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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第7章 魔女の剣と紅の魔獣
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第67話 いざ、地獄の底へ/無限煉獄

     -いざ、地獄の底へ-


 最初にそれに気がついたのは、ヴァリスだった。

 あたしたちがエリオットくんの家を出て、『住民街』を歩いていると、突然ヴァリスが怪訝な顔をして立ち止まった。


「……なんだ、これは?」


「どうしたの、ヴァリス?」


 あたしの問いかけに、ヴァリスは珍しく戸惑ったような顔をして振り返る。


「モンスターの気配だ。それも、今まで感じたことのないような強力な……」


「……まさか、ライルズが?」


 あたしたちは単体認定Aランクモンスターにさえ遭遇したことがある。だから今までに感じたことがないくらい強力なモンスター、と言ったらそれは、Sランクモンスターの可能性が高い。


「わからん。だが、方向は都市の中心部だ。確か……奴の指定した場所だな」


 『円柱都市』の中心部。

 ヴァリスの言うとおり、武芸大会が開催される浮遊会場の真下にあたるその場所こそ、アキュラがシリルちゃんに一人で来るよう指定した場所だった。

 そこからSランクに匹敵するモンスターの気配がするってことはやっぱり……。


「彼の『魔神化』が始まった? でも約束の期限は明日のはずよ? ……まずいわね。彼が『魔神』となってしまえば、【フロンティア】のモンスターだって遅からずやってくる!」


 シリルちゃんは顔を一気に青ざめさせ、焦燥に駆られた声で叫ぶと、さっきまでの重い足取りが嘘みたいに走り出す。


「シリル! 待てって!」


 ルシアくんが慌ててその後を追う。あたしも続こうとしたけれど、聞こえてきたヴァリスの言葉に、思わず立ち止まった。

 

「遅からず、どころではないな。東の方角、おそらくは『魔の山ボルムドール』だと思うが、そちらからかなりの数のモンスターが押し寄せてくる気配がする」


「なんだって?」


 エリオットくんが不思議そうな声を出したけれど、あたしたちはヴァリスの“超感覚”に間違いがないことをよく知っている。それに武芸大会個人戦を経て、ヴァリスの“超感覚”は精度も効果範囲も段違いに強化されているみたいだし。


「どうする? シリルたちも心配だが、このままでは街が壊滅するぞ?」


「……僕が街の皆に情報を伝える。壁面内部なら持ちこたえられるだろうし、協力してくれる冒険者もいるかもしれないからね。だからみんなは二人を追うんだ」


 エリオットくんがそう申し出てくれたので、あたしは改めてシリルちゃんの後を追おうとしたんだけれど、一方のヴァリスはシャルちゃんを呼び止め、意外な言葉を口にした。


「……シャル。お前はエリオットと行け。いくらエリオットでもモンスターの大群を相手に一人では街を守りきれん。数が多ければ、【精霊魔法(エレメンタル・ロウ)】に頼らざるをえない場面も多いはずだ」


「え……、でも……シリルお姉ちゃんが……」


 シャルちゃんが戸惑いの声を上げる。

 いったいどうしたんだろう? セイリア城での誘拐事件以来、特にヴァリスはシャルちゃんを一人にしたがらなかったはずなのに、そんなことを言い出すなんて……。


「シリルのためだ。さっきの様子を見ただろう? この件で街の住人が一人でも犠牲になれば、どうなると思う?」


 ……あ、そうか。ただでさえ、シリルちゃんはライルズさんの件で自分をすごく責めている。それが街の人たちまで犠牲になったなんてことになれば……、どうなるかなんて考えたくもない。


「……はい! わかりました!」


 シャルちゃんもそれがわかったのか、あたしたちに頷きをひとつ返すと、エリオットくんについて走り出す。


「行くぞ、アリシア!」


「うん!」

 

