第64話 シャルちゃん頑張って!/閃光迅雷
-シャルちゃん頑張って!-
アルマグリッド武芸大会のタッグ戦は予選を終えて、シード組8組と予選勝ち抜き組8組の計16組によるトーナメント戦に突入した。
もちろん、我らがシャルちゃんとルシアくんのコンビも順当に勝ち上がったんだけど、個人戦と同じく一回戦はシード組と予選組が戦うようになっていて、シャルちゃんたちの相手はシード組になった。
前回大会のベスト8だけあって、シード組は誰でもみんな強いんだけど、よりにもよって今回の対戦相手は前回準優勝チームだというんだから運が悪いよね。
ちなみに前回優勝チームは今回は出場しないので、今回はこのチームが優勝候補の筆頭だったりする。
「シャル。無理はしないでね」
「シャルちゃん、頑張ってね!」
「シャル。相手が優勝候補だからと言って臆することはない。全力を出し切ればいい」
「はい。いってきます!」
あたしたち三人の励ましの言葉に、シャルちゃんは元気よく返事をした。
少し、緊張してるのかな? でも、すごくやる気に満ち溢れているのが分かる。
一方のルシアくんはと言えば、あれ? なんだか少し拗ねちゃっているみたい。
「一応、俺も一緒に出るんだけどな。まあ、いいけどさ」
そんなルシアくんに、彼より頭一つ分低い人影が近づいていく。シリルちゃんだ。
光沢の眩しい銀の髪を揺らし、深みのある銀の瞳でルシアくんににっこりと笑いかけ、彼の肩にゆっくりと手を置く。
いったい何が始まるのかな? ちょっとどきどき。
「あ、う、え、シ、シリル?」
うろたえた声を出すルシアくん。ここにきてあたしには何となく、シリルちゃんが何を言おうとしているかは見えてきた。
「ルシア? シャルに怪我をさせたりしたら、うふふふ。……わかるわよねえ?」
「こ、怖い!怖い怖い怖い怖い怖い怖い!」
ルシアくんが恐怖のあまり、ガタガタと震えてる。
うん。笑顔って、時と場合によっては、あんなにも怖いものなんだね……。
あたしだったら気絶しちゃうかも。
「はあ、心臓が止まるかと思ったぜ。そりゃあ、俺だってシャルに怪我なんかさせるつもりはないって。それを、そんなに脅すことないだろ?」
ルシアくんは心底怖かったのか、片手で胸をなでおろしている。
目線もシリルちゃんに合わせないように脇の方へと逸らしていたけれど、逃がさないとばかりにシリルちゃんはその視線の先に回り込み、首を傾けるようにして改めてルシアくんの顔を見上げると、今度は正真正銘、可愛らしい笑みを浮かべた。
身体が少し小さくなったせいか、動きに小回りが利いているみたい。
「ふふ! 冗談よ。あなたも頑張ってね?」
「へ? あ、ああ、もちろん……」
あれ? ルシアくんの顔が少し赤くなっているみたいな?
