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異世界人と銀の魔女  作者: NewWorld
第7章 魔女の剣と紅の魔獣
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第65話 マインド・コラプス/人形

     -マインド・コラプス-


 目の前で繰り広げられる爆炎の戦い。武芸大会タッグ戦の第二回戦。

 かつての冒険者ギルドにおけるランク認定試験の再現ともいうべき二人の戦闘は、今のところはライルズさんの方が少しだけ優勢であるように見えました。

 でも、わたしはまったく心配していません。一対一ならともかく、これはタッグ戦です。にもかかわらず、ライルズさんはアイシャさんに戦闘中の手出しを一切させるつもりはないらしく、一人で戦おうとしているんですから。そしてこれは、戦闘開始前にルシアが予想していたとおりの展開でした。

 

 わたしたちと同じく一回戦を勝ち上がったライルズさんたちと二回戦でぶつかることが判明してから、ルシアとわたしは彼らと戦うことを想定した練習をしました。


「足手まといにならないやつを選んだとか、どっちか片方が生き残ってれば勝ち抜けるんだとか、今のライルズさんはどうかしてる。あれじゃ、アイシャさんも可哀そうだ。なんとかライルズさんには、目を覚ましてもらわないとな」


「でも、どうやって?」


「簡単だ。俺たちが二人連携して、完膚なきまでに、徹底的に、勝ってしまえばいい。ショック療法ってわけじゃないが、今のままじゃ、むしろ弱くなっちまってるんだってことに気付いてくれればいいんだけどな」


 ライルズさんは、そんなルシアの思いをよそに、たった一人でルシアと剣を交えています。アリシアお姉ちゃんから聞いた通り、アイシャさんはライルズさんに少なからず好意を持っていて、だからこそ、彼の言葉にも従順にしたがって手出しを控えているのかもしれないけれど、ライルズさんの態度はあまりにも独りよがりなものに思えました。


 ──でも、本当に独りよがりだったのは、ルシアとわたしだったのかもしれません。

 そんな風にライルズさんのことを決めつけてしまったこと。

 彼の心変わりの本当の原因を見極めようとしなかったこと。

 それこそが、どうしようもない過ちであることに、この時のわたしたちには気づくことができませんでした。


「おら、どうした! まだまだこんなものじゃないだろう!? この前の力を見せてくれよ。やっぱりシャルが狙われなきゃ、実力を発揮できないとかいうんじゃないだろうな?」


 爆炎をまき散らし、一撃離脱を繰り返しながら立て続けにルシアに『静寂なる爆炎の双剣(サージェス・フォルム・ソリアス)』を叩きつけるライルズさん。ルシアはその連撃をどうにか捌いているみたいだけれど、かわしきれていないらしく、ところどころに裂傷や火傷ができていました。

 でも、わたしがここで【生命魔法】(ライフ・リィンフォース)を使ってあげるわけにもいかない。

 わたしはわたしで準備しないといけないんだから。


 剣と剣とがぶつかり合う金属音が響き渡る中、わたしは融合属性の【精霊魔法(エレメンタル・ロウ)】を発動させる。茶色と赤の光がガラスの小鳥『融和する無色の双翼(マーセル・アリオス・クライン)』に宿り、周囲の地面に燐光をまき散らしていきます。


〈沸きて高ぶり形を崩し、世界を(ほど)く〉


融解(メルト)》!


 ──瞬間、周囲の石床がグニャリと歪む。わたしとルシアの足元だけは硬い石のままだったけれど、そのほかは舞台の石床全体が見る間に灰色の泥と化していきました。

 地と火の融合属性《融解(メルト)》。それは、あらゆる固体を液状化させる属性。


「ち! 小細工を!」


 自分の足がズブズブと石床に沈んでいくことに気付いたライルズさんは、舌打ちしながら忌々しげな顔でわたしを一瞥してきました。足を止めての斬りあいなら、【エクストラスキル】“剣聖”所持者のルシアの方に分があるはずです。それに、これはそのためだけじゃなく、最後の仕上げに向けた重要な布石でもありました。


