第7話 これって運命の出会い?/竜の谷
-これって運命の出会い?-
うう、思い切って冒険の旅に出発したと思ったら、最初の目的地が『竜の谷』ってどんな罰ゲームなのよう。
シリルちゃんは「決意」に満ち溢れてるし、ルシアくんにいたっては、『竜族』のことを何も知らないんだから、あたしが一人で怖がってるみたいだけど、でもでも! 普通の人ならそもそも竜の気配のするところ自体、絶対に近寄らないんだよ?
シリルちゃんについて行くって決めた以上、意地でも行くけど、やっぱり怖いものは怖いんだから!
「シリル。『竜族』って、そんなにすごいのか?」
「ええ、そうね。一流の魔導師が全身の【魔力】を振り絞って構築した【魔法陣】で世界から【マナ】を吸収・融合して放つ、巨岩をも砕く攻撃魔法があるとするでしょう?」
「ああ。そんな【魔法】があるなら、一度見てみたいよな。この前の《黒の虫》って奴も凄くはあったけど、よく考えると地味だもんな」
あはは。シリルちゃんの魔法をそんな言い方する人は初めてだよ。《黒の虫》って確かに初級魔法だけど、闇属性って適性があっても扱い自体が難しいから、一秒たたずに発動できるのは、実はすごい事なのに。
光・闇・火・水・土・風の6属性の魔法は、それぞれに適性のある人でないと、発動にすごく時間がかかるんだけど、自然の4元素になる後者4つと違って、光と闇はそもそもの属性の意味合いが全然違うのよって、シリルちゃんも言ってたし。
あ、やっぱり、シリルちゃんも呆れ顔をしてる。
「地味って、……まあ、いいわ。とにかく、『竜族』は初めから体内に保持している膨大な【魔力】だけで、その数倍の威力のあるドラゴンブレスを、それこそ何発も連続して放てるような規格外の存在なのよ」
「おいおい、そりゃ、まずいだろ! そんなもん勝てるわけないじゃないか!」
やっと気付いたみたいね。そうそう、そのとおり!
「当り前でしょ。わたしたちは戦いに行くんじゃないの。【魔鍵】さえ見つかれば、それ以上、用はないんだから」
「ああ、なんだ。『竜族』っていっても別に凶暴なわけじゃないんだな。安心したよ」
「ええ、凶暴ではないけれど。人間のことは毛嫌いしているみたいだから、やすやすと『谷』に入らせてはもらえないかもしれないわね」
そうですよう、怖いんですよう! その昔、『竜族』に無礼な振る舞いをした王様がいて、一国丸ごと滅ぼされちゃったなんて伝説があるくらいなんだから!
「でも、わたしにいくつか策があるから、安心はしていいわ」
「なんだ、そうなのか?」
「ええ……」
あれ?、シリルちゃん、迷ってる? それも、あたしのことで? なんだろう?
その策っていうのに、あたしが関係あるのかな?
迷っているってことは、あたしに何か問題が起こるとか?
……でも、いいんだよ。シリルちゃん。あたしは、シリルちゃんがいなかったら、きっと今頃生きてないんだから。ううん、死んだ方がましな人形みたいなものだった。
だから、迷うことなんてない。あたしは、シリルちゃんに向けてにっこりと笑って見せた。気まずそうに視線をそらすシリルちゃん。うーん、どうしたんだろう?
あたしたちは、数時間後には『竜の谷』と呼ばれる峡谷の前に降り立っていた。
「ありがとう、『ファルーク』」
<キュアア!>
ちなみに、シリルちゃんの召喚獣『ファルーク』ちゃん(白い羽毛と思ったら、ところどころ竜の鱗みたいなものも混じっていて、なんだか不思議)は、『幻獣』の中でも頭がいい方みたい。こうして呼びかけに返事をするのはその証拠なんだって、シリルちゃんが言っていた。
……ううん、たぶん、シリルちゃんのえこひいきだよね。
やっぱり自分の召喚獣は可愛いんだろうな。あたしもあんなペットほしいな。
と思っていたら、『ファルーク』ちゃんは、筒の中に戻されました。
どうやら、【召喚魔法】って召喚したものをずっと具現化しておくと【魔力】を消費するみたい。あ、でもルシアくんは平気なのかな?
シリルちゃんはまったく迷いなく、ひるむこともなく、ずんずん峡谷に向かって歩いているし、ルシアくんもそんなシリルちゃんを信頼してか、気楽そうに歩いてる。
ああ、もうわかったわよう。行けばいいんでしょ? 行けば!