 あのヴァリスがこんなに人の気持ちを考えることができるようになるなんて! あたしは驚いたのと嬉しいのとが、ないまぜになったような気持ちで走り出す。

 ただ、そんな気持ちになれたのも、これから辿り着く先が、文字どおりの『地獄の底』のような場所だとは、夢にも思わなかったからなのだろうけれど。


 結局、ヴァリスの走る速さについていけないあたしは、彼に抱きかかえられていくことになってしまった。この歳でお姫様抱っこだなんて……うう、恥ずかしいよう。

 でも、その恥ずかしさを我慢した甲斐もあってか、なんとかシリルちゃんたちに追いつくことができた。


「シリル! 一人で行こうとするなよ!」


 ルシアくんの怒鳴る声が聞こえてきた。


「でも! わたしのせいで! あいつらが、『パラダイム』が求めているのはわたしよ! だったらわたしが行けば!」


「とにかく落ち着けって! いいか? この様子じゃ、あいつらに約束を守る気があるかどうかも怪しいんだ。一人で行っても事態が悪化するだけだろうが!」


「……! わ、わかったわ……。で、でも早くしないと街の人たちが……」


 シリルちゃんの声は、聞いていて胸が痛くなるくらいに弱々しく震えている。

 ヴァリスの言うとおり、ううん、それ以上に追い詰められているみたい。


「シリルちゃん。街の皆なら、エリオットくんとシャルちゃんが守ってくれるから大丈夫だよ。だから、落ち着いて、ね?」


 あたしはヴァリスに降ろしてもらいながら、言い聞かせるようにシリルちゃんに声をかける。


「二人が? そ、そう……、ごめんなさい。わたしのために……」


 聡明なシリルちゃんには、シャルちゃんまで街の防衛にまわった理由がすぐにわかったみたいで、申し訳なさそうに頭を下げてくる。


「それより、気になるのは連中の狙いだな。これだけあからさまに約束違反をする以上、これは誘いだと思った方がいい」


「ええ、でも、行かないわけにはいかないわ。……みんな、行きましょう」


 ヴァリスの言葉に頷きを返すシリルちゃん。やっと落ち着きを取り戻してくれたみたいだ。心の中が不安でいっぱいなのは変わりないみたいだけれど、冷静に今の状況について考え始めているのがわかる。


 そして、壁面ゲートを飛び出したあたしたちは、すり鉢状の斜面を駆け下り、中心部を目指す。するとそのとき、突然街中に大きな声が響きわたった。どうやらその声の出所は、街灯に設置された音声増幅用の【魔法具】みたいだ。


「僕はエリオット・ローグ! この街の放送設備を利用して呼びかけています! 現在、『魔の山ボルムドール』からモンスターの大群が押し寄せてきている! 街の住人は全員ゲートの中に避難するんだ! それから、戦える冒険者のみんな! 力を貸してくれ! この街を守るんだ!」


「エリオット? 放送設備って……彼にしては随分、思い切った方法ね」


 エリオットくんは、個人戦の決勝戦で「あの姿」を見せて以来、あまり人前に顔を出さなくなったらしい。なのに、今、こうして街の皆のために呼びかけているんだ。

 やっぱり自分で家まで建てて生活するぐらいだから、街への愛着はあるのかも。

 でも、他の冒険者のみんながどこまで協力してくれるだろうか?

 そう思うと、いくらエリオットくんがいるとはいっても、シャルちゃんのことが心配になってくる。すると、そんなあたしの気持ちを察したのか、ヴァリスが声をかけてきてくれた。


「アリシア。シャルのことを信じてやれ。彼女は十分、一人前に戦える」


「う、うん。そうだよね。どころか、あたしなんかよりずっと、シャルちゃんの方が強いんだもんね!」


 あたしたちは一気に坂を下りきり、目的の場所までたどり着いた。

 そこはかつて、大会のエントリー会場としてテントが設置されていたはずの場所だけれど、今はなにもない。ただ、石畳で舗装されただけの広い空地になっている。

 上空にたたずむ浮遊会場のせいで日があたらず、全体的に薄暗くなっているのはともかく、まったく人の気配がないのが不思議だった。


「ここじゃないの?」


「いや、ここだ。……正確には、この真下だ」


「え? じゃあ、地下なの? でも、どうやって降りたら……」


 まさか、ヴァリスに地面を壊してもらうってわけにはいかないよね?

