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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第7章 魔女の剣と紅の魔獣
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第66話 無力な祈り/わたしの犠牲者

     -無力な祈り-


 白い嵐が過ぎ去ったあと、舞台上には俺たちの姿だけがあった。


「シャル、ありがとう。助かったわ」


「ううん、……大丈夫?」


 礼の言葉を口にするシリルに、シャルは反対に心配そうな言葉を返す。

 それもそのはず──シリルの顔色は、蒼白そのものだった。

 むろん、寒さのせいなんかじゃない。さっきの氷魔法に関しては、シャルの『樹精石の首飾り』で威力を底上げした火属性の【精霊魔法(エレメンタル・ロウ)】によって、完全に防ぐことができていた。


「ライルズさんが、モンスターになっちゃうなんて……」


 アリシアが呆然とつぶやく。

 彼女の【スキル】“真実の審判者”の能力を疑うわけじゃないが、そう簡単に信じられるような話ではない。

 あのライルズさんが、どうしてモンスターなんかに?

 いままで彼の様子がおかしかったのは、もしかしてあれが関係しているんだろうか?


 あの部屋で快活に笑いながら俺たちをもてなしてくれた彼。

 トレーニングルームで俺に戦士の心構えを教えてくれた彼。

 その彼が、肉体を変貌させて苦しんだ挙句、獣のように咆哮をあげていた。

 まるで──そう、俺たちに敗北したことが何かの引き金になったみたいに。


 嫌な予感が頭をよぎる。俺が思い出したのは、『精霊の森』で遭遇したモンスター『グレイシャーマン』のことだ。『妖精族』だったはずの彼らは、森の中で命を落とし、『邪霊』に憑りつかれてモンスターと化した。

 そのとき、彼らは確か──


「そうだ! アリシア。ライルズさんの状態、見たんだろ? 年齢はどうだった?」


 そう、そこなんだ。もし、彼が【転生】したのだとすれば、彼らと同じく『生まれたばかり』だったはず。だとすれば、元に戻ることだけは、絶対にない……


「ううん。わからない。ごめんなさい。びっくりしちゃって、よく見ていなかったの……」


 知り合いがモンスターになったんだ。無理もないか。

 ある意味これで、ひとまずは絶望せずに済んだとは言える。

 けれど、あまり救いにはなっていない。そもそも、これからどうしたらいいんだ?


「とにかく、ここから離れた方がよさそうだぞ。会場の騒ぎが広がり始めている」


 ヴァリスの言うとおりだった。突然、舞台が霧で覆われたかと思えば、二人の姿が忽然と消えてしまったんだ。騒ぎにならないはずはない。

 会場のアナウンスも、混乱のあまり意味不明なことを言っているようだが、いずれ俺たちに事情を確認しようとするに決まっている。


 俺たちは大慌てで会場を後にした。


 それから俺たちが向かった場所は、ガアラムさんのヴィダーツ魔具工房ではなく、ライルズさんが使っていた高層住宅の一室だった。

 シリルを狙う『パラダイム』が出てきた以上、ガアラムさんたちを巻き込むわけにはいかない。


「でも、ライルズを、巻き込んでしまったわ……」


 ライルズさんから預かっていた合鍵で入った部屋。そこには、彼が少し前まで時を過ごしたであろう気配が、色濃く残っているかのようだ。その中央のテーブル脇に置かれたソファに腰かけたシリルは、微かに身体を震わせながら力なく項垂れている。呆けたような銀の瞳には、かつての意志の輝きなど、微塵も感じられなかった。

 俺は、そんな彼女にかける言葉が見つからず、代わりにアリシアへ問いかける。


「──それにしても、アイシャさんって何者なんだ? 『魔族』じゃないのか?」


「ううん、人間だよ。ちゃんと見たもの。……でも、すごく悲しそうだったし、自分のことを諦めているみたいな感じで、すごく辛そうだった……」


「つまり、無理やり言うことを聞かせられているってことか?」


「よくわからないけれど、少なくとも望んでやっているわけじゃないみたい……」


「……そうか」


 ライルズさんに好意を持っているってのは、アリシアが見るまでもなく明らかだったし、だとしたら、いったい何でこんなことに?