まあ、無理もないかな。黒髪の時のシリルちゃんも凄い美人だったけど、今のシリルちゃんはなんていうか、そう、人間離れした美しさ、というか可愛らしさがあるんだもの。
なにはともあれ、決勝トーナメント第1回戦の開始。
「さあ、始まりました。武芸大会タッグ戦の第1回戦。第1試合は前回大会準優勝者であり、今回の優勝候補筆頭、ダリルとリエナのマクスウェル兄妹の登場です。対するは個人戦優勝のヴァリス・ゴールドフレイヴと同じパーティに所属する、シャル・エンデスバッハとルシア・トライハイト! これは注目の一戦となるでしょう!」
「わあああ!」
「シャルちゃん頑張れー!」
場内アナウンスに反応してすごい声援が聞こえてきた。
やっぱり予選試合でのフィリスちゃんの活躍で、シャルちゃんにもかなりのファンがついたみたい。
「ち! お子様だからってちやほやされちゃってさあ! 言っておくけれど、あたしたちは子供だろうがなんだろうが、大会に出てきた以上は容赦はしないからね!」
対戦相手の一人、リエナさんはシャルちゃんの人気ぶりが気に入らないみたいで、苦々しげに言葉を吐き捨てている。
リエナさんは茶色い髪を短めに切りそろえ、女性にしては大柄な体つきに簡素な鎧を身につけていて、背の高さほどもある長大な弓を持っている。
もう一人、先ほどから黙って立ちつくしている小柄で色黒の男の人がダリルさん。
彼はと言えば、両手に銀色の小さな楯を持っていた。
「……ルシア。今回はなるべくわたしに戦わせてほしいんだけど」
「ん? いや、怪我でもしたら……」
「皆が心配してくれるのは嬉しいけど、やっぱりそれだけじゃ悔しいの」
そんな会話が聞こえてくる。考えてみれば確かに、みんなでよってたかって心配し過ぎだったかもしれないね。シャルちゃんは、皆に自分が信頼されていないのが悔しいんだ。
「……わかったよ。もしシャルが怪我したら、俺がシリルに絞め殺されればいいだけだしな」
ルシアくんもシャルちゃんの気持ちがわかったのか、おどけた冗談を口にしながら了承したみたいだけど、あたしから見える「覚悟」の決め方が半端じゃないよ……。ほんとに怖いんだね、ルシアくん。
「……なによ、冗談に決まってるでしょ? そんなことしないのに……」
シリルちゃんの呟く声が聞こえてきた。でも、ルシアくんは鈍いんだから、ちゃんと言ってあげなきゃ、わからないと思うよ?
「何をぶつくさ言ってるんだい! 喰らえ!」
そう言ってリエナさんは力強く引き絞っていた巨大な弓から手を離し、矢を放つ。
聞いたところでは、彼女の【魔鍵】は『破裂する熱情の炎弓』というもので、弓を引き絞った時の力の強さに応じて、命中時の爆発力が変わる“爆裂豪弓”という神性があるらしい。
つまり、ルシアくんの【魔鍵】『切り拓く絆の魔剣』で斬ろうとしても、着弾と同時に爆発する危険なものなんだ。
《凝固》
シャルちゃんの右肩にとまっているガラスの小鳥に青と緑の色がつき、シャルちゃん自身の髪と目も青と緑に変化していく。
続いて大爆発の音。会場全体を揺るがす轟音は、爆発の威力を物語っていた。
「防がれた? どうやって?」
リエナさんは驚愕の声をあげて、固まっている。
「く、うう、一回で空気の壁が壊されてしまうなんて……」
一方のシャルちゃんも、あまりの衝撃に顔をしかめていた。
シャルちゃんの【魔鍵】『融和する無色の双翼』が生み出す融合属性の一つ、《凝固》。
見えない空気を壁の形に固めるなんて、生半可なイメージの力で出来ることじゃない。
シャルちゃんが持つ創作系の【エクストラスキル】“無限の創造主”があればこそだけど、それが一撃で壊されるところなんて初めて見ちゃった。
「ふん!」
爆炎が消え、煙が収まっていく中、シャルちゃん目がけて小柄な人影が接近する。
マクスウェル兄妹の兄、ダリルさんだ。
彼が両手に1つずつ持つ小さな楯は、【魔鍵】『勇み立つ鉄壁の双楯』といって、楯でありながら攻撃性能が高いというものらしく、接近戦はダリルさんの得意分野になっている。
「っと、流石にやらせるかよ!」
ルシアくんがダリルさんの行く手を阻むようにして斬りつける。でも、ダリルさんは右手の楯であっさりとその一撃を防ぐ。さすがに【魔鍵】だけあって、ルシアくんの【魔鍵】の神性“斬心幻想”でも斬れないのかな?
