて、言いだしたこともあった子だったから、まさか、とも思った。
あの頃のわたしには、あの子のことを弟に重ねて見ている部分があった。
もちろん、今にして思えば彼に対して失礼に当たることだったと思うが、弟を失ったばかりのわたしには、それこそが生きる支えになっていた。
あの子の【魔鍵】を見つけた直後、あの子は急に姿を見せなくなった。一瞬、【魔鍵】が見つかってわたしのことは用済みだと思われたのかとも考えた。しかし、それまで短いと言えどもあの子と言葉を交わした時間が、さすがにそれはないだろうとわたしに確信させた。
だからこそ、あの子に何かあったのではないかと心配になったのだが、高ランク冒険者として名を馳せているとの噂が聞こえ、ようやくわたしは気付く。
あの子は、あの子の『やるべきこと』をなそうとしているのだと。だからこそ、自らの決意を鈍らせまいと、女々しい別れを拒んだのかもしれないと。
「僕は、エイミアさんと肩を並べられる強さを得られるまで、世話にならないことを決めたんです」
だから先ほどそんな風に言ったあの子の言葉はもちろん、わたしを気遣ってのものだろう。たが、結局のところ、あの子があの日、そういう決断をしたことが、わたしにいつまでも弟の影を追うことの虚しさをわからせてくれたのかもしれない。
エリオットは、わたしの弟ではないのだ。
……でも、今でもなお、弟のように可愛い存在には違いないけれど。
わたしは先ほど、わたしの手料理をおいしいと言って驚いていたエリオットの顔を思い浮かべ、思わずにんまりと笑みを浮かべてしまう。
「随分と楽しそうだな。エイミアどの」
ふと、声をかけられて顔を上げると、そこには見覚えのある茶色のローブ姿の男性がいた。彼の見た目は四十代でも通用するが、実際には五十半ばぐらいになっているはずだ。
「ああ、グレゴリオ殿。ヴァリスとの話は、もういいのか?」
「まあな。そもそも、わしはシリルとは面識もほとんどないからな。場の雰囲気を壊さないように苦心しているところだ」
そう言って苦笑気味に笑うグレゴリオ。わたしはさっきまでエリオットが座っていた席を勧め、杯に酒を注いで差し出した。
「ああ、すまんな。……その点、エイミアどの。貴殿とは二度ほどパーティーを組ませてもらったことがある。覚えているかな?」
「ああ、もちろん。弟が風邪をひいてしまった時だったかな? あの時は世話になった。そういえば、とうとうSランクになったらしいじゃないか」
「ふん。わしの場合は長年の実績という奴でだ。引退間近の名誉賞みたいなものだろう。あのエリオットやエイミアどのとは違う」
「ん? わたしはAランクだぞ?」
「何を言うか。『魔神殺し』は、ただちにSランクの認定条件になる。資格は十分だ」
「別に、わたしは『冒険者』でさえいられれば、それで十分だけどな」
「ふふ、いかにも貴殿らしい。貴殿が聖騎士団をやめて冒険者に戻ったと聞いた時は驚いたものだが、むしろそれこそが必然だったようだな」
グレゴリオはそう言って笑う。だが、何か用件があるのではないだろうか?
数少ない顔見知りだからという理由で声をかけてきただけとは思えないのだが……。
「で、だ。話がある。……実はな。わしは今日、引退しようと思うのだ」
「引退? 冒険者を?」
「ああ、そうだ。武芸大会でヴァリスと戦って思い知らされたよ。もうわしのような老人の出る幕ではないとね」
「いや、まだそんな歳には見えないぞ?」
「いいや、自分の限界はわかっているつもりだ。そもそもまともに任務も受けずにこうして大会で稼いでいたのも、Sランクに要求される任務を達成できる自信がなかったせいもあるからな」
なるほど、それで他のSランクが興味も示さないような武芸大会に出ていたというわけか。
「ここで貴殿にあったのも、何かの縁だ。だから、これを受け取ってもらいたい」
そう言ってグレゴリオが差し出したのは、鞘に納められた一本の剣だ。あまり長いものではないが、短剣よりは若干長く、いわゆる「小太刀」に分類されるものだろう。
「これは?」
「これは『乾坤霊石』で造った小太刀だよ」
『乾坤霊石』? 確かそれは地属性禁術級魔法でしか生み出すことのできない、世界最高硬度の鉱石のことではなかったか? だがあれは、いわば空想上の鉱石だったはずだが?