「何をやってるんだよ! あんたは! パートナーのことも無視して、勝手に暴れて! それじゃあんた、バトルマニアどころか、バトルジャンキーだぜ! 正直、今のあんたは見てられない。いったいどうしちまったって言うんだ!」


 ルシアが袈裟懸けに剣を振り下ろす。


「ああ?よくわからないことを言う奴だな!俺が弱くなったとでもいう気かよ!」


 ライルズさんは憤慨したように叫ぶと、右の短剣でルシアの剣をいなしながら、左の短剣から『炎の槍』を伸ばしてルシアの顔を目がけて突きを繰り出しました。


「くっ! そんな話じゃない。周りが見えなくなってるって言ってるんだ! アイシャさんのことも少しは考えてやれよ! あんたはそんなに思いやりのない人間じゃなかっただろうが!」


 その槍をのけぞりながらも何とか回避し、下からすくい上げるような斬撃を放つルシア。


「戦闘中に何言ってやがる! 手加減でもしてるつもりかよ、てめえ!」


 ライルズさんは“炉心加速(ファイアスターター)”の力で斜め後方にいったん飛びさがり、今度は後方へ向けて放った爆炎による爆発的な加速を斬撃に乗せてくる。それをルシアが正面から受け止めると、ルシアの足元──その周囲にある泥が、何かに弾かれたように飛び散りました。

 昨日聞いた話では、ルシアは【オリジナルスキル】“混沌の導き”で強化した『放魔の装甲』の効果で、受けた衝撃を外部に逃がすことができるんだそうです。


「くそ! なんなんだ? なんでこんなに話が噛み合わない?」


 確かに、おかしいです。正常な精神状態ではないのかもしれないけれど、普通なら伝わるはずの言葉や思いが、伝わっていかないみたいな? 

 ううん、むしろ『歪んで』伝わってしまっているような……。


「ち! らちが明かないぜ! やっぱりこうしないと本気も出せないんだな!」


 ライルズさんは、そう叫ぶとルシアのいる場所を大きく迂回しながら、わたし目掛けて宙を滑るように突進してくる。

 できれば、こんな展開にだけはなってほしくなかったのに……。

 戦闘前、ルシアは言いました。


「最初は俺が説得してみるよ。でも、もしそれが通じなくて、また前みたいにシャルに攻撃を仕掛けてくるようなら仕方がない。気は進まないけど、完膚なきまでにやってしまおう」


 わたしは作戦どおり、ルシアに教えてもらった知識から生み出した、もう一つの融合属性を発動させる。

 火と地の属性融合。地の底に眠り、すべてを抱き、すべてを拘束する万物の母。


〈炎熱の海より臨む、すべてを包む母の(かいな)


超重(グラビティ)》!


 覚えたての融合属性であり、使い慣れていないこの【魔法】の発動半径はせいぜいわたしの周囲、数メートル程度。

 けれど、その中に入ったものは『重く』なる。すなわち、地面へと引き寄せられる力が強くなる。押しつぶせるほどの強さではないけれど、動きを封じるには十分な力です。


 「物が地面に落ちるのは、地面が物を引き付けているからである」


 ルシアの言葉は最初、全然理解できないものだったけれど、こうしてみるとよくわかる。

 それは世界が生まれたその時から存在する【自然法則(エレメンタル・ロウ)】。

 シリルお姉ちゃんですら理解しきれないルシアの話をわたしが感覚的に理解できているのは、きっと『精霊』にとってはあまりにも身近で、当たり前の話だからなのかもしれません。


 【自然法則(エレメンタル・ロウ)】は弱いようでいて、その実、万物に平等に作用するという意味においては、【幻想法則(ソーサラス・ロウ)】による【魔法】なんかより遥かに強い強制力を持っている。

 そしてそれは、猛スピードで滑空してくる双剣士ですら例外ではなくて……。


 大地から伸ばされた見えない腕に絡め取られるように、ぬかるんだ石床へと墜落するライルズさん。墜落による衝撃はないに等しいけれど、ここからが本番でした。


「ぐが、ぐぼ、がぼがぼがぼ!」


 ライルズさんは、泥の海に顔を押し付けられ、《超重(グラビティ)》によって起き上がることすら許されない状態で、息もできずに溺れ続ける。

 こんな状態になっても、アイシャさんは何もしようとはしてきません。頑なにライルズさんの「手を出すな」という言葉を守るかのように佇み、ライルズさんのことを、ただ悲しげに見つめるままで……。