「今はそれを気にしていても始まるまい。動機はどうあれ、彼女は敵に与しているのだ。感情的にならず、状況を冷静に見極めるべきだ」


 ヴァリスの言うことはもっともだ。

 でも、あまりに痛々しいシリルの表情を見ていると、そんな話を振るのもためらいを感じてしまう。


「……ごめんなさい。落ち着いたわ。ヴァリスの言うとおり、状況を分析しましょう」


「ほんとに大丈夫? シリルお姉ちゃん」


 シャルが心配そうにシリルの顔を覗き込む。


「ええ、平気よ。……さっきの映像の男。『パラダイム』の組織のことはよくわからないけれど、肩書からすればそれなりの地位にいる相手のようね。まさか、こんなに目立つところで狙ってくるなんて、迂闊だったわ」


「やっぱり、あいつがライルズさんに『何か』したってことか?」


「……ええ。彼の様子からすれば、【因子暴走(オーバードライブ)】に近いものだと思うけれど、問題なのはSランクの性質が発現しているらしいってことよ……」


 シリルの声は心なしか震えている。精神的なショックが大きいんだろう。

 あれをシリルのせいだと責め立てるアイシャさんの言葉は、彼女の心をズタズタに切り刻んだに違いない。そして、何より最悪なのは、このことに関しては「お前のせいじゃない」と言ってやることができないということだ。

 少なくともライルズさんが狙われた理由自体は、シリルに関わっていたからに違いないのだ。


「あのアキュラって人、シリルお姉ちゃんに街全体が人質だって言ってたよね?」


「ええ、Sランクモンスターには、他のモンスターを呼び寄せる性質があるわ」


 【種族特性】“邪を統べるもの”か。何でモンスターが集まったりするんだろうか?

そういえば、『混沌の種子』もモンスターを呼び集める性質が少しだけあるって話だし、モンスターってのは、本当に謎めいた存在だ。


「それに、この場所は最悪よ。すぐ近くにはモンスターがそれこそ山のようにいる『魔の山ボルムドール』があるし、少し離れれば強力なモンスターの多い『天嶮の迷宮』もある。もし、あのままライルズが『魔神化』すれば、間違いなくこの街は壊滅させられるわ」


 この場所だから、こんな方法で『交渉』してきたのかもしれないな。確かに直接的な人質をとるより、効率的で効果的な方法だ。……まったく反吐が出るくらいに、な。


「で、どうする? 手をこまねいていれば奴らの思うつぼだ」


 ヴァリスが続きを促すように言う。


「カードに書かれた場所に、行くしかないわね」


「そんな! それじゃ、シリルお姉ちゃんが!」


「心配しなくていいわ。シャル。どのみちわたしの力を必要とするなら、わたしの身に害を加えることなんてできないはずだし、後で脱出の手段を考えるから」


 シリルは隣に腰かけたシャルの頭を優しく撫でながら言う。だが、そんなシリルをたしなめるように、アリシアが声をかける。


「シリルちゃん。嘘は駄目だよ? 不安な気持ちがあふれているの、あたしにはわかるんだからね?」


「嘘なんて、ついてないわよ。……敵地に行くんだもの、不安になるのは当然よ。別に問題があるから不安なわけじゃないわ」


 まったく、相変わらず困った奴だ。わからないとでも思っているのだろうか?


「それは聞き入れられないな。『アシュバの繭』だっけ? 精神干渉できる【魔導装置】なんてものがある以上、お前を言いなりにする方法はあるじゃないか」


「……」


 やっぱり、図星だったか。


「現実的な方法としては、奴らに従うふりをしてその目を引きつけると同時に、一方でライルズさんをかくまっている場所を見つけ出すっていうのがいいんじゃないか?」


 俺はそう言った。でも、シリルだってこのくらいのことは思いついているはずだ。それでも彼女が、この方法を望まない理由もまた、はっきりしている。


「駄目よ……。そうしたら、引き付ける役はわたしにしかできないわ。ライルズを見つけて、──最悪、殺す役割を他のみんながしなくちゃいけないのよ? わたしの、せいなのに……そんなこと、させられない!」