そしてとうとう、谷の入口が目の前まできたとき、やっぱり来ました。
ごおう! とすごい風が吹いたと思ったら、上空から大きな竜(『ファルーク』ちゃんの倍くらいある。)が降りてきた。
「すっごい、綺麗……」
あたしは状況も忘れて、思わずため息をついてしまった。
だって、その竜の姿といったら、全身黄金の鱗に覆われていて、身体と翼のバランスも完璧。ドラゴンって思い浮かべたら万人が思い描くその姿そのままに、でもそれ以上に優雅で気品のある姿をしているんだもの。
「人間どもよ。ここは『竜の谷』。矮小なる貴様らの立ち入ってよいところではない。ただちに立ち去れ」
竜がしゃべった! まあ、確かに知能は人間よりも高いって話だし、人の言葉ぐらい話せるのかもしれないけれど、なんだか渋い男の人の声が竜の姿からするのは不思議。
「あなたが門番ってところかしら。若そうね」
シ、シリルちゃ~ん!なんで挑発してるのよ!駄目、駄目だから!どうしよう、殺されちゃうんじゃ? だって、きっと怒るよね?
「見くびるなよ。人間ごときが。竜王様より外敵の排除を命ぜられるは、力の証明。『竜族』のなかでも黄金竜たる我にかかれば、貴様らなど一息で光の塵だ」
や、やっぱり~!
「若いってところは否定しなかったわね。よかった。それなら、この策が使えるかしら。……ねえ、アリシア」
「え? なに?」
突然、どうしてあたしに話を振るのよう! あたしは頭が混乱してしまって、シリルちゃんの感情も読み取れないでいた。
「彼の名前、教えてくれる?」
「え、ああ、ええっと、『ヴァリス・ゴールドフレイヴ』だね」
と、反射的に答えてしまうあたし。
すると、凄い変化が起きた。きっと、このときのことは、あたしは一生忘れない。
「な、なななな! なぜだ! なぜ人間が!」
叫び声とともに、黄金竜『ヴァリス・ゴールドフレイヴ』の身体が縮んでいく。
そして、気がつけば、そこには一人の男性がうずくまっていた。
きゃ、裸だ! と思った次の瞬間には、彼の身体に衣服もまとわりつくように出現する。
あれ? なんだか、見たことある服だ。ええっと、そう、普通にその辺の人が着てる服。服と言えばこういうもの、とあたしが思い描くような。竜から変身した人にしては普通ね。
竜から変身? 自分が心で考えたことながら、現実感が全然ない。
「え、うそでしょ?」
あたしの間の抜けた声が、あたりに木霊した。
-竜の谷-
異世界なんだし、魔法もあるし、何が起きても不思議じゃないのかもしれないけどさ、まさか、あんなにでかかった竜が人間になるか?
さっきまでの質量はどこ行っちゃったんだよ! 物理法則を無視するな!
まあ、【魔法】があるような世界で言っちゃいけない台詞かもしれないけどさ。
それとも、さっきのは仮の姿で、本当の姿を現したってことなのか?
「いえ、それは違うわ。この竜は、『真名』を呼ばれたからこうなったのよ。正確には『アリシアという人間』に呼ばれたからね」
「いったいどういうことなんだ?」
「なぜだ。なぜ、人間が我の『真名』を……」
どうやら本当にこの男がさっきまでのドラゴンらしい。まったく信じられない話だよな。
訳がわからず首をかしげていると、シリルは説明を続けてくれた。
「『竜族』には、普段の名前のほかに『真名』という本当の名前があるの。そして『真名』は、通常、特別な相手にだけしか教えない特別なもので、それを教えあった相手とは魂で繋がることができるってわけ。たいがいはつがいとなる竜族同士で繋がりあい、体内の【魔力】の増幅に使うものらしいけど、もし、人間に『真名』を呼ばれれば、当然、人間と魂で結ばれる。この場合、一方的に名前を呼ばれたわけだから、人間の側に存在が引きずられた形になるわね」
「ええ! それじゃ、あたし、ヴァリスさんと繋がっちゃったの? 酷いよ! そんなこと勝手にやって」
「ごめんなさい。でも、こちらの『真名』、…まあフルネームね、を呼ばれなければ、一方的なつながりだから、アリシアに影響はないわ。それに『竜族』が人間と繋がりたがるはずもないでしょうから、そっちの心配もないし、万が一、そんなことになっても、むしろパワーアップするくらいなんだから、大目に見てちょうだい」
「うう、そういう問題じゃないよう……」
なんだかとんでもないことになってきたな。シリル、恐るべし。
まあ、気の毒なのはさっきの黄金竜、ヴァリスっていったっけ?