「ぐば! ぐぼがぼがぼ!」


 頭からぬかるみにはまった状態で何とか脱出を試みようとしているようですが、力の入らない場所で全身にかかる重みが増している以上、それは不可能というもの。短剣から放つ爆炎の反発力ですら、この状況では泥の海が残らず吸収してしまう。

 やがて、その動きも勢いをなくしていき、これ以上は危険だと判断された時点で審判がライルズさんの脱落を宣言する。


 わたしはそこで、ようやく《超重(グラビティ)》を解除しました。


 あまりにも無惨な勝利。……でも、たとえ後味の悪い勝ち方だとしても、これで少しでもライルズさんの目が覚めれば、などというわたしたちの考えは甘すぎたのです。


「ぐ、うぐ、ぐあああああ! ちくしょう!ちくしょう!ふざけるなあ! なんだこれは! なんでこんな! 俺を、虚仮にして! 戦えよ! 俺とまともに戦え! くそおおお!」


 ぬかるみから立ち上がったライルズさんは、錯乱したように叫びはじめる。


「な、ど、どうしちまったんだよ、ライルズさん……」


 あまりのことに呆然とするルシア。観客の人たちも、これまでのライルズさんの言動からはあまりにかけ離れた姿に、ざわざわと騒ぎ始めている。


 後にして思えば、このときわたしたちが行ったことは、考えうる限りで最悪なものでした。 

 ぎりぎりで均衡を保ち続けていた精神に、屈辱極まりない敗北を与えるという形で、わたしたちは彼の心の堤防を決壊させてしまったのです。


 そして──

 ここに至ってようやく、わたしたちは、彼の心ではなく、彼の身体の内側で荒れ狂っていた激流の正体を知ることになったのです。



     -人形-


 とうとう、始まってしまった。

 わたしはそれをただ、呆然と見つめるのみ。

 彼が狂い、変貌していく様子は、他ならぬわたしが一番近くで見ていたのだ。

 わたしには自分の意志など皆無。苦しみも悲しみも偽りのもの。

 水の流れに任せるように、ただひたすらに流されていくだけ。


 わたしの役割は決まっている。『彼ら』に従い、『彼ら』の望む事象の実現に寄与すること。そして目の前のこれも、同じく『彼ら』が望んだことに過ぎない。


「ううう! ぐうう! うあああああああ!」


「ラ、ライルズさん!」


 頭を抱えて叫びだす彼に、心配そうな声をかける黒づくめの剣士。

 『彼ら』の話では、この男は特に警戒を要するほどの相手ではないとのことだ。


「ルシア、さがって! 様子が変だわ!」


 そう言いながら舞台に上がってきたのは、一人の少女とその仲間たち。

 彼女の銀の髪と銀の瞳は、夜の闇の中にあってもよく映えていて、とても美しかったけれど、やはり陽光の下で見るのとではだいぶ印象が違う。その輝きのあまりの強さに、思わず目を細めてしまいたくなるほどだ。