「それなら我がやろう。武人として、あのような無様は見るに堪えない。我から引導を渡してやってもよい」


 ヴァリスはこともなげに、冷淡な口調で冷酷な言葉を口にする。でもこれは、あえて感情を込めないようにしている声だ。ここまで共に旅を続けてきた俺たちには──当然のことながらシリルにも、それがわかる。

 だからこそ、それじゃ駄目だ。それではシリルは救えない。自責の念が彼女を潰す。だから俺は、別の道を模索する。


「そもそも、まだライルズさんが助からないって決まったわけじゃないだろ? あきらめるなよ」


「わかってるけど……、でも可能性は低いわ。単なる『混沌の種子』だって、拒絶反応で心身ともに壊れてしまうことが多いのよ?」


 シリルの奴はマイナス思考、というより常に最悪のケースを想定して動くことを心掛けているのかもしれないが、こういう時にはそれこそマイナスにしかならない。

 ……そういえば、待てよ?


「確か【因子暴走(オーバードライブ)】しても生き残っていた人がいたじゃないか。ああいう例もあるんだし、可能性は低いとばかりは言えないぜ? ……エリオットに聞いてみるのもいいんじゃないか? 一応、3日間の期限もあるんだ。その間にやれるだけのことはやろう」


 俺は、思いつきでそんなことを言ってみる。


「……そうね。場合によっては彼の力を借りることもできるかもしれないし、考えてみましょう。まだ、この街にいるはずよ。場所はわからないけど、あれだけ有名な人なんだし、聞き込みでもすれば、見つかるはずよ」


 よし、ようやくシリルから前向きな言葉が聞けた。

 それから俺たちは、二組に分かれて聞き込みを開始することにして、席を立った。

 

 歩き出すシリルの歩調は、いまだに弱々しいものだ。

 今でさえ罪悪感に責め苛まれ、心に傷を負っているのだろう。

 ましてやこのままライルズさんが死んだりしたら、その傷はどれだけ深くなるだろう?