 ちらりとヴァリスを見ると、あたしの言いたいことが分かったみたいに首を振る。


「地下がどうなっているのか、わからんのだぞ?」


「……こっちよ」


 シリルちゃんが何かに気がついたみたい。あたしたちはシリルちゃんが指し示す方向に向かう。足元の石畳に目を凝らしながら歩くシリルちゃん。たぶん、“魔王の百眼”を使っているんだろう。

 シリルちゃんはある場所で足を止め、見た目では他の石畳と何も違わないように見える一角を指差した。


「ここね。入口が隠蔽と結界を兼ねた古代文字を刻み込んだ【魔法】で塞がれているわ。……ルシア、斬れる?」


「【魔法】だろ? それがわかれば斬れるよ」


 そういうと、ルシアくんは『切り拓く絆の魔剣(グラン・ファラ・ソリアス)』をシリルちゃんが指差した石畳目掛けて振り下ろす。すると、バチバチっと音を立てて、それまで石畳に見えていたものが消失し、地下への階段みたいなものが姿を現した。


 地の底へ続く地獄の門。その口が開いたかのような感じがして怖かったけれど、シリルちゃんは怯まない。ふと見れば、すぐに降りようとしてヴァリスに止められ、仕方なく先を譲っているのが目に入る。うん、あたしたちは一人じゃない。みんなで行けば、きっとどんな困難だって乗り越えられる。