「できればヴァリスにでも譲ってやれればよかったのだが、あいにく彼は武器を使わない。だが、ちょうどルシアからセカンドウェポンという概念の話を聞いてな。ならば、弓使いの貴殿にはちょうどいいのではないかと思ったのだ」
「だが、なぜ魔導師のあなたがこれを?」
わたしの言葉にグレゴリオは表情を曇らせると、こうつぶやいた。
「もともとは息子のために精製したものなのだ。『乾坤霊石』を一時的なものではなく完全なものとして具現化させるには長い時間のかかる複雑な手順が必要なのだが、……完成前に息子は死んでしまってな」
「そうか。それは悪いことを聞いてしまったかな?」
「いや、昔の話だ」
「なぜ、わたしなのだ? エリオットだって、聞いた話では槍だけでなく剣も使いこなせるらしいぞ?」
確かグレゴリオとエリオットは武芸大会でも戦った間柄だし、知り合いと言えばわたしなどより、よほど近しい関係ではないだろうか?
「ああ、あいつには以前、『鎧』をくれてやったのだ。もっとも、あれは失敗作だったからな。嫌がらせのつもりだったのだが……」
「どういう意味だ?」
「その剣を抜いてみろ。……ただし、ゆっくり、慎重にな」
「?」
わたしは言われるがままに剣を鞘から抜こうとしたが、半分まで抜いたところで気付く。
「お、重い……」
半分ほど見える刀身は、なるほどエリオットが最近身に着けているという灰色の石の鎧にそっくりな色合いと質感のものだ。だが、抜いた途端、かなりの重量感が手にかかる。
「だろう? それは鞘から出して空気に触れた瞬間に本来の強度と密度を取り戻すようにしているからな。だが、あの鎧は常にあの重さのままのはずだ。よくもまあ、あんなものを日常的に着ていられるものだよ」
まあ、エリオットの基礎体力を常人と同じに考えてはいけないだろう。あの子の武術の腕が未熟だったあの頃でさえ、基本的な身体能力の高さには舌を巻いたものだった。
「なるほど。確かに持てないほどの重さではないが、実戦で振り回すとなれば、身体強化の【生命魔法】が必要だな。そうか。だからわたしに、というわけか」
わたしには"弓聖"の他に、剣術系で言えば【アドヴァンスドスキル】“舞剣士”に、治癒術師系で言えば“強化治癒者”に、それぞれ匹敵する【複合スキル】の“聖騎士”があるのだ。
「ああ、“魔工士”でもないわしが仕上げた武器だ。いちおう、ここの工房主にも見てもらった方がいいかもしれんがな。……貴殿ほど優れた『冒険者』に使ってもらえれば、本望なのだが、どうだろう?」
「……」
〈みなぎる力、戦士は揺るぎなき信念とともに〉
《戦士の剛腕》
強化した力で一気にその小太刀を引き抜く。重量感はなお感じるが、ふりまわすのには全く支障はない。刃も申し分のない鋭さがあり、『乾坤霊石』である以上、硬度も折り紙つきだ。そしてこれだけの重さがあるということは、強化した腕力でもって高速で斬撃を放てば、その威力はかなりのものとなるだろう。
だが、この重みには、彼が息子を思う気持ちの分も、きっとあるに違いない。
「……大切に使わせてもらおう」
「ああ、助かる。ちなみに、必要ないかもしれないが、銘も決めてある」
「聞かせてほしい」
「『乾坤一擲』。もともとは抜き打ちの一撃に賭ける武器として作ったものだったからな」
「なるほど、いい銘だ。使わせてもらおう。わたしとしても【生命魔法】の使用が事前に必要となれば、使い方は考える必要がある。ここぞという時の武器には違いないからな」
わたしはそう言って、灰色の石のような刀身を鞘に納めた。ふっと、重さが軽くなる。
本当に大した仕組みだ。
「では、用も済んだ。わしはそろそろ失礼させてもらおう」
「ああ、では、またいつか」
「うむ」
グレゴリオは、皆に気づかれないよう、ゆっくりと食堂を出て行った。
「貴殿ほどの優れた冒険者」か。わたしは手にした小太刀に目を落とす。
『冒険者』を続けていれば、こんなふうな別れも経験することがある。むしろ生きて引退する形ならまだいい方だ。高ランク冒険者ともなれば、その依頼のほとんどはモンスターがらみのものとなる。常に死の危険が付きまとう。
それでも……と、わたしは思う。誰かがやらなければならないことだ。
今もなお、世界には【歪夢】が生まれ、モンスターが発生し、いつ近隣の町や村が襲われるかわからない状況も起きている。
それはすなわち「誰かのために」だ。むろん、自分の生計のためにというのもあるけれど、それだけならもっと安全な仕事はいくらでもある。
自由気ままに生きながらも、何にも縛られることもないはずなのに、それでもなお、そんな目的のために戦う冒険者という職業が、わたしにはなんとも誇らしいものに思えるのだ。
だから、そんな職業に数十年という時間を費やしてきた、彼のこれからの人生に、幸あらんことを願おう。