 だと言うのに、今の俺にはライルズさんの状態が取り返しのつかないものでないことを、ただ、祈ることしかできないのだ。


 俺は、自分の無力さを噛み締めていた……。



     -わたしの犠牲者-


 体に力が入らない。下半身はがくがくと震え、上半身からは冷や汗が出ている。

 手足は重く痺れたような感覚があり、頭も鈍く重い痛みに苛まれている。

 わたしの魔法具『流麗のローブ』は、暑さも寒さも着用者に適したものに調節し、水に濡れてもほどなく乾いてしまう性質のある優れものだ。

 それでもわたしの身体は極寒の吹雪に凍えながら、灼熱の大気に汗を流すかのごとき有様だ。

 ライルズの部屋で一通りの方針を決めてからは少し落ち着いてきたけれど、わたしの心は恐怖でいっぱいだった。


 恐怖──そう、罪悪感なんかじゃない。


 巻き込んだことに対する罪悪感よりもなお、現在進行形で死にゆく彼が、そのまま本当に死んでしまうことを恐れている。


 『わたしのせいで』また人が、犠牲になる。


 怖い。怖い。怖い。

 どうしよう。どうしたらいい?……どうしようもない。だって、あれはもう絶望的。


 ルシアの言葉に従って、エリオットの行方を捜してはみるものの、ライルズはSランクモンスターとなりつつあるのだ。エリオットとは状況が全く違う。

 無理だ。無駄だ。骨折り損だ。でも、何かせずにはいられない。何かしていないと、体の震えが止まらない。心臓の拍動が、痛いくらいに強くて速い。


 不意に、そっと腕を引かれるような感触がした。

 ──シャルだ。わたしが胸を押さえている右腕の、ローブの肘をぎゅっと握っている。


「シリルお姉ちゃん。大丈夫だよ」


「シャ、シャル……」


 わたしは、シャルの心遣いが嬉しかった。

 けれど同時に、この優しさに甘えてはいけないのだと思う。この不安や恐怖を和らげるために、彼女を力いっぱい抱きしめたいと思うこの気持ちは、単なる「逃げ」に過ぎない。

 胸に空いた大きな穴に、代わりの何かを詰め込んで、現実から目を逸らしてはいけないんだ。今、わたしのできるかぎりの最善を尽くす。それしかない。けれど……。


「シリル。一人でなんでも抱え込むなよ。みんな仲間なんだ。みんなをもっと頼ってくれよ」


「ええ、わかってるわ。だから、こうして手伝ってもらっているんだし……」


「そういう意味じゃ、ないんだけどな……」


 ルシアは何か言いたげな顔をしながら、軽くため息を吐く。

 もちろん、わたしだって一人でなんでも解決できるなんて思っていない。

 エリオットの居場所もそうだけど、何よりライルズがかくまわれている場所だって突き止めなければならないのだ。3日間という猶予は長いようでいて意外に短い。


 それから、わたしたちはまず、ライルズと同じ生活圏にあたる都市の外縁部で一日中エリオットの居場所を聞いて回ったけれど、めぼしい情報は得られなかった。

 もしかすると、彼はライルズと違って高級住宅街であるこの外縁部ではなく、壁面内部──1番ゲートの先にある『住民街』にいるのではないだろうか?


「そうだな。そういえば前に会ったとき、見晴らしのいい公園を随分慣れた場所みたいに案内してくれたし、この街に住居を設けている可能性はある」


 ──ほどなくして、そんなルシアの言葉通り、エリオットは住民街の一角に一軒家を建てていたらしいことが判明する。

 外縁部で聞き込みをしてもまったく得られなかった情報が、『住民街』ではすぐに手に入ったのだ。


「にしても、変だよね。おんなじ街のはずなのに、有名人の家のことも外縁部の人たちは知らないだなんて」


 アリシアが不思議そうに言うけれど、実際、この街にはそういうところがある。

 壁面内部に生活する一般庶民と、外縁部の高層住宅に暮らす富裕層と。

 その二つが完全に断裂している二重構造の街。お互いがお互いのことには口をさしはさまない。ただ、経済的なやり取りだけを行うのみ。そんな暗黙の了解が、そこにはある。


「いずれにせよ、もう二日目も夕刻に差し掛かろうとしているのだ。早く行くぞ」


 ヴァリスに促され、わたしたちはエリオットの家だと言われている場所に向かった。

 

「ここがエリオットくんの家?」


「おいおい、これが四年連続武芸大会個人戦優勝者の住む家か? なんていうか、庶民的にもほどがあるだろ」


 アリシアとルシアが呆れたような声を出すのも無理はない。

 さすがに土地柄もあってか、このあたりには石材や金属、木材などの多彩な材料で造られた独特なデザインの家々が多かったのだけれど、その中にあってなお、その家は異彩を放っていた。

 まず、ほかの建築物と違って、一切の金属を使わずに建てられている。

 使用されているのは、ほぼ木材だけで、造りも立派なものとは言えない。そういえば、自分で建てた、なんて街の人が言っていたけれど、それはお金の話じゃなくて、現物そのものを自分で造ったという意味だったのだろうか?