と思ったその時、
「ぐあ!」
ルシアくんの身体が後ろに向けて吹き飛ばされる。そういえば、ダリルさんの【魔鍵】の神性“背斥磁借”は、右手の楯で触れた物を弾き飛ばし、左手の楯で対象物を引き付けるって話だったんだ。
「きゃああ!」
シャルちゃんが左の楯に引き寄せられるようにして、ダリルさんに近づいていく。
引き寄せる能力を使っている最中はダリルさんも動けないみたいだけど、引き寄せられるシャルちゃんを見る目がなんだか危ない。
シャルちゃん、逃げて! あたしは思わずそう叫びたくなった。
「か、可愛い……。へへ、早くこっちに来い!」
ダリルさんはだらしなく緩みきった顔でそんなことを口にしている。
けれど、その油断が仇となった。
「い、いやあ! 近づかないでください!」
「ぎぎゃあ!」
風を切る音を響かせながら、シャルちゃんの手にした『差し招く未来の霊剣』が虹色にきらめき、ダリルさんの顔面を二度三度と的確に切り裂いていく。うわあ、痛そう……。
とにかく痛みで集中が途切れたのか、楯の束縛から解放されたシャルちゃんは、大きく後ろに跳びのいた。身のこなしも大したものだ。やっぱり、シャルちゃんには、剣で戦う才能もあるんだね。
「おのれ! ちくしょう!」
ダリルさんは血まみれの顔のまま呻くと、両手の楯を打ち合せた。すると、ガインという金属音とともに、黒い球体が生まれる。
これはダリルさんの切り札とも言うべきもので、両方の楯の性質を合わせ、周囲の物を引き摺りこんで押し潰すことができるみたい。
「く、ううう!」
再び引き摺られそうになったシャルちゃんは、咄嗟に『差し招く未来の霊剣』を石床に突き刺し、地属性魔法で隆起させた岩塊に身体を固定するようにして耐えている。
見ているあたしも思わず身体に力が入ってしまう展開だ。シャルちゃん、頑張って!
一方、ルシアくんはと言えば、必死に左右へ飛び跳ねていた。
移動直後にそれまでいた地点に爆発がおこり、爆風で転びそうになりながらも立ち直る。
再び、飛来する矢を回避するように移動する。その繰り返し。
「ちっくしょう、こいつはちょっとしんどいな」
ルシアくんはそう言いながらも、避ける方向は考えているみたいで、シャルちゃんのいる場所に矢が飛ばないように巧みにリエナさんの気を引きつけていた。
戦いは、膠着状態に陥ったかに思えたけれど、決着は意外なほどあっさりと着くことになる。
-閃光迅雷-
ルシアはリエナの放つ “爆裂豪弓”による爆発を回避しながらも、着実に相手との間合いを詰めていた。着弾の際の爆発力はリエナが『破裂する熱情の炎弓』の弦をひき絞る際の力の強さや時間に依存するらしく、間合いを詰められれば連射が必要となり、その分だけ威力は下がっていくのだ。
あの【魔鍵】への対抗策としては妥当なものだろう。我があの場で戦っていたとしても、同じ戦い方をしたに違いない。
「は! その程度であたしの【魔鍵】の弱点を突いたつもりかい? これまでだって似たような真似をした奴なら、ごまんといたんだよ!」
リエナがそう叫んだ次の瞬間、我は自分の目を疑った。なんと彼女は手にした長大な弓をまるで棍棒のように構えると、今にも自分の懐に潜り込もうとするルシアの身体に横殴りに叩きつけたのだ。弓を持つからといって、必ずしも接近戦が苦手というわけではないらしい。
「そうら、吹き飛べ!」
手ごたえを感じたのか、リエナは嗜虐的に表情を歪ませる。
が、しかし、その表情は長くは続かない。
骨を砕かんばかりに叩き込まれた『弓』の一撃は、ルシアの左腕に直撃し、そのまま脇腹にまで食い込んだはずだった。少なくとも、傍目からはそうとしか見えなかった。
しかし、当のルシアは何事もなかったかのように前進する。ダメージを受けた様子はおろか、よろめきもせずに間合いを詰める。
「ええ!? どうしてよ?」
両腕で弓を前に突き出した姿勢のまま叫ぶリエナ。その懐に飛び込んだルシアは、そのまま右手で持った『切り拓く絆の魔剣』で彼女の胸を刺し貫く。
「い、ひっ!」
「さ、降参してくれ。でなきゃ次は『本当に』、刺すぜ?」
「あ、あ、わかった。降参、するよ」
リエナの降参の言葉を聞くや否や、ルシアはシャルの方へ向き直る。
「シャル! 出し惜しみはなしだ!【プラズマ】!」
「! う、うん!」
〈せめぎあう劫火の先に、束縛からの解放を。〉
シャルの【魔鍵】『融和する無色の双翼』に赤い光が灯り、続いてそれに緑の光が入り混じる。あれが風と火だとすれば、その融合属性は《枯渇》だったはずだが?