だが、同情心は直ちに撤回することにした。
この野郎、人間の姿になったはいいが、とんでもない美形だぞ。金髪碧眼、端正な顔立ちに長身ですらっとした体つき。確実に世の女性が放っておかない超美形だ。
「だ、大丈夫?」
心配そうに声をかけるアリシアの様子も、なんだか好意的な印象だ。いやこれは流石に思い込みっていうか、気のせいかな? いや俺は、決してひがんでなんかいない!
しばらく茫然自失の状態だったヴァリスさんだが、なんとか立ち直ったらしく、ゆっくりと立ち上がった。そして、アリシアの方へ鋭い視線を向ける。
おっ? アリシアの顔がなんだか赤いぞ。これは気のせいじゃない。
やっぱり男は顔なのか? 外見よりも大事なものはやっぱりないのか?
などと馬鹿なことを考えている場合じゃない。いったいどうなるんだ、この後。
「竜王様以外、いまだ知りえないはずの我が『真名』をどうやって知った?」
「えっと、顔を見たらわかったの」
「嘘をつくな!」
「ほんとだってば! そういう【スキル】なの!」
「はいはい、そこまで!」
二人の言い争いが始まろうとするそこへ、絶妙なタイミングでシリルが割って入る。
「さて、ヴァリス。どうすればいいか、わかるわよね?」
「……竜王様に、繋がりを断つ許可を頂く必要がある。つまり、貴様たちを竜王様のもとへ連れていく」
「そのとおり。よろしく」
「貴様、一体何者だ? 『竜族』の慣習のことまで、なぜ知っている。それに、なぜ我らを恐れない? 竜王様に会って、生きて帰れる保証などないのだぞ?」
なんだか、ヴァリスさんとやらも、人間の姿になってから、多少は話がしやすくなった感じだ。シリルとの会話も阿吽の呼吸みたいにスムーズだ。
ふむ。シリルの方は、別にヴァリスの美貌に思うところはないみたいだな。相変わらず表情に変化がないし、赤くなっている様子もない。
なぜか俺は、そのことにほっとしてしまう。
っておい! 竜王に会う? そんな予定じゃなかったんじゃないのか?
「わたしたちの目的は、この『竜の谷』に眠る【魔鍵】の入手よ。それさえできれば、『竜族』と関わりたいわけじゃないの。でも、わたしたちを通してくれないというのなら、話はつけておかなくちゃでしょう?」
シリルは当然のように言うが、話をつけるって、どうやるつもりだよ。ヴァリスさんだって、どう考えても、だまし討ちに会ったようなもんなんだぞ?
許してもらえるわけないだろうが。
「二人とも言いたいことがあるみたいな顔をしているわね。はっきりどうぞ」
シリルの言葉に、俺は口を開いた。
「シリルは無茶しすぎだろ!」「シリルちゃんは無茶しすぎだよ!」
期せずしてアリシアとハモってしまった。
まあ、シリルを信頼すると決めた以上、行くっきゃないけどな。
結局、『竜の谷』に入るという難関もクリアできたんだ。
きっと【魔鍵】を入手して生きて帰るって難関もクリアできるさ。
できるよね?
できるといいなあ……。
ヴァリスが歩き出す後ろに続き、『竜の谷』に足を踏み入れる。
谷というにはかなり広い、というのが第一印象だった。とにかく一応左右が絶壁になっている以上、谷には違いないのだろうが、左右の幅が優に数百メートルはあるんじゃなかろうか。
所々の岩場に、竜の姿が見え隠れするが、こちらには何の関心も払っていないかのようだ。うわあ、さっきのヴァリスもそうだったけど、『竜族』ってのは近くにいるってだけで、ものすごい圧迫感だな。目が合わなくても、身じろぎしたのを感じるだけで、心臓がバクバクしてくる。息が詰まるというか、存在自体の格が違うというか、とんでもないな。
ヴァリスが人間になってしまったことも、彼らにとっては大したニュースではないのだろうか?
やっぱりスケールが違いすぎて、人間とは感覚が違うのかもしれない。
すると、そんな俺の思考を読んだわけでもないだろうに、ヴァリスが説明してくれた。
「すでに竜王様は事態を把握されておられる。仲間たちはみな、貴様たちを黙って見送るよう命じられているのだ。でなければ、貴様たちなどとっくに消し炭になっている。せいぜい、刺激しないように歩くのだな。ふん。帰り道は保証せんが」
ヴァリスは、吐き捨てるようにそう言った。事態を把握って、超能力でもあるのか?
まあ、こんな連中の王様だって言うのなら、なんでもありな気はするが。
「えっと、帰り道ってことは、一応帰してくれるんだよな?」
「そう思うか?」
はい、やっぱり怒ってました。どうすんだよ! ここ、世界最強の種族がうじゃうじゃいるんだぞ?