 ……でも、とあたしは思う。

 この先に、きっとライルズさんがいる。まず最初に、あたしがソレを見て、判断を下さなくちゃいけない。もしソレが【転生】だったなら、彼を助けてあげることはできない。


 どうか、そんなことになりませんように。

 あたしは祈るような気持ちで皆の後に続いた。



     -無限煉獄-


 階段を下りた先は、石造りの螺旋階段になっていた。

 日の光の当たらない闇の中、『精輝石』の明かりを灯して降りていく我らの影が、床や石壁でゆらゆらと揺れる。

 我はこの先に、強烈な気配を感じ取っていた。

 『強い』ということは疑いないが、そんなことは問題ではない。

 問題なのは、その気配が内包する『狂い』だ。

 どこまでも狂い続けて、なにもかもを突き抜けてしまっている。


 『魔神』については、我も『竜族』の先達から聞かされている。

 できることなら関わることさえ避けるべきだと、そんな忠告をうけている。

 世界最強の『竜族』でさえ恐れる存在。その理由がようやく分かった。

 かの存在は『最凶』なのだ。強い弱いの概念を超えた先にある『狂い』。

 それこそが何より恐ろしい。


「いったい誰がこんな施設を造ったんだろうな?」


「たぶん、もともと『パラダイム』の地下施設なのよ。壁を見る限り、『魔族』特有の建築技術が使われているようだもの」


「じゃあ、この街は『パラダイム』のアジトだったってわけか」


「ええそうね。この街に冒険者ギルドがないのも、彼らが何かとこの街の自治組織に手を回していたからかもしれないわね」


「なんだか、薄気味悪いよね……」


 胸中の不安を払おうとするかのように続けられていたルシアとシリルの会話も、アリシアのそんな一言で中断する。


 そのまま無言で歩くこと数分、螺旋階段を降りきり、続く通路の曲がり角を何度か折れ曲がったその先に、扉があった。

 その向こう側からは、尋常ではない気配がする。……いや、気配どころではない。


「嘘、なにこれ……?」


「暑い、いや熱いな……。なんて熱気だよ。どうなってるんだ?」


 ルシアとシリルの呟きに答えたのは、アリシアだった。


「あのとき、ライルズさんに見えた【ヴィシャスブランド】“炉心暴走(ファイアスタンピード)”。全身を超高温の熱源体に変えるのがその能力、だったと思う……」


「じゃ、じゃあ、やっぱり……」


 Sランクモンスターのみが持つ特殊能力【ヴィシャスブランド】。

 この熱気がその能力のせいだとすれば、扉の向こうには『魔神』と化したライルズがいるということになる。


「で、でもどうするんだ? これじゃあ、どうやっても近づけないぞ?」


「熱気はわたしが防ぐわ……」


 シリルはそういうと、懐から一本の筒を取り出す。召喚用の封印具だ。


〈フロエル・エデン・レン・エルヴァ。エウラ・ルーン・ヴァクサ・カルデス〉

〈真白き世界に満ちた希望よ。我が魂を寄る辺となして現れ出でよ。〉


「おいで……わたしの中に。『ローラジルバ』!」


 響き渡る玲瓏たる声。シリルの詠唱に合わせ、目の前の扉から伝わる熱気をあっさりと吹き飛ばす、強烈な冷気が巻き起こる。

 みなが唖然として見守る中、氷の召喚精霊『ローラジルバ』は一瞬だけその姿を現したかと思うと、シリルの身体に溶け込むように消えていく。


「く、ううう」


 苦しそうにシリルがうめく。だが、それもすぐに収まり、次第に彼女の銀色の髪が透き通るような輝きを帯びたかと思うと、ローブの裾がふわふわとはためき始める。


「シ、シリル?」


「大丈夫。『ローラジルバ』は氷の精霊だからね。この熱気の中では外部からの【魔力】供給ぐらいじゃ具現化の維持が続かないから、わたし自身に憑依させて直接力を使わせてもらうだけよ」


「そ、そんなことできるのか?」


「ええ、ちょっと強引な術式だけど、わたしには【エクストラスキル】“血の契約者”があるから問題ないわ。行きましょう」


 そう言ってシリルは熱気を放つ扉に近づき、それを押し開く。

 こちらに向かって吹きつけてくるかと思われた部屋の中の熱気は、シリルの纏う強力な冷気によってあっという間に冷やされていく。


「みんな、できるだけわたしから離れないでね」


「ああ、わかった」


 その部屋は、これまでの通路の狭さから比べれば信じられないほど広く、また天井の高さも見上げるほどに高い。


 そして、部屋の中央には、一匹の『獣』がいた。

 ゆらゆらと熱気漂う世界の中で、それでもなお、真紅の輝きを宿す獣毛。

 大きさはかつてのライルズの倍ほどはあるだろうか。四肢の骨格は人間に近いように見えるが、金髪だったはずの頭髪は真紅の獣毛にとってかわられ、狼のような耳がついていおり、その下にある顔も鋭い牙を持つ獣のものになっている。

 全身から火を噴きだす真紅の魔獣。無限に暴走を続ける狂熱の王。


〈グルウウ、ウガアア……〉


 獣のうなり声があたりに響く。


「……うん、【転生】じゃないよ」


「本当か!? よかったぜ!」


 アリシアの言葉に安堵の息を吐くルシア。

 だが、一方のシリルはほとんど何の反応も見せない。ライルズの状態が【転生】ではないということは朗報であるはずなのだが、どういうことだろう?

 

 と、そのとき、部屋の中に黒いローブを着た白髪の男の姿が現れる。だが、気配はない。

 おそらくは以前と同じ【魔導装置】による映像なのだろう。


「驚いたな。よくこんなにも早く、ここに辿り着いたものだ。どうやって指定場所の真下に地下施設があることに気づいたのだ?」


 驚いただと? 誘いではなかったのか?


「どういうつもり! 約束は三日後でしょう!?」


「今もコレはわが手の中だ。『処分』自体はいつでもできる。ゆえに交渉はこれからだ。今押し寄せてきているのは『魔の山ボルムドール』のもの。つまり、大半が集団認定低ランクモンスターということになるが、『天嶮の迷宮』のモンスターが来ればどうかな?」


 『天嶮の迷宮』は、こうした場合には最も性質(たち)が悪いと言える集団認定Aランクモンスターの巣窟とも言われている場所だ。


「く! そうなる前に、というわけ? なぜそんな回りくどいことを!」


「実験台兼交渉材料といっただろう? 実験台である以上、『成果』は最後まで見る必要がある。くくく。素晴らしい結果だよ。これで我らは『魔神』の現出すら制御できるようになる。どうだね? 世界を支配したも同然の力じゃないか」


 この男は鈍いのだろうか? あれだけ禍々しいモノを自分の道具であるかのように語るなど、正気の沙汰ではない。


「『魔神』だなんて! 自分が何をやっているのか、わかっているの?」


「無論だよ。この『邪神の卵』はわたしの最高傑作だ。【魔導装置】『ワイズの言霊』と組み合わせれば、『魔神』すら完全な制御下に置くことができるのだからな。とはいえ、ここまで見事に成功するとは、よほどこやつの心は歪んでいたと見える。くくく」


「心が歪んで? あなた、ライルズに何をしたの!?」


「この『卵』はモデルにしたモノの影響もあってか、【オリジン】と相性が悪くてな。発現する性質にもバラツキがあるのだ。だが【オリジン】は『歪み』に弱い。対象者の心が歪めば、容易に馴染みやすくなるのだよ」