《超電》!
その声とともに、バチバチという激しい音が鳴り響き、目の前の闘技場に強力な閃光がほとばしる。
「か、は、痺れ……」
先ほどまで傷だらけの顔でシャルを睨み付け、引き摺り寄せようとしていたはずのダリルは、身体をぶるぶると痙攣させながらその場に倒れこむ。
今のは、いったい何だ? 落雷のように見えなくもなかったが、規模としては自然界に生じるものより段違いに小さく、空から落ちてきたわけでもない。
だが、目の前の人間一人の動きを封じるには十分な威力があったようだ。
続いてシャルの放った地属性の【精霊魔法】による石の枷に両手両足を封じられると、ダリルは呻きながらも降参の意思表示をしたのだった。
「勝者、シャル・エンデスバッハとルシア・トライハイト組! なんと、今回の優勝候補筆頭、ダリルとリエナのマクスウェル兄妹が一回戦で敗れるという大波乱! やはり、さすがは個人戦優勝者のパーティメンバー。只者ではありませんでした!」
興奮気味にまくしたてるアナウンスに、重なるように響く会場の観客たちの声。
舞台上ではシャルが脇に控える“治癒術師”たちよりも早く、ダリルの顔に【生命魔法】をかけているところだった。
「す、すみません。痛くなかったですか? ごめんなさい……」
顔の傷を癒されながら呆然とするダリルは、やがてぽろぽろと涙をこぼし始めた。
「うう、俺、おれ、君にひどいことしようとしたのに、……ありがとう。君は天使だ……」
「え? いや、その……」
さすがのシャルも、色黒の中年男から熱のこもった眼で見上げられて、若干腰が引けているようだ。
と、そこに近づく大柄な人影が一つ。彼女、リエナはダリルの頭を手にした『弓』で殴りつける。
「なにが『君は天使だ』だ! このバカ兄貴! あたしらは負けたんだ。さっさと行くよ!」
「わ、わかってるよ、リエナ……」
どうやらあの兄妹は妹の方が主導権を握っているらしい。ライルズのところと似たようなものか。
と、そこへルシアがやってくる。
「シャル、怪我はないか?」
「うん、大丈夫」
「そうか。なら、よかった」
心底ほっとしたように胸をなでおろすルシア。何もあそこまで怯えることはあるまいに。
「ふん。子供連れでなんて正気を疑ったもんだけど、なかなかどうして、やるじゃないか」
リエナはダリルの襟首を掴んで引き摺りながら、すれ違いざまにルシアに声をかけてきた。
「まあな。はっきり言って戦い方次第じゃ、シャルに勝てる奴なんてほとんどいないと思うぜ?」
「さっきの閃光がその戦い方ってやつかい?」
「そういうこと。子供連れなんて言うけどな。足手まといどころか、剣を振り回すしかできない俺なんかより、よっぽど頼りになるんだぜ?」
ルシアの言葉にリエナは軽く首をかしげると、さらに眼光を鋭くしながらルシアの方に向き直る。
「あたしを打ち負かした男のいう台詞じゃないな。いいかい? 勝者ってやつには義務がある。勝者が己を下げるようなことを言うのは、敗者に対する侮辱だよ」
「……悪い。わかってたつもりだったんだけどな。まだ、そういうのに慣れていないんだよ」
ルシアは神妙に謝罪の言葉を口にする。
「ま、いいさ。で、謝りついでに一つだけ教えてくれないかい? 最後の攻防なんだけどさ、あんたのその体格で、あたしの一撃を受けてよろめきもしないってのはあり得ないだろ? あれって【魔鍵】の力か何かかい?」
「……いや、どっちかって言うと【オリジナルスキル】、かな」
「オ、オリジナルって、……へえ、驚いた。大したもんじゃないか!」
リエナはそう言って豪快に笑うと、満足そうに闘技場から去って行った。
おそらく、自分を打ち負かした男の強さを確認したかったのだろう。
「お帰りなさい! シャルちゃん。すごかったね!」