「よし、じゃあ行こう。……ごめんくださーい!」


 玄関の戸を叩きながら、ルシアがなんとも間延びした声で呼びかける。

 すると、すぐに中から反応があった。


「鍵はかかっていないから、入っていいよ」


 愛想の良い感じの声だ。それを受けたルシアは、ためらいもなく戸を開ける。

 ──と、すぐ目の前にエリオットが立っていた。今はさすがに鎧を身に着けてはいないみたいで、布でくるまれた長い包みを手にしている。


「あれ? 珍しい来客だな。どうそ、上がっていってくれよ」


 彼は銀髪銀眼のわたしの姿に驚きもせず、ごく普通に対応してくれた。案内されて入った先は、やはり質素なテーブルと何脚かの椅子が置いてあるだけの殺風景な部屋だった。


「さ、適当に腰を掛けてくれ。飲み物を持ってくるから」


「ああ、お構いなく」


 そう言って椅子に腰掛けるルシア。異世界から来たせいなのか、彼にはなかなか肝が太いところがある。わたしたちも恐る恐る腰を下ろす。

 出された飲み物は、水だった。木を削って作ったコップに汲まれただけの水だ。


「悪いね。こんなものしかなくて」


「いや、それより相談したいことがあってきたんだ」


 わたしの状態に気を遣ってか、ルシアが話を進めてくれるみたいだ。

 ……ごめんなさい。でも、ありがとう、ルシア。


「相談? ……ライルズのことかい?」


「見てたのか?」


「まあね。すぐに会場が霧に覆われてしまったけど、直前の状態を見るに、ただごとじゃないのはわかったよ。まさか相談に来てもらえるとは思わなかったけれど」


 あまりゆっくりしている時間はない。わたしたちは、かいつまんで今までの状況を彼に話した。特に、【因子暴走(オーバードライブ)】のような状態にライルズが陥ったという部分のくだりでは、いつもは無表情のエリオットが顔を辛そうに歪めながら、呟きを漏らす。


「また、あんなことが起きたっていうのか。もう、あんなのはたくさんだ」


「それで、どうやったらライルズを救えるのか、方法を探しているんだ。なにか、心当たりはないかな?」


「……ごめん。僕以外のみんなはあのとき殺されてしまったし、僕は多分、もともとが【因子所持者(ハイブリッド)】だったから影響の出方が違っただけなんだと思う。だから、どうしたらいいのかは皆目見当がつかないんだ」


「そっか、そうだよな。手段があるとしたら、やっぱり『切り拓く絆の魔剣(グラン・ファラ・ソリアス)』で因子を斬るとかするしかないんだろうか?」


 わたしも、その方法は最初に思いついた。ポーラの時のように、彼に埋め込まれたであろう何らかの因子(?)を斬る。それができればいいのかもしれないけれど、あの時ほど簡単にはいかないだろう。

 まず、あれが【転生】なら打つ手はない。仮にそうでなかったとして、『ラクラッドの宮殿』にいた【キメラ】のように完全に融合していればそれも不可能だし、そもそもポーラの時のようにあえて攻撃をさせて殺気の出所を斬るなんて真似、Sランクレベルの相手にできるわけがない。


「グラン? 特殊な系統の【魔鍵】なのかい? えっと、君が持っているのは」


「ルシアだよ。俺はルシア・トライハイトだ。……ああ、そのとおりだ」


 ルシアにしては珍しく、自分の名前を強く主張している。前ならエリオットに名前を憶えられていないことなんて気にもしていなかったはずなのに、どうしたのだろう。


「特別な部族の出なのかな、ルシアは」


「いや、そういうわけじゃないんだが……」


 エリオットは彼の【魔鍵】が特殊なものであることに興味を持ったみたいだ。確かに彼の言うとおり、四系統以外の【魔鍵】の所有者は人里離れた集落に暮らす特別な血族であるとの噂は聞いたことがある。

 とはいえ、このままでは話が横道に逸れていってしまう。わたしはどうにか気を落ち着けて、二人の間に割って入った。


「その話はいいでしょう? それより、エリオット。もし良かったら、貴方にも助けてほしいのだけど、そんなお願いは虫が良すぎるかしら?」


「うん? いや、そのつもりだけど、ここは渋って見せなきゃいけない場面だったかな?」


「そ、そんなことないけど、いいの? あなたには関係ないことじゃない」


「そんな冷たいことは言わないでほしいな。ヴァリスとは死闘を繰りひろげた間柄だし、君とだって秘密を共有した仲じゃないか」


「え? 秘密を共有って?」


 シャルが驚いた顔をしてわたしを見る。


「そういう誤解が生じるような言い方はしないでくれる? でも、あなたが助けてくれるなら心強いわ」


「当たり前だよ。ライルズは僕にとってもいい対戦相手だし、なにより『パラダイム』ってやつらが、ローグ村にあんなことをしたのなら、僕が関わらないわけにはいかないさ」


 そんな彼の言葉に、わたしは少し心の重荷が軽くなった気がした。最強の傭兵が仲間になるという事実は、それだけで十分に心強い。


 けれど、事態はわたしたちが思っていた以上に急転していたのだった。


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