 彼女が「シリル・マギウス・ティアルーン」。『彼ら』の求める銀の魔女。

 彼女こそが、諸悪の根源にして、すべてが狂ってしまった原因だ。

 あの夜のうちに、どうして彼女を殺しておかなかったのかとわたしは悔やむけれど、それが『彼ら』の意思でない以上、わたしには『何も』できない。


 これはきっと──終わりの始まり。


「ぐお、ウロロガガガガギガアアア!」


 彼の全身に変化が表れ始める。

 頭を押さえていた手やわずかに覗く顔の皮膚、そこに真っ赤な獣毛が生え始めたのだ。

 予期していたこととはいえ、わたしはあまりの光景に目を背けたくなった。


「ま、まさか……【因子暴走(オーバードライブ)】? ウソでしょう!? どうして、こんな!」


 何も知らないまま驚く彼女に、わたしは憎しみの視線を向ける。


「あなたが悪いのよ。シリル。あなたのせいで、彼はこんな目にあっているの……」


 けれど、わたしの口からは、弱々しい言葉が吐き出されるだけ。

 それでも、彼女は弾かれたようにこちらを見る。


「アイシャ……さん。どういう意味ですか?」


 彼女の名前をわたしが言い当てたことに驚いたのか、彼女は目を見開いてわたしをみつめる。忌々しい、銀の瞳で。

 わたしはさらに言葉を続けようとしたけれど、それより先にやることがある。


蒼氷の石棺(ブルーコフイン)》!


 わたしが掲げた手の先には白い【魔法陣】が浮かび上がり、その後数秒と経たないうちに青く明滅したかと思うと、対象を氷に閉じ込める水属性中級魔法が発動する。苦しみもがく彼を青い光が包み込み、それは氷となってその全身を覆いつくしていく。


「い、いったい何を……」


「もう一度言うわ。あなたが、人間の世界になんかに出てこなければ、彼に関わったりしなければ、彼はこんな目に合わずに済んだ。そうでしょう?」


 彼女は、なおも訳が分からないと言いたげな顔をしているけれど、時間がない。

 わたしに下された命令を完遂しなければ。

 わたしは、手をかざして念じると、わたしの周囲に浮遊する巨大な氷塊の一つを砕く。

 わたしの【魔鍵】『掬い結ぶ霧氷の青衣(シャクナ・トリス・ロウム)』。

 その神性“霊像解凍(フロスト・パージ)”の能力の一端である、『冷凍』された力の『解凍』。

 保存されていたのは霧の魔法。水属性上級魔法の《幻霧の結界陣(イリュージョン・ミスト)》。

 濃密な霧によって邪魔な観客たちの視線を遮り、結界内への侵入すらも遮断する、強力な結界魔法だ。

 結界内には、わたしと彼のほか、舞台にいち早く駆け上がっていたシリルたちだけがいる。


 続いてわたしは懐から文字の刻まれた透明な宝珠を取り出し、地面に転がす。

 遠隔で映像の投影と音声の出力を行う【魔導装置】だ。

 転がすと同時に発動するよう設定されていた文字媒体の【古代語魔法(エンシエント・ルーン)】は、そこに一人の人影を映し出す。後ろに撫で付けた白髪に黒い瞳。重々しいローブをまとった初老の男性。

 彼は愉快で愉快でたまらないといった、余裕のある笑みを浮かべている。


「──さて、初めましてというべきかな? 『セントラル』の銀の魔女よ。わたしは、アキュラ・バーゼル。真理研究機関『パラダイム』の研究班第一主任を任されているものだ」


「『パラダイム』!じゃあ、この【因子暴走(オーバードライブ)】はあなたが!」


「【因子暴走(オーバードライブ)】? まったくこれだから『セントラル』は時代遅れなのだ。まあ、『混沌の種子』などという過去の遺物を利用して君のような存在を作り上げたことには、素直に感嘆せざるを得ないがね。もっとも、効率の悪さを抜きにすれば、だが」


 『パラダイム』。わたしの主人。わたしの所有者。

 彼らが現れた以上、わたしには語る言葉がない。否が応でも彼女は知るだろう。

 己の、罪深さを。


「何が目的なの? ライルズに何をしたの!?」


「まあ、そう焦るな。あの男には実験台兼交渉材料になってもらうだけだ。用があるのは無論、お前だよ、銀の魔女」


「……彼を助けたければ、死ねとでもいうつもり?」


「まさか! わたしは効率性を重視する。『セントラル』は、君を創りだしてはみたものの、有効な活用法については、まるでなっていないようだからな。わたしが代わりに使ってやるというのだよ。感謝したまえ」


 くつくつと黒いローブを揺らしながら笑うアキュラ。わたしはそれを黙って見つめる。

 彼にとってはすべてが道具なのだろう。……わたしのように。


「人質と引き換えに身柄を差し出せと?」


「そのとおり。だが、勘違いしてはいけない。人質はこのライルズという男ではない。こうなってしまったら、人質としての価値はない。だからこれは、あくまで『交渉材料』だ」