「そう……精神干渉したのね?」


 シリルが何かを悟ったように言う。


「いいや、アイシャに命じて『薬』を投与しただけだ。気を昂ぶらせ、集中力を欠く『薬』。判断力を曖昧にし、ストレスを与え続ける『薬』をな。だから歪んだのはこの男に素質があったからだろう」


 よく言ったものだ。それだけの真似をされて精神がおかしくならない人間など、そうそういるはずもない。シリルも同じことを感じたのか、きつく唇をかみしめている。

 と、そのとき──


「ふざけやがって! ライルズさんをよくもこんな目に合わせてくれやがったな!」


 ルシアが激昂して叫ぶ。部屋に立ち込める熱気を吹き飛ばしかねないほどの怒号だ。

 しかし、その男、アキュラは興味がなさそうな顔で肩をすくめただけだった。


「外野は黙っておれ。ただの人間ごときに用はない。さて、銀の魔女。後はお前の身体さえ手に入れば言うことはない。このまま街を滅ぼされたくなければこちらに来い。一人で扉をくぐるのだ」


 立体映像の姿でアキュラは、部屋の向こう側の扉を指し示す。


「バカじゃない? 目の前にモンスターを呼び寄せる元凶があるのだから……これを排除すればいいだけでしょう?」


 シリルは『排除』といった。それが何を意味するのか?

 アリシアは【転生】ではないといったが、シリルの『目』から見て絶望的な状況にあるということだろうか?

 確か『ラクラッドの宮殿』の地下にいた【キメラ】の失敗作を見たシリルが、完全に混じり合った因子の場合、ルシアでもどうにもならないと言っていたことがあったはずだ。


「ふん、大した非情さだな。だが、『魔神』が相手ではいささかお前も分が悪かろう。ましてや足手まといを抱えた状況ではな」


 足手まといだと? 舐めてくれる。

 この程度の熱気、我の“竜気功”と『波紋の闘衣』があれば苦にもならない。

 我は全身の気功を漲らせ、シリルの前に進み出る。仮に、どうしても救うことが叶わぬというのなら、我が引導をわたしてやる。それがせめてもの戦士としての情けというものだ。


「おお、『竜族』の力を持つ戦士か。貴様の存在には驚かされたよ。確かに、この場では貴様だけが唯一、この『魔神』に対抗しうる可能性だろうな。……ゆえに、潰させてもらおう」


 不敵に笑うアキュラ。その言葉の意図を掴めぬうちに、突然、すぐ近くの空間から敵の気配が出現する。


「ぐっ!」


 我はその気配へ右拳を叩きつけようとしたが、直後、全身を強烈な脱力感が襲った。


「な、なに?」


「悪いが、貴様は見学だ。俺と一緒にな」


 我の拳を素手でつかみ、そこに立っていたのは、『精霊の森』で遭遇した男、フェイルだった。相変わらず黒い全身鎧に身を包み、顔に巻いた包帯から不気味な光を宿す紅い瞳だけを覗かせている。


「無駄だ。俺の【オリジナルスキル】“虚無の放浪者”の“減衰”能力には抗えん。俺にじかに触れられて、意識を保っていられるだけでも大したものだ」


「ヴァリス!」


「俺に近づくな。近づけばこいつを殺す。言っただろう? 見学だと。俺の役目はこれだけらしいのでね。後は好きにしろ」


 そう言ってフェイルは、我を引き摺るように皆から距離を置く。気功が使えないせいで部屋の熱気に体力を奪われていく。シリルの冷気がなければとっくに蒸し焼きになっているところだろう。


「フェイル? どういうつもりだ。さっさと殺せ」


「いやだね。それでは面白くない。俺は見に来ただけだ」


「な、なんだと! 人形の分際で! ……なぜ『言霊』が効かん!」


「さてね。あんたの『言霊』とやらも、ガタがきているんだろう? ……そら、そこにも」


 フェイルは面白くもなさげに、部屋の出口、すなわち我らが入ってきた方とは反対側の扉を指差してみせた。シリルが呆然と、そこに現れた人影に呼びかける。


「アイシャ……さん」


 そこには、静かに佇む水のごとき女、アイシャの姿があった。


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