アリシアが戻ってきたシャルに労いの言葉をかけると、シリルもシャルの肩にぽんと手を置いて、何も言わずに微笑みかける。前ほど二人の身長差が無くなってしまったためか、若干違和感のある光景だ。
「いやはや、どうにかシャルに怪我もさせずに終わらせてきたぜ」
続いてルシアが、一仕事終えた様子で舞台から降りてくる。とはいえ、シリルの方を恐る恐るうかがっているあたりが何とも様にならないが。
そこへシリルが音もなく近づいていく。我の前を横切る際に垣間見えたのは、苛立ちの表情か? 銀色の瞳に険しい色をたたえて睨むようにルシアを見上げる。
「お、おい、シリル。そりゃ、少しは危なかったけど、その、なんだ、結果的に何ともなかったんだし……」
「どこが、何ともなかった、よ!」
シリルは溜め息をつくようにしてから、ルシアの腕を掴んだ。
「いてて!」
「やっぱり、折れてるじゃない! どうしてすぐに治療を頼まなかったのよ! シャル、お願い!」
「あ、うん!」
シャルが慌てて【生命魔法】をルシアにかける。
「サンキュー、シャル。いやあ、『放魔の装甲』で衝撃を逃がし切れるかと思ったんだけどさ、やっぱり全部は無理だったな」
「だから何で黙っていたわけ? 時間がたてば【生命魔法】でだって治しにくくなるのよ? 骨折みたいな怪我は特に」
「い、いや、そのなんていうか、ちょっと格好つけてみたかったんだよ。その……頑張れって、言ってもらった手前な」
「なっ!」
ルシアの言葉に絶句するシリル。それから、シリルは狼狽したように俯いたまま、右に左に視線を走らせ始めた。
「べ、別に、そんな恰好なんかつけなくたって、その……じゅ、じゅう……」
「うん? じゅう?」
「ばか! 変なことで怪我を悪化させたら元も子もないでしょう?」
「あ、ああ、そうだよな。ごめん」
「うんうん、いい感じ」
そんな二人のやり取りに、アリシアが楽しげな笑みを浮かべている。
むしろ険悪なように見えたのだが、何がいい感じなのだろうか?
そして、浮遊会場からの帰り道。
「さっきの閃光は、結局なんだったのだ?」
我は先ほどから気になっていたことを尋ねてみた。その問いに、答えたのはルシア。
「あれは電撃だよ。っていうか、雷って言った方がいいか? 前から不思議に思ってたんだけど、この世界には炎や風の【魔法】はあるのに雷の【魔法】がないんだもんな」
「……あるわよ。でも落雷の【魔法】なんて禁術級でもなければ不可能よ」
シリルの言うとおり、あれだけのエネルギーとなれば簡単にはいくまい。
「確かにこの世界じゃ、落雷以外の電撃なんてイメージできないだろうからな。でも、自然現象そのものを操る【精霊魔法】なら、原理さえわかれば実現できるはずだと思ったんだよ」
「でも、どうやって?」
「【電離気体】って奴なんだけどな。詳しい説明は省くけど、要するに空気中に電撃を伝わりやすくする手段だと思ってくれればいい。シャルに原理を教えて駄目元でやらせてみたら、なんと驚くなかれ、新しい融合属性《超電》のできあがりってわけだ」
「さっぱり、わからないんだけど……」
「まあ、俺も自分の『武器』だったとはいえ、原理自体はうろ覚えの知識でしかないんだけどな。でも、にも関わらずシャルはそれを理解して、足りないところを想像力で補って、《超電》を実現させちまったんだ。大したもんだぜ」
ルシアの世界、か。こうして話を聞くまで【異世界】などその実在さえ怪しんでいたが、この世界とは全く別の常識が通用している世界のようだ。
それを思えば、そんな世界からやってきて、あっさりとこちらの世界に馴染んでしまっているルシアという人間は、我らが考える以上に底が知れない存在なのではないだろうか。