「なにを、言っているの?」


「人質はこの鋼の街アルマグリッドの全ての住人だよ。コレと、コレが呼び寄せるモンスターの群れ。それらに街を滅ぼされたくなかったら、指定日時にこの場所まで一人で来たまえ」


  アキュラの言葉に合わせ、わたしは彼女に一枚のカードを投げつける。

  気持ちが悪い。苦しい。つらい。こんな時間、早く終わってしまえばいいのに。

  彼女はといえば、わたしと同じく、ぶるぶると身を震わせている。


「意味が、わからないわ……」


「ふん。真実から目を逸らしたいか。くくく。フェイルによれば、そこにいるお仲間には大した“同調”系【オリジナルスキル】があるそうじゃないか。確認したらどうだ?」


「フェイル……、やっぱり『パラダイム』と関わりがあったのね」


「奴も所詮、我らの人形だがな。……くくく、確認はいいのかね?」


「……アリシア?」


 シリルは、隣にいる水色の髪の女性──アリシアさんに震える声で呼びかける。


「シ、シリルちゃん……。ラ、ライルズさんが……」


「……教えて」


「【ヴィシャスブランド】“炉心暴走(ファイア・スタンピード)”。……うう、【種族特性】“邪を統べるもの”。アベルくんの時と同じ、Sランクモンスターの……」


「……そんな、まさか……『混沌の種子』で付加できるのはBランク単体認定レベルが限界なはず……」


「根本的に原理が違うのだよ。まあ、それは別の話だ。今でこそ、氷によってこの男の『魔神化』は止められているが長くはもたん。今のうちに『処分』せねば、『魔神』となろう。とはいえ、我らも鬼ではない。三日間の猶予をやろう。それまでに仲間との別れを済ませておくのだな」


「……逃がすと思う? それが本当なら、……この場で彼を『処分』──いえ、『殺せば』いいだけよ」


 冷たい声。やっぱり、これが彼女の本性だ。わたしは憎しみを込めて彼女をにらむ。


「やめておきたまえ。いかに君でも無差別広範囲の氷属性上級魔法を前にしては、すべての仲間を守りきることはできまい?」


 その言葉は合図だ。人形であるわたしが、動くことのできるきっかけ。

 わたしは周囲に浮かぶ氷塊の一つに手をかざす。


「アイシャさん! 何故なの!? 何であなたが『パラダイム』なんかに! ライルズを助けたいという気持ちは嘘だったの!?」


「あなたが悪いのよ? 言ったでしょう? これはあなたのせいだって。あなたが彼に関わらなければ、彼も、……わたしも、こんなに辛い思いをせずに済んだ」


「そんな!……でも、わたしは……」


 わたしの言葉に、彼女は今にも泣きだしそうな顔になる。その顔が夜道で話したあの時の笑顔に重なって、わたしの胸は少しだけ痛みを覚えた。


「ふん。銀の魔女には【魔装兵器】の手持ちもあるだろうからな。この程度では死ぬまい。やれ、アイシャ。その隙にそこのサンプルは回収させておく」


「……はい」


「アイシャさん!」


「助けたいと思う気持ちが大切? でも、助からないことだってあるわ。だから、わたしはせめて、彼と一緒に死のうと思う。……いいでしょう?」


 わたしは、氷塊を砕く。途端に発動するその【魔法】は威力こそ高くはないものの、無差別広範囲に長時間荒れ狂う氷の嵐を巻き起こす。水属性上級魔法《氷嵐の白瀑布(ホワイト・アウト)》。


「く! みんな固まって!」


 純白の嵐の中に掻き消える彼女の姿。

 わたしは次の指示に従い、その場を後にする。

 

 ああ、寒い。わたしは人形。心なんてなかったはず。

 ないはず、だったのに……。知ってしまったぬくもりが、わたしを苦しめる。

 わたしの心を温かくしてくれた、太陽のようなあの『彼』は、もういない……。


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